豊かな暮らしに役立つ家具をつくる
「芦沢くんは僕が何年も前から注目していた建築家だったんです。世の中に建築家はたくさんいるけれど、こんなに家具に理解のある人はいないなと思って、勝手にその活動をマークしていました」と話すのは、カリモク家具の副社長である加藤洋さん。
カリモク家具といえば、黒いレザーをボタン留めしたシートと木製フレームが特徴的な「Kチェア」を知る人も多いのではないだろうか。同社は1940年に愛知県刈谷市で創業した老舗の木工家具メーカーで、当初はミシンやピアノなどの木工部品の制作を請け負っていたが、戦後の時代の流れに伴い1962年から家具も制作。「Kチェア」こそが、初めて自社製品として開発された名作で、現在に至るまで一度も廃番になることなく作り続けられている。
そんなカリモク家具と芦沢さんとのコラボレートが初めて実現したのは、リビタが手掛ける「リアージュ砧テラス」。空間から考える家具を提案すべく、デンマークの建築・デザインスタジオ、Norm Architectsを交えて新たな家具ブランド「KARIMOKU CASE STUDY」を立ち上げ、今回、「ウッドヴィル麻布」の新コンセプトルームでも同チームでオリジナル家具を制作している。
芦沢「カリモク家具はものを美しくかつ効率良くつくる術を知っているんです。クオリティが抜群に高いのはもちろんですが、木工メーカーからスタートし、材料である木材そのものから管理していることもあって、品質と価格とのバランスが世界中を探しても他にないほどに良いと思います」
加藤「カリモク家具では国内産の木材の場合、素材を製材メーカーから供給してもらい、乾燥以降の全ての工程を自社で行っています。刈谷市は木工のバックグランドがない土地柄のため分業制が成立しにくかったこともあり、クオリティの高いものを効率良くつくる仕組みを自社で独自に作り上げてきました。その結果、7つある工場はそれぞれに家具のカテゴリーを決めて専業化し、家具製作に必要な道具の手入れなども全て自社で行なえるようになっています。自分たちの製品は良いものである、と理由を伴って言い切れるものづくりを目指してやってきたことが、結果的に私たちの強みとなっています」
木工部品の下請けをしていた同社が、まったく未知の世界であった家具製作にチャレンジしたのには訳があるという。
加藤「当時、戦争でさまざまなものを失った日本は、少しずつ豊かで幸せな暮らしを取り戻していました。その豊かな暮らしを象徴するものの一つが、欧米化し始めた住空間でした。まさに日本のライフスタイルが変貌を遂げるタイミングだったのです。だからこそ、人の暮らしに寄り添ったものをつくることで世の中に役立ちたいと考え、家具製作に踏み切りました。豊かな暮らしに役立つような「永く愛される良い家具」をつくりたい。その想いは当時から現在にまで引き継がれ、当社のモットーになっています」
建築家と家具メーカーがコミュニケーションをとる意味
「ウッドヴィル麻布」で採用された家具ブランド「KARIMOKU CASE STUDY」が誕生した背景には、家具メーカーである加藤さんと建築家である芦沢さんとのそれぞれの想いがある。空間にぴったり合う家具をつくるには、建築家と家具メーカーの協力体制が必要不可欠だ。それが成立してはじめて「上質な空間」が叶う。しかし、実はその協力体制が築きにくいという実状があった。
加藤「僕は家具メーカーとしての製品開発の方向性みたいなものに疑問を持っていました。「家具としての魅力をどう高めるか」「どうしたらマーケットで注目してもらえるか」といったプロダクトそのものの魅力ばかりに意識が向いて、「使い手にどんな気分になってほしいか」「暮らしを考えたときに家具はどうあるべきか」ということが後回しになっているのではないかと。人の暮らしに寄り添う家具作りを目指していたのに、いつの間にか一番大事な部分が抜け落ちてしまっていたのだと気づいたのです。加えて「建物をつくったんだけど、家具を置きたくないんだ。家具を置くと台無しになっちゃうから」というような建築家の言葉もよく耳にしました。でも、疑問を感じませんか。建物があっても家具がないと暮らしは成り立たないはずなんです。同じ線路の上で同じ目的を持っているにも関わらず、どうしてこんなにも意思疎通ができていないんだろうと、ずっと違和感を抱いていました」
芦沢「僕は大学で建築学科にいましたが、授業で家具デザイナーについての話が出てきたことがありません。建築学科で建築を学ぶとその内容は主に構造や都市計画で、家具のことはまったく学ばずに社会に出ます。僕が大学にいたのは何年も昔の話ですが、今もそれほど変わっていないと思われます。そうすると、実際には家具が暮らしを豊かにするにも関わらず、家具のことがきちんと考えられないことになる。「知らないもの」だから、家具を邪険にしてしまうという建築家がいてもおかしくありません。だけど、そこがつながったら暮らしはもっと豊かになりますよね。モダンファニチャーの歴史を勉強していると、長く愛される家具は建築家から生まれるという事実が見られます。それは、建築家のつくる家具が本質を捉えているということでは決してなく、家具メーカーと建築家とのコミュニケーションがあった上で生まれたものだからではないでしょうか。家具起点、建築起点のそれぞれの論理だけでものをつくるのではなく、そこのぶつかりが大切なんです。そういう意味では、家具メーカーが建築家とコミュニケーションをとって家具をつくることは、良い家具をつくることの一つのソリューションであると思います」
加藤「カリモク家具の原点は最初に述べたように「永く愛される良い家具」です。永く愛されるためには、品質・耐久性などが大切な一方で、スペックだけではないプラスアルファの価値も届けなければならないと思っています。デザインやコンセプトから生まれる愛着だったり、どう使えばどう暮らしが豊かになるのかという提案だったり、そういったプラスアルファの要素をきちんと届けたいと思っています」
最近は世の中が成熟し、価値観が多様化を極め続けている。そのなかでカリモク家具は「永く愛される良い家具」とは何だろうと改めて追求すべきステージにいたという。
加藤「そんななかで、多様な条件に一つひとつ真摯に向き合いアプローチする芦沢くんの「正直なデザイン」や、Norm Architectsのミニマムなんだけどストイックすぎなくて疲れない「ソフトミニマリズム」の考え方にひかれるものがありました。そんな建築家の視点が、家具においても大切なんじゃないかと思ったのです。よく考えてみるとごくごく当然な家具作りの考え方なのですが、その当然のことが実はできていなかったのだと思います。「KARIMOKU CASE STUDY」の空間のために家具をつくるというテーマもある意味では普通のことなんです。特定の空間のために家具をつくる過程に「良い家具の真髄」が隠されているんじゃないか。それが見えてくれば、特定の空間のために生まれた家具がさまざまな空間で価値を発揮するんじゃないか。そう思い、「KARIMOKU CASE STUDY」というプロジェクトを新たな挑戦としてスタートさせました。家具メーカーの製品開発からするとこれまでとは逆転の発想で、ちょっとしたイノベーションですね」
芦沢「デザインする側の立場からしても、家具は空間とともに見せないと理解されないんじゃないかと思うんです。家具だけを単体で見せると「誰が使うの?」「どこで使うの?」となるけれど、空間にフィットした状態で見てもらえれば「これだったらこういう空間に合うな」「こういう使い方があるんだな」とメーカーや使い手に理解してもらえるし、僕ら自身も納得する。「KARIMOKU CASE STUDY」はそういうさまざまな想いを融合したプロジェクトになりました」
これまでの住空間のクオリティを飛び抜ける
今回のコンセプトルームでは、新たにオリジナルでデザインしたものを中心としながら「KARIMOKU CASE STUDY」の既存コレクションを織り交ぜて家具を構成した。全体としての大きな特徴は色に現れている。
芦沢「木部に「スモークド オーク(smoked oak)」という色を採用しました。ウォールナットよりも赤みが少ない爽やかなブラウンで、墨の色にも見えるかもしれません。墨茶色と呼ぶのが近いのかな。日本の古い神社や寺に行くと、経年変化で赤が飛んで色あせた柱なんかがあって、でも割れ目からはちょっとした赤みが感じられる。そんなイメージです。「ウッドヴィル麻布」は集合住宅にはなかなかない静謐な雰囲気を持っていて、日本らしさを感じます。アプローチには日本庭園もあり、お寺に入っていくような雰囲気がある。そこから気分が切れずにつながる空間にしたくて、あえてダークなトーンにしました。もちろん共用部で使っているものをそのまま使うのではなく、色のトーンや雰囲気だけをもってくる。そのために濃いめの色にしたいという前提があり、Norm Architectsが「スモークド オークのイメージで作ろう」と提案してくれました。カリモク家具は塗装色の表現もとても豊かなので、相談しながら作った色です」
加藤「芦沢くんやNorm Architectsのイメージを基に色を調合し、彼らが目指す空間に最も合う色を作りました。重すぎず、むしろ軽さを感じる墨色で、爽やかな印象すら与えます。日本人が見てものすごく馴染み深い色になっていると思います」
家具は、図面上では絶対に完成しない。プロトタイプを最低2回、多くの場合はそれ以上作って、職人と調整しながら少しずつ良いものにしていくという。新たにデザインしたものの代表となるのは、リビングのソファやダイニングセットだ。エントランスホールのベンチとミラーや、キッチンのハイスツール、さらには和紙を取り入れたペンダントライトなどもゼロから製作している。
芦沢「ソファはキューブ型のユニットを組み合わせて使う「モジュール・ソファ」になっています。リビングのプランがほぼ正方形だったため、正方形のなかに正方形をつくるイメージで二人掛けや三人掛けを並べるのではなく組み合わせて使うものにしました。ダイニングテーブルのポイントは脚です。奥行きのあるダイニングのプランだったため、誕生日席ではなく長手方向に三人ずつゆったりと座って欲しかった。それに対して、四つのコーナーに安定感のある脚を置くデザインがしっくりきたんです。これまでにNorm Architectsがデザインした家具からもインスピレーションを得ています。Norm Architectsのつくる家具は、彼ららしさの奥にデンマーク家具の古き良き伝統が生きている。そんな彼らと僕のスパーク、そしてカリモク家具ならではのハイレベルなクオリティが全体のなかで溶け合っているはずです」
加藤「全体で溶け合うという点で言うと、今回、家具だけでなく収納の扉や建具などの木部もカリモク家具でやらせてもらったことも大きいですね。既存の建材では塗装の色味やパターンが決まってしまうため、家具と建築の木部を合わせることは難しいのですが、その点において今回は色調をぴったり合わせることができました」
芦沢「表に見えてくる木部のほとんどをカリモク家具にお願いしました。それが空間に及ぼす影響はかなり大きいと思います。これまでの住空間のクオリティを飛び抜けている。実際に出来上がったときに、こんなにピリッとした空間になるんだなと感じられるはずです。このコンセプトルームは、できるだけ余計なことをせず、素材の良さ、ディテールの美しさを活かしたいと思って作りました。カリモク家具とともに素材やディテールを追求することでできあがってくる空間の力や美しさに、僕自身が感動しています」
加藤「家具だけではなく暮らしていて目に入る木部の仕上げもトータルで手掛ける。それは僕がとてもやってみたかったことでした。やはり、最後に家具が収まった空間の空気感、住み手にどんな気持ちになってほしいかを考えることが最も大事だからです。家具からさらに一歩踏み込んで、空間として完成させるということに本格的に取り組めた今回のコンセプトルームは、カリモク家具にとっても新しいチャレンジであり、多くの意味で素晴らしい機会となりました」
建築家と家具メーカーのコラボレーションによって生まれた上質な空間の背景には、住み手の心地良い暮らしを最優先した「ものづくり」の姿勢がありました。これまでにない空間の力や美しさが感じられるという二人の言葉に、竣工がますます楽しみになります。第3回となる次回は、この部屋のアートを描いた素描家・shunshunさんを訪ねます。
Photographer
近影・カリモク家具工場写真 ... Takuya Furusue / 古末拓也
完成家具・室内写真 ... Tomooki Kengaku / 見学友宙