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解体ではなく再生・保存を選択した、貴重なメタボリズム建築――静岡新聞・静岡放送東京支社ビル
未来に残したい、TOKYOの建築

解体ではなく再生・保存を選択した、貴重なメタボリズム建築――静岡新聞・静岡放送東京支社ビル

機能をアップデートしながら、竣工当時の造形美を守り続ける

時代や世代を超えて人々の心を惹きつけてやまない名建築を紹介する本連載。第13回は、静岡新聞・静岡放送東京支社を訪れました。銀座の入り口に立つユニークなデザインのビルは、丹下健三氏によるメタボリズム建築の代表作としても知られています。戦後の名建築が存続の危機にあるなか、なぜ保存することを選んだのか、そして最新技術を駆使した再生の道のりをご紹介します。

Text by Yoshinao Yamada
Photographs by Takao Ohta

メタボリズムの思想をかたちにした丹下健三の代表作

いまなお、世界が注目する日本の建築運動「メタボリズム」。高度経済成長期、当時若手だった建築家の黒川紀章、菊竹清訓、浅田 孝、槇 文彦らが、急激に成長する都市、増加する人口といった社会の変化に対し、有機的に成長する都市や建築のあり方として提案した考えだ。その言葉から、人々がまず思い浮かべるのは黒川が設計した「中銀カプセルタワービル」だろう。しかしその建築はすでにない。2022年の解体後、世界各地の美術館がカプセルの数々をこぞって収蔵した。建築は残らずとも、メタボリズムの思想は継承されている。

その「中銀カプセルタワービル」と同じ銀座8丁目に立つ「静岡新聞・静岡放送東京支社」もやはりメタボリズムの思想を取り入れた建築だ。黒川の師である丹下健三が設計し、1972年竣工の「中銀カプセルタワービル」よりも5年早い1967年に完成した。同じく丹下によるメタボリズム建築「山梨文化会館」も前年に竣工。現在も当時と変わらず、静岡新聞社、静岡放送(SBS)がオーナー企業として使いつづけ、「山梨文化会館」に本社を構える山梨日日新聞社と山梨放送(YBS)もテナントとして入居する。1950年代の終わり、丹下と門下生たちはこれからの建築や都市について活発な議論を重ねた。それは1961年の正月に新聞紙上で「東京計画1960」として発表され、建築にとどまることなく社会に大きなインパクトを与える。

竣工時の静岡新聞・静岡放送東京支社。竣工時は、今回の改修で再現された色だったことがわかる。東京高速道路(KK線)、そして左に1964年に開通した東海道新幹線の姿が見られる。
現在の静岡新聞・静岡放送東京支社。地下1階・地上12階建て。手前の東京高速道路(KK線)は2025年をもって道路の使用が終わり、今後は遊歩道に生まれ変わる。現在とは違うにぎわいが生まれると、また街の雰囲気も変わることだろう。

丹下自身はメタボリズムの活動に参加はしていない。しかし門下生である黒川、浅田らが自らのもとで行った研究から進めたメタボリズム、そして大胆な都市計画を発表した磯崎 新らの姿に触発されたのが「山梨文化会館」「静岡新聞・静岡放送東京支社」だと考えられるだろう。さらに「静岡新聞・静岡放送東京支社」は、丹下の大胆な考えに基づく建築ともいわれる。その計画に先んじて「電通」の依頼から、複数のコア、そしてコア間の空中に床を渡らせるという立体的な再開発計画「築地計画」を立ち上げていた。この計画は頓挫し、「電通」の本社ビル(現在は解体)のみとなったがアイデアの一部を継承した建築として「静岡新聞・静岡放送東京支社」はかたちになった。丹下は雑誌『新建築』上で、「築地計画」ではコアから広がる立体的な格子をもってコミュニケーションの三次元的な広がりを視覚的に表現しようと考えたとしている。その最小単位を「静岡新聞・静岡放送東京支社」で表現した。当時、最も影響力のあるメディアであったテレビや新聞の拠点からコミュニケーションを表現しようという考えもあったのだろうか。

異彩を放つデザインの内部は快適なオフィス

そのユニークな建築を見ていこう。外堀通り、そして2025年に一般自動車道としての役割を終えた東京高速道路に挟まれた変形の敷地にあり、濃茶の円筒形コアから箱型のユニットが張り出す。銀座周辺に地方の放送局や新聞社が支店を構えるのは、公官庁のある霞ヶ関に近いからだといわれる。ショートケーキのような敷地は以前より静岡新聞・静岡放送が所有していたものだそう。資料が残っておらず、丹下に建て替えを依頼した経緯はわからない。

コアの外装には、コンクリート打設時の型枠であったアルミキャストをそのまま用いている。

地下1階地上12階建てで、建物の最頂部まで円筒のコアが立ち上がる。コアには、エレベーター、階段室、トイレなどのユーティリティ、設備配管類を収める。一方、張り出したユニットはオフィスに。コアに内蔵する鉄骨の柱から横に張り出した片持ちの鉄骨梁が、ユニットを支える。

コアを貫く階段。昇降で、円筒状の建築をなにより体感できる。
エレベーターホール。4階までは鋼板の補強でわずかに壁の厚みが増しているが、まったく気づかない。階ごとに男女別のトイレや給湯室といった機能が一新され、使い勝手を高めている。
現在のオフィスフロア。空間だけを切り抜くと1967年竣工の建築とは思えない。
放送局らしく、あらたにスタジオを新設。右手にコアの壁が見られる。階によってコアの仕上げも異なり、見比べていく面白さも。
屋上からは新橋駅方向を眺めることができる。

唯一無二のデザインを残すために試行錯誤した耐震補強

設備の老朽化から建物への議論が始まり、改修に至るまで多くの議論を重ねたという。経済合理性で考えると、新築のビルに建て替えれば最新の機能に更新することもできるだろう。しかし丹下健三という世界の建築史に名を遺す建築家の意欲作である一方、そのモニュメンタルな建物は建築に興味をもたない人々の記憶にも深く刻まれている。東海道新幹線の車内からこのビルを見つけると、まもなく東京駅に到着すると感じる人も多いだろう。さまざまな人々の心にさまざまな形で息づく象徴的な建築こそ残すべきだと、静岡新聞・静岡放送は判断したのだ。

コロナ禍に一度ビルを空にし、およそ1年をかけて改修工事を行った。改修の設計施工は、竣工時に施工を担当した大成建設だ。外壁は赤みのある茶から竣工時の色である濃茶に戻されたが、外部から改修の多くを読み解くことは難しい。なぜなら外観はオリジナルを維持、内部空間は現代的なアップデートが改修の趣旨だったからだ。なにより最大のミッションは耐震補強にあった。

丹下の造形美を感じるビルの中空部分に新しく柱や筋交いを加える耐震補強では、建築が台無しになる。そこで注目したのが鉄骨鉄筋コンクリート造のコアの内側だ。現在の基準に合うように解析を行い、コアの低層部にあたる1階床上から5階床下までに9ミリ厚の鋼板をアンカーで打ち付けて建物を補強した。特に負荷が大きい1階と地下1階の間には炭素繊維シートを貼り付け、揺れにも対応する強度を持たせた。とはいえ今回の工事では内側の壁をわずか数センチ増やすのみにとどめている。補強後、設備も更新。シリンダー状のコアをらせん状に貫く階段は変わらないが、同じくコアに設けられた水回りは最新の設備に置き換えられた。

地下1階の上部から1階脚部にかけて炭素繊維シートで補強する。これはコンクリート構造物の補強などに欠かせない素材で橋脚やトンネルなどに用いられる。
丸窓から補強した鋼板が見える。

1990年代にも段階的に改修を行っており、外壁の塗装、防水、内装、外構、設備などが更新されている。それらを含め、何を変え、変えないかの見極めが求められた。改修が行われたとはいえ、その当時から働き方、通信環境、セキュリティの観念、そして求められる環境性能などは大きく更新されている。

先述の外壁は竣工時の塗料の資料が残っていなかったので、オリジナルの色が残っていた箇所からわずかに塗料を削り取って検証を行った。1階エレベーターホールは竣工時の仕上げを、エントランスは90年代の改修時に設えられた花崗岩をそのままに生かしつつ、低層部の印象を変えるために1〜2階の軒天、幕板、サッシは黒色に変更。ガラスサッシは原設計のままだが、内側に新たな窓を設けて断熱性能や防音性能を高めた。90年代に進められたバリアフリー化も、現在の基準に合わせてアップデート。災害時にも建物がある程度の時間は稼動するように発電機を更新し、浸水に備えた止水扉や止水板の設置など、複合的な視点から丁寧に建物をアップデートしている。静岡新聞・静岡放送の静岡にある本社も丹下の設計だ。こちらも竣工から半世紀を超えているが、いずれも基本的には100年建築を目指して維持修繕を続けている。

エレベーター2基を備える1階エレベーターホール。トラバーチンを用いた床と壁の仕上げは竣工時のまま。
新たに整備した2階コワーキングスペース。入居する各社が自由に利用でき、来客などに対応する。
トイレもバリアフリー化を行った。現在のビルに求められる基準、機能に応えている。

名建築を継承することに成功したモデルケース

いま、「静岡新聞・静岡放送東京支社」の周辺は大きく変わろうとしている。向かいに立っていた「リクルートGINZA8ビル」はすでに解体が終わった。隣接する東京高速道路(KK線)も道路の役割を終え、遊歩道へと生まれ変わろうとしている。ほかにも周辺でさまざまなビルの建て替えが進む。「静岡新聞・静岡放送東京支社」も、改修時に新橋側にあった池を広場へ変えた。銀座の入り口としてにぎわいの創出につながればとの想いもあるという。宙に浮かぶユニットもあり、銀座にありながらゆとりある空間が街ゆく人々にも知らず知らずのうちに心地よさを与えることだろう。

コアの足元、改修とともに池だったスペースを広場に変えた。キッチンカーがやってきて販売を行うことも。

近年、戦後の名建築が存亡の危機にある。一方で時代の変化とともに、求められる建物の安全性や強度、設備、快適性も基準が変わり、それに応じなければならない背景もある。しかし二度と実現することのできない建築をみすみす失うのはあまりに惜しい。来年、築60年を迎える「静岡新聞・静岡放送東京支社」。適切なアップデートで社内やテナント各社からも評判がいいという。どのように建築を継承していくか。このビルには学ぶべきヒントが多く提示されている。

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