“世界遺産の島”を対岸から撮りつづける15年
長崎港から直線距離にして約19km、長崎半島の南端あたりにある野母北浦灯台からは約4.2kmの海上に浮かぶ端島、通称「軍艦島」。この海底炭坑の島は、明治期以降、岩礁の周りを埋め立て、石炭採掘の拠点として造成が進められた人工の島だ。1974年に炭鉱が閉山して以降は無人島となったが、大正時代から戦後にかけて建てられた鉄筋コンクリート造の建物群の威容を誇る姿はそのまま残されている。2015年には世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として登録され、改めて注目を集めた。
山口さんは、そんな軍艦島を15年以上にわたって撮影しつづけている写真家。といっても、彼が撮影するのは対岸から、そして夕景に限る。
「長崎の海岸は西側を向いていますから、太陽を入れて撮ろうと思うと、夕焼けの写真になります。特に、日没後、20〜30分の間に小焼け(残照)の空にかかる雲がうまく撮れると、いい作品になったな、と思いますね」
そう話す山口さんは、長崎生まれ、長崎育ち。海の向こうの軍艦島を何げなく見てはいたものの、特別な思いを抱いたことはなかったという。「会社の同僚に島出身の人がいたので、いろいろな話を聞くことはありました。閉山前は5000人が住むひとつの大きな街でしたから。でも、上陸したいと思ったことはないですね」。現在も、島の背景に横たわる物語ではなく、超望遠レンズを通して捉える、通称どおりの威容を誇る外観と夕日のコンビネーションのみにひかれているというから面白い。
山口さんがカメラを手にしたのは、サラリーマン生活も終わりに近づいた頃のことだそう。
「現役時代の終わり頃、会社は『退職後の過ごし方を考えてください』と、われわれ社員に熱心に勧めていました。それで、退職の1年ほど前から何かできることはないかと考えていたところ、ちょうどはやりはじめていたコンパクトデジタルカメラと出合いまして。教室に通うようになり、長崎半島の風景や夕日を撮っているうちに『カメラって面白いな』と思うように。それで、退職金で一眼レフカメラとレンズを購入したのです。先生には『あんた、こんなにいいカメラ買って、使い切れるとね?』と言われましたが、撮ったものを見せたら『あら、上手に使いよるねえ』と。それからですね、カメラにどんどんはまっていったのは」
二度とは出合えない夕日を追いかけて
最初は棚田や鳥の写真を熱心に撮影していたという山口さん。そんなある日、撮影の帰りに「軍艦島の夕日はどんなだろう」とふと思ったことが、軍艦島の写真を撮るきっかけになった。2011年ごろのことだ。
「最初は15年撮りつづけようと思っていたわけではありません。ただ、毎日見ていても同じ夕日はないんです。天気や雲、季節によって光が違い、島の見え方も変わる。それが面白くて、また撮りに行きたくなるんですよね。夕方って普通はごはんを食べ、テレビを見る時間。私はお酒を飲まないので、『それなら夕日を撮りに行こう』と(笑)。それで、風呂とごはんを早めに済ませ、夕日の1時間ほど前に撮影現場に行く生活を続けてきたのです」
そう話す山口さん。季節によって撮る場所は変わり、「ここだと思う場所がだいたい10カ所ほど」あるのだという。
「いろいろな場所から撮ってみて、光の当たり方や夕日の位置を見ながら、自分なりの『ここから撮るといいな』という場所を少しずつ見つけていきました。長く撮っていると、季節によって夕日の沈む位置が変わることもわかってきます。でも、最後はその日の空次第。だからこそ、何度撮っても飽きないのだと思います」
現在はキヤノンのミラーレスカメラ「EOS R7」「EOS R8」を携えて撮影をしている。
「鳥や飛行機が飛んできたりすると、ちょうど太陽に重なる瞬間を撮りたい。だから、シャッタースピードは上げて撮っています。光芒(太陽光が筋状に見える現象)もそうです。光芒がいつ現れるかはわからないのですが、うまく撮れるといい写真になります。ごく最近も、きれいに光芒を撮ることができた日があったので、うれしくなりました」
光と影のドラマを映し出す作品を暮らしの中に
クロード・モネが睡蓮の池を長年描きつづけながら光の描写を突き詰めたように、山口さんも軍艦島の夕景を撮影しつづけるなかで、光と影の刹那を捉え、独自の表現を磨き上げている。その作品に魅せられたのが、ガラスミラーの中にモニターを組み込んだ「GLAS LUCE」などを展開する株式会社ハナムラの花村さんだ。
「山口さんをよく知る方にスマホで作品を見せてもらったのが、山口さんの作品との出合いでした。素晴らしい写真だったので『GLAS LUCE』に合うと思い、連絡先をもらったのです。そして、2025年のゴールデンウィークに長崎のホテルで実際にお会いし、撮影場所も数カ所回ってもらいました。そのときに山口さんとLINEのアカウントを交換したのですが、翌日からほぼ毎日、ベストショットを送ってもらえるように。その写真がどれも素晴らしく、なんとかこれを世界に出さなければと使命を感じたのが、『LUCE VISION』を立ち上げたきっかけです」
そう語る花村さん。設立に当たっては銀座・AKIO NAGASAWA Galleryの長澤章生さんに相談し、販売する作品や、プリントや額装、それに「GLAS LUCE」でのスライドショーについて決めていったという。
「山口さんの写真作品は毎日見ても新たな発見がある。長崎や軍艦島に関心がある方だけでなく、アートとしてもっと多くの方に見てもらいたいのです。その力を、見る人に伝わる形にするのが私たちの役割。その先駆けとして、2026年の8月にはAKIO NAGASAWA Galleryで展覧会を開催し、インテリア業界や建築業界の方々に見ていただくことができました」
展覧会ではクリスタルの印画紙にプリントし、繊細な木のフレームで額装した作品を展示するとともに、「GLAS LUCE」では30点の作品をスライドショー形式の動画に。「海や空の広がり、島に差す光の強さがいっそう伝わる。軍艦島には歴史的なイメージがあるものの、展示を通じて、まず“美しい写真”として向かい合っていただけたことがうれしかったです」と、花村さんは確かな手応えを感じたという。
山口さんも展覧会を振り返り、「会場には150×100cmという大きなサイズに伸ばしてもらった作品もあったのですが、われながらすごいなと思って感動しました。みなさんに喜んでもらえたのもうれしかったですね」と笑顔に。これからも撮影を続ける、その原動力を得たようだ。
「夕日に照らされた軍艦島には、独特の美しさがあります。光が当たって建物の輪郭が浮かび上がる一方で、反対側には深い影が残る。その光と影が、島の長い歴史を感じさせます。軍艦島は光だけでなく、影も含めて美しい。夕日も同じで、光が強いほど影が生まれます。私は、その一瞬の光と影を写真に残したい。80歳になりましたが、これからも『今日はどんな夕日になるだろう』と思いながら、カメラを持って出かけたいですね」
2027年には長崎での展示も実現させたいと話す花村さんは、海外の展示会への出展なども考えているそう。15年間、夕日と軍艦島を見つめつづけたからこそ生まれた作品が、世界中のさまざまな空間に彩りを添えていく日は近い。
株式会社ハナムラ

「インテリア×スマートホーム×AI」をコンセプトに掲げ、“心地よさ”と“便利さ”を両立した新しいライフスタイルを提供する。つややかな映像とミラーの融合で空間美を実現する「GLAS LUCE」のほか、光で空間を仕切る「FABRIC GLASS」、住宅内の設備を制御する「Smart Home」などを手がける。
▶︎https://www.h-trading.co.jp/
作品のお問い合わせ先 info@lucevision.co.jp
profile
長崎生まれ、長崎育ち。退職後にカメラを始め、2009年より軍艦島を被写体にした作品を15年以上にわたり撮りつづけている。2026年8月に「軍艦島、光と影」展を、東京・銀座のAkio Nagasawa Gallery Ginzaで開催。


