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瀟洒な居住エリアの隣には、暮らしを支える賑わいの街がある――広尾・麻布・三田を歩く
街歩きの風景

瀟洒な居住エリアの隣には、暮らしを支える賑わいの街がある――広尾・麻布・三田を歩く

相乗的に発展し続ける、邸宅街と商店街の関係

その街に暮らすように歩いていく連載の番外編となる今回は、邸宅街と商店街の関係を読み解く。歴史ある邸宅街の近くには、必ず魅力ある商店街がある。今回は広尾、麻布、三田の3つの街と商店街の歴史、そして変遷について読み解いていく。

Text by Aki Maekawa
Photographs by Takashi Mishima

江戸時代から高台には大名の、低地には庶民の生活があった

今回紹介する、広尾、麻布、三田は、武蔵野台地の高台に邸宅街があり、その下の低地に商店街がある。その構成は江戸時代から続いているもので、かつて高台には大名屋敷があり、低地には商人や職人が住み、街を形成していた。

現在の邸宅街が形成されるきっかけとなったのが、1871(明治4)年に行われた廃藩置県だ。大名たちが国元に帰り、空き家として残された広大な屋敷群を明治政府が収用し、政治家、政府高官、財閥関係者の住居として払い下げた。大名邸は小規模な城郭としての構造を持ち、警備上の利点も多かったため、後に富裕層の邸宅が多く建てられるようになった。

名門校も多い緑豊かな邸宅街×江戸時代から独自に発展した広尾商店街

広尾の邸宅街は、宮内省所有の広大な土地とその周辺から発展した。その土地には現在、聖心女子大学や日本赤十字社医療センター、広尾ガーデンヒルズがある。緑豊かな土地の周辺には、ほかにも多くの低層マンションが並んでいる。

聖心女子大学の敷地に隣接している「広尾ガーデンヒルズ」。写真:PIXTA
広尾の住宅街は緑が多く、閑静な雰囲気だ。写真:PIXTA

広尾の邸宅街と共に発展してきたのが広尾商店街だ。その歴史は、江戸期(1668年)に麻布から移転してきた「祥雲寺」の門前町になったことにさかのぼる。

祥雲寺の山門。本堂は東京大空襲から逃れた戦前の建築。苔の緑も美しい庭と茶室があり、都心の喧騒から隔絶されたような感覚を得られる。

元々、広尾商店街のメインストリートは、江戸の市街と郊外をつなぐ街道のような役割を果たしていた。明治時代には、寄席や映画館もあったという。発展の背景には、周辺の邸宅街の日常生活を支える御用聞きとしての役割もあったことが推測できる。なかでも注目したいのは、1887(明治20)年に「七星舎牧場」が設立されたことだ。

当時最先端の食物だった牛乳。七星舎牧場は、450坪の敷地で15頭の乳牛を飼い、牛乳を生産し販売していた。創業者は牛乳という高級品の需要が、広尾周辺に住む富裕層や外国人にあることを見越していたのかもしれない。広尾商店街には現在も輸入雑貨店やヴィンテージ衣料店のほか、手袋やお香の専門店など、邸宅街に住む人々のニーズを反映した、ほかの商店街にない店がある。

広尾の街の移り変わりを知る、1912(明治45)年創業の生花店「花寅」の櫻井節子さんにお話を伺った。

売り場に立つ「花寅」の櫻井節子さん。
花寅の外観。花束や野菜の苗木を購入するため、近隣の住人が日々訪れる。

「私の実家は『福田屋』(広尾商店街の老舗鮮魚店)で、ここに嫁いできました。生まれてから75年以上、ずっと広尾に住んでいます。下町風でありながらも、昔から外国人が多く、洋菓子屋さんもあり異国の雰囲気をたたえている街です」(櫻井さん)

街が変わったのは、広尾ガーデンヒルズが完成した1980年代ごろからだという。

「新しい住人が増えて、お店もかなり増えましたが、かつての賑わいはそのままです。親の代から住んでいる人も多く、それだけ住み心地がいいのかもしれませんね」(櫻井さん)

広尾商店街から邸宅街に続いているのは、聖心女子大学の広大なキャンパスに向かう坂だ。ここはかつて久邇宮(くにのみや)邸であり、1948年(昭和23)年に聖心女子大学が開学された。久邇宮邸は香淳皇后の生家であり、聖心女子大学は美智子上皇后の母校でもある。皇族とのゆかりが深いのも広尾の町の特徴だ。

右奥が聖心女子大学のキャンパスの入り口。敷地内には国重要文化財に指定される「旧久邇宮邸御常御殿・小食堂」があり、大名屋敷・宮邸の品格を感じることができる。この坂を上がると、邸宅マンションが増えていく。

また、天現寺橋交差点付近の「慶應義塾幼稚舎」のほか、難関校の「広尾学園中学校・高等学校」、三井財閥の邸宅の跡に立つ「若葉会幼稚園」などの名門校が多いのも広尾の特徴だ。安全性と利便性を優先するならば、“学住”近接が望ましい。近隣の邸宅マンションには、そうした名門校に通う子どもを持つファミリー層も多い。

皇族や華族と由縁のある邸宅街×300年以上の歴史を誇る麻布十番商店街

麻布は皇族や華族のゆかりの土地だ。その代表的な存在が、「有栖川宮記念公園」。笠間藩、赤穂藩、盛岡藩南部氏などの下屋敷が、1896(明治29)年から皇族・有栖川宮家の御用地となり、1934(昭和9)年に公園として一般開放されたという歴史を持つ。

高低差を生かした「有栖川宮記念公園」の園内を歩いていると、麻布台地の地形の変化を体感できる。大名屋敷の面影を残す林泉回遊式庭園には、池や丘、渓谷などが表現され、豊かな自然を感じる。写真:photolibrary
有栖川宮記念公園のすぐ側に立つ「オパス有栖川」は、南麻布の高台に位置する。写真:Takuya Furusue

公園周辺には、広尾同様に教育施設が多い。総理大臣をはじめとする政財官界に人材を輩出した名門中高一貫校「麻布中学校・麻布高等学校」、松方正熊邸の跡地に立つ「西町インターナショナルスクール」、天皇家ゆかりの「愛育幼稚園」ほか、名門ぞろいなのもこの地の特徴だ。

由緒正しい邸宅街の隣にある麻布十番商店街も、300年以上の歴史を誇っている。繁栄した要素は3つあり、「麻布山 善福寺」の門前町であること、当時の水運の要所である古川があること、そして多くの大名の下屋敷や家臣の住まいがあったことだ。

飲食店が軒を連ね、多くの人々が行き交う麻布十番商店街。
麻布十番商店街のゆとりある雰囲気は、多目的広場の「パティオ十番」があることも大きい。東京都のモデル商店街の指定を受け、1986(昭和61)年に完成した。

100年以上の歴史を持つ老舗が多く、江戸時代から続く蕎麦店「総本家更科堀井」、1865(慶応元)年創業の「豆源」、1928(昭和3)年創業の「たぬき煎餅」など、邸宅街と共に歴史を紡いできた商店街であることがわかる。

また、1969(昭和44)年に都電が廃止され「陸の孤島」と呼ばれつつも、にぎわいを維持していたのは、邸宅街からの需要があったのだろう。2000(平成12)年に南北線や都営大江戸線の麻布十番駅が開業し、さらに発展していく。

老舗「豆源」本店店長の八尾谷 篤さんも、「地下鉄が開通し、人通りが増えていく様子を感じました」と振り返る。

「私たちも含め、麻布十番は伝統を守っている老舗が多いです。引っ越しされたお客さまも、この街を懐かしみ、時々訪れてくださいます」(八尾谷さん)

「豆源」の八尾谷 篤さん。入社してから19年、麻布十番の街の変化を見続けてきた。
「食は記憶につながっていますので、召し上がっていただいたときに“心の里帰り”ができるよう、味を守りながらも進化を続けていきます」(八尾谷さん)。本店限定の「煎りたて なんきん豆」は千葉県産の落花生を薄皮ごと直火で煎り上げた。「揚げたて塩おかき」も本店限定。一番人気の「おとぼけ豆」は青海苔、きざみ海苔、海老粉の3種入り。

麻布十番を歩いていると広尾と比べても外国人の姿が多いことに気付く。周辺の地図を見ると、オーストリア、リトアニア、シンガポール、韓国、スロバキアなど、多くの大使館がある。

元麻布にある駐日オーストリア共和国大使館。写真: PIXTA

この章の冒頭に触れた古刹・善福寺は、幕末の開国期にアメリカ仮公使館になっていた。おそらく当時の人にとって、外国人が同じ地域に住むというのは、強烈な経験だっただろう。やがてこの経験が、街ぐるみで海外を受け入れ、発展していくという“性格”になったのではないだろうか。その様子は、毎年約30万人を動員する商店街主催の祭り「麻布十番納涼まつり」でも体験することができる。

都内有数の国際色豊かな祭り。近隣の大使館によるフードやドリンクも人気だ。写真:麻布十番商店街

麻布十番商店街も、坂を上ると静かな邸宅マンション街が続いている。その多くが、敷地がゆったりと使われており、バルコニーも広く、外国人駐在員も多く住むマンションであるとわかる。麻布十番商店街には、ワインやオーガニックフードの専門店や、外国さながらの菓子店が多いが、その理由がわかった気がした。

麻布十番商店街から暗闇坂を上がると、高台の有栖川宮記念公園につながる。

三井財閥が住んでいた邸宅街×慶應義塾大学の“城下町”でもある慶応仲通り商店街

三田はオフィス街のイメージがあるが、田町駅から10分ほど歩いた高台に、綱町(旧町名。現在の三田2丁目一帯)の邸宅街がある。三井グループの会員制倶楽部である「綱町三井倶楽部」、イタリアやオーストラリアなどの大使館、「慶應義塾大学」とその附属の学校群、「三田綱町パークマンション」ほか、邸宅マンションが並ぶエリアだ。池や植栽をしつらえたゆとりのある敷地のマンションもあり、木漏れ日の美しさや木々を渡る風を感じながら歩いていると、公園の中にいるような気持ちにもなる。

綱坂を上がると綱町邸宅街になる。左の白い建物は“日本初のタワマン”ともいわれる「三田綱町パークマンション」。
1913(大正2)年に建築された「綱町三井倶楽部」。写真:photolibrary
慶應義塾大学三田キャンパスには、図書館旧館(写真)など歴史的建造物も多く残る。写真: PIXTA

綱坂を慶應義塾大学のほうに歩いていくと、アカデミックな雰囲気が強くなる。この大学がこの地に移転したのは、1871(明治4)年だ。最先端の学問を教える大学があれば、街は活気づく。

三田駅から桜田通りを越えると左手に慶應義塾大学の敷地が広がっている。東京タワーが美しく見えることも特徴だ。

その中心となっているのは、三田駅から大学をつなぐ「慶応仲通り商店街」だ。ここも江戸期は庶民の街で、大名屋敷の近くに数軒の町家があり、発展していった。商店街としての歴史は、1948(昭和23)年にさかのぼる。店主たちが商店会・南振興会を結成したことが始まりだ。

店主たちはぬかるみだった細い道を整備し、下水道を整え、街灯を備えるなどの活動を始めた。道の拡張のために土地の譲渡交渉をするなど難事業を乗り越え、商店街は発展していく。

現在の慶応仲通り商店街。道幅3mだが、かつてはこれよりも細い道だった。昭和時代はテイラー、帽子店、ビリヤード店、書店、喫茶店などもあった。

しかし、時代の移り変わりや後継者不足などで、店の形態も変化していった。

「2000年代初頭は、この商店街にも鮮魚店や精肉店があり、書店もありました。昭和時代から続いているお店は、ここを含めて数店のみではないでしょうか」と教えてくれたのは、慶応仲通り商店街でイタリアンバル「Flag」を営む飯田(はんだ)将嗣さんだ。

かつて、この商店街には、生活の需要を満たす役割もあった。三田綱町のお屋敷に「御用聞き」として出入りしていた店もあったのだろう。

飯田さんは、銀行やNGO勤務を経て、1964(昭和39)年創業の「ペナント」を継承し、イタリアンバルを2017年にスタート。「所属していた應援指導部(応援団)の部員など、学生たちの溜まり場になっていた『ペナント』は、塾生たちの心のふるさとのような場所でした。だからこそ、後世に残したかったのです」(飯田さん)

今回歩いた3つの街は、邸宅街としての魅力はもちろん、近隣に商店街があることでその価値をさらに高めていると感じた。邸宅街も商店街も、歴史や文化を継承しながら、未来へ向けて発展を続けている。

取材協力

●花寅 住所:東京都渋谷区広尾5-1-22 電話:03-3473-1063

●豆源 麻布十番本店 住所:東京都港区麻布十番1-8-12
 ▶︎https://www.mamegen.com/

●Flag 住所:東京都港区芝5-26-3 
 Instagram ▶︎https://www.instagram.com/mitaflag/

参考資料

港区史 市区改正事業の展開
▶︎https://adeac.jp/minato-city/texthtml/d110040/mp100010-110040/ht000960

『東京の都市計画』越沢 明著 岩波書店

『東京の空間人類学』陣内秀信著 筑摩書店

祥雲寺
▶︎https://shouunji.or.jp/

聖心女子大学
▶︎https://www.u-sacred-heart.ac.jp/

Hiroo散歩ど〜り(広尾商店街公式サイト)
▶︎https://www.hiroo.info/

白根記念渋谷区郷土博物館・文学館 写真データベース「昭和29年 広尾商店街」
▶︎https://jmapps.ne.jp/shibuyakyodo2/det.html?data_id=15808

『東京ミルクものがたり』前田浩史著、矢澤好幸編(農文協発行)

慶應義塾幼稚舎
▶︎https://www.yochisha.keio.ac.jp/

若葉会幼稚園
▶︎https://wakabakai.net/

麻布十番商店街
▶︎https://www.azabujuban.or.jp/

写真今昔物語 第12話
▶︎https://www.city.minato.tokyo.jp/kouhou/kuse/koho/konjaku/konjaku12.html

地名の歴史(麻布地区)
▶︎https://www.city.minato.tokyo.jp/kouhou/kuse/gaiyo/chimerekishi/index-azabu.html

麻布中学校 麻布高等学校
▶︎https://www.azabu-jh.ed.jp/

西町インターナショナルスクール
▶︎https://www.nishimachi.ac.jp/

愛育幼稚園
▶︎https://boshiaiikukai.jp/aiiku-preschool/

『映画館へは、麻布十番から都電に乗って』高井英幸著 角川書店

『東京都電の時代』 吉川文夫著 大正出版

最初のアメリカ公使宿館跡/善福寺
▶︎https://visit-minato-city.tokyo/ja-jp/places/347

パティオ十番
▶︎https://visit-minato-city.tokyo/ja-jp/places/644

たぬき煎餅
▶︎https://www.tanuki10.com/

綱町三井倶楽部
▶︎https://www.tsunamachimitsuiclub.co.jp/

綱坂
▶︎https://visit-minato-city.tokyo/ja-jp/places/842

『慶應仲通南振興会由来記』 赤尾兼章著 慶應仲通南振興会

慶應義塾大学 歴史
▶︎https://www.keio.ac.jp/ja/about/philosophy/history/

慶応仲通り商店街
▶︎https://www.keinaka.jp/ja/ja-history/

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