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奧へと広がる邸宅街・代官山と常磐松で、東京の時空の広がりを感じる
街歩きの風景

奧へと広がる邸宅街・代官山と常磐松で、東京の時空の広がりを感じる

小高い丘に広がる静謐な空間――新旧のカルチャーの変遷を感じる邸宅街・代官山と常磐松を歩く

その街に住んでいるように街を歩き、文化、息づかい、地形の起伏などを感じていく……今回の連載では、代官山から渋谷にかけての一帯を歩いた。最先端のファッションとライフスタイルがある代官山は、東京の邸宅街のなかでも屈指のカルチャータウンとしても知られている。なぜ代官山界隈が時代の最先端でありながら、深い教養と文化をたたえた街になったのだろうか。

Text by Aki Maekawa
Photographs by Noriyuki Fukayama

瀟洒な邸宅、カルチャーの発信地が並ぶ旧山手通り

渋谷から道玄坂を上り、南平台町付近から代官山駅に向かい、旧山手通りを歩き始める。歩きながら左右の道路の様子を見ると、多くが坂や断崖であり、この道が高台の頂を走る“尾根”なのだと気づく。

古地図をひもとくと、文明開化期まではこの一帯はほぼ畑だった。変化があるのは、明治末期ごろ。明治期の政治家・軍人であった西郷従道や、明治政府の要人・岩倉具視がこの地に別荘を持つようになってから、多くの貴族や有力者が邸宅を構えるようになっていった。

旧山手通りから代官山駅に向かい、左側を見ると、多くの道が坂になっている。旧山手通りが高台であるとわかる。
1974(昭和49)年に選出された内閣総理大臣・三木武夫氏の旧居もこのエリアにある。2012(平成24)年まで、記念館として一般公開されていた。周辺も邸宅が多い。

西郷山公園方面に歩いていく。1981(昭和56)年に開園したこの公園の名前の由来は、ここが旧西郷邸であり、近隣の人々から「西郷山」と呼ばれて親しまれていたことにある。

明治20年代から第二次大戦前にかけて、ここには回遊式の庭園、洋館、和式の住宅があったという。しかし、東京大空襲で一部を焼失。洋館は戦災を免れ、愛知県の明治村に移築された。現在は国の重要文化財に指定されており、当時の面影を伝えている。

公園には、20mの落差がある滝や、ゆるやかな坂道があり、台地の斜面を利用して造成されていることがわかる。奥へ奥へと進みたくなってしまう構造なのだ。

最も奧の部分は展望台であり、崖の下に眺望が開けている。冬季の空気が澄んだ日には、富士山を望めることもあるという。

この公園は目黒区立なのだが、スタイリッシュな雰囲気は画面を通して伝わるのだろう、テレビドラマなどのロケ地としても有名。その一例を挙げると、『東京ラブストーリー』(1991〈平成3〉年)、『愛していると言ってくれ』(1995〈平成7〉年)、『ロングバケーション』(1996〈平成8〉年)など記憶に残る作品が多い。そのワンシーンを思い出しながら歩くのもまた一興だ。

展望台の様子。ベンチがあり憩いの場になっている。
展望台からの風景。公園が高台であることがわかる。

東京の邸宅街は、各国の大使館が多い。代官山エリアにも、デンマーク王国、マレーシア、リビア、エジプト・アラブ共和国などの大使館がある。

旧山手通りには外国人の姿も多く、通り沿いの建造物や店舗デザインが洗練されているので、海外の街にいるような感覚になることがある。

「駐日マレーシア大使館」は1991(平成3)年完成。イスラミックな外壁のパターンが美しく、街に溶け込んでいる。
ピンクがかった外壁が優しい印象の「駐日デンマーク王国大使館」は、1979(昭和54)年に完成した。設計者は「ヒルサイドテラス」と同じ槇 文彦氏だ。
旧山手通り沿いには、80年代ごろからアパレルやカフェなどが登場しはじめ、最先端のカルチャータウンになっていった。
旧山手通り沿いには、80年代ごろからアパレルやカフェなどが登場しはじめ、最先端のカルチャータウンになっていった。
旧山手通り沿いには、80年代ごろからアパレルやカフェなどが登場しはじめ、最先端のカルチャータウンになっていった。

世俗を離れた邸宅街・猿楽町と「ヒルサイドテラス」

旧山手通りから1本奥に入ると、人気の邸宅街・猿楽町エリアだ。一帯が小高い台地であることがわかり、渋谷方面を見ると高層建築物を見下ろすような風景も見られる。谷底から噴き上げてくるような渋谷のエネルギーを遠くに感じながら、静謐な自宅でくつろぐ――そんな対比を感じられるのも、このエリアならではだ。

猿楽町の邸宅街。なだらかな坂が多く、坂が俗世の喧騒を引き離しているのではないかと思うほど、静かだ。
猿楽町には、ヴィンテージマンションも多い。バブル崩壊まではこの近辺に大企業の社宅や社員向け施設もあった。

さて、ここで代官山を代表する存在の「ヒルサイドテラス」に向かって歩いていく。

「ヒルサイドテラス」は、渋谷区猿楽町・鉢山町の旧山手通り沿いにある複合施設だ。住宅、店舗、オフィスなどがあり、1969(昭和44)年から1998(平成10)年までの約30年の歳月をかけて作り上げられてきた。代官山の文化的な雰囲気は、「ヒルサイドテラス」から始まったともいえる。ちなみに猿楽町という地名は、「ヒルサイドテラス」に現存する6~7世紀の古墳・猿楽塚に由来しているという。

「ヒルサイドテラス」のオーナーである朝倉家は、戦前までは渋谷区会議長や東京府会議長も輩出した。しかし第二次大戦後に所有していた土地の多くを手放すことになってしまった。

そこで、手元に残った旧山手通り沿いの土地での不動産経営を計画。建築家・槇 文彦氏とともに「代官山集合住宅計画」発足させた。

「ヒルサイドテラス」をさらに詳しく

旧山手通りから「ヒルサイドテラス」を望む。

「ヒルサイドテラス」の敷地内に入ると、その特異性がわかる。まず敷地が起伏に富んでいること。スロープや階段、スキップフロアが多く、奥へと誘われているような感覚がある。これは、槇 文彦氏が取り入れた手法“奧性”によるものだ。目黒川に向けて下がっていく地形を生かして施設が作られているため、来場者は歩いているだけで、建造物内の空間の質、深みを感じるという新鮮な体験ができる。

ヒルサイドテラスの一角にある1919(大正8)年完成の旧朝倉家住宅。国の重要文化財に指定されている建物内と、高低差がある地形を生かした回遊式庭園は一般公開されている。

邸宅街からは、富士山が見える

「ヒルサイドテラス」の奥にある旧朝倉家住宅に向かう。富士山が見えるであろう方向を見ると、ヴィンテージマンションの前に、「目黒元富士跡」の碑があった。やはり、ここから富士山が見えたのだろう。

説明を読むと、1812(文化9)年にこの近郊の富士講(富士山信仰)の人々が、高さ12mほどの富士塚を築いたという。歌川広重の「名所江戸百景」に「目黒元不二」として描かれているが、明治以降に取り壊された。

「目黒元富士」の現在の様子。
「目黒元富士」の前の道は、「目切り坂」という。かつて、この一帯は「丸旦山」と呼ばれていた。中目黒方面に下ると創立1907(明治40)年の「東京音楽大学」がある。
歌川広重作「名所江戸百景 目黒元不二」。国立国会図書館蔵

同潤会アパートと代官山アドレス

旧山手通りから、代官山駅方面に向かうと、空がだんだん狭くなり、ある種の圧迫感を覚える。それは、近代的で画一的な建物が多くなっているからだろうか。

八幡通り沿いには、高層の建物が多い。

かつてこの界隈には、1927(昭和2)年から1996(平成8)年まで、「同潤会アパート」があった。36棟のモダニズム建築のアパートが当時の雰囲気を現在に伝えていたが、老朽化のために取り壊された。

そして2000年に「代官山アドレス」という複合施設に生まれ変わった。奥には36階建ての「ザ・タワー」という高層マンションが存在する。

八幡通り側からの「代官山アドレス」全景。

代官山についてはこちらもチェック!

「代官山アドレス」も、奥へ奥へと誘われるような構造をしている。通り沿いは商業施設だが、奥に進むにつれて、眺望が開ける。

1枚目は八幡通り側、2枚目は東横線側へと歩く通路。東横線側に歩くと、空が一気に広くなる。
1枚目は八幡通り側、2枚目は東横線側へと歩く通路。東横線側に歩くと、空が一気に広くなる。
1枚目は八幡通り側、2枚目は東横線側へと歩く通路。東横線側に歩くと、空が一気に広くなる。

代官山駅の南側は高台になっており、瀟洒なマンションや邸宅が存在している。戦前の地図を見ると、代官山一帯には、徳川家、東武鉄道の創業者・根津嘉一郎、東京急行電鉄(東急)の事実上の創業者・五島慶太のほか多くの有力者が居を構えている。眺望と、庭作りに適した複雑な地形が有力者を魅了したのだろう。

かつての面影を伝える家は残っているが、その多くは集合住宅になっている。
かつての面影を伝える家は残っているが、その多くは集合住宅になっている。

かつては地上を走っていた、東横線の記憶

「代官山アドレス」から代官山駅のホームを望むと、八幡通り側からの高低差を感じる。

1924(大正13)年に武蔵電気鉄道の社名変更により生まれた東京横浜電鉄(現・東急電鉄)は、1927(昭和2)年に、渋谷〜丸子多摩川間の9.1キロの運行を開始した。都市生活者の足として現在も運行を続けているが、大きな変化があったのは、2013(平成25)年に東急東横線と東京メトロ副都心線の相互直通運転が開始し、東横線渋谷駅が地下化したことだろう。

その跡地は、商業施設「ログロード代官山」になり2015(平成27)年に開業した。

「ログロード代官山」の案内図。
敷地面積3,200㎡、全長220mの緑あふれる細長い敷地が線路を思わせる。かつて歩けなかった道を歩くのも一興だ。

東横線の記憶は各所に残されており、八幡通りには鉄橋のモニュメントがある。この並木橋付近には、八幡通りを跨ぐように鉄橋が架けられており、その上を電車が走っていた。高架下には多くの落書きがあり、暗い雰囲気が漂っている時代もあった。

しかし、それから10年も経たぬうちに整地され、陽光と新緑が美しい歩道になった。東京のダイナミックな変容を感じた。

さらにこの近辺の歴史を調べると、1946(昭和21)年まで並木橋駅という駅があったという。

古地図を見ると、昭和初期にはこの一帯に多くの学校が存在しており、通学の利便を図るために設置されたことが想像できる。

学校の一例を挙げると、國學院大學、実践女子学園大学、青山学院大学のほかに、戦後に近郊に移転する東京農業大学、常磐松女学校(現・トキワ松学園中学校高等学校)などの名前がある。邸宅街の近くには、文教施設が多いのだ。

東横線高架が残されていている。柱の数字は管理番号を示している。

八幡通りから常磐松方面へ

谷底を流れる川のような明治通りを越えて、國學院大學方面に向けてなだらかな坂を上がっていく。

かつての地名は「常盤松」といった。古くからのこの地に松の古木があったからだという。

幕末の古地図を見ると、畑が広がっている。その一部が、明治時代以降、皇室の「御料乳牛場」になり、大正末期まで牛乳が皇室に献上されていたという。

それらの広大な土地に、学校ができていく。1881(明治14)年に「桃夭女塾」(とうようじょじゅく)(実践女子大学の前身)、1882年(明治15)年に「東京英和学校」(青山学院大学の前身)と、「皇典講究所」(國學院大學の前身)が開校した。

実践女子大学と青山学院大学は共に私塾が発展したもので、創学者が私財を投じて校舎を建てている。また、國學院大學は、1923(大正12)年に御料地を下賜され、この地に移転してきた。

現在もこの地に門を構える屈指の伝統を誇る大学は、自然発生的にこの地に集まったのだ。小高い丘の上にある、静謐で文化的な土地は、学問を究めるのに向いているからだろう。

常磐松地区の最も高い場所は、空が開けている。
國學院大學の施設前の災害避難案内板には、青山学院、実践女子学園の文字があり、3校が隣接していることがわかる。

明治通り方面に坂を下っていくと、遠くに六本木ヒルズが見えた。静かで緑豊かな土地なので、都心にいることを忘れてしまっていた。

ひときわ新緑が輝く邸宅があり、調べてみると「常盤松御用邸」という皇室の御用地で、現在も皇族の方がお住まいになっているという。常磐松の地名の由来となる松は、この敷地内にあったという説もある。

坂の左手に御用邸、正面に六本木ヒルズ。坂の右側には、瀟洒な集合住宅が並んでいる。

代官山から常磐松にかけて歩くと、地形のダイナミックな変化と、新旧のカルチャーの移り変わりを感じる。「奥へ、奥へ」と人を誘うような魅力がある。

そこに刻まれた人々の思いを見つけることも、このエリアの魅力ではないだろうか。

参考

渋谷区
▶︎https://www.city.shibuya.tokyo.jp/

ヒルサイドテラス
▶︎http://hillsideterrace.com/

『見えがくれする都市』槇 文彦・若月幸敏・大野秀敏・高谷時彦著(共著)鹿島出版会

目黒区
▶︎https://www.city.meguro.tokyo.jp/

東京音楽大学
▶︎https://www.tokyo-ondai.ac.jp/

『同潤会のアパートメントとその時代』 佐藤 滋・伊藤裕久・真野洋介・高見沢邦郎・大月敏雄(共著)鹿島出版会

東急電鉄
▶︎https://www.tokyu.co.jp/index.html

下田歌子電子図書館
▶︎https://www.jissen.ac.jp/library/shimoda/index.htm

青山学院大学
▶︎https://www.aoyama.ac.jp/

國學院大學
▶︎https://www.kokugakuin.ac.jp/

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