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Go to 3rd Place 第3回 都市の速度から解き放たれる場所、真鶴

相馬英俊が語る、癒やしと創造の「海が見える家」

「ファーストプレイス」(自宅)でも「セカンドプレイス」(職場)でもなく、月に数回、あるいは週末ごとに訪れる「サードプレイス」という心落ち着けるもうひとつの拠点。株式会社三越伊勢丹プロパティ・デザインで取締役 執行役員 経営企画部長を担う相馬英俊さんが見つけたのは、神奈川県真鶴町にある築60年の古家だった。決め手となったのは、窓の向こうに広がる海の眺め、そしてノイズのない静かな空間。自然に囲まれた小さな町での過ごし方を聞いた。

Text by Joe Suzuki
Photographs by Satoshi Nagare

ホテルとは違う、癒やしの空間を求めて

「この真鶴の家を手に入れる前のこと。今から10年ほど前、静かで海の見える部屋を千葉の外房で手に入れました」。そう語るのは、深澤直人や皆川 明、nendoなど、日本のトップクリエイターとものづくりをしてきた相馬英俊さんだ。デザイン業界でも、目利きとして知られる人物で、2024年に手掛けたマルニ木工のトラディション家具を再建するプロジェクト、「Manufacture -Allure of Tradition-」は大きな話題になった。2025年4月からは、三越伊勢丹プロパティ・デザインの取締役 執行役員 経営企画部長に就任している。相馬さんが今の場所にサードプレイスを構えることは、数年前から考えていた。

相馬:実は、いろいろと精神的に行き詰まった時期があって。それをリセットするため、普段の生活からまったく離れた場所、最近よく言われる「サードプレイス」を千葉の外房に確保しました。海まで歩いて5分ほどの、眺めの良いマンションでしたが、残念なことに、5年ほどで周囲の環境が変わってしまって。そこを手放し、別の場所を探すことにしました。そうして手に入れたのが、真鶴のこの海の見える家です。築60年近くになる建物をリノベーションしました。

南から見た家。全面がほぼ窓で、木枠の引き戸が連なっている。できるだけ人工的なノイズをなくした大開口を実現させるため、こだわったリノベーションが行われた。鉄板の庇は深く薄いうえ柱も細く、グレーの色と相まってミニマルな印象。雨戸はない。

相馬:海が見えて、風が流れて空気がおいしく、木漏れ日の揺れるさまが美しい。そうした自然のつくり出す「ゆらぎ」が、自分自身の心をやわらかくしてくれるように思っています。同じ海が見える部屋でも、ホテルではなく自分の家が良いですね。できるだけ自分らしくいたいので。
行ってみたいなと思うホテルや旅館は、数カ月前から予約をしなければ、と慌ててしまいますし、チェックイン・アウトや食事の時間が決まっており、遅れちゃいけない!とソワソワしてしまいます。寝具の硬さや、ロビーの香りなども、みなさん好みが違いますからね。建物に使われている素材、照明の明るさや部屋に置かれているパンフレット類についつい目が行ってしまい(笑)、自分だったらこうしよう!ああしよう!と、ストレスを感じてしまうことも…。
そうしたノイズになるものがまったくない海の見える部屋に、気が向いたら出かけてのんびり過ごし、英気を養ってまた戻ってくる。そんな生活のため、東京の住まいとは別の「第3の場所」の居心地の良さが、自分自身を取り戻してくれているように感じています。

ビビッドな配色で塗られた扉。「わざわざ訪れてくれた人がワクワクして、また楽しく迎えられるような色を塗った」と相馬さん。かつては玄関だったが、今は勝手口として利用している。メインの出入りは庭にまわったラウンジから。
ラウンジでくつろぐ相馬さん。ここが建物の入り口で、屋外と屋内を自然につなぐ雰囲気のタイル敷き。色は壁と合わせた。左手の和室のダイニングは、一段高くなっている。
かつての玄関は、勝手口に変更。壁には有孔ボードを貼り、フックで普段使うものを掛けている。鮮やかな扉の色は、玄関内と外側とで上下を逆に配色する計らい。

緑と海に囲まれた、理想的な真鶴の町

真鶴は緑の多い、人口6,700人ほどの小さな町。山がちで、いたる所から海が見え、古くから別荘がつくられてきた。湘南エリアで陸と海の間に道路がないのは、この真鶴半島だけだという。町が1993年に、美しい町づくりのための条例「美の基準」を制定したことで、大規模ホテルや高層マンションがなく、町には心地いい静けさがただよう。

相馬:外房の部屋を手放すことになって、今度は湘南にエリアを絞って物件探しをはじめました。お世話になった素敵な先輩企業オーナーが真鶴に別荘をお持ちで、20年ほど前の話になりますがお招きいただいたときの印象が良くて。その方に連絡したところ地元の不動産業者を紹介してもらい、この家にたどり着きました。
交通のアクセスも良く、私の東京の部屋から真鶴の家まで、ドア・トウー・ドアで約2時間ほど。東海道線は本数も多く、朝早くから夜の遅い時間まで走っています。この点は、外房と大きく違うところですね。しかも真鶴駅からこの家まで、歩いて15分ほどでたどり着く。買い物は、町内にスーパーがひとつありますし、隣駅の湯河原に行けば、ショッピングモールや大きなスーパー、温泉もあるので、小さな町での暮らしですが意外に便利です。
僕が家を探していた4年前には知らなかったのですが、最近は本屋の町としても注目されているようですね。古くから文化人が多いうえ、最近は移住してくるクリエイターも増えて、海が見える立地の良い空き家は少ないようです。

西の和室からの眺め。300m先に海が見える。天気がいい日には、熱海の街並みや相模湾の向こうに伊豆半島まで見渡せる。写真提供:相馬英俊さん

築60年の古家を、自分だけの空間へ

そんな真鶴で相馬さんが手に入れたのは、海から300mの距離にある、山の中腹の200坪ほどの敷地だ。目の前に海が広がる眺めの良い場所である。ただ、その土地には20年以上も住む人がおらず放置されたままの、築60年に近い古家が残されていた。海からの風があたる東の一角は屋根が傾き、廃屋一歩手前の雰囲気であった。しかし相馬さんは、この家の間取りや設えに可能性を感じ、手を入れれば自分好みの家に変わると判断。リノベーションを前提に、この土地を手に入れる。

相馬:古家を壊して新しい家を建てることはまったく考えませんでした。吉村順三の家をリノベーションした、皆川 明さんの御代田の保養所や、ヨーガン・レールさんの石垣島の別荘での素敵な暮らしを体験させていただいていたからでしょうか。
そもそもリノベーションは、実物を見てそれをどういうふうに変えればいいか見当がつくので、好きなんです。新築の場合、完成予定を3D映像で見せられてもピンとこなくて。それに今の時代の新築は、価格と折り合いをつけるとなると、どうしても経年変化が楽しめない素材を使うことが多くなるのが残念なところです。

相馬さんは、東京で暮らすマンションを数回住み替えているが、すべてリノベーションを前提とした購入である。
真鶴の古家は、1964年に建てられた延床面積約90㎡の、東西に長い形。東から10畳の洋室。続いて南の窓に沿って縁側があり、奥に8畳の和室が2つ並んだ間取りになっている。海が特によく見えるのは、西の和室だ。設計は、熱海に住んでいる若手建築家が主宰する「AIAR(えあー)」に依頼し、施工は地元の業者が請け負った。相馬さんが目指したのは、海との間に遮るものが何もない、大きな開口部のある自然とつながる家だ。

かつての縁側部。途中に壁があったが撤去し、畳を敷いた。ガラスの引き戸が全開になる、開放的な空間。亜鉛メッキされた鉄板の庇は光を反射し、屋内が明るく感じられる。

相馬:広く開口するために取り除いた壁や柱のかわりに、3本の鉄骨が家の南面をしっかり支える構造になっています。縁側にあった壁は撤去し、南側は全面が窓に。しかも窓のほとんどは戸袋に収納でき、開放することが可能です。海との間に邪魔するものは何もありません。特にこだわったのが、無垢材を使ったガラスの引き戸です。このためにあつらえたもので、鍵の形状にもこだわって、出っ張りがないネジ締り錠を組み付けています。窓の外に設けた深さ1.6mの庇が、雨と夏の日差しを遮りつつも、冬は室内に日差しを引き込む計算です。
この場所は風が強く、ご近所の人から雨戸を付けることをすすめられました。ですがそれだとせっかくの何もない開口部の広がりが削がれることになってしまいます。古家は、20年以上も放置されていた間もガラスは割れていなかったので、雨戸を付けませんでした。もしガラスが割れるようなことがあれば、そのときには取り替えればいいと思っています。

無垢の木を使った、美しい引き戸。鍵は昔あったネジ式の構造を現代的にしたもので、このようにきれいに納まる。相馬さんから建築家に提案した。
ダイニングから縁側部分の眺め。手前の木枠の引き戸は、かつての建物の縁側の外窓として使われていたもの。下部に木材を加えて高さを調整し、再利用している。
建物の要となるのは南側を支える3本の鉄骨。眺めを遮ることがないように開口部を避けて立てられている。

和室の畳も、ヘリのないものを特注。洋室の床は墨色のタイルを張り、壁の色はそれに合わせて仕上げた。洋室の海側の窓も、全開できるようになっている。敷地の端にあった金網のフェンスも撤去して庭を整え、和室に座っていても、海がよく見えるようにした。

西の和室。畳を替え天井を抜いたくらいで、ほとんど手を入れていない。木部や土壁が、経年変化で良い雰囲気に。
かつての縁側と右手の和室部分の間を、建具で仕切ることはしなかった。そのぶん外の景色が、開放的に感じられることに。

リノベーションで心掛けたのは、やり過ぎないこと。ノイズのない開口部の実現にはとことんこだわる一方、古い建物の状態の良い部分はそのまま使い、改修は傷んだ部分に手を入れる程度で済ませた。そもそもこの古家は、趣味の良い住まい手が建てた家で、水回りもほとんどそのままである。

朱色のシェードの照明は、おそらく60年前からこの家で使われていたもの。キッチンの天袋は扉を外し、コンロを新しいものに替えたくらいで、ほとんど手を入れていない。
かつての家で使われていた、懐かしいデザインの廊下のガラス製照明。わざわざ替える必要がないと、そのまま使っている。
洋室(ラウンジ)の隣にあるのが、和室のダイニング。天井を抜いて、屋根裏に断熱材を入れ、合板を張ってシンプルに仕上げた。廊下の照明の明かりが上方に漏れて、梁のある空間を照らしている。
和室のダイニングの奥にある床の間は、傷みが激しかったので、撤去して鉄板を敷いた。床の間に窓があるのは、かつてその向こうが屋外だったから。西の和室は古家が過去に増築していた部分なのだ。

相馬:家具類は、「とりあえずのものは買わない」のが僕の考え方です。なんでも急いでそろえる必要はありません。時間をかけてゆっくり探し、納得のいくストーリーのあるものを身の回りに置いています。
有名デザイナーの作品から、無名の作家の手によるものまで。古いものをリメイクしたものもあれば、友人から譲っていただいたものもあります。唯一この家のために買い足したのは、ダイニング用のガラスの丸テーブルで、オークションサイトで掘り出しものを見つけて入手しました。建築家は、全員が海を眺めることのできる四角いテーブルを勧めてくれましたが、お互いの顔が見えて一人一人の距離感が近くなるほうがいいと思い、丸テーブルを選んでいます。食器は、これまで集めてきたものが東京のマンションや実家に随分とあるので、そこからこの家に合ったものを選んで持ってきました。

家具や調度品は、有名なものから無名のものまで、ストーリーのあるお気に入りのものを置いている。上部が斜めになった棚は、相馬さんが以前にデザインディレクターを務めていた nendoのもの。なかには自身がプロデュースした、nendo ×Baccaratのグラスが収められている。
ピアノは前の住人の方の残置物で、喜んで使うことに。ピアノの左にあるガラスブロックは、かつての玄関の名残。ピアノの上にエアコンが設置されているが、黒なのでゲストには気づかれない。
叔母がアメリカに住んでいたころに使っていた、マルニ木工のソファーを譲り受け、生地を張り替えた。この椅子が、同社と相馬さんのトラディションプロジェクトにつながる。

「真鶴時間」で人と緩やかにつながる暮らし

真鶴には、月に3度ほど訪れるという相馬さん。ときには夕方に来て、翌朝に東京へ戻るようなこともある。都内から2時間ほどで来ることができる、相馬さんのサードプレイス。この場所ではどんな日常を送っているのだろうか。

相馬:この町は漁港があり、周りは柑橘類の産地です。こちらにいるときは魚や野菜をよく食べています。東京に帰ると、お肉中心の食生活になりがちなのがリセットできていいですね。そして自然と、夜早く寝て、朝早く起きる生活になります。この家にはテレビもなく、PCもできるだけ使わないようにしています。どうしても仕事をしないといけないときは、紙と鉛筆で考えをまとめています。
真鶴にサードプレイスを持ったことをきっかけに、仲良くなった人の家に招かれることも多いですね。東京だと日程を調整すると、会うのが1カ月先になってしまうことも少なくありませんが、真鶴なら昼頃に「今夜空いてる?」などと連絡が来て出かけるのがほとんどです。「真鶴時間」とよく言うのですが、気楽さがいいですね。誰かの家で出会う人たちも、趣味人が多くて。みなさんいろんな肩書きのある人だったりすると思うのですが、ほとんどの人が名刺交換をしないんです。こういう人間関係は、心地良いですね。
真鶴で暮らして、店の営業時間が独特なのに気が付きました。昼頃開いて夕方4時か5時には閉まってしまう所がほとんどです。しかも営業日の予定なのに、行ってみると閉まっていることも珍しくありません。これも「真鶴時間」です。こうした、頑張り過ぎないのもとてもいいですよね。いつのまにか、この緩いリズムも楽しめるようになってきた気がします。

そう話す相馬さんは、とても楽しそうだ。海が見える、緑の多い環境に立つ真鶴の家。そこは、身を置いているだけで癒やされるのを感じる空間だった。そんな家に頻繁に通うようになって2年半。この静かな町にただよう、素朴で人間的な真鶴時間で過ごすことで、相馬さんはさらに満たされている。

profile

相馬英俊

三越伊勢丹プロパティ・デザイン 取締役 執行役員 経営企画部長(株式会社三越伊勢丹からの出向)。1991年株式会社伊勢丹(現:三越伊勢丹)入社。家庭用品、特選和食器・趣味雑貨、家具バイヤー、リビング商品部長、伊勢丹浦和店営業統括部長、三越伊勢丹研究所社外取締役、デザインオフィスnendoデザインディレクター(出向)、三越伊勢丹ホールディングス 経営戦略統括部などを経て現職。

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