都心の不動産価格高騰は続き、郊外へ向かう人が増える予想
――2024年現在、都心のマンション市場の価格上昇が顕著ですが、現状とこれからをどのように見ていますか?
宗さん(以下、敬称略):まずは、新築マンションを建てるための敷地がなくなり、供給が少なくなっているのが一つの理由ですよね。住みたいエリアを決めて、物件を探し始めると、中古マンションしか選択肢がない場所が多く、中古マンションの希少性が高まっています。人気のエリアでは、リノベーション済みの中古マンションが1億円以上の価格に上昇。今、首都圏には世帯年収が2000万円程度以上のパワーカップルと呼ばれる夫婦が、20〜30万人いるといわれていて、そういった人たちが人気エリアの中古マンションを購入しています。新築・中古ともに都心の不動産価格が高騰しているのは事実で、しばらくはこの状態が続くでしょう。これまでの一般的な感覚では、都心に住むのは難しい価格になっていますよね。
森永さん(以下、敬称略):私も同じように見ていますが、この不動産価格の上昇は、首都圏一極集中を解消する可能性も出てきたと感じています。現在の東京23区の中古物件の平均価格は約8800万円、新築は約1.1億円といわれています。今後は金利も上昇すると見られるので、東京に住める人は限定されて、住めない人は東京近郊へ向かうのではないかと思います。私は埼玉県所沢市の出身ですが、所沢市ではそれほど不動産価格は変わっていません。都内の中古マンションの予算で、新築の庭付き一戸建てが買えるので、そちらを選ぶ人も増えてくるのではないでしょうか。あるいは首都圏から出て、さらに郊外へ向かう人も多くなってくるかもしれません。
宗:首都圏は人材プールとでもいうか、全国から若い男女が集まる出会いの場にもなっています。都心で働いて、結婚して子どもが生まれて、郊外で家を購入するケースも多いですよね。将来的にはわかりませんが、あと十数年くらいは一定数の人が首都圏に流入してきて、家庭を持つと一定数が郊外へ向かいますから、いずれ流入と流出は均衡していくのではないかと考えています。そのため、この先もしばらくは、首都圏の総人口は変わらず、不動産市場も現在の状態が安定して続いていくのではないかと見ています。
――特に都心の高価格帯マンションの傾向についてはどのように捉えていますか?
宗:高級マンションといえば、バブルの頃は50代以上が購入する比率も高かったのですが、今はリノベーション済みマンションが増えて、先ほど話した30〜40代のパワーカップルや20代で成功した若年層の購入が増えています。若い人たちが投資物件を購入している例も多い印象です。日本経済もグローバル化し、世界の水準と同じように高所得層が増えていて、海外からの購入を含めて世界の都市間の不動産価格の差は小さくなってきています。
森永:近頃は富裕層の嗜好にも変化の兆しがあると思います。高価格帯といっても、リノベーション物件が増えたことで、豪奢な雰囲気のものばかりでなく、機能性や落ち着きのあるデザインのものも増えて、選択肢が広がっていると感じています。私の周囲でも上場や事業売却などで、20代、30代で数億から数十億円の資産を手にしている人がいますが、そういう人々も高級感のある意匠ではなく、セキュリティがしっかりしていて、シンプルで住みやすいファミリー向けの物件を求めています。
海外の買い手も都心物件に注目。いずれ世界レベルの価格に
――諸外国の不動産市場と比較して、東京都心の不動産に特徴はありますか?
宗:世界の都市の高級住宅街といえば、香港ならビクトリア・ピークとか、都市に数カ所しかなくて、はっきりと区画が分かれていることが多いのですが、東京には高級住宅街と呼ばれる街が点在しています。世界のなかでも東京は選べるエリアのバリエーションが豊富で、ダイバーシティに富んでいるのではないでしょうか。たとえば広尾は高級住宅街だと思いますが、高級マンションがあるエリア以外にも下町的なエリアもあり、うまく融合していて全体的に治安もいい。東京は物件だけではなくエリアの選択肢も多いといえるかもしれません。さらに、世界の大都市の高級エリアにある不動産の価格水準よりも安い。海外の人から見たら魅力的だろうと思います。
森永:中国の投資家は資産の避難先と考えて、東京都心の物件を買う人も多い。そういった海外の需要が市場を支えている面もあります。日本政府が規制をかけない限り、海外からの需要はこれからも続くでしょうね。
宗:アジア圏の方で日本好きな方がセカンドハウスとして買う例もあり、距離の近さというポテンシャルもありますよね。グローバルな視点で見れば、日本の不動産はまだまだ安くてお買い得ですから。海外層がその市場に入ってきますから、都心の不動産市場は海外層ともうまく付き合っていく必要があります。ビッグマック指数*と同じで、同じ価値のものは、同じ価格に収束していくから、不動産もそうなるはずです。断言はできませんが、下がる理由が見つからず、都心の高価格帯マンションは世界のレベルに近づくまで上昇していくと予想しています。
*ビッグマック指数…各国の経済力を測るための指数。マクドナルドで販売されるビッグマック1個の価格を比較することで得られる。
――都心でマンションを購入する場合、注目すべきエリアはありますか?
森永:投資目的と居住目的では、選ぶエリアは変わってきます。投資目的ならエリアごとにシビアに差が出てくるので、中国の投資系不動産サイトに掲載されているエリアや物件を狙うのが一番効率的です。居住目的であれば、価格の上下は問題ありませんから、好きなエリアを選べばいいということになる。20代は都心を選ぶ上昇志向派と地方でのんびり派の両極端に分かれていて、今はまだ同じエリアで共存していますが、今後は二極化が進んでいくと予想しています。
宗:マンションは、価格に応じて住人の属性が決まってくる傾向があり、高所得層が選ぶエリアに同じ属性が集まり続けるので、そのエリアの価値は必然的に上がっていくと思います。都心3区(港区、千代田区、中央区)はすでにインターナショナルで特別感のあるエリアです。他のエリアに比べてエクスパッツ(駐在員)居住者や海外層の購入も多く、マンション志向の方にとっては住みたいエリアといえるでしょう。一方で、戸建て志向の方にとっては予算的に厳しい面もありますから、文京区や世田谷区、目黒区などか、自然豊かな鎌倉などのエリアを選ぶことも多いようです。何を志向するかによって注目すべきエリアも変わってきますよね。
森永:私自身は都内に住むことに大きな魅力は感じておらず、郊外で暮らしたいのですが、妻が都内に住みたがっているので、折衷案として練馬区を提案しています。東京23区内でも都会っぽさがなく、田舎というわけでもなく、交通も便利でバランス感がいいのです。
宗:文京区や世田谷区、目黒区にもいえることですが、港区、千代田区、中央区などの都心3区とは違って、昔からの住宅地には、普遍的な暮らしやすさがありますよね。
住まい選びに重要なのは「機能価値」と「情緒価値」。資産性は不要か
――コロナ禍を経て、暮らしや住まいの価値観が変化したといわれていますが、お二人はどのように考えていらっしゃいますか?
宗:コロナ禍によって、日本にも生活スタイルの相違から生まれる、社会階層の分断があったことに多くの人が気づいたのではないでしょうか。ただし、この社会階層の分断はもともとあったもので、暮らしや住まいの価値観が変わったわけではないと思います。そして、住む場所を選ぶことに、以前よりセンシティブになったのではないでしょうか。また、リモートワークや二拠点居住などは、一部の自由度の高い仕事をしている人たちが実践していることで、大多数の人には関わりがなく、その一部の人たちはコロナ禍前から、そういった暮らし方を志向していたはずです。
森永:自分の例でいうと、周囲からリモートワークが許されるようになり、東京にいなくてもよくなったという変化はあります。メディアの切り取り方で、暮らし方や働き方が変わったように見えていますが、もともと持っていた志向性を一部の人が実践できるようなったということでしょうね。私の知人にも二拠点居住をしている人たちがいますが、フットワークが軽い人たちが流行に乗って、ファッション的にやっている印象があります。二拠点居住は莫大なリソースを使うので、セミリタイアをする年齢でやるならいいのですが、働き盛りの20〜30代でやるのは少しもったいないような気がします。今も出社して深夜まで残業している人はたくさんいて、そういう人が経済を支えている面もあり、本質的には変わっていないのではないでしょうか。
宗:最近では「不確実性の時代」という言葉をよく聞きますが、現実は異なり、過去と比較してむしろ今ほど未来を予測できる時代はないと感じています。なぜなら失われた30年は、ずっと変化しなかったからです。若者たちが終身雇用や年功序列などを志向している本当の理由は、単なる安定志向ではないと考えています。これまでの歴史が証明しているように、今日と同じ明日が続くと直感的にわかっていて、多くの人は変化に備える必要性を感じていないからだと私は思います。
――これから選ぶべき住まいとは、どのようなものだと思われますか?
宗:私は日本人の幸福度の研究をしていますが、統計解析で導き出された最も幸福度が高い暮らし方は、実は典型的なものなんです。勉強して偏差値が高い大学に入り、安定した企業で働き、結婚して子どもを育てて、定年退職して不自由なく余生を過ごすという、いわゆる昭和の日本人の価値観です。私の研究の独自性は、そこに住まいの要素を入れたことです。その分析結果から、住んでいる地域と建物への満足感は、結婚と同じくらい、幸福度に影響を与えることが明らかになりました。この結果をふまえると住まいは経済合理性や資産性だけではなく、「機能価値」と「情緒価値」で選ぶべきなのです。
建物は個人の好みになりますが、場所は自分にとって違和感のない地域を選ぶことが大切です。違和感のない場所というのは、自分と同じような人が多く住んでいる場所であることが多く、住民の同質性や均質性は人に安心をもたらし、幸福や豊かな暮らしに直結します。また、住むエリアは、子どもへの教育投資にもなると私は考えています。周囲に学習しやすい環境が整っていれば、それは子どもの学力にもよい影響を与えるはずです。子育て世代は、そうした面も重視すべきだと感じています。
森永:私も同感です。居住性と機能性に全振りして考えるべきで、そこに資産性を持ち込む必要はないのではと。この10年くらいの都心の不動産価格の高騰によって、多くの人が家を買うときに資産性を考えるようになりましたが、売却や賃貸をせずに住み続けるなら、資産性が高くても低くても関係がありません。住み心地のよさこそが価値であることを、もう一度見直して住まい選びをしてほしいです。付け加えるとすれば、都心の物件であれば、価格が下がる可能性は低いので、ある程度の資産性の担保にはなります。その分価格が高くなるので、それは保険や固定金利を選ぶのと同じようなもので本質ではありません。
宗:結局、日本人の価値観はさほど変わっていないけれど、戦後70年かけて日本の住宅市場は成熟したといえます。高度経済成長期の深刻な住宅不足などの過程を経て、リノベーションができる住宅ストックが増えて、リノベーションが当たり前になりました。建築基準法の改正によってマンションの品質も上がっていますから、リノベーションをすれば長年にわたって住めるようになってきています。自分で手配をする労力や手間をかけたくない人は、リノベーション済みマンションという選択肢もあり、これからさらにリノベーション済み物件は増えていくでしょう。そして、今後、高価格帯のマンションは、ますますエリアが重要視されると思います。自分でリノベーションをするにしても、リノベーション済み物件を選ぶにしても、これから高価格帯のマンションを購入しようと考えている人は、一つひとつの物件と向き合って、建物やエリアが受け継いでいる歴史や文脈などを読み解きながら、納得した物件を選ぶことで、より長く満足して暮らせる住まいにしていけるのではないでしょうか。
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麗澤大学教授。北九州市出身。九州工業大学卒業後、リクルートに入社し約30年間、通信事業の技術者、メディアの編集長、子会社社長、研究所所長などを経験し、52歳のときに筑波大学で博士号を取得。53歳で大東建託賃貸未来研究所所長・AI-DXラボ所長に転職し、2023年4月に麗澤大学教授に着任。
▶︎https://www.so-lab.jp/
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株式会社マネネCEO / 闘う経済アナリスト
証券会社、運用会社にてアナリストとして株式市場や経済のリサーチ業務に従事。その後、業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾などアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、事業責任者やCEOを歴任。
▶︎https://www.manene.co.jp/