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千葉・鴨川の里山再生を通して。「小さな地球」が教えてくれること
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千葉・鴨川の里山再生を通して。「小さな地球」が教えてくれること

建築家・塚本由晴が描く“つながり”の社会像

千葉県鴨川市の山間にある釜沼集落は、1000年以上前から続く天水棚田、果樹園、茅葺き屋根の古民家、豊富な緑に覆われた裏山が広がる美しい里山。建築家で東京科学大学(旧・東京工業大学)教授の塚本由晴さんがここを訪れたのは約10年前。この地で繰り広げられているさまざまな活動や、塚本さんが考えるこれからの豊かさについて話を聞いた。

Text by Hiroe Nakajima
Photograph by Takao Ohta

里山で培う、現代社会にこそ必要な「思考」

千葉県鴨川市の山あいに建築家の塚本由晴さんを訪れたのはゴールデンウィークの最終日。植えられて間もない苗が、一面に広がる棚田を青々と満たし、降りしきる雨の滴をまとっている。あたりには茅葺きの古民家や炭焼き小屋、目が覚めるような黄色い夏ミカンの木が所々に。どこか懐かしさを感じさせる美しい里山だ。

ここは25世帯が暮らす釜沼集落。1000年以上前から、この土地に暮らす人々が天水棚田(雨水のみで米をつくる水路のない棚田)を育み、生きものの命脈を紡いできた。
1999年にこの地へ移住した農家・アーティストの林 良樹さん、パーマカルチャー・半農半X家の福岡達也さん、そして建築家で東京科学大学(旧・東京工業大学)教授の塚本由晴さんの3人が一般社団法人「小さな地球」を立ち上げたのは2020年のこと。

「棚田オフィス」から望む棚田の景色。塚本さんとこの土地の接点ができたのは、2016年に棚田保全に協力している企業からの依頼で棚田を見下ろせる場所に「棚田オフィス」を設計したことから。1階が農具置き場・休憩所、2階は会議やパソコン仕事もできるユニークなコワーキングスペース。
晴天時の棚田オフィス外観。
建築家の塚本由晴さん(左)と、釜沼集落への第1移住者の林 良樹さん(右)。

「小さな地球」は、持続可能な社会を目指すコミュニティ。地域住民と都市住民が協力しながら、多様なプロジェクトを同時進行させている。棚田や山林の保全、古民家再生、ゲストハウスやタイニーハウスビレッジの建設、オーガニックマーケット、そして大学や企業の研修など……。塚本さんは週末の多くをこの里山で過ごし、研究活動を続けている。ここはあらゆる事物が関係し合う暮らしの場であり、研究室の学生たちと足しげく通うのには理由がある。

塚本:20世紀以降の資本主義社会は、消費主義に傾倒していきました。消費者ファーストの競争が加速し、とにかく安い資源を、どこからでもいいから集めてきて早くものをつくり、そして廃棄するという方向にものづくりの環境を追い込んでいった。結果、大変な負荷が地球にのしかかる仕組みが出来上がってしまった。そこから抜け出すために建築はどうしたら良いかを考えたとき、未来への投機に偏ってきた空間型のデザイン思考ではなく、いかなる経路により現在の事物の連関に至ったかを理解し、弱ったところを強め、失われたところをつなぎ直して、事物連関に働きかける「事物連関型」のデザイン思考の重要性に気付いたのです。

建築物が消費材のようにつくられ、あっという間に廃棄物になってしまう負の循環が、これ以上看過できないところまできていることは近年の地球環境を見ても明らか。そこで塚本さんが考える「事物連関型」思考の実践場として、この里山の環境はとても優れている。

塚本:建築物は、プロダクトのなかでも相当数のものを寄せ集めてつくります。例えば、この机の材料や畳の草は、どこから来て誰がつくったのか。考えるときりがないほど、建築はたくさんの資源、背景と関わっています。それはつまり、事物と事物のつながりです。この里山は、そのような「事物連関」を思考する場所として最適です。とにかくいろいろな資源があり、それらが見事に関連づいていて、何も無駄なものはないので、建築資材の活用しがいがあります。例えば、石油由来だった断熱材を、商品流通の外側にある籾殻(もみがら)に置き換える。そこから別の連関が生まれます。今、この里山で起こっていることは、現在の建設産業を批評できる思考力を育み、小さいながらも実践を通して、身体と道具と環境の繋がりを取り戻す試みです。資本主義の縁を歩くのです。

「資源をもたらす人」への転換

この場所は今、塚本研究室はじめ、明治大学川島研究室、東京都立大学能作研究室、神奈川大学須崎・印牧研究室など建築系の研究室が共同で活動・研究するフィールドワークの現場になっている。ここに来た学生たちは、10人ほどが1グループになり、古民家やタイニーハウス(小さな家)の設計、畑や雑木林の手入れをするなど、里山を縦横無尽に駆け回る。
彼らは特に、この土地の木、土、石、籾殻などを用いたタイニーハウスの製作に熱中している。現在、6軒のタイニーハウスが敷地内に点在するが、記念すべき第1号は大きな夏ミカンの木と寄り添うように立つ「滴滴庵(てきてきあん)」。塚本研究室のメンバーが設計から施工までほぼすべてを行ったが、学生がこうした実際の建築を完成させることはめったにないことだという。

里山の資材を用いて、学生たちがつくりあげたタイニーハウスの第1号、「滴滴庵」。晴れた日には草屋根から遠くに太平洋を望むことができる、山から里、里から海、そして雨となった水がまた山へ戻るという水の循環を意識した小屋。

塚本:大学の授業で、実際に建築物を建てることまではできない学生たちにとって、この里山ほど優れた環境はありません。建てることで里山に何気なくあるものを資材化することができるので、建築が里山再生活動の原動力になり、資源に直接アクセスするきっかけになるのです。これは今までにはなかったことだと思います。
私たちの活動が本格化した発端は2019年秋の大型台風でした。暴風雨が南房総を襲い、多くの民家が被害に遭いました。林さんが住む“ゆうぎつか”もトタン屋根が飛ばされて、下から古い茅葺きが出てきました。これを茅葺き屋根として再生することを林さんと誓って以来、里山を再生することが研究室の活動になりました。 里山が都市と違うのは、暮らしのリズムが自然のリズムと協調していることです。また集落の人たちや、ここに通う都市住民たちが持ち込む予想外のものを、環境構築に取り込むことも少なくありません。さらに道具に溢れているところも都市との違いで、次に使うことを考えた道具の手入れや片付けを行います。そうした応答を繰り返すうちに、学生たちは自分で考え率先して動けるようになっていきます。一歩踏み出すのが早くなるんです。

一般的に「人的資源」という言葉をよく耳にするが、塚本さんたちが目指しているのは「資源的人」。社会に消費されるのではなく、資源をもたらすことができる人のことを示している。この場所は直接資源にアクセスすることができる最良の場だが、いざアクセスするとなると、相応のノウハウがなければ不可能だ。普段から貨幣で得られるサービスに頼っており、都市型の知恵と経験しかない私たちにとってそれは容易ではない。一方、漁師、猟師、農家などは「資源的人」として扱われる。「人的資源」から「資源的人」へ、塚本さんは人間像をそのように転換させる必要性を問いかけている。

塚本研究室が里山再生を始める過程で、田んぼ7枚と牛小屋(改修して道具小屋に)付きの古民家“したさん”を「小さな地球」で購入。“したさん”は2021年にリノベーションされ、現在、宿泊可能なコモンスペースになっている。5名以上でも余裕をもって調理が可能な大きなカウンターと薪ストーブのあるコミュニティキッチンがある。
塚本研究室が里山再生を始める過程で、田んぼ7枚と牛小屋(改修して道具小屋に)付きの古民家“したさん”を「小さな地球」で購入。“したさん”は2021年にリノベーションされ、現在、宿泊可能なコモンスペースになっている。5名以上でも余裕をもって調理が可能な大きなカウンターと薪ストーブのあるコミュニティキッチンがある。
林さんが暮らす古民家“ゆうぎつか”。2019年の台風被害を受けた茅葺き屋根を「小さな地球」で修繕再生中。
2025年8月11日の高蔵神社例大祭では、塚本ゼミ生が吹笛(すいてき)役で参加することが決まっており、そうした地域の行事にも積極的に関わることができるのは林さんの存在があるから、と塚本さんは言う。「林さんが地元の人々やそこにある自然、生きものとのインタープリター(仲介)をしてくれるので、ハレーションを起こさずやっていける」

林:塚本さんが毎週のように来て、学生たちと共に課題解決に取り組んでくれる。共に考え、未来を形づくっている感じです。学生の存在が里山再生の大きな力になっています。最も価値があるのは、自由な時間と空間、そして自己変容を続けられることだと思います。東京を否定するのではなく、2つの地域の行き来があることが大切。そして今後は、この「小さな地球」のような活動が横のつながりを広げていくことが必要です。また日本だけでなくオーストラリア、アメリカ、カナダ、スイス、イタリアの研究・教育機関との交流が始まっています。地域同士がつながっていくインターローカリティは、これからの重要な世界的テーマではないでしょうか。

「自然のふるまい」と向き合い、豊かな社会へ

東京科学大学建築学科で教えてきた建築家は、谷口吉郎(1904~79年)を嚆矢(こうし)とし、清家 清、篠原一男、坂本一成、そして塚本さんの世代へと続く。どの人物も建築家であると同時に哲学者的側面も持ち合わせたプロフェッサー・アーキテクトである。

塚本:私自身、個人住宅やさまざまな施設、広場を手掛けてきましたが、今改めて、資本蓄積の結果良い建築物ができるということを、当たり前の枠組みとして信じ続けて良いのだろうかと問い直しています。資本主義と民主主義のカップリングが、コモンズ(共有性)を弱体させたと思うのですが、今一度コモンズを再構築することで人々を勇気づけ、生き生きと暮らせる場所をつくれるのではないかと期待し、「小さな地球」の活動に全力で取り組んでいます。私が里山で建築や社会のことを考えられるのも、東工大のプロフェッサー・アーキテクトの伝統が世代から世代へと受け継がれてきたからだろうと思います。私も何かを次の世代に渡していかねばならない。

資本主義的な価値観ではなく、共感をベースとしたコミュニティの公共性や共有性がもたらす豊かさを、塚本さんたちは実感している。そしてここには移住から26年、資本主義的な“生産と分配”という図式ではなく、“贈与と交換”という図式で暮らしてきた林さんというよき先達がいた。「小さな地球」のもう一人の代表で7年前に移住してきた福岡さんとその妻あずささんもまた、パーマカルチャー(永続可能な循環型農業)や養蜂、子ども食堂の運営などにも取り組み、より多層的なコミュニティづくりを行っている。

塚本:ここでのコミュニティは、都会にある職業コミュニティや趣味性の高いコミュニティとは少し違い、暮らしをベースにしています。元々住んでいる農家の方、移住者、そして都会と二拠点生活をしている者同士が助け合い、良好な関係をつくっています。しかもそのふるまいがことごとく楽しそうであるというのは、いい光景だと思いませんか?

塚本さんはたびたび「ふるまい」という言葉を用いる。これは建築と人、自然を関連づける場所づくりには欠かせないという。

塚本:ふるまいの主語は人間だけではありません。光、風、熱、湿気なんかも自然のふるまいの一部。植物が年に1度花を咲かせ、実を結ぶのもふるまいです。そして良い建築デザインというのは、そのさまざまなもののふるまいを抑圧せず、互いに高めあうように束ねることではないかと思うんです。例えば「風通しが良い」という言い方だと、人間による風の利用価値だけで見ている感じがしますが、抜けていく風自身も心地よいはずだと同時に考えてみるわけです。地球環境を維持するには、自然の側から見る目を養うことが大事です。

林さんと塚本さんは「ここでは与えられるものばかりです。人から働きかけなくても、恵みが向こうからやってくる」と口をそろえて言う。

塚本:例えば2月末、田植えを知らせるカエルの声を聞くと、田んぼの準備が始まります。棚田と畔の際をスコップで切る「クロカキ」、溜めた水と田の土を混ぜ合わせる「シロカキ」、棚田と畔の際に土手を作り田鍬で塗る「クロヌリ」をする。その最中の4月はタケノコ。掘らないと森を覆ってしまうのでせっせと収穫する。5月は田植え、6月は梅仕事。7月8月は田んぼの草取り、そして9月は稲刈り。という具合に、里山では自然のほうがこっちにやってくる。これらを迎え入れることで人のふるまいが生まれ、里山は美しく保たれます。逆に無視すると途端に荒れた感じになっていきます。

里山は人と自然が共有しているゾーン。人の手が入ることで自然にも好循環がもたらされる。「家を建てるために木を伐採したり草を刈るというのは、実に大事なことなのだということが、やってみるとわかります。人間が使わなくなると自然は固定化され、瑞々しさがなくなっていく。里山が荒れていくのを見るのが一番つらい、という集落の長老の言葉が私にも少しわかってきました」と塚本さん。

2023年よりスタートした「里山スクールオブデザイン(SSD)」には、塚本研究室ほか4校が参加。各年度3回行うその初回がこの連休中に行われ、40名弱の学生たちが里山でさまざまな活動を展開した。

塚本:SSDを10年続けると400人、20年続けると800人の若い建築人が里山に向き合い、考え、実践することになる。彼らが将来似たような課題を抱えた場所に出会ったときに、「あ、釜沼でやったことだ」と思えれば、抵抗なく動き出せるでしょう。事物連関型のデザイン知性で、社会や地域での役割を担えるはずです。
ここでは20世紀の拡大・成長型社会と、その経路の中で形づくられた産業社会的事物連関に対する批評が共有されています。そもそも批評というのは、何かと出合い、疑問に向き合い、考えること。それこそ、生きることだと思います。

塚本さんがこの場所から伝えていることは、自立自存の人間像の確かさ、また、そうした人々が手を携えたときにもたらされるコミュニティの豊かさについて。キッチンで昼食を用意していた学生たちに向ける塚本さんの温かなまなざしは、建築家であり、哲学者であり、また未来に希望を託す教育者のものであった。

profile

塚本由晴

1965年、神奈川県生まれ。東京科学大学環境・社会理工学院建築学系教授。1987年、東京工業大学工学部建築学科卒業。1987~88年パリ・ベルヴィル建築大学。1994年、東京工業大学大学院博士課程修了、博士(工学)。貝島桃代と1992年にアトリエ・ワンの活動を始め、その領域は建築、公共空間、家具設計、教育、美術展への出展、展覧会キュレーション、執筆など幅広い。2022年Wolf Award 受賞。近年の作品に、鳥の劇場アネックス、ハハ・ハウス、尾道駅、恋する豚研究所、みやしたこうえん、Canal Swimmer's Club、Search Library in Muharraqなど。主な著書に『メイド・イン・トーキョー』(鹿島出版会)、『ペット・アーキテクチャー・ガイドブック』(ワールドフォトプレス)、『図解アトリエ・ワン』(TOTO出版)、『Behaviorology : Architecture of Atelier Bow-Wow』(Rizzoli)、『『WindowScape』(フィルムアート社)、『コモナリティーズ ふるまいの生産』(LIXIL出版)など多数。

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