築70年を超える山荘をスケルトン化して改築
軽井沢の駅から車で30〜40分ほど。自然豊かな北軽井沢の山村に建つ「Laboratoryy | Fern | Barn」は、アトリエとしての「Laboratoryy | Fern」と、企画展などを行うキュレーションスペース「Laboratoryy | Barn」で構成された、黒田さんのもうひとつの拠点として誕生した。まず完成したのが、昭和30年代に建てられた木造の家屋を改築した「Laboratoryy | Fern」。その後、敷地内の大型倉庫を「Laboratoryy | Barn」として整えた。
「場所は山中湖や箱根、軽井沢の郊外など、数年かけて探しました。ここはハザードマップに引っかからないし、樹木も多く緑あふれる林の中なのに徒歩5分の距離に24時間営業のコンビニが2軒あって安心なんです。一人で過ごすことが多いので、そういうことが案外大事。それで決めました」と話す黒田さん。
多くの作家や文化人に愛されてきた避暑地として知られる北軽井沢は、都内の自宅から車で2時間半くらいという距離感も、都会の喧騒から無理なく離れられるのでちょうどいい。そんな好立地にある「Laboratoryy | Fern | Barn」は、標高の高いこの場所ならではの、ブナ、カエデ、シラカバ、カラマツなどの木立の中に建つ。木々の足元には、「Fern」の名のとおり、シダが繁茂していて美しい。
「朝は鳥の鳴き声が聞こえて、とっても心地よい。春から初夏にかけての季節には降ってくるように啼く春蝉の鳴き声にびっくりします」と黒田さん。そんな理想的な場所に立つ、築70年以上の平屋の山荘を、ほぼ内装材をスケルトン状態から再構築した。
「改築には思ったよりもずっと大変でしたが、立派な丸太梁を残したかったし、もともとの柱に杉とか松とかの文字がスタンプで入っているのも好きで。最終的には改築という道を選んでよかったと思っています。インテリア全体は自分で考案、図面や造作家具などは建築デザイナーのスタジオドーナツに、工事は地元の建設会社、黒田工業にお願いしました」
人を温かく迎え入れるための明かりが灯る窓を玄関に
大切にしてきたアイテムやイメージの膨大なストックを持つ黒田さんは、全体から発想するのではなく、ディテールを積み重ねる形でこの家を考えていった。象徴的なのが、玄関横のはめ殺しの窓。外から見ても中から見ても絵本の1ページのように美しい。
「家に向かって道を歩いてきたときに、窓に明かりが灯っているのが見えたら、“ようこそ”というウェルカムな雰囲気を感じるのではないかと思いました。それで、はめ殺しの四角い窓に、三角のシェードのペンダントランプを提げたんです。位置を窓の真ん中から少しずらしたところにしたかったのですが、微妙な設置位置は図面だけでは伝えきれず、でもずっと現地にいるわけではないので、電気工事のタイミングに合わせて場所を決めるのが難しかったですね。でも、なんとか理想の位置に提げることができました」
はめ殺しのピクチャーウインドーは、テラスに面した窓のうちの一つやマルチルームなどにも採用。窓からの風景が絵になるので、リビングスペースには額装品はあえて飾らないことにした。
リビングのはめ殺し窓と掃き出し窓には、6メートルにも及ぶ一枚仕立てのカーテンを設置。開けているときだけでなく、カーテンを閉じた状態も美しい。
「窓まわりは企画展や撮影のときなどにいろいろ対応できるように考えました。ドレープとレースを二重にするのではなく、軽快な窓掛けにしたかったので、シアーなカーテンの一枚仕立てに。本当は天井の入隅のところから掛けたかったけれど、梁があるのでこの形に。でもきれいにまとまったのでよかったです」
思い出や土地の文化とのつながりを大切にした空間づくり
黒田さんのスタイリングは物語性やテーマ性に満ちたものであることが多いが、この「Laboratoryy | Fern」でもそれは同じ。山の家であることもあって、熊の置物がいくつもあったり、個人的な思い出にまつわるものがあったり。また、近くにそびえる浅間山や、群馬県の文化とのつながりを感じさせるものも選んでいる。
「マルチルームのペンダントランプのシェードは、40年くらい前に母が種を植えたら大きく育ってしまったアボカドの木を使って、造形作家の貝山伊文紀さんにつくってもらったもの。母が見守ってくれているような気がするんです」
また、「薪ストーブと暮らしたい」という思いから小型薪ストーブを厳選したり、ミーレの洗濯乾燥機に合わせて洗面台を造作したりと、使い方ありきの空間設計も黒田さんならではだ。
アアルト自邸から得たヒントをさまざまな形で導入
アアルトの家具や照明を愛してやまない黒田さん。2018年に神奈川県立近代美術館 葉山館で開催されたアルヴァ・アアルト展の特設コーナーの空間構成を担当するにあたって訪れた、ヘルシンキのアアルト自邸とスタジオからの影響も、さまざまな箇所に反映されている。
「キッチンの収納はアアルト邸で見た、アイノ・アアルトがデザインした食器棚を参考に、オリジナルでつくってもらいました。キッチン側からも、ダイニング側からも引き出しを使うことができるのがいいなと思って。また、室内のドアに取り付けたのはアアルトがデザインしたハンドル。洗面所のミラーもアアルトのものです」
LDKや洗面所などの床には、アアルトも好んで使ったリノリウムをセレクト。寝室とゲストルームはループカーペットでまとめた。また、壁面のペイントには大きな窓から差し込む光の移ろいを美しく見せ、また木々の緑を引き立てる色として、イギリスのペイント&壁紙メーカー、ファロー&ボールの「AMMONITE」を選択。うっすらとグレーがかった白のペイントは、黒田さんの持つ木の家具との相性もいい。
これからのアトリエでの過ごし方、時間の重ね方
この場所を新たな拠点として設けてから2年半。当初はもっとペースダウンすることを念頭に置いていたが、これまでのところは「ここに来たら来たで打ち合わせがあったり、撮影があったり。東京にいる時間が短くなった分、仕事が詰まってしまうから、結局どちらにいても忙しくなってしまっています」という黒田さん。そんななか、今夢中になっているのが編み物。忙しい仕事の合間を縫って、夜中まで時間を忘れて編んでいるという。
「30年ぶりくらいに編み始めたんです。今はデンマークの人気ニットデザイナーのパターンを購入して編んでいます。あと、1987年に編み始めたセーターを完成させようとしていて。1997年に片袖を編んだきり、忙しくなってしまってほったらかしにしていたのですが、先日もう片袖も編んだから、あとはつなげるだけ。これからはもっと編み物をする時間をとりたいなと思っています。ここで編み物好きを集めて、ニッティングパーティーをするのもよさそう!」
そう楽しげに話す黒田さん、今後の2拠点生活について尋ねると、「東京の家を別荘にしたい」という。
「数年後には山が8割、東京で2割を目指していますが、どうなるか……。往復するのもパワーがいるし、2拠点生活は本当は40代くらいに始めるのが正解かもしれません」
なお、「Laboratoryy | Fern | Barn」では2024年以来、オープンアトリエや企画展など、さまざまなイベントを開催。2026年の8月にも新たなイベントを予定しているので、ぜひ足を運んでみてほしい。
profile

株式会社Laboratoryy 代表取締役、インテリアスタイリスト、スタイルディレクター。『Hanako』誌に1988年の創刊メンバーとして参画した後、フリーランスとして出版各社の女性誌、デザイン誌を中心に記事制作、執筆、スタイリングを担当。現在は株式会社Laboratoryy代表として、雑誌、広告、美術館、商業施設から個人住宅のインテリアディレクション、空間構成、コンセプトワークからスタイリングまで幅広く手がけている。著書に『tangent 接点-黒田美津子』(Laboratoryy 2020年)など。センプレデザインの創業30周年を記念したビジュアルブック『EDITION,』(2026年)では制作、編集を担当。
2026年8月28日〜30日、9月4日〜6日に『Unconstructed _ 木と布をそばに』と題し、山の生活を彩る木と布素材のデザイン作品や、山の暮らしにお勧めしたい家具やインテリア、グッズを紹介、販売する企画展を開催準備中。詳細は7月に公表予定。
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