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Go to 3rd Place 第5回 「この場所に帰ってきた」と思える、佐木島のもうひとつの“家”

小池 藍さんが家族との唯一無二の時間を過ごす NOT A HOTEL SETOUCHI

「ファーストプレイス」(自宅)でも「セカンドプレイス」(職場)でもなく、「サードプレイス」という心落ち着けるもうひとつの拠点。ベンチャー投資家であり、現代アートや建築への造詣も深い小池 藍さんの「サードプレイス」は、瀬戸内海に浮かぶ佐木島(さぎしま)に忽然と現れる隠れ家的なヴィラ。ご家族と過ごす時間を少しだけお借りしてお話をうかがった。

Text by Yoshio Suzuki
Photographs by Takao Ohta

瀬戸内海の雄大な自然に囲まれた絶好のロケーション

各オーナーがNOT A HOTEL SETOUCHIがある佐木島に行くには、たとえば東京なら新幹線(または飛行機)、車、専用クルーザーに乗り換える必要がある。少しずつ乗り物の速度が遅くなり、風景が人工物から自然へ、密集から疎(まば)らに変わっていく過程で、気持ちも次第にクールダウンしていく。

本土側の港近くには海を臨む瀟洒なラウンジ(NOT A HOTEL CLUBHOUSE SETOUCHI)があり、クルーザーを待つ間、ここで昼食をとったり、ワインのテイスティングを楽しむこともできる。グラスを片手に、これから行くべく離島への期待感が高まっていく。

ラウンジのなかのダイニング。ランチを楽しむこともできる。
ワインボトルが並ぶワインセラー。オーナーがストックしているものもある。
バーラウンジではウェルカムドリンクとともに船の出発を待つ。

佐木島に着き、迎えのカートに5分ほど乗ると、島の南西に位置する岬にNOT A HOTEL SETOUCHIの敷地が広がる。瀬戸内の穏やかな海、遠目には連なる低山。自然音に聴覚が休まり、匂いも変わるが、むしろ嗅覚がいつもより働く。それぞれの感覚を数値化したらきっと愉快な結果が出るだろう。

島に近づくと徐々に3棟のヴィラが見えてくる。
豊かな自然に覆われた佐木島には森林の香りが漂う。

今回、小池さんは夫と2人の小さなお子さん、ご夫妻のご両親の合計8名で休暇を過ごしにやってきた。ホテルの専用クルーザーで島の桟橋に降り立った小池さん夫妻は、元気いっぱいのお子さん2人と手をつなぎ、ご両親がその様子を笑顔で眺めながら後ろに続く――。まるで映画のような幸せな家族の光景だ。

小池さん一家を乗せた専用クルーザーが到着。
小池さんご夫妻と2人のお子さんが桟橋を渡る。後ろにはNOT A HOTEL SETOUCHIのスタッフが続く。

今回小池さんが訪れたのは、建物の中央がプールになっている「270」というヴィラだ。

「SETOUCHIには、『360』『270』『180』という3棟のヴィラと、滞在者専用のビーチサイドテラス『90』という角度をモチーフにした建物が点在しています。どのヴィラも屋根瓦がソーラーパネルになっていて、発電しています。壁はラムドアース(版築)という、コンクリートに地元の土を混ぜた素材で、一見すると土壁風です。この土地の風景にうまくなじんでいて、ただの打ちっぱなしとは違い、どこか温かみがあるので好きです。さらに瀬戸内は石が有名で、ここで産出する石を庭や玄関に上手に使っています。土地をよく観察し理解したうえで、自然への介入を必要最小限にとどめているそうです。最先端の建築というと、これまでにない奇抜な素材や発想になりがちですが、必ずしもそうではないところも魅力です」

小池さんが滞在した「270」からは穏やかな瀬戸内海を望むことができる。
「270」を鳥瞰した様子。中央にプールがある贅沢なつくり。©Kenta Hasegawa
美しい曲線が印象的な「270」の建築。どのように空が切り取られるか計算しつくされている。壁面に使われたラムドアースの有機的なムラが温かみを感じさせる。

日常の延長上にある、居心地のよい空間

結婚以前は海外にもよく出かけていたという小池さんだが、コロナ禍と子どもが生まれたことで、国内旅行にシフトしたことが、NOT A HOTELを選んだ理由のひとつだ。現在、SETOUCHIと宮崎県・青島にあるAOSHIMAの2軒のオーナーだが、NOT A HOTELでは相互利用も可能なため、北軽井沢や那須、石垣島へも訪れているという。

「結婚して子どもが2人になり、今は3歳と2歳なので、海外に行くのも容易ではなく、ここ数年は国内のNOT A HOTELで過ごすということが多くなりました。現在開業しているNOT A HOTELは全9施設ですが、それぞれの立地が素晴らしいです。そして一番は建築に感動します。また、どの施設に滞在するにしても、部屋の内装や機能、使う際のルールが統一されているので、慣れてしまうと楽ですし、家族全員が過ごしやすそうにしています」

 

建物の中心となる中庭には大きなプールが。お子さんたちも大好きな場所。
キッチンも使い慣れた様子のご主人。ここではご主人がコーヒーを入れる係。

たしかに、一般的なホテルやリゾートヴィラなどだと、室内のどこに何があるか、照明や冷暖房のスイッチ、備品、セキュリティのチェックなどが、毎回到着直後のストレスになる。しかも、はしゃぐ子どもたちを見ながらではなおさらのことだろう。

「NOT A HOTELは生活している東京の家とはもちろん違いますが、どこか生活の延長上にあって居心地がいいんです。けれど、スタッフの皆さんや、素晴らしいシェフの方がきめ細かく対応してくださり、ホテルや会員制リゾートホテルでは得られない特別感もあります。ここSETOUCHIは何より海が魅力ですね。前回は春、今回は初夏に来ましたが、波が穏やかで、窓から見ているだけでも心が落ち着きます。スタッフの方に島の中を案内していただいたり、有名な満開の桜並木に連れて行ってもらったりと十分に楽しみました。近海の海の幸がいただけるのも贅沢ですよね」

パウダールームはシンプルな作りで採光もふんだんに。
バスルームからも瀬戸内海の眺望を味わうことができる。

有名建築家の作品に滞在できるという喜び

世界的に有名な建築家が設計を担い、その建物を使う喜びを享受できるのもNOT A HOTELの楽しみのひとつである。SETOUCHIはビャルケ・インゲルス率いるBIGが担当したことでも話題になった。彼らは“世界一のレストラン”と言われるNomaの2店舗目Noma 2.0(ともにコペンハーゲン)を手掛け、トヨタ自動車による実験都市ウーブン・シティ(静岡県裾野市)の設計も担当したという、今、最も注目されている建築コレクティブの一つだ。

「当初、ビャルケ・インゲルスの事務所からNOT A HOTELの問い合わせフォームにコンタクトがあったそうです。最初はいたずらかと疑ったものの、じきに本当だとわかり、社員の方たちは、驚くとともに歓迎したと聞きました。インゲルス側からすると、NOT A HOTELが従来のホスピタリティに対して、よりモダンで多様な選択肢を提供しようとしているところに、建築家の立場から大きな可能性を感じたのではないでしょうか。NOT A HOTELは、建築家が持ち込むアイデアを、可能な限り実現することを大切にしているので、斬新で唯一無二のものが出来て、結果的に私たちオーナーもハッピーになれるというのも素晴らしい体験です」

「270」のエントランスはカーブを描く屋根が印象的。
書斎、サウナ、メインダイニング、複数の場所からプールへの動線がある。
室内の空間は滑らかなアーチで構成されている。

喜びや安心を家族と享受できる、新しい拠点

小池さんにとって心が落ち着く拠点は、これまでは国内外のさまざまな場所にあった。

「学生時代や独身の頃は、世界中いろいろなところを訪れました。主に海外の友人に会いに行くことが多かったですね。私自身、親の仕事の関係で海外にいたこともあったので、今も世界中に友人がいます。スタートアップの起業家や、興味のある方に会うために訪れた国もいくつかあります。思えば、観光目的というよりも誰かに会うために旅していたのだと思います。たとえばインドでは、急成長する市場で懸命にビジネスをしているスタートアップ起業家たちに出会い、彼らから大いに刺激を受けました。それと、大好きなアートに触れる目的で、欧米中心に、美術館、アートフェアなどを巡るアートの旅もずいぶんしました」

小池 藍さん

家族が増えるという人生の節目を迎え、探求したいことは多様化したが、自分の中にあるサードプレイスを求める気持ちというのは、そもそも変わらないものだろう。特に子どもが成長することは純粋に喜びに直結し、家族という新しい仲間と過ごす時間は、その気持ちを増幅させてくれる。

「子どもが小さい今はとても過ごしやすく、整った環境で自然を楽しめるNOT A HOTELの存在がありがたいです。他のホテルに泊まることもありますが、不思議なことに子どもを連れてNOT A HOTELに行くと、どこへ行っても『僕の家に帰ってきた』と言うんです。NOT A HOTELは“行くところ”というより“帰るところ”という感覚が、子どもながらにあるのかもしれません。いずれ子どもが手を離れれば、その時は大人だけでNOT A HOTELをゆっくりと満喫するのも楽しみです。子どもたちも子どもたちだけで滞在しに来るのかもしれませんが、慣れたスタッフの皆さんがいるのでとても安心です」

親がくつろいでいる安堵感、また楽しかった記憶とその場所への愛着や繋がりが、「僕の家」という感覚を生じさせるだろうか。それはある意味、祖父母の家や、別荘に感じるものと同種かもしれない。住まいは都会にあり、海には海の「僕の家」があり、山には山の「僕の家」がある。子どもたちは、そんな喜びや安心感とともに成長していくのだろう。

やりたいことが次々と湧いてくる場所

立地や建築も含めて、サードプレイスの理想形とも言えるNOT A HOTEL。リピートするうちに、やれることややりたいことが次々増えていくのは、さまざまなアクティビティサービスが用意されているからでもある。インタビューの最中、専属のシェフとスタッフが、瀬戸内の新鮮な食材を次々にキッチンへ運び、調理に取り掛かっていた。

小池さん一家のためにNOT A HOTELのシェフが腕を振るう。この日は一家が信頼を寄せる藤井シェフ。シェフたちも拠点を移動しており、藤井シェフには青島、那須、北軽井沢と各拠点でお世話になっている。
島周辺で獲れた魚や野菜などをふんだんに使ってのディナー。
各料理に合わせた器を見るのも楽しみのひとつ。

「今年の4月に来たときには、クルーズを楽しみました。次は屋形船に乗り、船内の食事のできるカウンターで食事を楽しみたいですね。あと、打ち上げ花火をオーダーすることもできるので、家族の記念日にはぜひやりたいと思っています」

NOT A HOTELの今後についても、期待が膨らむという小池さん。

「エリアや建築家など、新しい発表があるごとに自分の想像力を大きく超えてきます。最近知ったのですが、屋久島にジャン・ヌーヴェルの建築ができるそうです。屋久島は素晴らしいところですし、ジャン・ヌーヴェルは大ファンなので、今後そういうところにも行けると思うと、楽しみでなりません。素敵な方向にどんどん裏切られて、それが現実になっていくのが毎回うれしくもあり、少し怖いくらいですね(笑)。単独で施主となって世界的な建築家に自邸や別荘を建ててもらうことはできなくても、複数のオーナーがいればその夢が実現でき、シェアする喜びも生まれる。これからのサードプレイスの在り方を提示しているようにも感じられます」

日常の住まい、仕事をする場所、そのどちらでもないサードプレイス。それぞれがあることで、日常も旅も充実したものになり、家庭でも職場でも生き生きとした毎日を送ることができる。小池さんはそうしたバランスを上手にとりながら、今、豊かな時間を重ねている。

profile

小池藍

大学時代にスタートアップを経験後、新卒で広告会社に入社、その後、プライベートエクイティファンドやベンチャーキャピタルにて国内外の投資に従事し、独立。2020年にベンチャー投資ファンドのTHE CREATIVE FUNDを創業、現在もスタートアップ投資を続ける。また、現代アートの知見を深めることとコレクション、普及に努め、アートYouTube番組の”Meet Your Art”ナビゲーターとしても活動を開始。省庁の委員や、大学講師、複数社の社外取締役なども務めている。

▶︎NOT A HOTEL https://notahotel.com/

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