築50年を超える山荘をスケルトン化して改築
国内外からの観光客で一年中にぎわう鎌倉の中心地から車で10分ほど。周囲に歴史ある寺社が点在する山の中の閑静な住宅地に、吉田さんの週末の家「鎌倉 はなれ」はある。この場所はSUPPOSE DESIGN OFFICEが立ち上げた不動産会社、絶景不動産のスタッフが見つけてきたもの。当時、仕事で時折来ていたことから鎌倉の魅力に惹かれつつあった吉田さんは、築約50年の一軒家と、豊かな緑を借景を望む環境をひと目で気に入り、まずは「一棟貸しのゲストハウスとして運営し、空いているときに自分も来ればいいかなと思って」、リノベーションすることを決めたという。
「2018年に面白法人カヤックの本社オフィスの設計をすることになり、現場管理で鎌倉に来るようになったのですが、それまではこの辺りには縁がなかったんです。でも、鎌倉に来るたびに、『何だか私、この街がすごく好きだな』と思ったんですよね。基本的に古いものが好きだし、神社仏閣が暮らしのすぐ隣にある感じも好きだし、海のほうに行けばサーフボードを持って上半身裸で自転車に乗っている人がいる感じとかもいいし。昔ながらのものが残っているけれど、新しくて素敵なお店もあり、どんどん好きになっていきました」
当時読んでいた、パタゴニアの創業者イヴォン・シュイナードの『社員をサーフィンに行かせよう―パタゴニア創業者の経営論』からの影響もあったという。
「彼はクライマー出身で、ハーケンをつくることからビジネスを始めた人。山が好きだから山を壊すようなことはしない。何のために仕事をするのか、そういう原点みたいなものを持って人生を送っているというのがすごくいいなと思ったんですよね。うちの会社でも2017年にオフィスと食堂が交じった『社食堂』をスタートさせるなど、仕事と生活のバランスを考え始めた頃でもありました。それで、なんとなく『仕事と生活が一緒になるようなことをしてみたいな』なんて思っていたら、この場所と出合ったんです」
静かな住宅街の一角にある家は木造2階建て。リノベーションにあたっては和室を残しつつ、壁を取り払い、庭に面したオープンなLDKをつくり出した。2階には4畳程度の小部屋が2つあるが、そこには手をつけず、物置として利用している。
「古い家の基礎には束(注:水平部材を下方から支える、短い柱のような部材)があるだけで、その下は土。湿気がすごくて木材が腐っていたので、LDK部分は土間にしました。和室は押入れや襖を全部和紙で張り替えた以外、ほぼ以前のまま。窓枠なども既存のものを使っています。天井は全部抜きましたが、野地板(注:屋根材を取り付けるための下地板)が綺麗なのでそのまま残しました。野地板の表情をそのまま残したかったんです。ただ、実際に過ごしてみると夏の暑さは想像以上でした。既存の魅力を生かすことと、温熱環境を整えることの両立は、改めて考えさせられました(笑)」
暗さを意識的につくることで、緑や光を際立たせる
この家に足を踏み入れて気づくのは、バスルームのタイルも、LDKの壁面も、土間の床も、すべてがダークな色調でまとめられている点。そのためか、窓から見える緑がくっきりと鮮やかだ。照明も必要最低限のダウンライトやスポットライトが配されているほかは、いくつかのフロアランプが置かれている程度で、しっとりとした空気感を醸し出している。
「光を感じるために、あえて暗さを徹底することを意識的にしました。明るすぎないことが精神的にもいいなと思って。ラワン合板の壁面はグレーにしたんですが、サンプルで見た段階ではもっと暗く感じたんですよ。それでも、全体に広がると意外に自然にまとまった。それで、床も思い切って暗いグレーに。それが、もともとこの家にあった構造材の明るい色とうまく溶け合っているんじゃないかな。住宅では、部屋全体を均一に明るくすることが多いですよね。でも自然の光には、明暗も、時間による変化もあります。本当は、朝起きると部屋に白い光が入ってきていて、それがだんだん温かい色になって、夕方にはオレンジ色に変わっていくわけですから」
四方から光が差し込むこの家で発見したのが、光を楽しむことだと話す吉田さん。「和室では朝日の時間、障子に植物の影が映るんです。それが本当に美しくて、朝のギフトのよう」だという。
「植物が風で揺れると、影も揺れる。室内にいながら、植物の影の揺らぎを通して風や外の気配を感じられる。それが、こんなにも住空間の豊かさにつながるんだと、ここでの暮らしで気づきました。だから今は設計をするときに、まず“何かが動いている状態”をつくるようにしています。何も動いているものが見えない空間は息苦しいですから」
都会での生活とは違う「不便を楽しむ」という豊かさ
前述のとおり、当初はゲストハウスとしてスタートしたこの家だが、「始めてみたら見えてくることがあった」と吉田さん。そこで、コロナ禍を機に週末をここで過ごすことにしたところ、「不便を楽しむ」という豊かさに気づいたという。
「便利さや快適さだけを基準にするのではなく、古い家ならではの味わいも楽しもうと。時間がたってしか得られない風合いみたいなものは、少しヴィンテージの家具にも似ているかもしれないですね。もちろん、夏は暑くて冬は寒いし、虫もいます。でも、この状況をどう楽しむかで暮らしの豊かさは断然変わってきます。雑草が生えたら摘まなければならないけれど、庭って季節ごとに雰囲気が全然違うんですね。緑が圧倒的に綺麗なのは5月。それが過ぎると梅の実が大きく実る。9月になればオレンジ色の金木犀の花が咲いて、いい香りでいっぱいに。都会では気づかない季節の変化を体験できるんです」
不便を楽しむという意味では、薪ストーブを導入したこともそのひとつだ。
「薪をくべて火を熾(おこ)すと、パチパチ音を立てながらいい匂いがしてくる。スイッチひとつで暖かくなるわけではないけれど、暮らしの楽しさってこういうことなのかなって思います。暮らしとは生きることのすべてですよね。普通に寝て、起きて、ご飯を食べて、お風呂に入って、体を休めて……という行為は生きていくために必要だけれど、それをどれだけ楽しめるかは自分次第。そのために、ただ雨風をしのぐだけの場所に家具を買ってみたり、器を買ってみたり、おいしいものを買ってみたりするわけですから。ここでの暮らしで、“普段”のなかにある楽しさに気づくことができました」
「鎌倉 はなれ」の暮らしにあとから仲間入りしたものには、最近できたばかりの屋外サウナもある。鎌倉「御成桑拿(おなりさうな)」の建築・設計を手がけたこともあり、近年サウナの魅力に開眼したという吉田さんは、通い続けるなかで「家に一人でこもれるサウナがあったらいいな」と思うようになったという。
「あるとき、庭の掃除をしていて、昔の池の縁石は基礎として使えるなってひらめいたんです。それで図面も引かずに大工さんと現地で相談しながら形を決めていきました。木を避けながら、この場所に収まるようにつくってもらったのですが、その過程もすごく面白くて。屋根は銅葺きなので、時間と共に褐色から緑青色へと変わっていくのも楽しみですね。サウナから出たら、和室を通って、浴槽に水を張ったバスルームへ。水風呂から出たら和室でゴロゴロ横になって外気浴します。最高に気持ちいいんですよ」と吉田さんは笑う。
暮らしにメリハリが生まれた、東京・広島・鎌倉の3拠点生活
コロナ禍の時期に東京・広島に加え、鎌倉を3拠点目とする暮らしをスタートさせたことは、それまで多忙を極めていた吉田さんの仕事と生活を大きく変えた。
「東京にいるときの自分、広島にいるときの自分、鎌倉にいるときの自分というふうに、場所を変えることですごく整理できるようになったんです。東京にいると効率よく仕事できて、刺激があって、人との出会いもあるけれど、それをずっと続けているとすごく疲れる。そんなとき、1時間ちょっとかけてここに来ると、朝比奈インターチェンジを降りて、ちょっと横道に入ったとたんに、空気が変わるし、緑の香りがして、それだけでリラックスできるんです。場所によってそれぞれ違う心地よさが息づいているということも、いくつかの拠点を持ってみてわかったこと。広島ではやっぱり、『ただいま』って言える場所があることの心地よさを感じます」
吉田さんは「昔と違うのは、必要に迫られての移動が少なくなったこと」だとも。
「以前は、現場の仕事には全部自分が行かないといけないんだ、そうじゃないと不誠実だって思っていたんです。でも今は『見たい展示があるから行こう』『仕事で行ったらついでにあの人にも会ってこよう』などと考えるようになり、ちゃんと遊ぶようになりました。遊ぶことが、結局はまた生き生きと仕事をする活力になっていく。このことに気づいたのも、鎌倉での暮らしを始めたからではないかと思います。ライフとワークの境界線の引き方やバランスの取り方を考え直すきっかけになり、一度それをつかんだら、『こんなこともできる、あんなこともできる』というふうに、どんどん広がっていきましたから」
最後に吉田さんは、多拠点を持つことを考える人に向けて、「自分の欲しい暮らしは自分でつくれる」との力強い言葉を寄せた。
「私にとって鎌倉は、『この街が好きだな』と思う自分と感性が合う人がたくさんいる場所。ご近所さんとの交流はもちろん、行きつけの店で顔見知りになった人などと友達になることもすごく楽しいんです。私が生まれ育ったのは新しい住宅街だったので、ずっと『お祭りのあるような下町に生まれたかった』と思っていたんですよね。でも、生まれた場所は選べなくても、自分で『ここに住む!』と決めれば、自分が欲しかったようなコミュニティをつくることができるし、暮らしをデザインすることもできる。もちろんお金は有限ですし、誰もがいくつも家を持てるわけではありません。それでも、考え方次第ではもっと気楽に、自分の暮らし方を選ぶことはできるはずです」
profile

SUPPOSE DESIGN OFFICE Co., Ltd.共同主宰、建築家。
1974年広島県生まれ。1994年に穴吹デザイン専門学校を卒業後、株式会社井筒、KIKUCHIDESIGN勤務を経て、2000年に谷尻 誠とSuppose design officeを設立。2017年に絶景不動産株式会社を設立し、同年、社食堂を開設。2021年にetc inc.を設立。2023年には広島本社の移転を機に、飲食店やギャラリー、オフィス、サウナが集う複合施設「猫屋町ビルヂング」を開設。設計から運営まで手がけ、建築・デザインの枠を超えて、暮らしや街に関わるさまざまな活動を展開している。


