ケヤキのトーンが空間の居心地をつくる
芦沢啓治:今回、僕が手がけたオパス有栖川のコンセプトルームでは、家具の多くにケヤキを使いました。ケヤキを提案してくれたのは、今までR100 tokyo のプロジェクトでもコラボレーションしてきたカリモク家具で、現在、ケヤキは有効活用されていない国産木材のひとつだそうです。北欧のヴィンテージ家具によく見られるチークをイメージして、現代の住空間にちょうどいい色合いにしています。
二俣公一:ちょっと赤みのある、普通に考えると室内では難しい色ですよね。木目がきれいで魅力はあるけれど、僕も使ったことはありません。でもこの空間ではとても新鮮に見えます。
芦沢:ケヤキに合わせて壁の色を調整したり、ディテールではいろいろと工夫しています。でき上がってみるとほどよい懐かしさがあって、予想以上にうまくいきました。
高坂敦信:芦沢さんがデザインしたこの部屋に入って、最初に感じたのは室内の照度がもたらす心地よさです。自然光や照明計画をどんなふうにコントロールして、この雰囲気をつくっているのでしょうか?
芦沢:リビングルームの窓が北向きなので、室内はふわっとした柔らかい光が差し込みます。また、奥行きの長い部屋では、壁や床が白いと明るく感じそうですが、実際は必要以上に明暗の差ができてしまう。ケヤキを使ったのは、そのために色のトーンを少し落とすという理由もありました。飲食店や店舗なら明暗によって空間に抑揚をつけるテクニックもありますが、人が暮らす空間はコントラストを一定に抑えるほうが居心地がよくなります。また照明器具は、この部屋のために紙のシェードのものをいくつかデザインしました。部屋全体の色調に、紙を通した光がよく合うんです。
高坂:私は『モダンリビング』の編集部で20年以上も住宅を見てきましたが、照明計画は難しいテーマだと感じています。照明に正解はないのかもしれませんが、この部屋にはデザイナーの意図が押しつけることなくはっきりと感じられ、それが居心地のよさをもたらしていると思いました。二俣さんはいかがですか?
二俣:照明を空間演出の手段として使うケースも見かけますが、さじ加減が大切だと思っています。機能として必要なものに絞って配置し、ダウンライトも極力使わずに、照明器具を置いて構成することも多いですね。
芦沢:よくわかります。設備としての照明は、上から照らすか、ラインで入れるか、だいたいそのふたつしか方法がない。フロアライトなどを組み合わせることで、空間をソフトに照らすことができます。
高坂:この部屋は確かにしっとりと落ち着いた感じがしますね。でも部屋が完成する前に、こんな感覚を誰もがわかる言葉にして説明するのは難しそうです。
芦沢:そこは勇気をもって設計して、あとは説明して信じてもらうしかありません。
現代の和にふさわしいプロポーションとは
芦沢:この部屋の場合、色合いをケヤキに合わせただけでなく、素材を意識して少し和に寄せたデザインも取り入れました。格子戸を取り入れたり、ラインを整えたりしたんです。
二俣:ケヤキは床の間に使われてきた木材でもあり、和との相性はいいでしょうね。
芦沢:神社仏閣などのディテールを見ると、実はすみずみまで理にかなっていて美しい。自分のデザインにそのまま応用しようとは思いませんが、素直に感心する部分は何かに生かしたいと考えています。
高坂:確かに和を感じる空間ですが、居酒屋や安旅館のようにはなっていません(笑)。それはなぜですか?
芦沢:第一に重要なのはプロポーションです。ケヤキのテーブルなら、天板の木目にまず視線が向かいますが、実は脚のデザインが雰囲気を左右したりします。バランスやコントラストを細かく見極めていくんです。
高坂:寝室にしても、キッチンにしても、住まい全体を同じ空気が流れているように感じます。玄関もそうですね。照度だけでなく、他の要素もしっかりとした統一感がある。それがコージーな雰囲気をつくり、気分をリラックスさせているように感じました。
芦沢:たとえば壁面の木枠の幅は、太すぎても細すぎても僕にとっては気持ちが悪い。こうしたディテールはおっしゃるように全体的に揃えています。どこにいても同じリズムを感じるように。ひとつの住空間の中に異なるデザインのランゲージが入るのは、おもしろさもあるけれど違和感のほうが大きい。部分的にリニューアルした温泉旅館がどこか落ち着かないのと同じです。ただし部屋の位置や役割をふまえてシークエンスごとの流れは考えています。
二俣:戸建てはともかく、シークエンスを感じさせるマンションはほとんどないように思います。そんな都合でつくられていないんでしょうね。
芦沢:海外の建築でも、美しいと感じるのはシークエンスによるところが大きい。その中でこそディテールが際立ってきます。
高坂:寝室のベッドサイドテーブルまで芦沢さんの配慮が行き届いていて、その機能や形のひとつひとつに魅力があります。キッチンでは水栓のカラーリングもいいですね。『モダンリビング』ではインテリアサービスも展開していて、水栓金具は水平ラインが強調されがちなキッチンで目立つ存在なので、最近は家づくりをするみなさんがとても気にするポイントのひとつです。
芦沢:水栓の色とドアハンドルの色は同じにしています。こうしたディテールは、オセロみたいにひとつ変更するとすべてを変更する必要があると思っています。
二俣:すべてに統合性があって、一定のテンションでディテールが踏襲されている。これはとても難しいことで、突然やろうとしても決してできません。芦沢さんが積み重ねてきたものがあるから、この完成度が生まれているんだと思います。
高坂:そう思います。芦沢ワールドとして妥協のない空間なのに、息苦しさを感じないのがすごいところです。完璧であるがゆえにデザインが控えて表層的な主張をせずに、心地よさが際立っているのだと感じました。
人の振る舞いを考え、工夫を積み上げた空間
二俣:僕が担当したコンセプトルームは、オパス有栖川の上層階にあります。最初に物件を見たとき、広い空がいちばん印象的でした。その空に対して地面のように広いデッキもあります。こうした要素を室内に取り入れたくて、デッキと同じ高さの縁台のような場所を窓際につくりました。また空の下で暮らすことから、内部にも自然回帰できる空気感をもたらそうと考え、壁は土を感じさせる左官仕上げにしました。日本には昔から、自然と一緒に暮らす感覚があると思う。素材や色の選択にもそんな感覚を生かしています。
高坂:芦沢さんが手がけたのと同じマンションにあるとは思えない、どっしりした感じがありますね。上層階ならではの二面開口を生かしたり、日本人らしい気質をコンセプトにすることは、芦沢さんの「ケヤキ」とは異なるデザインの正当性がありますよね。二面開口のスモークガラスを使った太いフレームの引き戸はかなり主張していてあまり見ない事例ですが、デザインの理由を教えていただけますか。
二俣:この引き戸の木のフレームは、機能上も必要なものですが、厚みや重量感を出したいと思い、太めの枠とスモークガラスの引き戸であえて存在感をもたせたんです。金物などを使い、もっと繊細に、ミニマルにもできますが、少しだけ力強さを出して他の木部と同様に、空間全体の土のイメージに近づけました。日本の障子のイメージも重ねています。さらに、これは室内への光の入れ方を調整する「装置」の位置づけなんです。住む人が自分の手で引き戸を開閉することで、外部とのつながりや光の加減を調整できる。完全に閉じると、部屋のスケール感をキュッとダウンさせられます。こうしたことをアナログで行うのはどうか、という提案です。引き戸を手で動かすというアナログな方法で外とのつながりをコントロールすること自体、どこか日本的でもある。また空と土に接点をもつ一軒家のイメージにもつながっています。
高坂:一方、現在ではテクノロジーを使ったホームコントロールが家づくりの常識になりつつありますよね。
二俣:この住宅も照明のシーンコントローラーは採用していますが、自然光の取り入れ方については人が自分でするほうが安心感があります。基本的な性能を上げるのは大事でも、すべてをテクノロジーで管理する必要はありません。芦沢さんの考え方も同じではないでしょうか。
芦沢:いい家って体が勝手に動きますよね。然るべきところに然るべきものがあって、何かを調整したり、動かしたりするときに迷う必要がない。カーテンを開けたいのに電動式でスイッチが見つからないとか、ちょうどいい位置で止められないとか、そんなことがストレスになったりします。
高坂:家にコミットするほうが、住むことの楽しみが増えていく。そのとおりだと思います。
二俣:生活を便利にしようとしすぎると、深みのない空間になりがちです。人がどう振る舞うかを考えるなら、使い勝手を検討し、細かく部材を工夫することになるけれど、それが住空間の価値になる。R100 tokyo の「Crafted Home」というコンセプトもそんな丁寧さとつながっているはずです。
高坂:空間の中の色使いも、その反映でしょうか? 壁の色やダイニングの家具の色など、あまり住宅では使わない色ですよね。それも完全に統一せずに微妙にずらしてあります。
二俣:色使いとしては、土のイメージのある左官をベースに、同調させる部分と乖離した部分を意識的につくり出しました。色のトーンにグラデーションをもたせるのは普段からやっていますが、この家ではいつも以上に人が自由に暮らす状態を思い描き、いろんなスタイルを許容する雰囲気を意識しました。E&Yの松澤 剛さんに協力してもらった家具やアートのコーディネートも、自由度の高さを表現しています。
高坂:芦沢さんの空間とはまったく違うようでいて、住む人のための環境づくりに徹しているのは同じですよね。住み手の目線で熟慮を重ねて、この空間になっている。
芦沢:そのとおりかもしれませんが、アプローチは全然違うので、僕はこの部屋にいるだけで学ぶところがたくさんあります。折り上げ天井に照明を入れるのは、僕は好きじゃなかったけど、こういう取り入れ方があるのかと驚かされた。これをコンテンポラリーに昇華させるのはさすがです。プロダクトデザインの手法を応用しているようにも見えますね。正攻法ではこうはいきません。二俣さんはいつも、いい意味で予想を裏切ってくれます。
二俣:僕と芦沢さんは、ものづくりについて話が合うんです。家具も建築も空間もつくるし、細かいディテールまで気にするし、根本はだいたい同じ。違うのは、アウトプットの部分じゃないかと思います。
芦沢:僕は1個のディテールを空間に丁寧に対応させていく考え方。でも二俣さんのほうが、ひとつひとつのラインや、それを扱う技が高級なんですよ。
住まいのスタンダードを更新するために
芦沢:この部屋は家具の選び方も興味深いですね。僕は先日、スタッフから建築のプランを渡されて、家具の向きだけ直して戻したら、芦沢さんは建築家じゃなくなったと言われてしまいました(笑)。でも住空間ではそこも重要だと思うんです。
二俣:その感じはよくわかります(笑)。でも特に経験のないうちはその意味がわからないし、しっかり空間を見ていないと判断できない。僕も芦沢さんも、自分で家具もデザインするから、空間を設えるなかでどこまで突き詰める必要があるかということも考えますね。
高坂:二俣さんの空間も芦沢さんの空間も、とても純度が高く完成されているので、クリエイターの世界観を尊重しながら住むことで、暮らしの喜びが増えていくでしょうね。実際にこの場を体験して特に感じたのは、写真では伝わりにくいような、おふたりのディテールへの思いです。
芦沢:配慮が行き届いている気持ちよさは、住宅には必要です。その気持ちよさは、暮らしてみるとすぐにわかるけれど、言葉では表現しにくい。ワンフレーズ・ポリティクスじゃないけど、わかりやすい一言で伝わるキャッチーなコンセプトが建築家に求められるケースも増えました。しかしおいしいパンにコンセプトは要りません。必要なのは、歴史、経験、素材といったものの積み重ねなんです。
二俣:手を抜かず実直にディテールや配慮を積み重ねていくと、それだけでいいものができ上がる実感が僕にもあります。特に住宅は、積み上げるべき必要なものが多くあり、それをやらないと全体が崩れてしまうことにつながります。
高坂:その一方で、床壁天井と設備があれば家になるという感覚で建てられたような、配慮の行き届いていない経済効率を重視した住宅も数多く見かけます。芦沢さんと二俣さんのような考え方がスタンダードになってほしいですね。新築マンションのほうが、その点ではやや遅れているようです。中小規模であっても、こうしたクオリティをもつ新築のマンションが増えるなら大きなビジネスチャンスがあるに違いないと、メディアとして強く感じます。『モダンリビング』は約70年前に創刊して以来、表紙にマンションが載ったのはおそらく3回だけで、そのうちの2回は私が編集長になって始めたマンション特集号。これからはもっとマンションの成熟が進むはずです。現代にふさわしい新築マンションが地方から出てくる可能性もありますね。
芦沢:『モダンリビング』が創刊したのは、日本でいかに住宅を供給するかという時代でした。当時の考え方が、家をつくる側に残ってしまっているんです。僕らのような建築家も、メディアのみなさんも、住宅の本質を上げることの大切さをもっと大きな声で伝えるべきでしょうね。きちんとデザインされ、きちんと施工され、家具も揃って完成する住空間が、人を幸せにするということを。
profile
横浜国立大学建築学科卒。1996年に設計事務所にてキャリアをスタート。2002年に特注スチール家具工房「super robot」に正式参画し、オリジナル家具や照明器具を手がける。2005年より「芦沢啓治建築設計事務所」主宰。「正直なデザイン/Honest Design」をモットーに、クラフトを重視しながら建築、インテリア、家具などトータルにデザイン。国内外の多様なプロジェクトや家具メーカーの仕事を手がけるほか、東日本大震災から生まれた「石巻工房」の代表も務める。
▶︎http://www.keijidesign.com/
▶︎http://ishinomaki-lab.org/
profile
空間・プロダクトデザイナー。福岡と東京を拠点に、空間設計を軸とする〈CASE-REAL〉と、プロダクトデザインに特化する〈KOICHI FUTATSUMATA STUDIO 〉を主宰。国内外でインテリア・建築・家具・プロダクトなど幅広い分野でデザインを手がける。作品の一部は、サンフランシスコ近代美術館の永久所蔵品となっているほか、JCDアワード(現・日本空間デザイン賞)、FRAMEアワード、Design Anthologyアワードなど、多数の受賞歴をもつ。
▶︎https://www.casereal.com/ja/
profile
1996年に婦人画報社(現・ハースト婦人画報社)入社。日本初の男性ファッション誌である『MEN’S CLUB』の編集部を経て、 2001年より『モダンリビング』編集部に在籍。インテリア企画を中心に誌面全体のビジュアル面を監修。本誌やウェブサイトの取材を通して、個人邸のインテリアスタイリング ビジネスにも積極的に携わる。副編集長兼クリエイティブディレクターを経て現職。
▶︎https://www.modernliving.jp/