お問合せ

03-6756-0100

営業時間 10:00〜18:00(火水祝定休)

  1. R100 TOKYO
  2. Curiosity
  3. 人生を愉しむ
  4. 松浦弥太郎の“時を愛しむ暮らし”
Curiosity| 人生を豊かにするモノやコトを紹介するウェブマガジン。
松浦弥太郎の“時を愛しむ暮らし”
人生を愉しむ

松浦弥太郎の“時を愛しむ暮らし”

長年の愛用品とともに、自分らしく旅を味わう

エッセイスト・松浦弥太郎が綴る、モノ・コトへの愛着や付き合い方。長い時間をともに過ごしてきたそれらは、いつしか暮らしのパートナーとなる。今回は、松浦さんが旅で持ち歩くようになった、日々愛用しているマグカップと枕カバーについて。それがあることで、旅先にも日常の時間が戻り、よりここちよく時間を過ごすことができる……。

Text & Photographs by Yataro Matsuura

いつものマグカップが、どこでも居場所をつくってくれる

1年のはじめに、旅の予定を立てるのが習慣になっている。場合によっては、その旅が1年近く先のこともある。今年は国内と海外をあわせて、4回ほど旅に出る予定だ。

旅の予定がひとつあるだけで、毎日の気分はずいぶん変わる。あと3カ月したら、あの街へ行ける。あとひと月がんばれば、少しゆっくりできる。そう思うと、忙しい日が続いていても、もう少しがんばろうという気持ちになる。旅とは、出発した日から始まるものではないのかもしれない。どこへ行こうかと考え、航空券を取り、ホテルを決め、その街のことを思い浮かべる。そんな時間も、すでに旅の一部なのだと思う。

いつ頃からだったか忘れたが、旅に必ず持っていくものがある。ひとつは、毎日使っている、英国の陶芸作家が作ったマグカップだ。ぼくにとって旅は、日常から離れることではなく、日常を少し遠い場所へ持っていくことに近い。場所は変わっても、できれば同じ時間に起き、同じように朝ごはんを食べ、夜になればいつもの頃合いに眠りたい。朝起きたらお湯を沸かす。夜になればお茶を飲む。少し疲れたら本を読む。そういう小さなことまで、普段とあまり変わらないほうが落ち着く。

で、マグカップである。電車や飛行機でお茶を飲むときも、紙コップではなく、自分のマグカップに注いで飲む。ほんのそれだけのことなのだけれど、味まで少し違って感じられる。とくに好きなのは、ホテルへ戻ってからの時間だ。部屋着に着替え、お湯を沸かし、マグカップにお茶を淹れる。一日歩いたあと、ベッドのそばに座って、何もせずにぼんやりしながら、ゆっくりと味わう。

朝なら、コーヒーを淹れる。窓の外には、自分の家とはまったく違う景色がある。パリなら、まだ人の少ない通りを、パンを抱えた人が歩いている。ニューヨークなら、朝早くから街の音が聞こえてくる。ロンドンなら、窓の向こうが雨で白く曇っていることもある。ストックホルムなら、水辺の静かな光を眺めながら朝を迎える。

景色は違う。けれども、手の中にはいつものマグカップがある。それだけで、知らないホテルの部屋が、ほんの少し自分の居場所になる。

旅先では、知らないものに出会うのが楽しい。知らない道を歩き、初めての店に入り、その土地のものを食べる。知らない言葉を耳にし、見たことのない景色に立ち止まる。旅のよろこびとは、そういう新しいものとの出会いなのだろう。けれども不思議なことに、一日の終わりになると、よく知っているものに触れたくなる。たぶん人は、新しいものばかりでは疲れてしまうのだろう。

だからか、旅に持っていくものも、いつしか決まってきた。着慣れた服。読みかけの本。いつものペン。そしてマグカップなど。どれも旅のために買ったものではない。普段の暮らしの中にあるものばかりだ。遠くへ行くほど、そういう何でもないものが、とても大切に思えてくる。

旅をするとは、新しいものに出会うこと。それと同時に、いつもの暮らしのよさに気づくことでもある。遠くへ行くことで、身近なものが少し違って見えてくる。それも、ぼくが旅を好きな理由のひとつなのだと思う。

旅先での眠りを守る、使い慣れたやわらかい枕カバー

そして、もうひとつ。旅に必ず持っていくものがある。普段使っているコットンリネンの枕カバーだ。海外へ行くと、どうしても睡眠が不安定になる。時差がある。昼間は元気だったのに、夜になるとなかなか眠れないこともある。反対に、夜中の2時や3時にぱっちり目が覚めてしまうこともある。

旅は楽しい。けれども、身体にとってみれば、大きな環境の変化でもあるのだと思う。だから旅先では、普段以上に眠ることを大切にしている。よく眠れれば、翌朝は気持ちよく起きられる。よく眠れれば、また一日たくさん歩くことができる。街を見ることも大切だけれど、きちんと休むことも、同じくらい旅の一部なのだ。

とはいえ、ホテルのベッドは家のベッドとは違う。マットレスが硬いこともあれば、やわらかすぎることもある。掛け布団が重かったり、部屋が暑かったり寒かったりする。そして、案外気になるのが枕だ。高すぎる。低すぎる。大きすぎる。妙にやわらかい。

一日歩いてくたくたなのだから、横になればすぐ眠れるだろうと思う。ところが、なぜか眠れない。そんなことが何度かあった。

ある旅のとき、ふと思いついて、家で使っている枕カバーを持っていった。ホテルの枕に、それをかけてみた。たったそれだけだった。けれども、ずいぶん落ち着いた。枕そのものはホテルのものだから、高さも形も変わっていない。変わったのは、顔に触れる布だけだ。それなのに、眠りにつくまでの時間が違った。いつもの肌触りというものは、思っている以上に身体が覚えているのだろう。洗い慣れた布のやわらかさに触れると、身体が「ああ、もう眠っていいのだ」とわかるような気がする。

旅先では、一日中、小さな緊張が続いている。知らない道を歩く。知らない言葉を聞く。初めてのものを食べる。行き先を間違えることもある。楽しいことではあるけれど、身体はきっと、普段よりたくさんのことを受け取っている。だから夜くらいは、よく知っているものに触れていたい。

パリでも、ニューヨークでも、ロンドンでも、ストックホルムでも、夜になればホテルの枕に自分の枕カバーをかける。昼間はまったく知らない街を歩いていたのに、ベッドへ入れば、頬に触れるものはいつもと同じだ。それだけでほっとする。

マグカップとよく似ている。マグカップがあると、ホテルの部屋に自分の小さな食卓ができる。枕カバーがあると、そこに自分の眠る場所ができる。そう考えると、ぼくは旅先に小さな家をつくろうとしているのかもしれない。

枕カバーはいつも2枚持っていく。1枚を使っているあいだに、もう1枚をホテルのランドリーに出す。洗って戻ってきたら取り替える。かさばるものでもない。ほんの少し荷物が増えるだけで、毎晩の眠りがずいぶん安心なものになる。

旅を重ねるうちに、こういう小さな知恵が少しずつ増えてきた。どうしたらよく眠れるか。どうしたら気持ちよく朝を迎えられるか。どうしたら知らない場所でも、自分のペースでいられるか。

若い頃は、そんなことを考えなかった。眠れなくても構わなかったし、疲れていても、せっかく来たのだからと朝から出かけていた。けれども今は違う。一日をどう始めるかと同じくらい、一日をどう終えるかを大切にしたいと思う。よく歩いたら、よく休む。新しいものをたくさん見たら、静かな時間をつくる。そして、よく眠る。

旅を楽しむということは、たくさんの場所へ行くことだけではない。疲れたら休むこと。静かな時間をつくること。よく眠ること。そういうことも、旅を楽しむうえで大切なのだと思う。

マグカップも、枕カバーも、家にいれば何でもない日用品である。けれども遠い街へ持っていくと、それらは少し違う役目を持つ。いつもの自分を思い出させてくれる。どこにいても、自分の暮らしを続けていいのだと教えてくれる。

知らない場所へ行くからこそ、いつものものを少しだけ持っていく。新しいものに出会いながら、いつもの自分でいる。ぼくにとって旅とは、案外そういうものなのかもしれない。

次の旅まで、あと何カ月だろう。その日を楽しみにしながら、今日もいつものマグカップでお茶を飲む。夜になれば、いつもの枕に頭をのせて眠る。そして、このささやかな日常を、そのまま次の街へ持っていく。

profile

松浦 弥太郎

エッセイスト。クリエィティブディレクター。「暮しの手帖」編集長を経て、「正直、親切、笑顔」を信条とし、暮らしや仕事における、楽しさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書に『今日もていねいに。』(PHP研究所)、『しごとのきほん くらしのきほん100』(マガジンハウス)、『正直、親切、笑顔』(光文社)など多数。

R100 TOKYO THE CLUBに会員登録
THE CLUB

R100 TOKYO THE CLUB

厳選された情報を会員様のみに配信

THE CLUB(入会費・年会費無料)

自社分譲物件をはじめ厳選された100㎡超の物件情報や、先行案内会、イベントご招待など、会員様限定でお届けします。

人生を豊かにするモノやコトを紹介するウェブマガジン。