これは、建築かモニュメントか彫刻か
鈴木:今回は大阪で開催している「2025年日本国際博覧会」(以降、万博)へ来ています。「未来社会の実験場」として、先端テクノロジーや未来のライフスタイルを体験できるさまざまな展示がされています。以前にも「今日もアートの話をしよう」にご出演いただいた落合陽一さんが、シグネチャーパビリオンのひとつ「null²(ヌルヌル)」をプロデュースされています。今回、落合さんが「null²(ヌルヌル)」をつくった経緯などから伺ってもいいですか?


落合:「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマだったので、直球ですが、「磨いて輝く=鏡」を用いました。鏡の作品は過去にもよくつくっていますが、今回は単なる平面の鏡ではなく、変形するものにしたかったんです。
鈴木:パビリオン全体が動きのある鏡面になっていますね。
落合:モニュメントをつくるというのは最初からやりたかったことです。だけど、《太陽の塔》みたいなモニュメントだとデザインのほうが先行してしまうので、機能が先行するモニュメントにしようという発想がありました。それで、テクノロジーと組み合わせた変形する鏡の彫刻であれば、今の時代に見せる必要があるだろうと。
実は世の中には鏡でできた彫刻はたくさんあります。アニッシュ・カプーアがシカゴにつくった《クラウド・ゲート》とか、ニューヨークにつくった《スカイミラー》とか。ダン・グレアムの《ツーウェイ・ミラー・パビリオン》とか。ただ単に置いてあるそれらに対し、そうではないものをクリエイトしたかったんです。
鈴木:パビリオンの基本設計はNOIZの豊田啓介さんですよね。
落合:彼とはずっと仲がいいです。2019年に日本科学未来館で《計算機と自然、計算機の自然》という展覧会をしたとき、インテリアは豊田さんにお願いしました。僕はコンピュータの人間で、豊田さんもコンピューテショナルデザインだから相性が良い。今回も最初、どういうモチーフにするかは僕が決めて、ボクセル形状にするアイデアは豊田さんから出てきました。引っ張ったり出っ張ったり変形させるために、素材からつくろうとなり、テントなど大型膜面構造物メーカーを巻き込んで膜を開発してもらいました。恐らく建築家だけじゃつくれない建築だし、アーティストだけじゃつくれない彫刻です。良いチームだったと思います。
遠山:やわらかい素材の膜でできているの?
落合:金属膜なんですよ。金属と樹脂の膜。
遠山:全部が動くの? 表面を押す装置とかは?
落合:装置は中にいっぱい入っています。ロボットのアスラテックがその辺のノウハウに精通していて。そこらじゅうにロボットアームや音を揺らす装置が入っています。
鈴木:へえ。彫刻であり、楽器でもあるんだ。
落合:はい。ほぼ楽器ですね。巨大なスピーカーといいますか。スピーカーが約40個入っています。大屋根リング上から見ると、波打っているのがよくわかる。離れて見るのも結構いいですよ。

鈴木:常にこういう有機的なことを考えているのですね。
落合:地球上に置かれたデジタルな構築物だから、デジタルネイチャーとしか言いようがないですね。館内の印象って、ちょっとクジラの体内にいる感じがしませんか? たまにうなるし、ゲップもする。演出で暗くなるとき、ドーンって鳴るでしょう。そのとき建物全体もドーンと共鳴する。まるで胃袋の中に入った人間という異物にゲップしている感じです。

鈴木:それ、ピノキオだね。クジラに飲まれた。
落合:そうそう、ほぼピノキオ。ピノキオの建物です。
鈴木:古代の鏡とか、御神体の鏡とかにも連想が及んでいますね。
落合:もちろんつながっています。この展示には「弥生」というテーマというか、問題提起があるので、その時代のモチーフということで鏡を入れています。日本神話の三種の神器のひとつ、八咫鏡(やたのかがみ)は、八咫烏(やたがらす)にもつながります。ご存じかもしれませんが、1970年万博のシンボルである岡本太郎の《太陽の塔》は、カラスがモチーフらしいんですよね。これは偶然のかぶりでした(笑)。
鈴木:岡本太郎のパートナーだった岡本敏子が書いた『太郎さんとカラス』という本にも出てきますよね。岡本太郎はカラスが好きだったみたい。
落合:《太陽の塔》のモチーフは彼らが飼っていたガーコーってカラスらしいです。「null²」のモチーフは猫ですけどね。展示の中にうちの猫、トラちゃんの話も出てきます。テーマが弥生だから猫にしたわけです。穀物をつくる時代になるとネズミ駆除のために猫が飼われるようになるので。
もうひとりの自分を見て、人は何を思うのか
鈴木:ところで、展示の中にはどんな新しい技術が入っているのでしょうか。
落合:新しい技術はたくさん入っていますよ。まずアクチュエーターが4種類入っているんです。以前、「舞台裏」*で茶室の展示をしたときに使っていたような直動アクチュエーターと、音を鳴らす巨大なアクチュエーター、あとは膜を直接たたくアクチュエーター、それとロボットアーム。それらが基幹制御システムで動いています。屋外にある人間をスキャンして取り込む装置は、相当な最新鋭技術で、研究施設でもやったことがないレベルのものです。
*落合さんは以前、このパビリオンのエッセンスを「ギャラリー&レストラン舞台裏」(麻布台ヒルズ)で見せてくれていた(https://r100tokyo.com/curiosity/talk-art/240301/)。

鈴木:落合さんは、このところ毎日ここに詰めているのですか?
落合:ずっといますよ。安定稼働するまで現地にいないとさすがに不安なので、4月中はほぼ20日くらいはいました。サーバーサイドのところは僕はつくっていないですが、演出周りはどこがおかしくなったのか大体わかるので。それと映像素材も自分でつくっていますから。
遠山:館内で流れる映像も?
落合:はい。僕の個展で見せたような写真を3000枚くらい出しています。
遠山:じゃあ、もともとは具象の画像だったりするの?
落合:そうですね。生成映像のほうは別ですが、流れていく写真は『質量への憧憬』という僕の写真集から使用しているものです。人工生命のプログラムをつくったのも僕なので、その辺は対処ができるという状態です。
遠山:生成は音声か何かで指示するの?
落合:ええ、音声指示です。インスタレーションのなかで対話モードがあるじゃないですか。しゃべったそばから映像が出てくる。アテンダントが「何か聞きたいことはありますか?」と向けるマイクに何か答えると、その言葉に対応する映像が出てきて、そのあとに音も流れてくる。生成されるものは毎回ひとつひとつ異なるので非常に有機的です。
遠山:途中でマイクを向けられたので「明日の予定は?」って聞きましたが、それをAIが映像にしたのですね。
落合:そうそう。たとえば明日は桜を見る予定なら、映像は桜になるし、音響はお花見の音に変わるという具合です。まだ論文に載っていないものも2〜3個入っているくらい、本当に新しい技術です。

鈴木:この万博を通じて伝えたいメッセージはありますか?
落合:まず、パビリオンの中でも語られますが、「賢さは人間のおまけ」というメッセージがあります。「賢いのは人間のおまけだから気にしなくていいよ」という部分。あれは、今のAIが人間を超えていく時代の本質を突いた一言だと思っているんです。ホモ・サピエンス(ラテン語で「賢い人間」の意味)は、もはやAIからすると「昔、賢かった生き物」と認識されていなくもない。「じゃあ、僕は賢くないの?」って人間が問いかけると、「賢いのは、君のちょっとしたおまけだから気にしなくていいよ」というAIの回答がある。それはなぜかといえば、人間が賢さを気にしはじめたのなんて、ここ10万年くらいのことだからです。500万年前から人類がいたとしたら、10万年なんて本当に些細な時間です。生命が保存されることにおいて、賢さはおまけだったけれど、まだそのおまけの話をやりますか?というのは、きっと今、人類が問われていることなのではないかなと。
遠山:君たちはAIにはないものを持っているんだよ、みたいなことかな。
落合:「モラヴェックのパラドックス」というのですが、人間にとって難しいと思うことほどAIには簡単で、人間にとって簡単にやれることほどAIにとって難しいという現象があります。ごはんを食べるとか、100メートルを走ることはAIにとっては超難しいです。消化機能もなし、運動神経もない。でもAIが世界一の物理学者よりも賢くなるのはあっという間です。
鈴木:なるほど。
賢いことが勝利する時代にたまたま生きている
落合:狩猟採集の時代は、体がよく動いて丈夫なことが人間にとって大事だったけれど、農耕が始まると、賢さが重要になった。考えて行動したり、予測をして計画を立てるには知恵が必要です。でも人類が農耕を始めたのは、たかだか1万年くらい前ですよね。狩猟採集の時代がおよそ249万年あった。今、その1万年を手放そうというのは、そんなに難しい話じゃない。そのことを誰かが「ホモ・サピエンスの葬式」と言っていた。名言だと思います。
鈴木:農耕の始まりと時間の概念は関係がありますよね。日の出から日の入り。季節ごとの気温や天候の特質。暦(カレンダー)が生まれたことも。
落合:ポール・リクールの『時間と物語』という本がありまして、それによれば、時間はいつ生まれたのかというと、物語が出来たときということなんですね。僕もそれは確かだと思います。物語がなければ時間は生まれない。もちろん物理的な時間は昔からありますが、人間が時間を認識するためには物語がないといけない。
鈴木:わかります。
落合:狩猟採集民は過去の話をほとんどしないです。今でも世界中に狩猟採集民はいますが、彼らは時制が極めて少ない生活をする。もちろん、さっきのことと今のことくらいは区別していますが、何十年前に何々した、みたいなことはそんなに話さないという。亡くなった人のことも話さないことが多いそうです。
遠山:すごく面白いね。
落合:「時間の誕生」に関わる「みんなでつくる物語」というのは結構深遠なるテーマで、みんなで信じるお話がないと、時制もないし、自分たちがどこから来たのかも語れないし、宗教もない。そういう世界を「null(ヌル:ドイツ語でゼロ)」の世界と捉えています。さて、僕らはどこまでお話を分解することができるのだろうか、というもうひとつのテーマです。
鈴木:ロングロングアゴー。むかしむかしで始まるお話ですね。
落合:そう。「むかしむかし」で始まるということは確実に時制がある。でも、このパビリオン「nullの森」の最初のフレーズは「どこにもなくて、どこにでもある。いまでもなくて、いつでもあるところ」なんです。いきなり時制のないところから始まるのですが、「小さなヌルの森に小さな人はいました。人はおしゃべりできるけど、考えるのは得意ではありません」と。狩猟採集状態では、考えることは生きていくためのちょっとしたおまけでした、という視点をここで提示しています。
鈴木:最終的に、世界はどのように変わっていくのでしょうか。
落合:ヌル(ゼロ)になる。お墓すらなく何もない。でも大丈夫。お墓に名を刻むというのは農耕以降のことで、ない時代のほうが長かった。「どこかで生きて、どこかで死んだ」だけになるかもしれないけれど、コンピュータが覚えているから別にいいんだと。そうすると人間は死んでまで所有する土地のことなど気にしなくなるかなと少し思います。「空(くう)に始まり、空(くう)に帰る」。そんなコアメッセージを「null²」ははらんでいます。
即時的パフォーマンス「新種のImmigrationsB」と落合陽一のコラボレーション

4月27日、「null²」の前で、遠山正道率いる「新種のImmigrationsB」が落合さんとのコラボレーションライブを行った。落合さんは映像演出として参加し、バンドのライブからAIにより生成画像を生み出し、リアルタイムでパビリオンの屋外モニターに映し出した。パビリオンのキューブも鼓動し、埋め込まれたモニターが映像を放った。
今回の「新種のImmigrationsB」のスローガンは、「踊れる朗読、やさしいノイズ」。「虫と笑った」など全7曲を演奏した。ギター/澤田知子、ドラム/澤田アンドレ詩生、テルミン/街角マチコの演奏をバックに、遠山がポエトリーリーディングを行う。ロックの音に加えて、テルミンのけだるく甘く切ない鳴きが振動する。そこに遠山の闊達でよく響く声が重なる。
不思議なセットのバンドに万博の観客は歩みを止め、しばし演奏に聞き入っていた。
▶▶EXPO2025 新種のImmigrationsB “10時0分’feat.落合陽一
film director・iggy coen
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「null²」特設サイトはこちら
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メディアアーティスト。1987年生まれ、2010年ごろより作家活動を始める。境界領域における物化や変換、質量への憧憬をモチーフに作品を展開。筑波大学准教授。2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)テーマ事業プロデューサー。主な個展として「北九州未来創造芸術祭 ART for SDGs」北九州(2021)、「Ars Electronica」オーストリア(2021)、「晴れときどきライカ」ライカギャラリー東京、京都(2023)、「ヌル庵:騒即是寂∽寂即是騒」Gallery & Restaurant 舞台裏(2024)、「昼夜の相代も神仏:鮨ヌル∴鰻ドラゴン」東京 BAG-Brillia Art Gallery-(2024)、「どちらにしようかな、ヌルの神様の言うとおり:円環・曼荼羅・三巴」岐阜・日下部民藝館(2024)など多数。また「落合陽一×日本フィルプロジェクト」の演出など、さまざまな分野とのコラボレーションも手掛ける。
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1962年東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年三菱商事株式会社初の社内ベンチャーとして株式会社スマイルズを設立。08年2月MBOにて同社の100%株式を取得。現在、Soup Stock Tokyoのほか、ネクタイブランドgiraffe、セレクトリサイクルショップPASS THE BATON等を展開。NYや東京・青山などで絵の個展を開催するなど、アーティストとしても活動するほか、スマイルズも作家として芸術祭に参加、瀬戸内国際芸術祭2016では「檸檬ホテル」を出品した。18年クリエイティブ集団「PARTY」とともにアートの新事業The Chain Museumを設立。19年には新たなコミュニティ「新種のimmigrations」を立ち上げ、ヒルサイドテラスに「代官山のスタジオ」を設けた。
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1958年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。82年、マガジンハウス入社。ポパイ、アンアン、リラックス編集部などを経て、ブルータス副編集長を約10年間務めた。担当した特集に「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「国宝って何?」「緊急特集 井上雄彦」など。現在は雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がけている。美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。
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