建築の世界をめざしたきっかけは、ロンドンの街並み
横山幸佑が建築の世界をめざすきっかけとなったのは、中学生のころ両親とともにイギリスを訪れたときの体験だった。「空から眺めたロンドンの整然とした美しい街並みは、まさにカルチャーショックでした」と横山は言う。
日本の街並みを思い浮かべるに、その雑然として無秩序で灰色のイメージに失望しかなかった。これをなんとかしたいという思いが、横山を導くことになった。そのころ初めて自分で買った本はフランク・ロイド・ライトの作品集だったそうだ。

その後、街並みに興味を持って大学の建築学科に進学したが、建築や構造、インテリアなど幅広く学ぶなかで、結果的に最も関心を抱いたのはインテリアだった。卒業後は、いくつかのキャリアを経て「光井純 アンド アソシエーツ 建築設計事務所」に入所。そこでは10年ほどキャリアを積んで、最後はインテリアデザイン室室長として勤めた後に独立、林 祐希とラスコー合同会社を設立した。
「デザイン・オン・レスポンス」という設計思想
ところで横山が師事した光井 純といえば、NYのワールドフィナンシャルセンターをはじめ数多くの超高層ビルを手がけたアメリカの建築家、シーザー・ペリに師事したことで知られる。横山が光井から最も影響を受け、今もその精神を引き継いでいるというのが、「デザイン・オン・レスポンス (Design On Response)」という設計思想だ。
これは、光井がペリから引き継いだもので、都市や建築のデザインにおいて、場所性、歴史、文化を尊重するとともに、人々のニーズに真摯に応える姿勢を基本とする。いわばコンテクスト(文脈)への応答性を最重要視するという意味で「文脈応答型デザイン」といえよう。横山もその思想を受け継いでおり、クライアントの声に耳を傾け、キャッチボールを繰り返しながらデザインすることを常に心がけているという。
横山がもう一つ光井から受け継いだのは、「鳥の目・人の目・虫の目」といった多層的な視点で空間を捉えるという考え方だ。都市や街並み、建築、インテリアといったスケールの異なるレイヤーを、遠景(鳥の目)、中景(人の目)、近景(虫の目)として行き来しながら観察・設計するという、俯瞰(ふかん)的な視座である。
「現代は建物は建築家、内部空間はインテリアデザイナー、家具は家具デザイナーと分業化してしまっていますが、本来はそれらを一気通貫で考えるのが建築家なのではなかったでしょうか」と横山は言う。たしかに、イタリアのモダニズム建築の巨匠、ジオ・ポンティは高層ビルから住宅、インテリア、家具から食器までデザインしているし、かのフランク・ロイド・ライトもしかり。
コンセプトは「静謐(せいひつ)な豊かさ」
そうした背景をもつ横山が最近手がけたのが、東京の高級住宅街の代名詞ともいえる代官山に立地する「ディアナガーデン代官山」の160㎡を超える住戸だ。高台の南西斜面に立つ建物の3階角部屋で、開口部が多いため自然光がふんだんに取り込まれ、なにより眺望が素晴らしい。


代官山は、昨年亡くなったプリツカー賞受賞建築家の槇 文彦が、古くからの地主である朝倉家とともに、自然環境を守りながら30年にわたって丁寧に開発してきたヒルサイドテラスという宝物によって、高級住宅地としてだけでなく、近年はアート、ファッションなど、先進の文化情報発信地としても認知されている。
こうした緑豊かで落ち着いた品のある環境をリスペクトして、横山はこの住戸のコンセプトを「静謐の豊かさ」と設定。デザインするにあたって空間構成、照明計画から素材、カラーリングに至るまで、代官山ならではの静謐さへつながるデザインを試みている。
建築家の芦原義信は、その著書『街並みの美学』の中で、内部の外部化、外部の内部化という2つのベクトルのバランスの重要性を説いているが、この邸宅で横山は「静謐な豊かさ」というコンセプトを軸に外部と内部の調和を巧みに図っている。


横山が今回のリノベーションにおいてR100 tokyoとともに想定した購入者イメージは、経済的に安定したある程度年齢を重ねたDINKsか、ファミリーであればセカンドフェーズでそろそろ自立しそうな子供が1人か2人、あるいは海外の富裕層で、共通するのは代官山という土地の上品で落ち着いた環境とクオリティレベルを理解し共感できる層だ。
「そういった購入者層のイメージだからこそ、個性の強いデザインは極力避け、カラーリングもグレージュやアースカラーといった落ち着いた色合いにして、ライティングも主に足元を照らす照明をメインに、空間全体で静謐さを表現しようと考えました」と横山は言う。

大切なのは、タイムレス、ノイズレスと余白のデザイン
横山によると、レジデンシャルのデザインアプローチで大切なのは、まず、タイムレス。それは、飽きが来ない、ずっと見ていられる、時間がたっても変わらないというクオリティだ。次に大切なのがノイズレス。心地よい空間には、素材やディテールに違和感=ノイズがない。この物件でいうと、素材や仕上げ、カラーリングなど、設計・施工のプロでなければ気付かないレベルかもしれないが、徹底的にノイズのない状態に仕上げることによって、空間体験としての心地よさを実現している。
例えば、廊下からLDKへとつながる引き戸まわりにも、住まい手の目線を意識した繊細な設計が行き届いている。開け放したときの扉の収まりや、部材の見え方まで丁寧に調整され、家の中のさまざまな場所で暮らしの中で視線に触れるノイズを最小限に抑えるための工夫が凝らされている。


また、余白のデザインとは、そこに住まう人が自ら考えて、時に設計者が想定もしなかったような使い方、過ごし方ができるよう余白を残しておくことを指す。ここでは、玄関からLDKの大空間へ向けて一直線に設けられた、用途に応じて自然に使い分けられる高さのカウンターがその一例だ。玄関先ではベンチにもなるし、LDKエリアではテレビ台にもなる。アートや花瓶を飾るコンソールとして使うこともできる。

もう一つの余白は、リノベ前の平面プラン中央部にあった壁に囲まれた洋室を、対面2か所に扉を設け、2ウェイで回遊できるようにしたことだ。閉じれば居室にもなるし、開放すれば家族共用の書斎や趣味の部屋にもなる。「住まう人が自由に使い方を考えられる余白が豊かさを生むのだと思います」と横山は言う。



ちなみに、横山はディアナガーデン代官山のほか、R100 tokyoの運営を行うリビタのリノベーション物件として代官山アドレス ザ・タワー、東京ツインパークスというタワーマンションの住戸も手がけているが、アプローチは同じでも建物と環境が異なるとアウトプットはまったく異なるものになるという。
時間をデザインする
「建築はもちろんそうですが、インテリアもどういった時間をそこで過ごしていただくかということを常にイメージしてデザインしています。言うなれば空間体験とは時間を過ごす感覚にほかならないのではないか。そこに関わってくるのは、床、壁、天井はもちろんのこと、空間のボリューム、素材や質感、色もそうだし、家具、アートや小物、照明、さらにその土地の文化や歴史などで、すべての要素が交わって時間を体験する。ですから建築や、空間のデザインや設計自体が時間をデザインするための手法であって、そこを意識してデザインすることが結果に現れるのだと思います」と横山は言う。
そういう意識でデザインする横山にとって、逆説的にその空間がちゃんとデザインされているかどうかは豊かさの第一条件ではなくなる。例えば、大好きなカフェは?とか、友人や家族と楽しく過ごした思い出の場所は?と聞かれたとき、それは必ずしも建築家やデザイナーが手がけたカフェではないし、オーナーが工務店と話し合いながらつくった老舗の喫茶店であるかもしれない。
「暮らしの中の豊かさとは、心地よく時間を過ごせること。そういう意味では僕は時間をデザインしているのだと思っています」

profile
東京都出身。2004年日本大学理工学部建築学科卒業。06年設計事務所pointを経て、07年光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所株式会社、ペリ クラーク アンド パートナーズ ジャパン勤務。18年林 祐希とともにLascaux G.K.(ラスコー合同会社)設立。
▶︎https://www.lascauxtokyo.com