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「アートは衣食住の延長」と語る<br>ファッションデザイナーの住まい
My Life with ART

「アートは衣食住の延長」と語る
ファッションデザイナーの住まい

好きなものは買うのではなく作り、楽しむ ——「衣・食・住・アート」をハンドメイドするファッションデザイナー

「アートが人生をより豊かにする」をテーマに、アートを取り入れたライフスタイルを紹介する連載「My Life with ART」。3回目は、「APRES SEIZE TAKESHIYAJIMA」や「ラフィネールアッシュ」のデザイナーとして活躍され、1979年~1993年の14年間にわたりパリで暮らしていた矢島タケシさん。「アートは衣食住の延長であり、自らの手で作るのが基本」という矢島さんの住まいには、本当に好きなモノだけに囲まれて暮らす幸福感が溢れている。

Text by Hiroe Nakajima
Photographs by Yoichiro Kikuchi

欲しいものは、ほとんど自分で作ってしまう

玄関を入ってすぐ正面の壁には、小さな木工の人形たちが放射状にディスプレイされている。木枠以外はほとんど矢島さんの手製。季節によって入れ替えることもあり、例えばクリスマスシーズンには手製のリースを掲げる。

1969年にVANヂャケットに入社。その後1979年~1993年の14年間にわたってパリで暮らし、「APRES SEIZE TAKESHIYAJIMA」や「ラフィネールアッシュ」のデザイナーとして活躍、ファッションコメンテーターとしてもさまざまなメディアに登場してきた矢島さん。住まう都内マンションのペントハウスはメゾネットになっていて、延べ床面積130平米とゆったりしている。

「ここに暮らして15年くらいになります。入居するとき、オーソドックスな造りがいいなと思いました。僕の場合は住空間も自分の好むしつらえにしたいほうなので、シンプルで奇をてらっていないスペースがよかったんです」

長く服飾の世界で活躍し、自身のブランドではレディースもメンズも手掛けてきた矢島さんにとって、身にまとうものを作るのはお手のものだが、「食」や「住」においてもクリエイティビティを表すのはごく自然のこと。友人を食事に招くこともしばしばで、60人のゲストを迎えたホームパーティを開いたこともある。

「当然ながら衣食住に関わるセンスは、繋がっていてしかるべきですよね。ファッションにこだわりのある人が、食べるものに無頓着で、住む部屋に無意識というのは、どこか違う気がします。お料理のお皿の盛りつけも言ってみればアートですし、テーブルの飾りつけもアートです。誰かを招くときはなおさら、部屋や食卓を素敵に整えることがホスピタリティにも通じるのではないでしょうか」

ゲストのためにダイニングの入り口に手製のメニューカードを掲げ、テーブルにも手製のネームカードを置くという細やかさ。パンやお菓子も手作りしてしまう矢島さんだが、それは特別な日に限ったことではなく、手を使って何かを生み出すことはごく日常的なことなのだ。

リビングの壁には大小さまざまな額縁が掲げられている。古い雑誌の広告やポスター、外国で手に入れた人形、自身の絵と人形などがひしめき合って調和している。
ゲストのためにその日ふるまう料理のメニューを掲げることもある。イラスト入りのメニューは手製。ハンドメイドした人形とともにお出迎え。
ダイニングに掲げられたモノクロの写真はパリのレストランやホテルで供された一皿を自身で写したもの。食卓には色が並ぶので、あえてモノクロにしている。

「アートに関しても姿勢は同じですね。暮らしの中のアートは自分で作ればいい。好きなモチーフ、好きな造形、好きな色彩は人それぞれですが、僕の場合はどこかノスタルジックなテイストが好き。思い描くのは特に1940年代、50年代のパリ。サーカスやカフェ、バカンスのスケッチなんかをタブローに描いたり、人物を糸ノコで切り取って彩色しています。そういったものに囲まれていると気持ちが安らぎます」

14年間のパリ生活で確かめたトラッドへの偏愛

1950年代の『ELLE』に載っていたパスタソースの広告を額装したもの。当時の広告はイラストが一般的だった。矢島さんはこの頃のマガジンやポスターを大量に収集している。
もともとは鳩時計だったが、音が気になるので電池を抜いて、今はオブジェとして飾っている。前回の当コーナーに登場した相馬英俊さんのお宅にあった鳩時計の元の骨組み。

VANヂャケットを退社後、単身フランスへ渡った矢島さんは、そこでさまざまなモノや人と出会うことになる。もともとトラッドなものが好きだったが、フランス人の、トラディショナルなものを上手に現代に取り込む“フレンチトラッド”とも言われるエスプリ(精神)に学ぶことは多かった。

「生まれたときから歴史や伝統が暮らしの中にありますし、色彩感覚にも秀でているのでしょうね。目の色、髪の毛の色もそれぞれ違う彼らは、自分の特徴をよく摑んでいるので、ファッションもお仕着せのものをまとっている人はまずいません。みな、親やその親から譲り受けたようなジャケットやセーターなんかを上手に取り入れて自分のスタイルにしている。住まいも同じで、さまざまな時代、風合い、高い物・安い物、手作りのものなどが絶妙に同居している感じですね。一式ピカピカに揃えました、というのは野暮という感覚があるのでしょうね」

言われてみれば矢島さんのリビングの壁のディスプレイからも絶妙なバランスが伝わってくる。ばらばらであるようで統一感があり、まとまっている。そしてさりげない。

「フランス人にとってアートは暮らしに密着したものです。パリの街角の風景を切り取るとそのまま絵になってしまうのは、そうした理由からではないでしょうか。人々の心身に息づいているんですよね。僕の場合は、特定の芸術作品からインスピレーションを受けてというより、パリのスケッチがそのままアートのモチーフになっています。それと1940年代~50年代の風俗。あの時代の豊かさや幸福感には言い知れぬ魅力があるんです」

「アヴァンギャルドなものにはあまり食指が動かない」と言い切る矢島さん。ファッションデザイナーを志した頃から自分を捉えて離さない「トラッド」への偏愛と信頼は深く、そこをさらに掘り下げていこうという態度は静かで動じない。

上階への階段の途中には、パリの蚤の市を渉猟して手に入れたアンティークのボタンが。シャネルやエルメスなどのボタンを並べて額装。
寝室の絵は、エルメスやバカラの広告を手掛けるほか、ルイ・ヴィトン「LE MAGAZINE」のクリエイティブ・ディレクターでもある河原シンスケさんが描いた矢島さんのポートレート。

パリが与えてくれたもの、パリが教えてくれたこと

「僕はいわば逆輸入されて日本でデビューしたんです」と語る矢島さんは、1990年頃、『ELLE』(フランス版)のページを飾ることになった。

「パリに住んで10年くらい経った頃、自分でデザインしたニットを着ていたら、それを『ELLE』の編集者が知ることになって、ニットのページで紹介してみないかって。古い『ELLE』を収集するほど憧れていたその雑誌に出られるなんて驚きでしたが、幸いにもそれから何度か出ることになりました。その後、バーニーズ ニューヨーク ジャパンのオリジナル商品のデザイナーとなり、1993年に帰国してからは自分のブランドを持って春秋のコレクションを続けることに。それも、やはりフランスの『ELLE』に登場していたということが大きかったのではないでしょうか」

ファッションデザイナーとしての可能性をフランスで見いだされたことが、その後の矢島さんのキャリアを決定づけた。

「僕がパリにいた時代、日本はバブルに沸いていて、取材に来るスタッフは本当に景気がよかったですよ。僕はまだお金を持っていなかったけれど、あの時代に知り合った人や経験した出来事が、その後の僕を生かしてくれたと思いますね。今年の1月に何年ぶりかにパリに行ったんです。人生最後に、なんて思っていたけど、帰ってきたらまたすぐに行きたくなってしまって。スマホで写したスナップを早速、水彩の板絵にしました。いまだに僕の創作意欲を刺激してくれるのがパリなんです」

手を動かして何かを作っているときが一番楽しい

着るもの、食べるもの、暮らしの中のアート……。なんでも自分の手から生み出してしまう矢島さんは、「夢中になって創作しているときが一番楽しい」と話す元来のクリエイターなのである。

「美味しいものを食べれば、それを自分でも再現してみたい、もう少しアレンジして好みのものにしたい。旅先で風景を見たら、それを絵の中に閉じ込めたい、人形のかたちにしてみたいと思います。受信して終わるのではなく、そこから手を動かしてまた再生させ、発信することが身についているんだと思います。実は新たな住まいを作りたいと思っている節もありまして、気になっている物件もあるんです。もちろん今の家は気に入っているのですが、またイチから始めたいという衝動に駆られることもあって……。とにかく“作っている過程”が、僕にとっては最良の時なんです」

その場合、都内のヴィンテージマンションを自らリフォームして、思いのままの空間を作りたいというのが矢島さんの願い。

「まだ誰も手を入れていない部屋を少しずつ自分好みの住空間に変えていくという作業は、最高に楽しいものです。新築でも中古でも、マンションである以上はなかなかそんな機会にめぐり会えないものですが、なるべくまっさらな状態からスタートさせたいんです。終わりなき創作活動というか、そうした時間に身をゆだねることができたら幸せですよね」

完成させた部屋を手放し、また新たな住まいをクリエイトしたいという矢島さんの尽きぬ意欲。そんなふうに思えるのは、長年ファッションデザイナーとしていくつもの作品を生み出してきた自らの手への、厚い信頼があるからにほかならない。

「衣・食・住・アート」をハンドメイドしながら、豊かな暮らしを形づくる矢島さんのお話から、住空間を演出するのは、そこに住まう人自身であることが再確認された。

糸ノコアートの人形たち。乗馬やダンスホールなど、モチーフはクラシックなものが多い。奥のパズルのような木工細工も自作のもの。あえて彩色はしていない。
廊下にも糸ノコアートの作品が並ぶ。ピンクのプードルたちは実際にパリで見かけた光景。毎日10匹近くのプードルと散歩している女性に話しかけたところ、彼らは夜、モンマルトルの「ムーランルージュ」でショーに出ている犬たちだった。

profile

矢島タケシ

ファッションデザイナー。1969年VANヂャケット入社。79年渡仏。90年『ELLE』(フランス版)のニットページのデザインを手掛ける。91年「バーニーズ ニューヨーク ジャパン」のゴルフウエアをデザイン。93年帰国。「APRES SEIZE TAKESHIYAJIMA」を立ち上げ、95年には渋谷に「A.S.T.Y」路面本店OPEN。2000年高島屋よりメンズプライベートブランド「ラフィネ-ルアッシュ」を立ち上げる。2010年「APRES SEIZE TAKESHIYAJIMA」を再開。『おしゃれ工房』『ヒルナンデス』『今夜も築地テラスで』など多くのTV番組にも出演している。

▶︎ https://ameblo.jp/takeshiyajima365/

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