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遠山正道×鈴木芳雄 連載「今日もアートの話をしよう」vol.51 寒河江百貨店――森岡督行さん
今日もアートの話をしよう

遠山正道×鈴木芳雄 連載「今日もアートの話をしよう」vol.51 寒河江百貨店――森岡督行さん

どこにもないけれど、どこか懐かしい場所

実業家でアートコレクターの遠山正道と、美術ジャーナリストの鈴木芳雄が、アートや旅、本や生活をテーマに対話する連載。第51回は、銀座にある森岡書店代表で、文筆家の森岡督行(よしゆき)さんがプロデュースした山形県寒河江(さがえ)市にある「寒河江百貨店」が舞台。約1200㎡というワンフロアに、100の「買えるモノ」と「語るモノ」がちりばめられた、未だかつてない百貨店についてお話を伺った。

Text by Yoshio Suzuki
Photographs by Yuya Hasegawa

地域の明日を動かす拠点として誕生した「寒河江百貨店」

遠山:JR寒河江駅から徒歩5分ほどの「フローラ・SAGAE」は、かつて大型デパートとして地域の人々が憩う場所だったそうですね。その2階の約1200㎡という広大なワンフロアに、「寒河江百貨店」が今年5月にオープン。古くからの知り合いでもある森岡督行さんがプロデュースし、新たな場をつくりました。

「寒河江百貨店」は「フローラ・SAGAE」の2階に入る複合施設。100の商品の販売・展示、カフェ、コワーキングスペース、キッチンなどがある。
「フローラSAGAE」の外観。往時は街の百貨店としてにぎわっていた。外観には今のところ手を入れておらず、変わらない街の風景としてたたずんでいる。

鈴木:僕らが子どもの頃のデパートって、何かを買ってもらって、食堂でお子さまランチを食べたり、クリームソーダを飲んだり、屋上の遊園地で遊んだりと、すごくワクワクする場所だったわけですよね。

森岡:私にとってもそうなんです。「フローラ・SAGAE」の前身である「十字屋百貨店」がオープンしたのが1982年、私が8歳の頃で、ここではプラモデルやファミコンを買ってもらったりと、すごく思い出深い場所でした。1986年に総合スーパーへと業態を変えましたが、経営状況はなかなか悩ましかったようです。2000年に建物と敷地を寒河江市が取得し、食料品店、書店、寒河江市美術館などが入居する「フローラ・SAGAE」として生まれ変わり、現在まで営業を継続しています。地元の経営者仲間たちで構成される一般社団法人長岡山会議から、この場所をどうにかしたいと相談され、この2年間ほど、オープンに向けて尽力してきました。

鈴木:僕も森岡さんとは長いけど、東京を拠点に活動する以前のことはあまり知りませんでした。高校まで寒河江で、大学で上京したわけですよね。このプロジェクトで故郷の仕事もするようになったのでしょうか。「寒河江百貨店」は「ヒトやモノとの出会いをきっかけに、語らい、学ぶ場であり、地域の明日を動かす“事業や活動”、それをカタチにする“人”を育む拠点になる場所」と定義していますが……。

森岡:若い頃は東京にばかり目が向いていましたが、大人になり徐々に山形のクラフトや工芸作家の方の存在も知るようになりました。そのなかで、寒河江との人的なつながりも広がり、「寒河江百貨店」のプロジェクトに声をかけていただきました。かつてのデパートの繁栄をただ懐かしむのではなく、自分たちの手で新たな夢と希望をつくり、次々と新たな挑戦が生まれるような、街の未来を動かす起点となることを目指しています。

遠山:具体的にどのような場所なの?

森岡:実際に買えるモノと、ディスプレイしているモノを織り交ぜておよそ100の商品を展示・販売しています。フロアの中心に位置するカフェではコーヒー、ソフトドリンク、クレープを中心にしたメニューを提供。そのほかにコワーキングスペースや調理設備があって、キッチンは個人やグループでレンタルしてご利用いただくことができます。既に料理イベントも開催されているんですよ。

販売品と展示品をあえて明確に分けていないディスプレイ。
ドリンクやクレープを提供するスタンド。シーズンにはサクランボのクレープも登場する。
大小のコワーキングスペースでは会議、オンラインミーティング、面接、撮影などが可能。
「寒河江百貨店」のエントランスとなる一面。寒河江一帯を治めていた大江家の家紋「一文字三ツ星」をポスターに用いている。

憧れのアーティストとの邂逅によって生まれたコンセプト

遠山:コンセプトの「単純と反復」について教えてください。

森岡:このコンセプトが生まれたきっかけは、2019年にさかのぼります。コロナ直前の10月にニューヨークに行ったのですが、午前中に木工作家の三谷龍二さんに会い、お昼に杉本博司さんを訪ね、夜に坂本龍一さんと食事をご一緒した日がありました。こんな大物の人たちに次々会うなんて、本当に目まぐるしい、びっくりする日だったんです。

遠山:すべてアポは入れているんでしょ?

森岡:そうでない方もいました。三谷さんは現地のギャラリーで展覧会をされていて、偶然会場でお会いできたんです。杉本さんはちょうど彼が演出する文楽のニューヨーク公演があり、京都・和久傳のお米をお土産に訪ねました。坂本龍一さんはその1週間前くらいからメールでやり取りをしていて、なんとかお会いできることになったので、坂本さんご指定のパークアヴェニューにある蕎麦屋「Kokage」に伺い、そこでお話をさせていただきました。

鈴木:坂本さんとはもともと知り合いだったんですか?

森岡:銀座の書店に来てくださったことがあったんです。

鈴木:教授(=坂本龍一)は出版にも精通されていますからね。お父さまは歴史に残る名編集者の坂本一亀(かずき)さん。野間 宏『真空地帯』、三島由紀夫『仮面の告白』、高橋和巳『悲の器』などを手掛けたことでも有名ですよね。

森岡:森岡書店で、坂本龍一さんとぜひ一緒にやりたい企画が以前からあり、提案したんです。それはかつて朝日出版社から出ていた「週刊本」シリーズのなかの1冊、坂本龍一『本本堂未刊行図書目録』(1984年)の復刊で、「今こそやるべきです」と教授にお伝えしました。

森岡督行さん。取材当日に、遠山さん、鈴木さんとの公開座談会を急遽行った。

鈴木:『本本堂未刊行図書目録』は僕も今でも持っていますよ。

森岡:ニューヨークから帰国してすぐに陶芸家の黒田泰蔵さんにも会いました。短期間にこれほどすごい人に立て続けに会えるなんて、何か導きがあるんじゃないかと感じました。それで自分なりに、4人のお仕事の共通点を考えてみたんです。みなさん、引き算に基づいて創作をしていて、それが少しずつ変遷しているんじゃないかって。デザイン的な観点でもひもとける。いろいろと考えていって、そこから「単純と反復」というワードを引き出したんです。そのことがずっと自分の中にあって、この「寒河江百貨店」のプロジェクトを担当することになったときに、このコンセプトが有効だと思い至りました。モノをシンプルに見せ、かつ「買えるモノ」と「語るモノ」を同居させたいと思ったんです。

じっくりとモノと対峙できるゆとりのある空間。
鈴木さんが購入した白磁の蕎麦猪口。
自身が購入した商品が納品される日を心待ちにする鈴木さん。

鈴木:だから杉本さんの『〈海景〉より日本海 隠岐』のポスターもここに展示してあるんだよね。寒河江といえば、その隠岐に後鳥羽上皇が流されることになる「承久の乱」(1221年)をめぐって大変なエピソードがあるんでしょう?

森岡:そうなんです。鎌倉幕府を勝利に導いたのは、宿老・大江広元でしたが、その長男の大江親広は朝廷(後鳥羽上皇)方として参戦しました。後鳥羽上皇が敗れた後、親広は、父・広元の嘆願によって死罪を免れ、自身の所領であった出羽国寒河江荘(現在の山形県寒河江市郊外、西村山郡周辺)へと落ち延び、余生を暮らしたといわれています。

鈴木:そのとき敗れた後鳥羽上皇が詠んだ「我こそは新島守よ 隠岐の海の荒き波風 心して吹け(口語訳:私こそが、この新しくやって来た島の守護者だ。隠岐の海の荒い波風よ、心得ておとなしく吹くがよい)」という歌は有名だね。隠岐と寒河江が、杉本さんの作品によって「寒河江百貨店」でつながっているんですね。

杉本博司『〈海景〉より日本海 隠岐』のポスター。鈴木さんがニューヨークのスギモトスタジオを紹介し、入手できたもの。

デザインで地域の課題を解決することを目指して

遠山:導きとも思える邂逅をコンセプト化して発展させ、地域の課題をある意味、デザインで解決しようと考えたわけですね。

森岡:そうなんです。それは100年も前に柳宗悦が立ち上げた「民藝」活動にも見られることですが、私もそれぞれの地域に根付いてきた手仕事にリスペクトを持っています。なぜシャルロット・ペリアンの椅子を置いているかというと、ル・コルビュジエのアトリエで同僚だった建築家・坂倉準三の推薦により、ペリアンは日本の商工省が輸出工芸指導の装飾美術顧問として招聘され、1940年に来日しているからです。

鈴木:そのとき、柳宗悦や河井寬次郎たちとも交流しているんですよね。日本各地の工芸品も見てまわったようですね。

森岡:はい。翌1941年には『選擇・傳統・創造展』を東京と大阪の髙島屋で開催し、日本の伝統素材である竹を再解釈した代表作《竹製シェーズ・ロング》などを出品して、日本のデザイン界に強い衝撃を与えているんです。そんな前例にならって、私たちも地域の課題をデザインで解決するというテーマを掲げ、そのスピリットを持ち続けたいと、ペリアンが手掛けた椅子をシンボル的に置きました。

スキーリゾート「レ・ザルク」のためにシャルロット・ペリアンがデザインした椅子。

遠山:そういえば山形は絨毯も有名ですよね。以前、展示のために絨毯をデザインしたんだけど、それは山形緞通という会社がつくってくれました。

森岡:山形には羊毛の歴史があります。戦中、日本の中国進出が原因で、日英同盟を破棄せざるを得なくなった結果、羊毛が輸入されず、冬用の軍服がつくれなくなりました。日本国内で羊毛産業を興そうということになり、羊が日本に大量に輸入されることになったんです。東北の農村地帯ではかつて玄関先で牛を飼っていた伝統があったので、羊を飼う担い手として、東北地方に白羽の矢が立ちました。工場もつくられ、非常に経済的にも潤ったそうです。山形や岩手に羊毛の産業が根付いたのはそういった20世紀の歴史が背景にあるようです。

若い世代にとって、世界につながる“窓”のような存在に

遠山:「寒河江百貨店」ではジーンズやシャツ、古着のTシャツなども扱っています。これはどのようにセレクトしているのでしょうか。

森岡:市内の中学生に話を聞いたところ、カッコいい古着が欲しいと言うんです。そんな意見を参考に、古着も置いてみようとなりました。私も若い頃、古着が好きだったので。あと、照明器具も結構多く入れています。飛松灯器やグラムエイトのランプ、猿山 修さんがデザインしたトランスモダンというランプも扱っています。

飛松灯器の淡いライトが美しく空間を照らす。銀座・森岡書店のカウンターの上にも設置している。
トークイベントや展覧会など、今後さまざまな催しの開催も企画中。
古着のTシャツは中高生からも人気がある。
イギリス人陶芸作家、スティーブ・ハリソンのマグカップ(展示品)。

鈴木:品ぞろえに関して影響を受けているなと思うのが、目白にあった「古道具坂田」ですよね。

森岡:実際に坂田さんで買ったデルフトのタイルや、ドゴン人のベンチのようなものも置いています。雑誌『芸術新潮』に坂田さんが連載していた「ひとりよがりのものさし」を毎月読んでいました。目白のお店に行って、何回かですがお話もさせてもらいました。

遠山:「寒河江百貨店」がオープンして3カ月たったわけですが、どのような反響がありますか?

森岡:そうですね。中学生や高校生の自習の場所にもなっているようで、それはとても喜ばしいことです。それと同時に、ここにあるものから世界に目を向けてくれたらいいなと。彼らにとって、ここが世界の窓になってくれたらうれしいなと思います。

鈴木:今の段階だと、建物や設備などハード的なものは完成していて、今後はイベントやサービス、ソフト面でどれだけ充実させていけるかでしょうか。

森岡:課題はたくさんあると思います。スタートするまでは、答えのない問いに答えるみたいなことをやってきたと思いますが、今後は、出した答えを正解にしていく作業が求められるでしょう。モノを売るというのはなかなか大変なことです。現状ではクレープが順調に売れているので、食のほうでも魅力的な何かを提供していきたいですね。

遠山:この広大なスペースに畳を敷くとかもいいんじゃない? 靴を脱いでくつろぐ人の傍らで、お茶のお稽古をしていたり、そうかと思うと柔術の練習をしていたりしてさ。

森岡:考えておきます。(笑)

雑誌で世界の広さを知ったことが、「寒河江百貨店」の原点

鈴木:「中高生たちにとっての世界に開く窓」というお話ですが、森岡さん自身の中高生時代のことを聞かせてもらえますか?

森岡:今もこのビルの1階にテナントとして入っている「松田書店」で買った雑誌や本が、私の目を世界に向かせてくれました。1980年代後半から1990年代は『ポパイ』や『ブルータス』を毎号買っていました。芳雄さんがつくった記事を読んでいたんだと思います。

鈴木:ありがたいなぁ。その読者が森岡さんみたいになっているって。自分の話をすると、1980年代後半の数年間、『アンアン』や『エル・ジャポン』(当時はマガジンハウスが発行)のような女性誌担当になったんです。最初はやりたくなかったけど、『エル・ジャポン』でたまたま美術ページの担当になりました。美術はもともと趣味として好きでしたが、そのときから杉本博司さんや野又 穫(みのる)さんたちとの付き合いが始まって、草間彌生さんにもインタビューできたので、美術ライターとしての自分の原点は少しだけ在籍していた女性誌にあるんです。

森岡:私はその頃、寒河江に住んでいて、小遣いをほとんど全額、雑誌に投入していました。

鈴木:毎度ありがとうございます。そういえば、チームラボの猪子寿之さんからも似たようなことを聞いたな。彼は徳島で生まれ育ったんだけど、「東京に出てきたら、雑誌に載っている服が本当に売られていて感動した」って。

森岡:だいぶ先輩ですが、糸井重里さんと雑誌『SWITCH』編集長の新井敏記さんの対談を読んでいたら、東京から100キロくらい離れている感覚がちょうどいいみたいなことをおっしゃっていました。ちょっと遠くから見て、たまに行く憧れみたいなものを持っている、そういう気持ちがあるのがいいって。糸井さんは群馬県前橋、新井さんは茨城県筑西のご出身ですよね。私はさらにその300キロ後方でしたけど。

鈴木:マガジンハウスの雑誌は大都市圏外ではどこも苦戦するんです。都内でしか売れないイメージ。でも地方で読んでくれていた読者のなかにはすごく熱心な人がいるというのも事実。

遠山:そんな森岡さんが東京でもなく、地方でもなく、どこにもない場所をつくりたかった。

森岡:そうです。寒河江市役所は黒川紀章によるメタボリズム建築ですが、メタボリズム=新陳代謝は、社会や時代の変化に合わせて有機的に成長・交換・更新できる都市や建築の姿にも通じます。寒河江にいた当時は、市庁舎の存在を意識したことがなかったですし、地域の良いものや豊かさにも気づかず、東京にばかり目が向いていた。大人になってみると、山形緞通、天童木工、佐藤繊維など優れた産業や企業がいろいろあることを改めて知りました。佐藤繊維はこの近くに「GEA」という複合施設を運営していて、そこでは食やクラフト、ファッションなどを楽しむことができます。ご近所同士仲良くさせていただいていて、今後も互いに発展できればと思っています。

黒川紀章初期の代表作でもある、寒河江市役所庁舎。写真:pixta
佐藤繊維の元工場をリノベーションした複合施設「GEA」はJR寒河江駅のすぐそば。約70年前に同じ寒河江市内から移築された酒蔵。移築してからは佐藤繊維の工場として機能していた。大谷石を使った重厚なつくり。
森岡さんと訪れた「GEA」のショップで、スタッフの羽染さんによる説明を受けた。
かつて工場で使っていた紡績機をディスプレイに取り入れた店内。
レストランに併設されているライフスタイルショップには地域のクラフトをはじめさまざまな生活用品が売られている。

鈴木:今後の具体的な構想はありますか?

森岡:実はホテルの構想をしているんです。せっかく来てもらっても、市内に特徴的なホテルがないので、そのホテルに泊まりたくて寒河江に来るような建築があればよいなと。実現はまだまだこれからですが、私が目指すのは、閉塞的な場所ではなく、常に開かれた場所です。古き良きものと新しき良きものが交錯して、ヒト、モノ、コトが関わりながら変化するような場に、これからも立ち会っていたいですね。

遠山:10年間、銀座・森岡書店で培ったノウハウや、森岡さんならではの人とのつながり方を生かして、寒河江発のカルチャーの発信をますます発展させていってください。

一同:今日はありがとうございました。

寒河江百貨店

山形県寒河江市本町2-8-3フローラ・SAGAE2階
TEL:0237-84-0022 ▶︎https://sagae100.jp/
営業時間:10時~19時(ROOM、カフェ:11時~17時)
定休日:原則毎週水曜日

〈横尾忠則作品展 開催中~9月6日(日)〉
横尾忠則作品や関連グッズを寒河江百貨店にて展示・販売。

profile

森岡督行

「一冊の本を売る書店」がテーマの森岡書店代表・文筆家。1974年山形県寒河江市生まれ。GINZA SIX Podcast「銀座は夜の6時」ではパーソナリティーを担当。『銀座百点』で銀座の写真に関するエッセイ、資生堂花椿オンラインで対談企画「銀座・メモワール」を連載中。著書に『荒野の古本屋』(小学館文庫)、『800日間銀座一周』(文春文庫)などがあり、近著に『銀座で一番小さな書店』(小学館文庫)がある。福岡の家具メーカー杉工場と家具のプロデュースも行っている。2026年5月、プロデュースを手掛けた「寒河江百貨店」がフロー・SAGAE 2階にオープン。

profile

遠山正道

1962年東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年三菱商事株式会社初の社内ベンチャーとして株式会社スマイルズを設立。08年2月MBOにて同社の100%株式を取得。現在、Soup Stock Tokyoのほか、ネクタイブランドgiraffe、セレクトリサイクルショップPASS THE BATON等を展開。NYや東京・青山などで絵の個展を開催するなど、アーティストとしても活動するほか、スマイルズも作家として芸術祭に参加、瀬戸内国際芸術祭2016では「檸檬ホテル」を出品した。18年クリエイティブ集団「PARTY」とともにアートの新事業The Chain Museumを設立。19年には新たなコミュニティ「新種のimmigrations」を立ち上げ、ヒルサイドテラスに「代官山のスタジオ」を設けた。

▶︎http://www.smiles.co.jp/
▶︎https://t-c-m.art/

profile

鈴木芳雄

1958年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。82年、マガジンハウス入社。ポパイ、アンアン、リラックス編集部などを経て、ブルータス副編集長を約10年間務めた。担当した特集に「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「国宝って何?」「緊急特集 井上雄彦」など。現在は雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がけている。美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

▶︎https://twitter.com/fukuhen

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