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“三重への愛”で社会貢献を目指す――「伊勢 すえよし」料理人・田中佑樹
思想するレストラン

“三重への愛”で社会貢献を目指す――「伊勢 すえよし」料理人・田中佑樹

地元への限りない情熱を、料理や社会貢献に役立てたい――「伊勢 すえよし」料理人・田中佑樹

日進月歩で変化してゆく食の世界。そんな中、料理人や食べ手の意識改革が進んでいる。食材の選び方や未来に向かう自分の果たすべき役割まで、思想を重ねることは、今や料理人にとっても求められるべき要素だ。今回、故郷を皿に表現し続ける「伊勢 すえよし」田中佑樹氏についてご紹介する。

Text by Mayuko Yamaguchi
Photographs by Yuka Yanazume

東京・西麻布にある三重のローカルガストロノミー

カウンター5席に個室が一室という、小さいけれど豊かな世界観が満ちる「伊勢 すえよし」。

今回紹介する日本料理店「伊勢 すえよし」は、東京・西麻布という都会に居を構える。しかし私は、この店もある意味では「ローカルガストロノミー」ではないかと考えている。店のまわりにはラグジュアリーな有名店がひしめいており、夜な夜な話題店を目指すフーディーたちが闊歩する街、西麻布。そんな中にあって「伊勢 すえよし」は、三重県の食材を用いて他にはない世界観を表現する店として、世界的にも高い評価を得ているのだ。世界最大の旅行プラットフォーム「トリップアドバイザー」では、毎年、世界中から投稿される旅行者の口コミと評価をもとにホテルやレストランのアワードを発表するが、2020年「高級レストラン部門」で日本1位に輝いたのがここ「伊勢 すえよし」だった。当時32歳だった田中佑樹氏による料理とストーリーが唯一無二の温かさと感動を与えるとして、多くの旅人たちから圧倒的な支持を集めたのである。

世界中を旅して歩いた、異色の日本料理人

「伊勢海老の具足煮」は白味噌仕立て。蕪や百合根、にんじん、手鞠餅といった食材を手際よく盛り込んでいく田中氏。有次の包丁には、自らの名を刻んで。
「伊勢海老の具足煮」は白味噌仕立て。蕪や百合根、にんじん、手鞠餅といった食材を手際よく盛り込んでいく田中氏。有次の包丁には、自らの名を刻んで。
「伊勢海老の具足煮」は白味噌仕立て。蕪や百合根、にんじん、手鞠餅といった食材を手際よく盛り込んでいく田中氏。有次の包丁には、自らの名を刻んで。

田中氏のことを語る前に、日本料理の世界ならではの“事情”についてお伝えしておきたい。さまざまな料理ジャンルがある中で日本料理ほど花が咲くまでに時間のかかる世界はないのではと思う。修業の厳しさ、そしてひとつのことを習得するまでにかける時間の長さが理由だ。それを物語る事象も多々あるが、たとえば「YOUNG CHEF(30歳以下の料理人の世界一を決める)」、「RED U-35(35歳以下の料理人日本一を決める)」といったコンペティションでは、日本料理の分野から挑戦者が出ることは珍しい。2022年11月中旬に開催された「RED U-35」で初めて和食料理人が選ばれたのが記憶に新しいところだ。また、世界各国のフレンチやイタリアン、中国料理といったジャンルで、今では日本人シェフが当たり前に活躍し、時にはミシュランの星も獲得して話題になっているが、その逆、つまり日本料理の世界で、海外の料理人が認められている例はほぼないと言っていいだろう。これも日本料理の特質が理由ではないだろうか。

そんな中、田中氏は独自の方法で日本料理の道を歩み続けている。故郷の三重県四日市市で日本料理店を営む父のもとに育ち、料理専門学校を卒業した後に京都の名料亭「菊乃井」に入ったところまでは、サラブレッドにふさわしい道のりだった。しかし25歳で店を退き、そこから世界一周の旅に出た。日本料理の修業者にとっては、最も大切な時間ともいえる20代半ば。決断に際して迷いはなかったのだろうか?

「店を辞めるにあたっては、私の大切な師匠である『菊乃井』の村田吉弘さんからも、非常にありがたいお話をいただきました。和食の世界は“守破離(しゅはり)”という精神を大切にします。守るとは学ぶこと。破り離れることで自らの世界を再び構築することにつながると思います。師匠からの言葉は重いものでした」

曰く、「一人前になったらお店を出すって、ほんなら一人前にはいつなれるんや? 5年か? 10年か? お店を出したらか? 人生はいつまで経っても修行や。お店を出してからも修行は続くんや」

この言葉を聞いて、田中氏は決断した。

村田氏といえば、名店「菊乃井」に生まれ、25歳のときに系列の「露庵」を任され、そこから独自の路線で店を盛り上げたことで知られる。また、和洋を問わず世界中の料理人に慕われており、多くの名シェフが「菊乃井」の厨房で見習いを務めるのも有名な話だ。その村田氏が「お前にとって独立のときは今や」と、25歳の弟子の背中を押して世界へ向けてくれたという。

日本料理を世界の誰もが親しめるものにしたい

目にも美しい晩秋の八寸はヴィーガン仕立て。出汁にも鰹は使わず、油やナッツ、根菜などを用いて、満足感がありお酒にも合う料理へと仕上げている。

かくして、25歳の若い和食料理人は世界を巡る旅に出た。和食を伝えるのではなく、世界を学ぶための旅。訪れた国は15カ国以上に及び、アルゼンチンやトルコ、グアテマラ、ペルーなど、いわゆる料理を学ぶ人の旅先としてメジャーとはいえない国々も多く回った。旅先でも料理と離れることはなかったが、和食の人ではなく、その土地の食文化を勉強する若者として、街角の食堂などで働きつつ郷土料理を学び続けた。

「本当にエキサイティングな時間でした。私は4歳の頃から料理に興味を示し始め、物心ついた頃には親の跡を継ぐと決めていました。飛行機に乗ったことも語学力もなく、和食のことしか考えずに生きてきたんです。しかし、海外に出たらすべての既成概念がリセットされてしまった。料理人として生きる以前に、人としてどう生きるかを大きな問題として考えるようになりました」

収穫は大きかった。世界には多彩な食文化があり、食べるものに対して信条を持つ人たちがいる。健康や動物愛護などの理由でヴィーガンを選ぶ人もいれば、宗教的な見地から肉を食べない人もいる。各国の郷土料理には、美味しさ以前に背景や思いやり、生活が結びついている。そして行き着いた境地が、「故郷の料理の素晴らしさを、きちんと未来に伝える仕事をしよう」という思いだった。

東京という大都会に生まれた、小さな三重県

田中佑樹氏。穏やかな語り口調と語彙力の豊かさで、メディアでも姿を見かけることが多くなった。店のカウンターには、三重の生産者との交流を描いた本や英語で書かれた日本料理の書籍などがそっと置かれていた。
田中佑樹氏。穏やかな語り口調と語彙力の豊かさで、メディアでも姿を見かけることが多くなった。店のカウンターには、三重の生産者との交流を描いた本や英語で書かれた日本料理の書籍などがそっと置かれていた。
田中佑樹氏。穏やかな語り口調と語彙力の豊かさで、メディアでも姿を見かけることが多くなった。店のカウンターには、三重の生産者との交流を描いた本や英語で書かれた日本料理の書籍などがそっと置かれていた。

日本に帰国した田中氏は、早速活動をスタート。店を西麻布につくると決めたのは、故郷である三重県の幸を東京、そして世界へ届けられる仕事に従事したかったから。そしてそれこそが、地元の生産者や料理文化が今後も存在し続けられるモチベーションにつながると考えたからだ。

そうして2015年に「伊勢 すえよし」はオープンしたのだが、田中氏には他の料理人には持ち得ない“武器”が、海外を旅した間に増えていた。それは、どんな環境下でも意思疎通をはかるために必死で身につけたコミュニケーション能力や語学力であり、「日本料理はこうあらねばならない」と論じる以前に、「どうすれば和食を知らない海外の人でも美味しく食べてもらえるだろう」という思いやりの気持ちであったりとさまざまだ。また、世界的にSDGsが叫ばれるようになり、美食で独自性を表現する以上に、食材のサステナビリティやトレーサビリティを大切にしなければ未来はないのだと、自らの経験から実感できるようになった。

それだけに、「伊勢 すえよし」の居心地のいい店内には、田中氏の温かで真摯な思いが至るところに溢れている。白木のカウンターに置かれた写真集は自費でつくったもので、三重県の生産者たちや収穫したばかりの食材の写真が収められている。料理を待つ客はそれらを眺め、田中氏に質問することも少なくない。そういったやりとりがきっかけになり、現地の生産者を訪問する人もいるというから、田中氏の行動はその場だけでなくその後に生きているというのがよくわかる。

現在、田中氏の日常は、非常に忙しい。店の営業の傍らで、客や有志を三重県の食材生産者のもとに案内する旅企画「いただきますスタディツアー」を催行したり、故郷の山海の恵みを地元の高校生と共に商品化したり、東京と三重の間を行き来するのが日常となった。

「『三重の恵みプロジェクト』というのがあって、これが自分にとって非常に勉強になる試みなんです。県の生産物を内外に伝え、県民にも三重の誇りを取り戻していただくというようなプロジェクトなのですが、三重の生産者や加工業者の方々にも入っていただいています。社会と環境にインパクトを与えたいという願いを持って続けており、生産者や料理人と消費者との間に新たな関係性が生まれました。昨今、“生産者の見える化”の必要性が話題になっていますが、私はそれでは足りないと思う。“生産者の心の見える化”こそが、未来のために必要ではないでしょうか」

「食の裏方の人々や彼らを取り巻く世界に思いを馳せること」こそが、健全な食の未来を育むために最も必要であるというのが、田中氏の持論だ。そしてそんな思いを、客とのツアーや高校生向けの授業で、楽しく美味しく届けている。実績は数え切れないほどで、鹿猟師や海女さん、地元の酒蔵、鰹節製造者を巡ったり、米農家と共に田植えをしたり、時には田畑で鯛めしを炊いて皆で味わうといった体験も。「心の流通」を実現させたいと願う田中氏の活動は徐々に知られるようになり、参加者からは「顔の見える生産者から買うのと、顔見知りの生産者から買うのとでは、食材の美味しさが違う」と言われるようになったという。

さらに田中氏の心の底にあるのは、三重を思うこういった活動が新たに参画してくれる人を呼び、未来につながり、やがては次世代の食を健全なものにしていくのではないかという大いなる願いである。田中氏のような人が日本各地に誕生することで、日本各地にある「地方」の在り方が変わっていくかもしれないと感じたのであった。

「おかげさま」という言葉がくれる真の豊かさ

「伊勢 すえよし」の店内には、三重への愛があふれている。地元の工芸品の組子細工の横には、常連客が紹介してくれた書家による「心」の文字が。香をたく器、伊勢形紙による切り紙など、三重のアートを味わっていただければ。
「伊勢 すえよし」の店内には、三重への愛があふれている。地元の工芸品の組子細工の横には、常連客が紹介してくれた書家による「心」の文字が。香をたく器、伊勢形紙による切り紙など、三重のアートを味わっていただければ。
「伊勢 すえよし」の店内には、三重への愛があふれている。地元の工芸品の組子細工の横には、常連客が紹介してくれた書家による「心」の文字が。香をたく器、伊勢形紙による切り紙など、三重のアートを味わっていただければ。

最後に「真の豊かさとは何だと思いますか?」と田中氏に質問してみた。その答えに、田中氏の世界観が表れている。

「料理人として、そしてひとりの人間として、『料理を口に運ぶ前の1秒』を大切にしたいと思っています。思いを馳せる瞬間があってこそ、味わいはストーリーとなり、さまざまな人・ものへの感謝へと結びつくから。それこそ豊かであるということですよね」

田中氏が教えてくれたことで印象的だったのは、「おかげさま」という言葉だ。神仏の世界から生まれたといい、太陽に対して「陰」があり、光の背後には必ず陰となる存在があり、つまりは見えない何者かに対して感謝の意を示すことこそが尊いのだと。ひと口いただく前に、そんな存在に思いを馳せることで、料理は美味しくなる。感謝をし、知ることで、未来の食文化の在り方は徐々に変化していくはずであり、それこそ日本人が持つ美しい精神性ではないでしょうかと田中氏は教えてくれた。美味しいものを愛でる時間をより贅沢にしてくれるこの言葉に、まさに感謝の念を感じえない。

Shop Information

伊勢 すえよし
東京都港区西麻布4-2-15 水野ビル3階
▶︎http://isesueyoshi.blog.fc2.com/ 

profile

田中佑樹
1988年生まれ、三重県四日市市出身。地元で日本料理屋を営む父母のもとで育つ。服部栄養専門学校卒業後は京都「菊乃井」にて修業。24歳で退店し、世界一周の旅へ。グアテマラ、ペルー、アルゼンチン、イタリア、トルコなど15カ国以上を巡り、各地の地元食堂で郷土料理を学ぶ。帰国後の2015年、28歳のときに「伊勢 すえよし」を開業。2020年「トラベラーズチョイスアワード」の高級レストラン部門で日本1位(世界9位)を獲得。2021年「RED U-35」ではブロンズエッグに選出。「日本サステイナブルレストラン協会」加盟店。

profile

山口繭子

神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)編集部を経て独立。現在、食とライフスタイルをテーマに、動画やイベントのディレクション、ブランド・新規レストランのコーディネートなどで活動している。著書に、自身の朝食をまとめたレシピエッセイ『世界一かんたんに人を幸せにする食べ物、それはトースト』(サンマーク出版)。
▶︎https://note.com/mayukoyamaguchi

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