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遠山正道×鈴木芳雄 連載「今日もアートの話をしよう」vol.8 会田誠と川端龍子―現代と近代―
今日もアートの話をしよう

遠山正道×鈴木芳雄 連載「今日もアートの話をしよう」vol.8 会田誠と川端龍子―現代と近代―

近代美術と現代美術。会田誠が自作、戦争画、そして川端龍子について語る。

「Soup Stock Tokyo」を立ち上げた、実業家の遠山正道氏と、美術ジャーナリスト・編集者であり、長年雑誌「BRUTUS」で副編集長を務め「フクヘン。」の愛称をもつ鈴木芳雄氏が、アートや旅、本や生活について語る「今日もアートの話をしよう」。8回目は、アーティスト・会田誠さんをゲストに迎え、現在、大田区立龍子記念館で開催中の『川端龍子vs.高橋龍太郎コレクション ―会田誠・鴻池朋子・天明屋尚・山口晃―』(〜11月7日まで)に出品されている作品や、川端龍子についてお話をうかがいました。
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Text by Fumi Itose
Photo by Yoshiya Taguchi

川端龍子(りゅうし)と会田誠

鈴木:今回は、『川端龍子vs.高橋龍太郎コレクション ―会田誠・鴻池朋子・天明屋尚・山口晃―』を開催中の大田区立龍子記念館にお邪魔しています。この展覧会は、日本屈指の現代アートのコレクターである高橋龍太郎氏のコレクション選りすぐりのアーティスト、会田誠さん、鴻池朋子さん、天明屋尚さん、山口晃さんの作品を、日本画家・川端龍子(1885-1966)の作品とともに展示しています。今回は、龍子の作品とともにメインヴィジュアルにも作品が使われている、会田誠さんにゲストとしてお越しいただきました。よろしくお願いします。

会田:よろしくお願いします。

鈴木: まずは簡単に龍子と会田さんについてご紹介したいと思います。川端龍子は、大正から昭和にかけて活躍した日本画家。もともとは洋画を描いていましたが、28歳のときにアメリカに渡り、遊学先のボストンで東洋美術と出会ったことで日本画に転向。そのときにボストン公共図書館の内部を飾っていた、ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの大壁画に感銘を受けると同時に、一般の人が多く訪れる公共の図書館に大作が公開されていることに衝撃を受けます。これがきっかけで、いわゆる床の間に飾るような小さな作品ではなく、大作を描くように。これがのちに提唱される、見上げるような大きな作品「会場芸術」を志すきっかけと言われています。「会場芸術」というのは、展覧会場で、大作によって一般大衆に向けてアピールする芸術のことです。さらにはすでに有名画家であったにもかかわらず、画家として従軍し、戦争画も数多く描きました。

遠山:展覧会場に入った瞬間、龍子や会田さんをはじめ、皆さんの作品すべてが大きいものばかりで圧倒されました。大きい作品ばかりなのですか?

会田誠《紐育空爆之図(戦争画RETURNS)》1996 年、高橋龍太郎コレクション 零戦CG制作:松橋睦生 撮影:長塚秀人 Photo: NAGATSUKA Hideto ©AIDA Makoto, Courtesy of Mizuma Art Gallery
川端龍子《香炉峰》1939年、大田区立龍子記念館

鈴木:もちろん小さい作品もあるのですが、「会場芸術」と謳ったように、1メートルを優に超える作品が多いですね。そして会田誠さん。1965年新潟県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科を修了。絵画のみならず、小説や漫画、インスタレーション、都市計画など、多岐にわたる表現領域で大活躍の作家さんです。先ほども言いましたが、今回会田さんの作品《紐育空爆之図(にゅうようくくうばくのず)(戦争画RETURNS)》(1996年)は、龍子の《香炉峰》(1939年)と並んでメインヴィジュアルとして使われています。それではさっそく会田さんにお話をうかがっていきたいと思います。会田さんは前から龍子に興味があるとおっしゃっていました。記憶に新しいところでは、2017年7月16日に放送された、NHK「日曜美術館」の「みなが見てこそ芸術 川端龍子」に出演され、龍子について「まっとうな挑戦者」とお話しされていました。これは山種美術館で開催されていた特別展「没後50年記念 川端龍子―超ド級の日本画」にあわせて放映されたものです。

会田:明治以降の日本画家の中でも、龍子は好きなタイプでした。ただ、この放送の前に、あまり龍子について言及したことはないのですが、2015年に椹木野衣さんとの共著『戦争画とニッポン』(講談社)で、龍子に触れたことはあります。僕は、龍子は日本画に転向して、日本画として戦争画を描いたけれども、洋画系の大型作品にも張り合える迫力がある作品を描く画家だと思っています。龍子はたまたま時代や社会との巡り合わせで、戦争画を描くことになりました。しかもそのときがもしかしたら画家として油の乗ったピークだったのではないかと思います。ただ、戦争画を描いて不運になった画家ってたくさんいますよね。批判の対象となり、のちの画家人生に暗い影を落とした人や、戦後大きく画風が変わったり。龍子ももちろん批判されたと思いますが、それでもなんだか描いたことのダメージがほかの人より少ない人だったのではないかと感じます。洋画壇と日本画壇の違いもあると思いますが。

鈴木:今回のメインヴィジュアルも、龍子と会田さんの戦争画。

遠山:会田さんは「戦争画リターンズ」というシリーズを1995年から10点ほど描かれるようになりますが、これはどういうきっかけからなんですか?

会田:昭和天皇が崩御したのが、僕が大学卒業して院に進んだころのこと。メディアも昭和を懐古するような特集をよく組んでいました。それに僕はもともと戦争や、その時代について興味がある方でした。そしていざ画家としてデビューするとなったころ、僕はアニメや漫画、オタク的作品も制作していたのですが、先輩たちがテーマ設定をして制作したら成功する……みたいなのを見ていたのもあって、僕も何か一つテーマを固定したシリーズを制作しようと思って考えたのが、「戦争画リターンズ」でした。ただ、はじめから戦争画を描こうというのではなく、《紐育空爆之図(戦争画RETURNS)》(1996年)と《美しい旗(戦争画RETURNS)》(1996年)を別個に構想していて、じゃあもうちょっと太平洋戦争がネタの作品を集めてシリーズにしよう、じゃあタイトル何にしようかと考えたときに、パッと閃いたのが「戦争画リターンズ」でした。

遠山:やはり「戦争画」というのは、藝大生だった会田さんにとって身近なテーマだったんですか?

会田:知識として知ってはいましたが、あの頃はまだタブー視が強く、美術館もあまり展示していなかったので、実物はほとんど見たことがありませんでしたね。でも自分でシリーズのテーマを「戦争画リターンズ」と決めたからには、ちゃんと知っておこうと思って、東京都美術館の図書館で、昭和14年に開催された「聖戦美術展」の分厚い白黒図版の多い図録など、当時の刊行物を見たりしました。

鈴木:そういう戦争画の資料は多かったんですか?

会田:少なかったですね。僕がそのときに網羅して見られたのは、その白黒の古い図録だけでした。あとは戦後の美術雑誌の特集がちょっとあるだけで。

《紐育空爆之図(戦争画RETURNS)》

《紐育空爆之図(戦争画RETURNS)》展示風景。会場では、ベニヤ板を敷いたビールケースの上に展示されている。

鈴木:会田さんの作品、《紐育空爆之図(戦争画RETURNS)》について聞かせてください。

会田:自分の作品を語るのは小っ恥ずかしいんですが(笑)。通り一遍のことを言うと、20代半ばから後半にかけて、日本画や明治以前の絵を現代の、自分の作品に再利用することができないかと思っていたんです。特に明治以降の日本画と呼ばれる、ある種人工的につくられたジャンルに面白みを感じていたので、何か使えるものはないかと考えていました。そして東京国立近代美術館が所蔵する加山又造の《千羽鶴》(1970年)をきっかけに、芋づる式に連想していったら、この《紐育空爆之図(戦争画RETURNS)》の構想が生まれたんです。

遠山:かなりリサーチして、時間をかけての構想だったんですか?

会田:半日ぐらいの思考の中でできて、じゃあやるかと。

遠山:すごい、そんな短時間でこれが構想されたんですね。

鈴木:これはタイトルのとおり、ニューヨークが燃え盛る場面です。そこに加山又造の鶴が編隊飛行する姿を、零戦に置き換えています。それ以外の要素や、会田さんにとってのアメリカについて教えてください。

会田:僕がはじめてアメリカを旅行したのが、ニューヨークをはじめとした東海岸で、大学院卒業後にバイトでお金を貯めてまた行きました。そのときに現地で「Illustrated Map」という、鳥瞰図(編集註:空を飛ぶ鳥の視点から地上を見おろしたように描いた図のこと)的に描かれた、ジャバラ式の地図を買ったんです。そこにはニューヨークの代表的な建物がわかりやすく描かれていたのですが、それが《洛中洛外図屏風》みたいだな、と思っていたんです。そういういくつかの記憶がミックスされて、こういう作品ができあがったわけです。

鈴木:特に《千羽鶴》、《洛中洛外図屏風》、《地獄絵図》を引用されています。さらによく画面を見てみると、日本経済新聞が下に透けて見えます。日経新聞を貼った上に描いているんですよね。それはやはり日米経済戦争などを暗示しているんでしょうか?

会田:そうですね、1996年当時はバブル経済もすでに破綻して、日本もヤバい空気だったはずですが、今に比べたらまだまだ日本の企業は元気で、ニューヨークの不動産を買いまくって嫌われていたり、日本車が壊されたりと、あくまでも表面的にはお金持ちの国と言われていました。だからその社会的な情勢を背景として作品を制作するなら、ただ紙貼るよりも……と考えて、日経新聞を選びました(笑)。

鈴木:これが描かれた5年後の2001年9月11日に“September 11 attacks”(アメリカ同時多発テロ事件)が起きてしまいます。そのとき会田さんはどう思いましたか? 意図していなくても、《紐育空爆之図(戦争画RETURNS)》はテロを暗示していたとか、現実が芸術を模倣したとか言われましたよね。

会田:もちろんいろいろ考えるところがありました。やはり亡くなられた方が本当にかわいそうだと思いましたが、「その手があったか!」という驚きがあったことも事実です。ニューヨークをアタックするなんてまず不可能と思い、切ない絵空事としてあの絵を描いたので。たった2機でニューヨークを恐怖のドン底に叩き落とすことができるとは、と。日本も特攻隊などありましたが、民族や宗教上の敵愾心には「上には上がある」というか……不謹慎な言い方かもしれませんが。

《香炉峰》

遠山:実は私、今回はじめて川端龍子を知ったんですが、とてもおもしろい画家だと思いました。この、横は7メートル、縦は2メートルを優に越す大きさの巨大作品《香炉峰》についても教えてください。

鈴木:これは、連作「大陸策」シリーズの第三作目だそうです。大陸策というのは、1937年の日華事変(日中戦争)の際に、中国における日本の大陸政策のことを指します。龍子は何度か従軍しましたが、この作品は偵察機に同乗した経験をもとに描いたそうです。それこそ俯瞰した主峰香炉峰を見下ろすように描かれ、会田さんの作品と共通する点もあります。

会田:日本画家の中でも、何か工夫してやろうっていう気概を感じられるのが、龍子だと思います。僕なりに龍子がこれを描こうとした理由や、込めた工夫がわからなくもないと思っています。

遠山:それはどういったことでしょうか?

会田:やはり現物の戦闘機に乗ったという経験が大きいと思います。そこからなるべく実物大に近く描きたかった欲望が透けて見えますよね。でもその中に描かれる機体は、翼なんていいから、とにかく胴体が入ればいいというような感じですよね。ここに俺自身が乗ったんだぜ感が重要。人物も自身の肖像画と言われていますしね。

遠山:しかし機体は半透明と不思議な光景。

会田:円筒形の輪っかと鉄板とだけでつくられているような、金属製ハリボテのようにも見えます。これまで戦争というのは、武士の精神というか、人間の身体がぶつかり合うようなイメージが主でした。しかしこの実際の当時の戦争は、マシンの性能の良し悪しによって勝敗が決まるようになったわけです。龍子は自分が体験することで、近代兵器の威力やつくり、戦争の作法などを実感し、それを描きたかったのではないでしょうか。

遠山:私は日本画に見えなかったんです。どこか洋画に見える。大きさもそうですし、色もかなぁ、あとは日本画でこういう巨大な戦争画を描くイメージを持っていなかったからかもしれません。

会田:でもバックの風景画全体は、あえて古い中国の画法に寄せて描いている気がします。南画風というのか。それが日本製の近代兵器から透けて見える……ある意味でヤバい意図を感じないこともないです。そういう意味でもやっぱり龍子は独自というか、変わった人だなと思いますね。

龍子に思いを馳せる

川端龍子《爆弾散華》1945年、大田区立龍子記念館

鈴木:会田さんは龍子作品の中でも、特に《爆弾散華》(1945年)に共感というか、思うところがあるんですよね。

会田:そうですね、《爆弾散華》の実物は2017年に山種美術館で見たのがはじめだったような気がします。それまでにも印刷物としては見ていましたし、この作品については『戦争画のニッポン』で言及したこともありましたが、このとき実物を見て感動したのを覚えています。

遠山:これはどういう作品なんですか?

鈴木:終戦直前の8月13日に、龍子が住む新井宿一帯(現在の記念館付近)に空襲があり、自邸「御形荘」の一部に直撃弾を受けます。その体験をもとに描いた作品ですが、幸いにも建物内のアトリエは被害が少なく、龍子はこの体験の直後からアトリエにこもって同作を制作したそうです。

遠山:ある意味執念で描き上げたわけですね。シンプルだけど、ものすごくドラマチックな作品。でも描かれているのは龍子の庭で育てていた野菜たちだと知ると、その当時の状況を鑑みても、とても身近な物悲しさがあるなと感じました。

会田:龍子の芸術的な比喩のようなものは、高級で高尚だなと感じることがあります。だからといって余裕ぶった、計算されたつくられ方という感じとも違うのですが。これもタイムリーな、自分が経験したアクチュアルな体験を描いていますよね。でも、一見すると金箔も使った華美な趣味的な花鳥風月的絵画にも見えます。戦争の悲惨さを直接描くのではなくて、こういう日本画の伝統芸に落とし込むっていうのは、まさにウルトラC。これが咄嗟にできる反射神経は、龍子のこれまでの積み重ねがあったからこそだと……偉そうですが思う次第です。

鈴木:描かれた背景を知ると、この金箔は実は爆弾の閃光を表しているのかな、と、生々しい体験が落とし込まれていることにも気付かされますよね。さらには「散華」というのは、仏教においては花をまいて供養することを意味します。それによく花と散ると言いますが、これは特に戦死することを指していて、まさしく戦争画として描かれたことがわかります。

川端龍子《草の実》1931年、大田区立龍子記念館

鈴木:そしてもう一点、《草の実》(1931年)も会田さんは気になる作品だと言っています。僕が編集にも携わった『BRUTUS』「死ぬまでこの目で見たい日本の絵100」(No.886、2019年2月15日号)の中でこの作品を選んでくださいました。

会田:あのとき、僕は教科書的に作品を100点選んでいたんですが、この作品は普通に考えて龍子の最高傑作と思ったので選びました。だけれども、《香炉峰》や《爆弾散華》などの龍子っぽさの中心ではないかもしれません。

遠山:龍子っぽさの中心は、ほかにこの展覧会で見られるものありますか?

川端龍子《水雷神》1944年、大田区立龍子記念館

会田:そうですね、《水雷神》(1944年)でしょうか。この作品は戦争画だけど、どこかファンタジー的な要素もあります。魚雷をアメリカの船に撃ち込む場面だけど、それは水雷神と呼ばれる神が撃ち込もうとしています。《香炉峰》とある種同じで、リアルな戦争体験に基づくけれども、リアルさだけではない、龍子ならではの戦争画になっています。この魚雷もハリボテ感がある気がします。

遠山:確かに、本当にこんなハリボテ感のある近代兵器で戦っていたのかと思ってしまいます。でも実際に戦時中は突貫で飛行機や爆弾をつくっていたはずだから、このハリボテ感も当たらずと雖も遠からず、なのかもしれません。それにこの作品も、横は約5メートル縦も約2.5メートルと巨大な戦争画。ただ戦争の場面を書いているのではなく、龍子の中にいったん落とし込まれた戦争の風景なんですね。しかしすごく大量の青の顔料。この時代の青というのは、とても貴重だったと聞いたことがあるのですが。

会田:そうですね、昔から青は貴重で高い顔料でした。ラピスラズリを砕いて顔料にしていましたから、いくらお金を持っている画家であっても、あそこまでラピスラズリを使うのは勇気がいることだったと思いますね。

遠山:しかも戦時中に。どれだけ貴重な顔料が山のように使われたのか、この作品だけでも龍子が画家として大成功していたのかがわかります。

会田:あと、龍子の作品のほとんどは表面がざらっとした印象がありますが、《草の実》は数少ない繊細系の作品だと思います。僕は《爆弾散華》を絶賛しますが、正直なところ何も説明なしに、誰もが美しい、傑作だとは思われにくい作品かなとも思います。反対に《草の実》は誰もが美しいと思うような作品なのかもしれません。

遠山:確かに、《草の実》は秋の気配を感じる、繊細でデザイン的にも美しい作品だと思いました。

会田: “俺だってやろうと思えば、繊細系描けるんだぞ”っていう感じもするんですが、龍子らしいのが、描くのはそこら辺に生えてる雑草や外来種(笑)。

遠山:天邪鬼ですね(笑)。

会田:また戦争画の話に戻りますが、日本の敗戦というのは、日本にとってのみならず、世界史レベルでも、20世紀における大きなエピソードだと思います。

鈴木:原爆のこともありますしね。

会田:そうした中で、龍子が日本画で描いた戦争画は、丸木位里・俊夫妻が同じく日本画の絵の具で描いた《原爆の図》などと並んで、特別な存在感のある絵画なんじゃないかと思います。龍子の絵は描かれた以上のことを想像してくれと、こちらに投げかける。あまり多くを語らず、余白を感じてほしいというのかな。それは俳句や和歌的な、日本の文芸の良いところなんじゃないかと感じます。

会田:しかし改めて龍子の作品は大きいですね。これまで、現代美術と日本画を並べる企画はあまりありませんでしたが、それはそれをやっちゃうと、日本画がサイズ的に不利ってところがあったと思います。でも龍子はぜんぜん負けてない。

遠山:本当にそのとおりです。会田さん以外の現代美術家の皆さんの作品もそのほとんどが大きい作品ですが、龍子とうまく調和していると感じました。

鈴木:それに日本画家って小さく描くのが当たり前というか、そういう伝統でしたよね。大きいのは屏風や障子ぐらいで、一般市民の家に飾るには、基本的には掛軸とか小さな作品が主でした。これは家屋の問題もありますが。

会田:龍子は「会場芸術」と謳ったように、日本画を西洋レベルの大きさにしてやるという情熱を感じますね。

会田:あと、今回の展示での見どころの一つは、龍子の直筆の解説でしょうか。龍子がこの記念館を建てたのが、1963年のこと。

鈴木:文化勲章受章と喜寿を記念して設立されたんですよね。

会田:そのようですね。記念館設立の際に自分で解説を書いたわけです。でもどれも描いてから数十年経ってから書いたもの。それを読みながら絵を見るのがまた興味深いですね。

遠山:この当時の画家本人が解説するってなかなかないんじゃないでしょうか。しかもけっこう淡々としていて、戦争に対する思いや思想的なことはほとんど書かれていないのが、龍子という人は頭がよく、描くことに注視した人だったのかな、と今回会田さんたちのお話も聞いて思いました。

会田:それにやりたいことが明瞭で、先ほども言いましたが、何かしら工夫したいし、企画意図がある制作をしていたんだと思います。それらはややこしいのではなく、わかりやすい工夫や意図。それは誰もが見る大衆芸術としての「会場芸術」をスローガンに掲げた龍子のあり方にも通じるのかもしれませんね。龍子におもしろさを僕も再発見した展覧会となりました。

Information

コラボレーション企画展 「川端龍子vs.高橋龍太郎コレクション ―会田誠・鴻池朋子・天明屋尚・山口晃―」
会期:11月7日(日)まで
開館時間:9:00~16:30(入館は16:00まで)
休館日:月曜日
入館料:大人(16歳以上):500円 、小人(6歳以上):250円
※65歳以上(要証明)、未就学児は無料。
143-0024
東京都大田区中央4-2-1
大田区立龍子記念館
ハローダイヤル:050-5541-8600
https://www.ota-bunka.or.jp/facilities/ryushi

ミヅマアートギャラリー
162-0843
東京都新宿区市谷田町3-13 神楽ビル2F
03-3268-2500
https://mizuma-art.co.jp

profile

会田誠

1965年新潟県生まれ。1991年東京藝術大学大学院美術研究科修了。絵画、写真、映像、立体、パフォーマンス、小説、エッセイ、漫画など表現領域は多岐にわたり、国内外で活躍。美少女、戦争画、サラリーマンなど、社会や歴史、現代と近代以前、西洋と東洋の境界を自由に往来し、常識にとらわれない対比や痛烈な批評性を提示する作風で、幅広い世代から圧倒的な支持を得ている。近年の主な個展に「天才でごめんなさい」(森美術館/東京 2012-13)、「考えない人」(ブルターニュ公爵城/フランス 2014)、「GROUND NO PLAN」(青山クリスタルビル/東京 2018)など。2020年、自身2冊目となる小説『げいさい』(文藝春秋)を刊行。本年夏は「パビリオン・トウキョウ2021」に参加、ミヅマアートギャラリーでの個展も開催された。著書に『青春と変態』『ミュータント花子』『美しすぎる少女の乳房はなぜ大理石でできていないのか』『げいさい』など多数。

profile

遠山正道

1962年東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年三菱商事株式会社初の社内ベンチャーとして株式会社スマイルズを設立。08年2月MBOにて同社の100%株式を取得。現在、Soup Stock Tokyoのほか、ネクタイブランドgiraffe、セレクトリサイクルショップPASS THE BATON等を展開。NYや東京・青山などで絵の個展を開催するなど、アーティストとしても活動するほか、スマイルズも作家として芸術祭に参加、瀬戸内国際芸術祭2016では「檸檬ホテル」を出品した。18年クリエイティブ集団「PARTY」とともにアートの新事業The Chain Museumを設立。19年には新たなコミュニティ「新種のimmigrations」を立ち上げ、ヒルサイドテラスに「代官山のスタジオ」を設けた。

▶︎http://www.smiles.co.jp/
▶︎http://toyama.smiles.co.jp

profile

鈴木芳雄

1958年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。82年、マガジンハウス入社。ポパイ、アンアン、リラックス編集部などを経て、ブルータス副編集長を約10年間務めた。担当した特集に「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「国宝って何?」「緊急特集 井上雄彦」など。現在は雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がけている。美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

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