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遠山正道×鈴木芳雄 連載「今日もアートの話をしよう」vol.27 横尾忠則
今日もアートの話をしよう

遠山正道×鈴木芳雄 連載「今日もアートの話をしよう」vol.27 横尾忠則

およそ一年半で描いたその数、102点。「横尾忠則 寒山百得(かんざんひゃくとく)」展(東京国立博物館 表慶館)

「Soup Stock Tokyo」を立ち上げた、実業家の遠山正道氏と、美術ジャーナリスト・編集者であり、長年雑誌『BRUTUS』で副編集長を務め、「フクヘン。」の愛称を持つ鈴木芳雄氏が、アートや旅、本や生活について語る「今日もアートの話をしよう」。第28回は「横尾忠則 寒山百得(かんざんひゃくとく)」展(東京国立博物館 表慶館)開催を9月に控えるアーティスト横尾忠則氏のアトリエへ。グラフィックデザイナーとして三島由紀夫、美輪明宏、篠山紀信ら数々のクリエイター、アーティストとともに昭和のメディアを席巻。さらに1980年に「画家宣言」を行い、画家として活動を開始。それから43年を経た87歳の今もなお、まるでアスリートのようなエネルギーで創作を続け、最新にして圧倒的な作品群がこの秋、東京国立博物館で公開されようとしている。本篇の取材中には、遠山氏、鈴木氏を前に「未完で生まれて、未完で生きて、未完で死ねばいい」「人間は老化していって、修行ができる」とまた新たな横尾的名言も続出。アート界の歴史的なモーメントに確かに立ち会った――そんな感慨の残る機会となった。

Edit & Text by Hitori Publishing
Photographs by Hiroshi Abe
東京・世田谷の横尾さんのアトリエにて。

――横尾さんがこの3年の間テーマとして取り組んだ「寒山(かんざん)」と「拾得(じっとく)」とは中国、唐時代に生きた伝説的な詩僧コンビ。ふたりの世俗を超越した奇行ぶりを伝えるエピソードは、「風狂」とされ、中国禅宗では悟りの境地ともされた。高い教養を持つ文人であるにもかかわらず、洞窟の中に住み、時には残飯で腹を満たすといった振る舞いを見せた「寒山拾得」の脱俗の境地は、仏教に通じるものとして、中国や日本で伝統的な画題として数多く描かれている。また、森鷗外や夏目漱石、井伏鱒二といった日本の近代文学作家も題材に取り上げているが、横尾氏は「文豪たちも寒山と拾得のことがよくわかっていなかったようだ」と断ずる。じつは取材当日(2023年1月19日)は、横尾氏がちょうど同展出品の100点目を描き終わったタイミング。ふたりの高僧を解するとともに、拾得を「百得」と言い換え、100点以上描くことを自らに課した横尾氏は「もう描くのが嫌になって、二度と筆を握らないかも」などと極めて脱俗的なコメントかつ脱力的なスタンスで取材陣を迎えてくれた。

画期的なトーハクでの現代アーティストの個展
テーマとなった「寒山拾得」に至るいきさつ

鈴木:今回は、現代アーティスト・横尾忠則さんのアトリエにお邪魔しています。今年9月に東京国立博物館で寒山拾得をテーマとした展覧会を開催されるということですが、昨年末の公開日記を拝見していましたら「制作中の100点シリーズの絵があと5、6点になりました。果たしてどんな終息を迎えるのやら? 今までの人生で1年に100点(100号以上)は初めて」との記述を見つけました。もうすぐ描き終わりそうということですか……?

横尾:そうそう(笑)。じつはちょうど、昨日(2023年1月18日)で100点目を描き終えたんですよ。

遠山:えぇ!なんでまた……そんなに早く描けるんでしょうか。

横尾:2022年の1年間、ずっとその寒山と拾得を描き続けてましたしね。コロナ禍でじっとしながら、7月には心筋梗塞で入院・手術もしたけれど。まぁ、いろいろあったんだけど、我ながらよく描けたなとは思いますよ。もうちょっと描くかもしれないから、この取材も、展覧会のいいタイミングで出してね。

取材時はまだコロナ禍の第8波の只中。左から、鈴木芳雄さん、遠山正道さん、横尾忠則さん。

鈴木:展覧会、9月ですよね……。

横尾:だからさ。その頃には、自分の作品が何光年も向こうの宇宙の星のように見えるかもしれない(笑)。

鈴木:それにしてもトーハク、本来古いものばかりやる東京国立博物館で、現代アートの作家が大規模個展というのは前例がないのでは?

横尾:えーっとね。前にデュシャンがやってますよ。フィラデルフィアミュージアムからほぼ全部、遺作以外もってきて、4、5年前にやったじゃない。(注※2018年10月2日〜12月9日/東京国立博物館・フィラデルフィア美術館交流企画特別展「マルセル・デュシャンと日本美術」)

鈴木:でも、デュシャンは20世紀の人だから。21世紀は、そして現役のアーティストでは、横尾さんが初めてということになりますね。トーハクからはどのように話が来たのですか?

横尾:2021年7月〜10月に東京都現代美術館で「GENKYO 横尾忠則」展があったでしょう。

遠山:ありましたね。

横尾:あれの会期の後半に寒山と拾得を描いていたんですよ。それらにトーハクの学芸員の方が興味を持たれて。トーハクは、寒山拾得を描いた古美術をたくさん持っているから、現代美術家にして寒山拾得に興味を持った僕に、興味を向けてくれたんだと思いました。でもそれ以前から、僕の個展を考えてくださっていたようです。

遠山:なるほどー。

東京国立博物館 本館特別1室で開催の関連企画 特集「東京国立博物館の寒山拾得図―伝説の風狂僧への憧れ―」にて展示される、重要文化財の寒山拾得図。重要文化財《寒山拾得図》伝周文筆、春屋宗園賛 室町時代・15世紀 東京国立博物館蔵
横尾忠則《2021-09-21_2》2021年

横尾:僕の作品を観ていらして、徐々にやる方向にかたまったんじゃないかな。

鈴木:徐々にとおっしゃるのは、すぐにはゴーサインが出なかったということですか。

遠山:やっぱり国立だし。

横尾:トーハクはね、ふだんは古いものばかり、古美術ばかりやってるから。それに、体制もあるじゃない。現代作家の個展となると、なかなかな根回しというか、決定までにはだいぶ時間がかかったようですよ。でも僕は、向こうの内情までは耳に届かないけれど、興味はあるようだから、いい方向にいくとよいなぁというくらいに構えていました。

遠山:理由が必要なんでしょうね。いろいろと。現代アートの現役の作家がやること自体に前例がなかったわけだし。

横尾:国宝展とかやってるのは知ってたけど。僕は国宝じゃないし(笑)。

鈴木:古いものは上野、近現代のものは竹橋(東京国立近代美術館)。ふだんはそのように棲み分けがなされていますもんね。そうはいってもゴーサインが明確に出ないなかでも、横尾さんはずっと描き続けていたということですか?

横尾:トーハクの話がある前に、東京都現代美術館の個展が終了してまもなく、もう少し寒山拾得シリーズは展開したいな、続けたいなと思って。どうなるかはわからないけど、ずっと描き続けていたんですよ。

遠山:あぁ、なるほど。

横尾:研究員の方は開催の意志が強かったらしいんだけど。なにしろトーハクだから。

鈴木:東京都現代美術館で寒山拾得を描かれたのが、トーハクへのきっかけということですが、そもそも寒山拾得に至ったのは、何が理由だったんでしょう。寒山拾得の数々の傑作で知られる、曾我蕭白(そが しょうはく/1730-1781)への興味ですか?

横尾:国立新美術館が、2020年6月に開催した「古典×現代2020 ― 時空を超える日本のアート」で、古典の名作と現代作家をコラボさせる企画があって、古典の作家のモチーフでやってほしいと。僕には曾我蕭白をテーマに、というオファーがあったんですよ。

鈴木:江戸時代以前の絵画や仏像、陶芸や刀剣など古典の名品を、現代を生きる8人の作家の作品と対になるよう組み合わせ、一組ずつ8つの展示室で構成したものですね。

横尾:古典側のひとつの展示室が蕭白だったんです。そこで僕は寒山拾得を選択した。それが最初ですよ。2点だけ描いたんだけど、終えてすぐに「これは2点だけで済むテーマではないな」と。

「ノーコンセプト」で描き上げた“100様式”

遠山:今回、実際に100点描いてみて、どういう手応えだったんでしょう。

横尾:寒山拾得は、実在していたという確証はありませんよね。僕が思うに彼らは「理念」であろうと。

遠山:理念ですか。まぁ伝説というか。

横尾:日本の美術界では、モチーフとしての寒山拾得は江戸時代で終わってしまっているんです。明治以降、令和に至るまで誰もやっていなかった。文学では、大正時代に森鴎外がごく短編で寒山拾得を小説にしている。じつは井伏鱒二もちょっとしたものを書いてはいるけど、どうもよくわからないで書いているようで。読めばすぐわかるんだけど。鴎外の掌編も完結していない。

遠山:へええ。

横尾:やはり寒山拾得という題材は、わからないところが多いようで、未完の様相を呈している。寒山拾得はよくわからないんですよ。小説では寒山拾得は途中でいなくなってしまう。この、未完の部分に興味が湧くんですよ。けっきょく、寒山拾得は僕の中にある非常に多面的な要素のひとつのようで。寒山拾得は、存在がわからないけど、風狂な禅僧、詩僧ですよ。好き放題。ルールなし、無手勝流の、奔放な生きかた。そういうひとたち。森鴎外も、そこまで書いたはいいが、あとはお手上げだったようで。

鈴木:なるほど。

横尾:蕭白の作品でもそうなんですが、寒山は詩人で、いつも手に巻物を持っている。拾得はというと、いつも箒を持っている。持ち物はそれだけ。普賢菩薩とか文殊菩薩の化身では?などと言われるけど、とにかく確かな正体はなんにもわからない。この、わからないことが僕にとってはとっても魅力的に思えて自分なりに解明したいと。

遠山:なるほど。

横尾:だってさ、僕自身、僕がやってることがわからないわけですよ。だからこの「わからない」をテーマにしてみようと思った。まぁテーマそのものもあってないようなものなんですけど、僕の場合。

遠山:ははは。

横尾:とにかく寒山拾得を入り口にして、どんどん描いていこうというシリーズだったんです。描きながら、どんどん増幅していって、10人も20人も寒山拾得がいるようなものになったりね。

鈴木:さらには、巻物がトイレットペーパーになったり、箒が電気掃除機になったり。

横尾忠則《2023-01-15》2023年
横尾忠則《2022-11-03》2022年
横尾忠則《2022-07-03》2022年

横尾:巻物や箒のままじゃ面白くないでしょ。そのへんは僕のお遊びなんだけど、やはり我々の中にある今日性、現代性、また未知の人格を絵の中で探ろうと思って。文学・文芸ではないので説明を加えるわけにもいかないし。なんでこんな絵を描くのか、僕にもよくわからない。寒山拾得への関心をめぐる得体のしれないエネルギーが、ただ僕に筆を執らせている。それぐらい、朦朧とした意識しか、そこにはない。

鈴木:いつも題材が、テーマが、ほんと面白いなぁと。たとえば「Y字路」もそう。「Y字路」なんて誰もが事象として、言葉としては知っているけど深掘りなんかしないものですよ。あのシリーズなんて横尾さんならでは。

横尾:「Y字路」なんて、みんな日常の中で、都市空間の中で出合い、体験し、存在を知り得ているのだけど。一本道が2つに分かれていくことに対する、この理念に対する感性はみんななかなか持ち得ない。「Y字路」をシリーズ化することにより、いま鈴木さんが言ったような、思想、でもないか、なんというか「こういうものがあったのか」という、いうならば再発見ですよね。

三叉路を幻想的に描く「Y字路」シリーズは、国際的にも高い評価を得る横尾氏の代表シリーズ。全150点余りの作品を収録した画集『全Y字路』(横尾忠則/岩波書店)

遠山:私たちの日常生活には「Y字路」のような決め難い、いくつもの決心を迫られる場面がありますもんね。

横尾:そう。右に行くか、左に行くか。白か黒か。そういう決定せねばならない岐路に立つ。その岐路に立つ面白さを、「Y字路」のシリーズで感じてくれた人も多かったんと違うかな。それよりももっと不可解なのが寒山拾得なんですよ。伝記があるわけでもない。

鈴木:そういったテーマの見つけ方が、誰にもないもの。それこそが横尾さんのすごさ。僕たちは横尾さんの絵を見ることで、知識や感覚を得る。寒山拾得なんて、横尾さんの絵のあとにオリジナルを見ることになる人も多いでしょう。横尾さんの絵を見る前と後の、その人の変わりようが存在する。

横尾:それは僕自身もそうだよ。絵を描きながらさ、「この絵を描いているのは誰だ」と問うても「僕だ」とは自信を持って言えない。できあがってから「描けちゃった」という他力的な、他動的な力を感じている。だから、自分の強烈な意志の力で、何かを伝えよう、意味を持たせようという気持ちがまったくないんです。

遠山:コンセプトは……なし?

横尾:そんなもの持ったら、描けないんですよ。意味とか目的とか、そういうものを自分の中から一切外して。コンセプトはゼロ。コンセプチュアルじゃないんです。まったくそういうものとは対極の行為。現代美術の最先端は、コンセプチュアルアートがなんとなく走っているじゃないですか。それとは真逆の生き方。方向といえばいいのか。とにかく描けるまで描いてみようと。実際そうやって描いていると、どんどんどんどんできちゃうんですよ。

鈴木:それがすごい。

横尾:もともとはプラス5、6点描けばよいと思っていたんだけど。それで研究員の方と「寒山拾得だけど、10点というわけにはいかないだろうから100点くらい。なんなら1000点かな。いやいや、それはさすがに命がもたない」なんて話しまして。だから「寒山百得」にしようと。そういうタイトルで納得してもらったんですよ。

遠山:それで会期の8か月前に100点描いてしまうというのが、猛烈なエネルギーですよね。アーティストにして、ほとんどアスリートですね。

横尾:アスリート(笑)、そうかもしれない。でもさ、あなたたちはプロだから寒山拾得を知っているけれど、一般の人はぜんぜん知らないし。「寒山百得です」といえば、そういうものかと思われるでしょ。「寒山千得」でもきっとそうなる。そういうものですよ。

遠山:きっと、そうですね。

横尾:もっとも、やってる僕も、わからないことだらけなのだから、何も知らないわけですよ。「Y字路」のときと同じかもしれない。なんでやったのかいまだにわからない。さっき話したような理由は後付けできるけど。それよりも、もっと膨大なテーマを寒山拾得は持っている。いうならばノンテーマですね。ノーコンセプト。だからいまどきの現代美術とはまったく別の異なる発想ができると。それで描き始めたんです。

鈴木:ノンテーマでノーコンセプト。この時代にそれができるのが横尾さんですね。

横尾:そうやって描いていたら、かつてこれが僕の様式かと思っていたものが、出なくなってしまった。様式ではなく、日々移り変わる生理によって作品が一枚一枚生み出されるようになった。結果として、全部スタイルが違うんですよ。できあがってみたら“1テーマ100様式”。

遠山:100様式!そんなことになってるんですか。

横尾:この多様性ってなんなんだって。普通、美術の世界では、アーティストとは様式が確定しないと評価の対象にならないじゃないですか。だから、僕はまったく評価の対象にならない、ドロップアウトしてしまうような創作を、寒山と拾得にさせられてしまったなと思うのです。

鈴木:ははは。僕は何度もインタビューしてきているというのに、また改めて圧倒されてしまって……もう笑うしかない。

横尾:僕も笑うしかないですよ。アートはこれでいいじゃないか。あるいは、もっと言えば「別にアートじゃなくていいじゃないか」。そういう境地を寒山と拾得によって体感してしまった。だから……不思議な出会いだった。

人間という存在は魂こそが自分自身
アートの本体もまた魂的なもの

遠山:それほどまでに、寒山と拾得というのは描いていて、心地いい、気持ちいい題材なんですか。

横尾:描けちゃうんですよ。普通はまずは何を描こうか?でしょ。次に、いかに描くか?でしょ。そういったテーマがぜんぶ外れてしまった。アーティストとしてのアイデンティティがなくなっていくわけですよ。そうすると、なんでもアリなんだ。自由なんだと。こういう自由な出会いもあるんだなぁと。だから、その日その日に思いついた描き方で描いていくことになってしまったんですよね。

鈴木:あえて「描けちゃう」と真逆の状況についてお聞きしますが、9.11(アメリカの同時多発テロ)のときに、突然描けなくなったとおっしゃったじゃないですか。

横尾:原美術館での個展のために、ちょうど描いてるときに9月11日のワールドトレードセンターのニュースを見た。ある「Y字路」の絵を途中まで描いたところで。「描けない」ということは、この絵はもう自分を離れたがっている。絵に完成なんか求めるなんて。絵に完成なんか目指すこと自体おかしい。ワールドトレードセンターの崩落とともに、目の前で描いていた僕の絵も崩落したから、当日の日付だけを入れて明らかな未完のまま作画を終えた。

鈴木:《暗夜光路 2001年9月11日》ですね。

横尾忠則《暗夜光路 2001年9月11日》2001年 1940×1940mm キャンバスに油彩、ジェッソ、コラージュ(原美術館蔵)

横尾:でも、その未完の絵が、原美術館でいちばんに売れたんです。明らかに未完ですよ。崩落のプロセスがそのままに描かれているわけでしょ。そのあたりから、僕の未完の意識が定着してきたわけです。

鈴木:2022年末まで1000点をインターネット上で発表された「WITH CORONA / WITHOUT CORONA」も、コロナ禍の中で生まれた絵ですよね。そういったものすら敏感に感じ取って、作品が生まれるわけですよね。

横尾忠則《田中角栄》2009年 334×243mm キャンバスにアクリル

横尾:僕の絵は、けっしてプロパガンダではないわけですよ。だけど、毎日の世界のニュースがメディアを通し入ってくる。そういうものたちが消化はされないけど、僕の中にあるたとえば寒山拾得とブレンドされていくわけですよね。ブレンドされシェイクされていく。その過程を経て外に出てきたものは、ある意味とても政治的だったり、とてもプロパガンダだったりする。そういう意識を通して描いたものは、りんごでもなんでも、意識から生まれたものは、社会情勢みたいなものは自然と表れる。

鈴木:そうですね。

横尾:そういうことでいいんですよ。理論化したり、思想化して、プロパガンダだ、というのは僕にはできない。そういうのやる人は、その人の役割でやればいいとは思うけど、僕の役割はそんなものではないなと思ってね。何度も輪廻転生しないと、美術のことはわかりませんよ。美術は謎に満ち満ちている。デザインは、そんなに謎に満ちていなかった。わりと「お仕事」としてやれた。美術は「お仕事」ではないから。生き様でしかないなと。

遠山:私はビジネスをやりながらアートをやっているので。だから、ビジネスとアートのつながりにも強く思いを持っているのですが。横尾さんは、その間のことを軽々と飛び越えているように映ります。ビジネス側から見ていても憧れるところなのですが。

横尾:ははは。

遠山:そして古い話なのですが、1970年の大阪万博の「せんい館」の途中の写真が私にとって非常に印象的で、忘れられないものがありまして。過去の記述を読むと、横尾さんが現場を訪れて、「ここでストップ」と言ったというエピソードに行き当たるのですが。そのときのことをぜひお聞きしたいのですが。

横尾:いまのお話を聞いていて、そんなこと初めて思ったのですが、あれは僕の原点かもしれませんね。

遠山:そうですか!

横尾:「せんい館」の話に結び付けられて、思ったのですが、あれこそ未完の思想の原点かもしれない。建物というのは、完成するんじゃなくて、人が入った瞬間から破壊の方向に向かうんですよ。建築は完成しますよ。でも、それは人間社会が入っていないうえでの完成なんです。だから、建築の中に住まう人間は、生活しながら建物を壊していくわけです。完成された建築を壊していくわけです。新たな建築を破壊していく。その状況を「せんい館」でできないかなぁと思ったんですよ。

横尾忠則《日本万国博覧会せんい館》1969年 日本繊維館協力会 1030×728mm 紙にオフセット(国立国際美術館蔵) ©独立行政法人国立美術館
Independent Administrative Institution National Museum of Art

横尾:作品の建設作業中に、僕は下見に行ったんですよ。足場を組んでいる現場に。それがものすごく美しく綺麗に見えて。ものすごく魅力的に見えた。足場の材木に色を塗ることによって、作品にしたかった。ただの工事中の現場でなくね。建物と同じ赤い色を塗って。提案したら、理事会が紛糾したんですよ。足場はあくまで建物を建てる機能なんだからと。「建築の一部として認めることはできない」と言う。でも、僕は「認めることができる」と主張したんです。そして、「誰と話をしたらいいんだ」と。いちばん偉い「理事長と話をしてほしい」と。だから、僕はその方に5分時間をとってもらって、やりたいことはこうこうと説明した。

鈴木:ほうほう。

横尾:そしたら偉い人が「あなたの言ってることは私にはまったく理解できません。でも、あなたがそれをどうしてもしたいとおっしゃる情熱はわかります」と。

遠山:いい話だー。

横尾:若い人たちの情熱によって、企業は事業をやれている。それはとても大事なこと。なにかわからないけど、そのまま進行してくださいと。傍らにはプロデューサーもいたんだけど「あなた、この人の言うことは全部聞きなさい」と。それで決まったの。

鈴木:横尾さんはまだ34歳の頃ですね。

遠山:私は当時、ポスターを見て、とてもいまっぽいなぁと思ったんです。インスタグラムの世界で見るものと共通している。50年以上前の大ポスターの写真が、インスタの表現とつながって見える。そして印象深いのがカラスですよね。

横尾:それは不吉なイメージでね。建築というものはいずれ死んでゆくんだということ。できあがったときは、建築の誕生だけど、人が入ることによって、どんどん破壊され、死に向かってゆく。その死の象徴をカラスにしたかったわけ。ヨーロッパではそういう、比喩は通じるかわからんけど、僕の中ではカラスは死の象徴。でもよく見てくれましたね。

鈴木:ゴッホのカラスと通じるものもありますね。

遠山:じつは、秋に港区でギャラリーを運営するんです。「舞台裏」というんですが、杮落としかその前後で「せんい館」と現在をつなぐような展示をさせていただけたら、と思うんですが。

横尾:うーん。写真しかないんですよ。ポンピドーで建築展やったときに、やはり「模型は?」と聞かれたんです。でも、いまのような次第で模型はないから。けっきょくしょうがないから、ポスターを反復しながら展示するということでオーケーしてもらったんです。

遠山:写真を切り取ったものでいいと思います。それによって、ここまでお話しいただいた「未完」の概念とつながるような展示ができれば最高だなと、いま思い至りました。

横尾:わかりました。じゃあやり方は、なにか考えてちょうだい。

遠山:はい。

横尾:いまの話を聞いて、思い至ることができた気がする。「せんい館」が、僕の原点だったかもしれない。逆に教えられてしまった。ははは。

遠山:いやいや。

横尾:寒山拾得のこの約100点のシリーズも、一点一点完成しないで、未完のままで、次の作品へ次の作品へと移りながら描いてたんですよ。

鈴木:ほー。

横尾:そもそも。人間というのは、すべて未完の状態で生まれてきているわけですよ。完成した状態で生まれてくるなら、生まれる必要はない。未完で生まれ、短い100年足らずの人生で、完成させる方向へいく。でも、人間はたかだか100年足らずでは完成しない。だから輪廻転生なんです。またもう一度、生まれる。未完で生まれて、未完で生きて、未完で死ねばいいんですよ。

遠山:輪廻転生って……実際にあるんですか?

横尾:もちろん。それがないと、この社会、地球、宇宙がなりたたない。輪廻転生を外して、それらを語ることはできない。

遠山:魂と肉体は別のもの。

横尾:まさにそうです。だから、無なんてありえない。

遠山:では、人間は誰しも最期を迎えますが、また魂が旅に出ると思えば、楽しみでもありますか。

横尾:多く聞かれるのは、我々人間は、肉体と同時に精神を持っているという二元論。それに対して、魂という目に見えないものも持っていると知るべき。それを「霊」と呼んでもいい。霊や魂を外して、現代は人間の肉体と精神を語ろうとしているけれど、それでは語りきれない。

遠山:人間が死んだら、魂はどこへ行っちゃうんですか?

横尾:魂は本体ですよ。どっか行くってことは、自分がどっか行くんですよ。魂が自分だから。魂が後を追いかけているわけではない。

遠山:ははぁ。魂こそが自分自身なのですね。

横尾:そう。だから肉体は、死と同時にバイバイってことです。アートも人間と同様に本体は、魂的なもの。物質的に考えて、つまり金銭的、唯物的に捉えて、社会を活性化させようとしても、それは無理ですよ。アートとお金を結びつけるのは。近代的志向、文化、文明であると行きがちだけど、それらは切り離さないといけないもの。だから、たとえば「アートビジネス」という言葉があること自体おかしい。アートをビジネスにしては駄目なんですよ。

煩悩の中からは、何も生まれない
いずれ人間は、文明に裏切られる存在

鈴木:寒山拾得を100点描きあげたいま、どういった感慨をお持ちなんでしょう。

横尾:どうでしょうね。いまは何も描きたくない。このままもうずっと筆を握らないかも。

遠山:それだけ描くと、さすがにもう飽きてしまったとか?

横尾:そういう楽しいとか、めんどくさいとか。感情的なレベルではありません。持ち込まないようにしている。脳の働きでなく、指の働きだけで描こうと。脳は、煩悩の塊なので、脳が介在するとろくなことないのです。肉体に煩悩はないので。

鈴木:そこがある意味、アスリート的ですね。

遠山:老年になられて、到達した境地、感覚ですか。

横尾:年齢は、作用しますね。若いときは、いろんなものに振り回されて生きるけれど。年齢を重ねると、いろいろ機能しなくなるから。そうすると、若いときにあった煩悩や欲は、どうでもよくなってくる。いま、この瞬間さえよければ、それでいいと。長生きをするのは、いいことだと思う。別に滝に打たれずとも座禅など組まずとも、人間は老化していって、修行ができるようになっていますよ。

1960年代末頃。横尾氏と美輪明宏さんをとらえた有名な1カット。撮影は篠山紀信氏。

遠山:人生100歳時代となるとなおさらそうですね。

横尾:ただ一方で、若い人たちはますます唯物論的に傾倒して、煩悩、お金、物質の時代になるでしょう。文明やテクノロジーそのものがそういう潮流を掻き立ててるから。

遠山:まだ私は、煩悩の只中にいます。

横尾:煩悩の中からは、何も生まれない。宗教者みたいなことは言えないけど。人間は自身を縛っているものがあるから。煩悩のやすきに流れていくけど。いずれ人間は、文明に裏切られるでしょう。

鈴木:横尾さんの盟友のなかにそういう方はいらした? 瀬戸内(寂聴)さんは?

横尾:あの人は煩悩の塊、人間欲の塊(笑)。みんな死んじゃったね。このアトリエをつくった磯崎 新さんも、三宅一生さんも、一柳 慧さんも、高橋幸宏くんも。去年は友達がずいぶん死んじゃった。

鈴木:幸宏さんといえば、横尾さんは4人目のYMOだったはずなんですよね。

横尾:でもこないだも、細野(晴臣)くんが「横尾さんが入ってたら、喧嘩ばかりになったろう」って(笑)。

鈴木:昨年上梓された小説『原郷の森』には三島由紀夫さんら、かつての盟友の皆さんが多数登場され、作中の横尾さんと会話をされていますね。

『原郷の森』(横尾忠則/文藝春秋)

横尾:みんな誰だって、なにかつくるときには、自分以外の誰かとコンタクトしてるんですよ。その様を描いてみました。

遠山:すごい話ですね。では、絵を描くように書かれたんですか?

横尾:子供の頃、模写ばかりしてた。模写というのは、自分をなくす行為。その人になりきらないとできないから、そういう訓練をしていたようなもの。だから、文章も書けちゃう。文学的にどうかはしらないけれど、資料を調べたり、毎月30枚も描けませんよ。

遠山:スケジュール配分はどうされていたんですか?

横尾:それはもう合間に。一回に20枚から30枚一気に書いちゃう。なるべく考えないで絵を描く訓練してるでしょ。文章も、同じように書くんです。もっとも昨日、平野啓一郎くんが来て、小説としての柱とか起承転結がまるでないと言ってたけど(笑)。僕は小説家で食っていく気はないから。

鈴木:では、描くほうの新作をまた期待したいと思います。

横尾:本当にもう一枚も描かないかもしれないよ。そうしたら、ごめんね。

profile

横尾忠則

美術家。1936年兵庫県生まれ。72年ニューヨーク近代美術館で個展。その後もパリ、ヴェネツィア、サンパウロなど各国のビエンナーレに出品し、ステデリック美術館(アムステルダム)、カルティエ財団現代美術館(パリ)、ロシア国立東洋美術館(モスクワ)など世界各国の美術館で個展を開催。また、東京都現代美術館、京都国立近代美術館、金沢21世紀美術館、国立国際美術館など国内でも相次いで個展を開催し、2012年兵庫県に兵庫県立横尾忠則現代美術館、13年香川県に豊島横尾館開館。95年毎日芸術賞、11年旭日小綬章、朝日賞、15年高松宮殿下記念世界文化賞、令和2年度東京都名誉都民顕彰、23年日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。

Tadanori Yokoo Official Website
▶︎https://www.tadanoriyokoo.com/
Official Blog
▶︎https://artplanety.exblog.jp/

profile

遠山正道

1962年東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年三菱商事株式会社初の社内ベンチャーとして株式会社スマイルズを設立。08年2月MBOにて同社の100%株式を取得。現在、Soup Stock Tokyoのほか、ネクタイブランドgiraffe、セレクトリサイクルショップPASS THE BATON等を展開。NYや東京・青山などで絵の個展を開催するなど、アーティストとしても活動するほか、スマイルズも作家として芸術祭に参加、瀬戸内国際芸術祭2016では「檸檬ホテル」を出品した。18年クリエイティブ集団「PARTY」とともにアートの新事業The Chain Museumを設立。19年には新たなコミュニティ「新種のimmigrations」を立ち上げ、ヒルサイドテラスに「代官山のスタジオ」を設けた。

▶︎http://www.smiles.co.jp/
▶︎https://t-c-m.art/

profile

鈴木芳雄

1958年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。82年、マガジンハウス入社。ポパイ、アンアン、リラックス編集部などを経て、ブルータス副編集長を約10年間務めた。担当した特集に「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「国宝って何?」「緊急特集 井上雄彦」など。現在は雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がけている。美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

▶︎https://twitter.com/fukuhen

Information

展覧会名:「横尾忠則 寒山百得」展
会期:2023年9月12日(火)~12月3日(日)
会場:東京国立博物館 表慶館

※関連企画 特集「東京国立博物館の寒山拾得図―伝説の風狂僧への憧れ―」
会  期:2023年9月12日(火)~11月5日(日)
会  場:東京国立博物館 本館特別1室

開館時間:午前9時30分~午後5時 ※入館は閉館の30分前まで
休 館 日:月曜日、9月19日(火)、10月10日(火)
      ※ただし9月18日(月・祝)、10月9日(月・祝)は開館
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式Twitter: @kanzanhyakutoku
▶︎https://tsumugu.yomiuri.co.jp/kanzanhyakutoku

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