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遠山正道×鈴木芳雄 連載「今日もアートの話をしよう」vol.18 第2回逸品会―編集者・安藤夏樹さんを迎えて
今日もアートの話をしよう

遠山正道×鈴木芳雄 連載「今日もアートの話をしよう」vol.18 第2回逸品会―編集者・安藤夏樹さんを迎えて

三者三様の逸品。逸品に込められた3人の思いとは

「Soup Stock Tokyo」を立ち上げた、実業家の遠山正道氏と、美術ジャーナリスト・編集者であり、長年雑誌「BRUTUS」で副編集長を務め「フクヘン。」の愛称をもつ鈴木芳雄氏が、アートや旅、本や生活について語る「今日もアートの話をしよう」。18回目は、編集者の安藤夏樹さんを迎えて第2回目の逸品会を開催。安藤さんは時計や家具、彫刻、絵画とたくさんの作品のコレクターとしても有名だが、今回はどんな逸品を持ってきてくれたのか。そして遠山さん、鈴木さんの今回の逸品は。

Text by Maki Fujita
Edit by Fumi Itose
Photographs by Takashi Mishima

安藤夏樹の逸品① 高野夕輝(ゆうき)さんの木彫り熊

鈴木:今回はみんなでこれぞという逸品を持ち寄った、逸品会の第二回を開催することになりました。逸品というのは、自分にとって大切な品ということで、ジャンルや形態を問わず、いまみんなに見せたいもののこと。第一回目は山本憲資さんをお招きしましたが、第二回目には、以前から僕と付き合いのある編集者の安藤夏樹さんの事務所「プレコグ・スタヂオ」にお邪魔して、これぞという逸品を見せていただきます。

安藤:僕は今回まず、北海道在住の作家・高野夕輝(ゆうき)さんの木彫り熊を選びました。ですが、まずは木彫り熊の歴史をお話したほうがよいかもしれません。

高野夕輝さんの木彫りの熊と山。作品が並べられたテーブルセット(机と椅子)は建築家の藤森照信氏によるもの

遠山:事務所の中にもたくさんの熊がコレクションされています。安藤さんは木彫りの熊の普及に熱心だとうかがいましたが、どのような経緯で興味を持ったのでしょうか。

安藤:古物屋さんで、とある木彫の熊を見て関心を持ちました。皆さんが想像するような、いわゆるテカテカと光った鮭をくわえた熊とは違ったため、すごく目を引かれたんです。

安藤さんの前に並ぶのは、高野さんの現代の木彫り熊と、八雲の木彫り熊

遠山:東京の古物屋だったのですか?

安藤:中目黒の目黒銀座商店街にある古物屋です。調べてみると、その熊は北海道の八雲町という場所でつくられたことがわかったのですが、ほとんど情報がなくて、実際に八雲町まで行きました。2016年のことです。皆さんの多くがそうだと思うのですが、僕も木彫り熊に対して、アイヌの人たちの伝統工芸品というイメージを持っていました。しかし、現地で調べてみるとまったく違うストーリーが存在していることがわかりました。

木彫り熊というブルーオーシャン

安藤:八雲の木彫り熊が生まれたのは、尾張徳川家の当主であった徳川義親(よしちか)公が、スイスから持ち込んだ産業がきっかけでした。明治時代の廃藩で職を失った尾張藩の武士のために、徳川家は北海道の八雲への入植を進めていました。義親は、冬場の農閑期に産業も楽しみもなかった八雲の人に、ヨーロッパ旅行で購入したスイスの木彫りの熊をはじめとする農民美術を見せ、そのようなものを八雲で産業化することを提案します。冬の貴重な現金収入になり生活も改善するということで、町民に受け入れられ、日本の木彫り熊が誕生しました。

遠山:そういった木彫り熊の歴史を初めて知ったとき、どんな気持ちでしたか?

安藤:こんなにメジャーな存在なのに知られざるストーリーがあるものって、正直そうないと思って、将来本をつくりたいと思いました。これまで編集者として仏像の本をつくったことがありますが、仏像は研究者もたくさんいて、その知識を後追いするだけの仕事でした。でも、木彫り熊に関してはまだまだ研究が進んでいませんでした。しかも、当時、八雲町で熊を彫っていた人の孫世代がお元気なころだったので、ギリギリ話をうかがえると思い、ときどき八雲へと赴きました。

遠山:編集者魂がうずいたのですね。

安藤:まだこんなブルーオーシャン(未開拓市場)があったのか、という感じでしたね。

スタヂオ内には、藤森氏のテーブルセットだけでなく、モダン家具の椅子の名品たちも

スイスの模倣から八雲らしい熊の誕生へ

鈴木:だけど、北海道に入植していきなり木彫をはじめられるのかな。町民に土壌となる木の加工の技術があったのでしょうか?

安藤:昔の人はなんでも自分でつくったりしますので、いまよりは慣れていたと思いますが、基本はないです。最初は道具もまともになくて、こうもり傘の骨を研いで彫刻刀代わりにして毛並みを表現していたぐらいです。記念すべき北海道土産としてのファースト木彫り熊は、伊藤政雄という人が義親のスイスの熊をコピーしたもので、八雲町木彫り熊資料館に展示されています。

昭和一桁台につくられた八雲の木彫りの熊

遠山:鮭をくわえているお馴染みのスタイルなのでしょうか?

安藤:鮭はくわえていません。上の写真で遠山さんが手にしている熊もスイスの熊を模倣したもので、這って口を開けているポーズです。鮭をくわえた熊は、実は戦後の作例しか見つかっていません。

遠山:じゃあ鮭をくわえているのはどこ発祥なんだろう。

安藤:それがはっきりとわかっておらず、木彫り熊界最大のミステリーです。

鈴木:では八雲の熊の特徴は?

安藤:スイスの熊のコピーからはじまった八雲の熊なのですが、日本画家・川合玉堂の弟子の十倉金之(とくらかねゆき)らによって独自のルールが整理されていきます。「菊型毛」という背中のつむじといった、実際の熊にはないけれども熊らしく見えるようにするものや、荒彫りと呼ばれる毛を細かく彫らないスタイルです。それらの特徴を備えた熊は足の裏に「やくも」と書かれた焼印が押され、八雲ブランドの熊として売られました。

足の裏に「やくも」のシールが貼られる珍しい木彫りの熊

安藤:先ほどの熊の足の裏に、「やくも」のシールが貼られています。焼印ではなくシールが貼られた熊は、現時点ではこの一体しか発見されていないと思います。もうひとつの八雲の熊の大きな特徴は「擬人化」です。二本足で立ってバットを振ったり、スキーをしたり、鮭を背負っていたり。鮭はくわえるより背負うものなんです(笑)

遠山:鴨がネギを背負ってるみたいですね。

アイヌ作家によって彫られた、鮭を背負った熊のレリーフ

土産物から芸術へ―抽象化される熊―

柴崎重行の熊。遠山さんが手に持つのは、安藤さんが編集した『熊彫図鑑』
抽象化が進んだ柴崎の木彫りの熊

安藤:やがて作家の中に芸術を志向する人が現れます。それが柴崎重行と根本勲。彼らはいろんな熊をつくっていますが、とくに抽象化を進めて、毛を彫らずに面だけで熊を表現することを進めました。柴崎の場合には、はじめは現実の熊に似せようとしていますが、そこから離れ、やがて丸い木の塊のような形になっていきます。

遠山:未完成と言われたりしなかったのかな。

安藤:彫りかけを売るのかと言われたこともあったそうです。八雲の熊のルールだったガラスの目もやめて、木を彫って目を表現しています。当初は異端児だったわけですが、今では八雲の熊というと抽象的なものを思い浮かべる方が多いくらいです。

鈴木:彼らは円空(江戸時代の僧。多くの仏像を制作)の影響を受けていないのでしょうか? 抽象的な熊は円空の荒々しい仏像の感じに似ているし、北海道にも円空仏はありますよね。

八雲の熊が右から時系列で並べられる。左の一体は抽象化が進んだ面彫りの熊

安藤:直接的な影響関係は見つかっていません。いまは情報が氾濫して円空仏も有名になっていますが、当時は情報が限られて、仮に近くにあったとしても円空だと認識できていなかったかもしれません。

鈴木:円空のすごさは、まだ発見されていなかったのかもしれませんね。今でこそメジャーな縄文土器も、岡本太郎がその美術的価値を「発見」するまでは、美的価値が認められていなかったわけですし。

安藤:むしろ、柴崎と根本はエドヴァルド・ムンク(1863 – 1944)に影響を受けているんです。二人でノルウェーに行ってムンクに会おうと計画していたぐらいです。ムンクには表現主義的な画風で雪国の労働者を描いたシリーズもあり、そういったものに惹かれていたのかもしれません。

北海道ブームによって奇しくも衰退する八雲の熊

鈴木:その後、どうやって鮭をくわえた熊が木彫り熊のイメージとして定着していったのでしょうか。

安藤:昭和30年代に北海道観光がブームになったのですが、いまほど北海道の名産品はなく、「白い恋人」もなければ、毛蟹を冷凍して持って帰ることもできない。そうすると、日持ちのするバター飴や木彫りがお土産のメインになり、大量に求められるようになりました。朝に彩色して乾いてないうちに売れるというスピード感だったそうで、分業や機械彫りなど大量生産できないと対応ができない。作家主義だった八雲は、コストも生産のスピードも合わず、職業としてやる人がいなくなり、忘れられていきました。

小さな熊は金工作家・長谷川竹次郎さんの蓋物に収められる

鈴木:発祥の地なのに、多くの人に求められるようになったことで衰退するとは皮肉。

安藤:そうですね。一方で、この観光ブームの時期に波に乗ったのが、旭川でアイヌの人たちが伝統の衣装を着て彫る木彫り熊です。観光財源のためのパフォーマンス的な要素が強かったと思いますが、そこから木彫り熊とアイヌのイメージが結びついていきました。アイヌの人たちも早くから木彫りの彫刻をつくってはいましたが、歴史を紐解くと、木彫り熊=アイヌと簡単にはつなげられないのが現実です。

遠山:もしかしたら熊に鮭をくわえさせたのは、熊と鮭という北海道の二大イメージを結びつけたかったからなのかな。

安藤:それも大きな理由だったと考えています。多くの人が木彫り熊=鮭をくわえていると思うのはそれが一番ヒットして、その前の歴史を吹っ飛ばしちゃったからなのかなと。

高野夕輝さんの現代の木彫り熊

安藤:さて、前提が長くなりましたが、今回の主役は北海道在住の現代の木彫り作家・高野夕輝さんの熊です。八雲に通うようになたころにはもうほぼ熊を買うことができず、どこかで僕が欲しいと思える熊が買える場所があったらいいのに、そんなことを考えているときに高野さんをブランディングディレクターの福田春美さんに紹介してもらいました。

高野夕輝さんの木彫り熊3体
高野夕輝《雪の日高山脈》

鈴木:どのような来歴の人なのでしょうか?

安藤:彼は北海道出身で畜産を学び、その後大阪の家具をメインとしたクリエイティブ活動を展開するgrafという会社で活動、2012年に北海道に戻ってきて、オーダーメイドの家具製作をしていました。Grafへの参加前後には、現代アートのファブリケーター(個々のアーティストだけでは実現困難な作品制作の支援をする人)の仕事をしていました。最初に出会ったころ、高野さんはまだ趣味的にしか熊を彫っていなかったのですが、僕が北海道の熊について調べていることに関心を持ってくれて、やがて本格的に熊を彫るようになりました。いまでは大人気の熊彫作家です。

鈴木:どんな作品なのでしょうか?

安藤:八雲の木彫り熊の歴史を追体験するようにしてたどり着いた、抽象的な熊がメインです。山を彫ったものもあります。

高野夕輝《くまちゃん》のファーストモデル

鈴木:こちらの熊はキャラクター化されていてテディベアのようで、少し雰囲気が違いますね。

安藤:こちらが「くまちゃん」という最新シリーズです。最初この作品を見たとき、可愛いけど、僕がイメージしていた高野さんの熊とは違うし、値段も高いし、正直、売れないだろうなと思ったんです。でも、展示会場でずっと見ていたらすごく気になってきて、途中から「売れないように」って願いはじめていて(笑)、結局売れ残って僕が買いました。

遠山:何が魅力的だったんでしょうか。

安藤:芸術性をすごく感じたんです。現代アートの世界とも通じる、新しい世界の扉なんじゃないかと。

遠山:どうして売れないって思ったんですか?

安藤:すでに人気化していた高野さんの熊彫スタイルとしてはかなり違っていたので。でも、現代アートとして抽出し、くまちゃんをはじめとするいくつかのアートピースだけで展示をすれば売れるんじゃないかなと思いはじめました。案の定、くまちゃんによって高野くんの新しいファンが増えました。扉が開いたんですよ。

高野さんの抽象的な熊を持つ遠山さん。彫っている途中で止めることの方が難しいという

遠山:私からすると、抽象的な熊の方がどちらかというと現代アート的に感じるんだけどな(笑)。私が北軽井沢の家に置くなら、この途中で彫るのを止めたような熊だなあ。

鈴木:くまちゃんは触ったら棘が刺さりそう。ツルッとした面の作品とは大違いですね。家具製作をしていたら、ザラザラした表面とは無縁だったと思うんですが。

安藤:まさにその「曖昧な輪郭」に惹かれているそうです。ロダンの彫刻も、ツルッとした輪郭ではなく曖昧さがありますよね。デイヴィッド・ナッシュ(英国出身の彫刻家。1945 – )の彫刻も好きみたいだし、あと、ヴォルフガング・ティルマンス(ドイツ出身の写真家。1968 – )の作品みたいな熊が彫りたいって言ってるんですよ。

安藤夏樹の逸品② 鬼海弘雄さんに撮ってもらったポートレイト

鬼海弘雄さんによる安藤さんのポートレイト

安藤:もう一つの逸品は、いま準備している写真集に関するものです。こちらは写真家の鬼海弘雄さん(1945 – 2020)に撮っていただいた僕のポートレイト。鬼海さんは2020年に癌で亡くなってしまいましたが、生前とても親しくさせていただきました。

遠山:鬼海さんはポートレイト専門の写真家なんですか?

安藤:街の風景を撮ったシリーズもありますが、有名なのはポートレイトです。浅草で40年間撮影していたポートレイトのシリーズは、誰も真似できないような撮影スタイルでした。彼は道に座って行き交う人を見て、気になる人がいたら声をかけ、浅草寺の壁のところで撮影。一日座っても気になる人がいないこともありますし、もちろん声をかけても撮影させてもらえないこともあります。

遠山:鬼海さんはどんな人が気になったんでしょうか?

生前に作家本人に譲っていただいた作品。キャプションは「久しぶりに朝方夢を見たと話す男 1993」(ちくま文庫『世間のひと』)

安藤:人間そのものを撮りたいと言っていましたね。実際写真を見ると、個性的な人が多かったのも事実ですが。作品には、撮影中の会話から感じたことを鬼海さんがキャプションにして付けています。そのキャプションがとても不思議な文学的魅力にあふれていて、大好きなんです。僕も撮影してもらったときに、キャプションを書いてもらいました。それが額の裏に書かれた「キャプションを訊く男」です(笑)

プリントには「キャプションを訊く男」。しかし写真集では「キャプションを気にする雑誌編集長」となっている

安藤:実は鬼海さんの写真は同じものでも、掲載されている本によって違うことがあります。コンタクトシートにいくつもの候補が書かれたりしていて、たとえば僕の写真は、プリントには「キャプションを訊く男」となっているのですが、写真集では「キャプションを気にする雑誌編集長」に変わっています。

鈴木:いま編集を進めている本はどんな本になるんでしょうか。

安藤:鬼海さんの浅草のポートレイトを網羅した本にできればと思っています。もちろんキャプションもできる限り入れるつもりです。

遠山:では、安藤さんが作品を買うのはなぜなのでしょうか?

安藤:もちろんその作品を好きだからということもありますが、作家との関係性をつくるためでもあります。熊に関しては、これを世に紹介していかなければいけないというある種の使命感を持って、集めていました。鬼海さんに対しても、このすごい作家をもっと知ってもらいたいという気持ちが大きいですね。だから純粋に好きで集めているコレクターさんとは少し考え方が違うかもしれません。

遠山正道の逸品① 父親の形見の洋服

60年前から70年前につくられたキャメルのジャケット

鈴木:次は遠山さんの逸品をお願いします。

遠山:今回は父が着ていたジャケットを持ってきました。いまから50年前、私が11歳のときに父が亡くなったので、実際に着用していたのは60年から70年前になります。父は私が生まれる前にニューヨークに住んでいたのですが、そのとき、あるいは銀座あたりで仕立てたのではないかと思います。

お父さまのジャケットを羽織る遠山さん。背後にも木彫りの熊が

安藤:保存状態がとても良いですよね。60年前に仕立てられたとは思えないぐらい。

遠山:これだけ状態が良いのは、素材が良いからだと思います。現在つくられている服のなかに、ここまで時代を超えて残るものがどれだけあるのかなと思いながら、いつも父の服を見ています。

鈴木:着ることはあるの?

遠山:いつか着よう着ようと思いながら、なかなか機会がなくて。今回の対談が着るきっかけになるかなと思って持ってきたんです。

安藤:ほかにもいろいろと受け継いだのでしょうか。

遠山:ブルックス・ブラザーズのツイードのコートや、革のジャケット、黒の紋付きなど、いろんなものが残っています。黒紋付はさすがに着る機会がなさそうだけど(笑)。でもせっかくだから、今年は父の服を着たいと思っています。

遠山正道の逸品② 菅井汲のペイント

遠山:実はもう一点私も持ってきていて。1964年に描かれた菅井汲のペイントです。

鈴木:遠山家のリビングに飾られている作品ですよね。

遠山:そう。私は結婚してすぐの30年前から代官山に住んでいるのですが、引っ越してきたときに、家の近くにいまでもあるアートフロントギャラリーで買いました。私は62年生まれなんですが、近い時期に描かれた作品ということもあって親近感が湧いた。それになんとも言えない力の抜けた感じがすごくよくて。調べてみると、菅井はこの当時、こういったペタンと力が抜けたような作品を描いていて。それがすごくいいなって思って、自分の大事なアートピースとしていまでも身近に置いています。

鈴木芳雄の逸品 ヴォルフガング・ティルマンス『if one thing matters, everything matters』の特装版

鈴木:僕が今回持ってきたのは、ドイツ出身でロンドンとベルリンを拠点に活動する写真家ヴォルフガング・ティルマンスの、オリジナルプリントがついた特装版の展覧会図録です。ティルマンスは2000年、写真家として初めて現代美術の重要な賞の一つである「ターナー賞」を受賞しました。それを記念して、ロンドンのテート・ブリテンで2003年に開催された展覧会のためにつくられた100冊限定の特装版。ベースになった写真集は『if one thing matters, everything matters』というもので、ティルマンスの少年時代の写真から当時のものまでカタログレゾネのように網羅されています。

安藤:すぐになくなりそうなのに、展覧会で買えたんですね。

鈴木:展覧会開幕直後に行ったから買えました。プリント1点とサイン付きのハードカバー図録で6、7万円くらいでした。この特装版についていたプリントというのが、このベランダの観葉植物に成った果物の写真。そこに「PLEASE Leave this one!!( 〈鳥のために〉一つは残しておいてね)」と、メモが貼ってある、可愛い作品です。

ヴォルフガング・ティルマンス「Please leave this one」

遠山:もう1枚のプリントはどうしたの?

鈴木:実は特装版はそのベランダのフルーツを昼と夜撮影した二種類あったんです。でも展覧会会場では気づかずに、昼バージョンの1冊しか買わなかったのですが、偶然、日本のとある古本屋で夜バージョンの付属していた特装版を見つけてしまった(笑)

安藤:それは間違いなくほしくなりますね(笑)

鈴木:当初の何倍もの値段になっていたのだけど、ほとんど古本市場に出回らないので買いました。いつか額装して2点を並べたいと思っています。僕はティルマンスの写真が大好きで、『BRUTUS』でガーリーフォトの真逆を張ってボーイズフォトの特集を組んだときには、表紙にしたし、実際にロンドンにインタビューにも行きました。

安藤:芳雄さんはよく特装版でプリントやペインティングを買っていますよね。

鈴木:そうですね。画廊で絵や彫刻を買うのは、値段も高いし、サイズ的にも大きすぎて自分の部屋には飾ることができなかったりして、ハードルが高い。特装版に付いてくる作品は大きさもちょうどいいし、ギャラリーでプリントを買うよりかなりお得です。

遠山:確かに、特装版をスタートにコレクションを増やしていくのもいいですね。足がかりとしてはすごくいいと思います。

スタヂオ内には木彫りの熊だけでなく、猪熊弦一郎の絵画や、黒田泰蔵の円筒、砂澤ビッキのドローイングなども飾られる

鈴木:だから、安藤さんが準備している鬼海さんの写真集も、特装版をつくってほしいなあ(笑)。プリントつきとかすごく魅力的。

安藤:おっとそうですね(笑)。がんばってみます。

鈴木:木彫り熊は一例ですけど、安藤さんがいろいろ発信することで、皆さんに新しい世界というか、新しい扉を開いてもらえれば嬉しいですよね。それに誰にも自分の周りにももしかしたらブルーオーシャンが広がっているかもしれない。それを見つけたときの喜びを皆さんに共有してほしいと思います。

profile

安藤夏樹

編集者。プレコグ・スタヂオ代表。日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経マネー』や『日経おとなのOFF』の編集に携わり、ラグジュアリーマガジン『MOMENTUM』の編集長を務める。2016年、プレコグ・スタヂオを設立。同社で『熊彫図鑑』『Colorful 黒田泰蔵』を刊行。木彫り熊の魅力を発信する「東京903会」を主宰する。仏像、古時計、木彫り熊、写真集などに造詣が深い。

profile

遠山正道

1962年東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年三菱商事株式会社初の社内ベンチャーとして株式会社スマイルズを設立。08年2月MBOにて同社の100%株式を取得。現在、Soup Stock Tokyoのほか、ネクタイブランドgiraffe、セレクトリサイクルショップPASS THE BATON等を展開。NYや東京・青山などで絵の個展を開催するなど、アーティストとしても活動するほか、スマイルズも作家として芸術祭に参加、瀬戸内国際芸術祭2016では「檸檬ホテル」を出品した。18年クリエイティブ集団「PARTY」とともにアートの新事業The Chain Museumを設立。19年には新たなコミュニティ「新種のimmigrations」を立ち上げ、ヒルサイドテラスに「代官山のスタジオ」を設けた。

「新種のバザール展」については、こちらをご覧ください
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000062411.html/

▶︎http://www.smiles.co.jp/
▶︎http://toyama.smiles.co.jp

profile

鈴木芳雄

1958年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。82年、マガジンハウス入社。ポパイ、アンアン、リラックス編集部などを経て、ブルータス副編集長を約10年間務めた。担当した特集に「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「国宝って何?」「緊急特集 井上雄彦」など。現在は雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がけている。美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

▶︎https://twitter.com/fukuhen

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