2つの文化を交差させた、心に響くミニマリズム。
スカンジナビアと日本は、遠く隔たった国同士でありながら、どこか共通する美意識をもっているようだ。特に木工家具をはじめとして、クラフツマンシップに基づくものづくりを豊かに発展させたデンマークのデザインは、日本の暮らしに広く浸透している。これからは、そんな2つの文化がより深く融合し、新しい実りをもたらす時期かもしれない。オパス有栖川の住まいを手がけたOEO Studioは、その役目を担うのに最もふさわしい存在だ。
トーマス・リッケとアンマリー・ブエマンが2003年にデンマーク・コペンハーゲンで設立したOEO Studioは、インテリア、家具、プロダクトなどを中心にデザインを手がける。その活動は世界各国にわたり、日本に関係したプロジェクトも多い。彼らは以前から、日本に魅了されてきたのだという。
「私たちはずっと日本にインスパイアされています。ものの背景にある自然、歴史、クラフツマンシップ、そしてクオリティやディテール、まさにすべてにおいてです」
そもそも彼らは、今回のプロジェクトがスタートする前から、オパス有栖川が位置するエリアのことをよく知っていた。デンマークにある世界有数の人気レストラン「noma」を成功に導いた料理家、トーマス・フレベルをヘッドシェフに招いて2018年にオープンした東京のレストラン「INUA」(2021年に閉店)のインテリアは、OEO Studioの日本における代表的な仕事である。その作業を進める間、彼らはオパス有栖川があるのと同じ南麻布に部屋を借りて滞在していたのだ。
「東京の中でも洗練されていて、日本的な情緒もあるエリアですよね。低層の建物が多く、緑豊かで景色がいい。またオパス有栖川という建物も、エントランスへのアプローチから庭、ロビーまですばらしいと思いました。こうした周囲の景観、建物に使われている素材やディテールは、デザインを考える上で重要な背景になっています」
「東京にあるオパス有栖川の一室を、デンマーク人の私たちが日本的な要素も取り入れてデザインするなんて、不思議に思われるかもしれません。しかし私たちは、スカンジナビアと日本の共通性を意識しながら、わずかに異なる視点であらためて日本を捉えてみようと考えました」
このアプローチを、彼らは「CROSS-CULTURAL(文化の交差)」と呼ぶ。たとえば日本にもデンマークにもミニマリズムを重んじる価値観があり、その点は親近性があるが、異なる部分もある。2つの文化に精通しているからこそ、彼らはそれらを独自に重ね合わせてオリジナリティあふれる空間を生み出すことができる。
「私たちがCOMPELLING MINIMALISM(魅了するミニマリズム)と表現するスタイルは、OEO Studioのシグニチャーデザイン(特徴的なデザイン)。簡潔でありながら人の心をつかむストーリー性をそなえていて、日本の美意識に近いと思います。その鍵になるのは、素材に宿っている力と、繊細で精度の高いディテールです」
ふたりが説明するオパス有栖川の住まいは、このようにいくつかのコンセプトに基づいて、玄関から室内までが「旅のように」設えられている。ここは、住む人に充実した時間をもたらし、かけがえのない感覚を体験させてくれる場なのだ。
厳選されたアイテムに、確かなクラフツマンシップが息づく。
玄関で彼らが重視したのは、ドアを開けた瞬間、そこが自分の家であり、心地いい場所なのだと感じること。広々としているが、どこか日本の玄関のエッセンスを残してもいる。「家とは心の住処なのです」とOEO Studioのふたりは話す。
「木、石、タイル、レンガなどさまざまな素材のパレットによって空間を構成しました。日本のものもあれば、デンマークやフィンランドのものもあります。伝統的な版築壁を取り入れ、床のタイルは常滑の水野製陶園にオーダーしました。またリビングルームの一部が視界に入るので、その奥へと誘われる気持ちになるはずです」
またリビングルームは、ダイニングスペースやキッチンと境界のない広々とした空間で、昼間は窓からの自然光に満たされる。家具や内装材などのアイテムが、ここに住む人の視線を意識して慎重に選ばれ、レイアウトされていった。それぞれに自然由来の要素をふんだんに用いてあり、スカンジナビアと日本のクラフツマンシップが確かに息づいている。特に無垢材と天然石は、この住まいの基調をつくるものと位置づけられた。
「無垢材は樹種によって表情が違うだけでなく、1本ごとに個性があります。時間が経つといっそう美しく変化していくように、できるだけオイル仕上げにこだわりました。緑がかった色合いが魅力的な大谷石もところどころに使っています」
ダイニングの椅子とテーブルは、レストランINUAのためにOEO Studioがデザインした「JARI」コレクションのものだ。この空間に合わせたカラーリングを施し、より落ち着いた雰囲気に仕上げている。優れた木工職人を擁して地道な家具づくりを行うデンマークの「Brdr. Krüger」が製造しており、コンテンポラリーな感性と工芸的な魅力を併せもつ。
大きな存在感のある木のキッチンは、この家のひとつの中心だとOEO Studioのふたりは説明する。彼らと以前から交流のあるデンマークのキッチン工房、「Garde Hvalsøe」が制作したもので、やはりデンマークの板材ブランドとして世界的に評価の高い「DINESEN」のオーク無垢材を使用。使い込むほどに味わいを増していく逸品だ。
「このキッチンは、デンマークの1950年代のキャビネットを思わせます。自然素材に対する感覚は、日本とスカンジナビアの国々で共通するところ。空間における生かし方は違っても、素材を尊重する思いは同じなのです」
リビングとの間に壁を設けていないため、キッチンの周囲からも窓の外の景色を楽しむことができる。また天井の照明は、実際のスペース以上に広がりを感じさせるように工夫された。
ベッドルームやバスルームも、やはりリビングルームと同様の空気感で統一された。すべてに共通するのは、家具、オブジェ、建具に用いられた素材と色彩のひとつひとつが、長く使われることを前提として慎重に選び抜かれたこと。広い視野でデザインを見きわめて構成していくセンスは、OEO Studioならではのものだ。
「ヨーロッパはもちろん、日本でもたくさんのプロジェクトにかかわり、幅広い人々と交流してきたことが役立ちました。特に京都の工芸家との長期にわたる数々のコラボレーションや、レストランINUAのインテリアデザイン。それらを通して得られた経験が、ここに生かされたのは間違いありません」
今という時代だからこそ、家という場がもつ意味。
OEO Studioにとって家とは、心のバッテリーをチャージするための大切な場所。そして「何もしなくていい」ということは、家だけがもつ価値なのだという。
「もちろん家とは、食事し、家族と過ごし、本を読み、眠るための場所です。しかし目的や予定のない時間を過ごせる場所は、家以外にありません。コンテンプレーション(沈思黙考)は私たちが住空間をデザインする時の重要なキーワードなのです」
本来、何もせずにゆっくりできる時間を、人々は昔から過ごしてきたはずだ。だからその意義は普遍的なものだと、彼らは説明する。一方で、便利なデジタルツールがいつも手元にあり、仕事とプライベートの境界が曖昧になっている現在こそ、何もしないことの価値が見直されるべきだろう。コロナ禍がそのバランスを再考する機会になったことを、OEO Studioのふたりも認める。
「仕事の進め方も、パーソナルな時間の過ごし方も、いくつもの発見がありました。それは日本も同じだと思います。もちろん仕事に追われると、何もしない時間を日常的にもつのは難しい。しかし住む環境が、それをサポートすることもできます。住まいは安心してリラックスできる場所、自分自身でいられる場所であるべきです」
そんな空間に暮らす時間を通して、人は自らの心を豊かに保ち、身近にある本当の美しさや幸せを実感できる。OEO Studioが完成させた、オパス有栖川の新しい住まい。長く暮らせば暮らすほど、この家は人生に多くの恵みをもたらしてくれるに違いない。
profile
2003 年にデンマーク・コペンハーゲンで設立された総合デザインスタジオ。ヘッドデザイナー兼創設者のトーマス・リッケと、マネージングパートナーのアンマリー・ブエマンを中心に、インテリア、プロダクト、プランドイノベーションはじめ数々のプロジェクトを手がける。職人技、自然素材の触覚、経年で培われた感性への強い思いを共有しながら、意義のある製品や世界観をつくり出してきた。
▶︎ https://www.oeo.dk/