「コーディネート視点」で収集してきたアート
――木本さんがアートを集め始めたきっかけは?
アートとの出合いはKAWS(カウズ)のフィギュアでした。僕はそもそも世代でいうと、裏原世代どっぷりなんです。2006年にKAWSのオリジナルフェイク*が表参道にできたときに、並んでフィギュアを買うくらい好きだったんです。当時それは「ファッションを買っていた」という感覚で、アートを買っていた認識はあまりなかったのですが。インテリアとして空間に飾るための、ある種の自己表現みたいなものでした。インテリアとしては、ジョージ・ネルソンの家具が始まりでした。彼の家具はオフィスの空間にインストールされることが多くて、あのフォルムのシンプルさが僕のオフィス空間にもすごく合っていたんです。
*2006年にアーティストのKAWSと日本のトイメーカーのメディコム・トイにより設立されたトイショップおよびファッションブランド

――今回はオフィスにお邪魔していますが、まるでミュージアムのようですね。
手前がビューイングスペース、奥がオフィススペースという区分けをしており、その手前となる空間を「CLTV STUDIO(コレクティブ・スタジオ)」と呼んでいます。現在は4月から一般公開予定となる私のコレクション展「CLTV ON VIEW vol.00」の先行プレビューを、普段お世話になっているギャラリーやコレクターの皆さま、メディアの方々に紹介させていただいています。

「CLTV STUDIO」の中央に配置しているのは、NYで活動するアーティスト、マイケル・ケーガンの宇宙船《APOLLO》です。NASAから設計データや図面データを提供されて、当時の写真なども参考にしながら制作しているようです。設計図のまま作っているのではなく、実際の写真を参照しているのでボルトが折れ曲がっているのもちゃんと再現されています。後ろにはアームストロング船長と共にアポロ11号で月面着陸したオルドリン操縦士が描かれたペインティング作品《Aldrin》が掛かっています。
このホセ・パルラのペインティング《Movement of Reflective Light》(下写真右手)を買ったのは、作品単体としての美しさはもちろんのこと、宇宙船の背景によさそうということもありました。宇宙飛行士たちのエネルギーみたいなものが感じられる気がします。そういう形で既存のコレクションと関連付けて新しいコレクションをすることが多いですね。
――この「CLTV STUDIO」には、コーディネートを意識した展示がたくさんありますね。
こちらのビューイングスペースとワークスペースを仕切る大きな棚(下写真左)は、シャルロット・ぺリアンがコンゴ共和国のブラザヴィルにあるエールフランス居住区の内装と家具のデザイン依頼を受けた際に制作した作品《room divider from l’Unité d’Habitation Air France, Brazzaville》です。イエローとグレーの彩色もユニークですが、グレー側の複数の扉はすべて開閉して、一部には機能的な引き出しがついています。このデザインはプラスチックで作られた卓上に設置する書類トレーのものであればよく見かけるのですが、これは木で作られており珍しいと思います。これを多田圭佑さんの引き出しを描いた作品《trace / dimension #61》(下写真右)と合わせたかったんです。
多田圭祐さんの引き出しの作品は、手で開けたくなるくらい精巧ですよね。でも実際には開かない。アクリル絵具を使って立体的に描かれていて、誰も絵画とは思わない。隣のペリアンの引き出しのほうが古くて実用性がなさそうなのに、ちゃんと開けることができて機能的。その対比をさせることでお互いが引き立ちます。
――絵画と立体作品のコーディネートも面白いですね。
壁掛けのペイント(下写真左)は森本啓太くんという若手の画家の作品《Plastic Love》です。隣にある白い立体作品は、アルヴァ・アアルト。結核患者を隔離するサナトリウムを彼が設計したときに病室の中にあったワードローブ《Wardrobe from Paimio Sanatorium》で、患者の荷物を収めるためのものです。このワードローブの中で光っているものが川内理香子さんの作品《tits》で、生命体の心臓のようにエネルギーがたまっている感じがするのがいいなと思っています。暗くするともっと強く赤く光るんですよ。森本くんの絵に描かれている衣服や光っている袋とつながりが感じられて、こちらも引き立て合っていますよね。
こちらは森本啓太くんの友人のマイク・リーの作品(下写真左)です。このマイク・リーの作品名は《Hummingbird》。ハチドリを指す言葉ですが、軍用機の名前でもあるんです。軍用機が隣のお花の蜜を吸っているようなイメージなのでしょうか。さらにその隣に、上田勇児さんの大きな壺を花瓶に見立てて飾っています。
――アートを購入する際に重視しているポイントは何ですか?
「CLTV STUDIO」にある作品を見ていただけるとわかると思うのですが、それぞれが互いに引き立て合うようにコーディネートしたり、関連のない作品でもつながりやストーリーを見つけて、まったく新しい楽しみ方を提案したいと考えています。僕がアートを購入する際に重視しているポイントのひとつです。「あの作品に合うに違いない」「あの作品と一緒に飾りたい」という思いが連鎖していまに至ります。独自の観点で作品の面白いところを見つけて、それらをコラボレーションさせることは、コレクターにこそできる飾り方だと思います。
――コラボレーションの意味を伺うと、作品をもっと楽しめますね。それにしてもこの「CLTV STUDIO」だけでも、すごい作品数ですね。
コレクションはオリジナルとエディション合わせて数百点。僕は昔からモノを持ち続けるタイプなので、ほとんど売ったりはしていません。インテリア・ピースはかさばることもあり、いろいろなところに保管していて、倉庫を4件ほど契約しています。
――確かに、ここにはインテリアのコレクションもたくさんありますね。
僕のコレクションは照明と家具のセレクトも特徴的だと思います。特にお気に入りなのが、イサム・ノグチのAKARIです。この3つの照明は1950年代から70年代に発売されたヴィンテージです。これらの一部は当時の箱に入ってオークションに出ていました。光を彫刻したイサム・ノグチの代名詞的なすばらしい作品なのですが、5~6年前はそのすごさが一般的には知られていなくて、国内のオークションとかにも安価で出品されていたんです。
――珍しいデザインのAKARIもありますね。
こちらの螺旋状のAKARI《akari model no.32》は、イサム・ノグチが晩年イタリアの彫刻家とコラボレーションした作品です。こちらの作品は製品化を目指していましたが、イサム・ノグチが完成前にこの世を去ってしまったため、製品化されませんでした。恐らくかなり数が少なく、世界でプロトタイプが数十個程度しか残っていないように思います。また、ベースの石はすべて彫刻家のオリジナルなので、石が全部違うんです。この作品含めて3灯コレクションしており、これらはイタリアのローカルオークションで手に入れました。
アート市場を活性化させる、新たな枠組みづくりへの挑戦
――コレクターとしてのお話は尽きないのですが、アートビジネスにも進出されていますね。木本さんが始められた「MARPH」サービスについて教えていただけますか?
「MARPH」はプレスリリース配信サービスの最大手PR TIMESが運営している、アートに特化したプレスリリース配信サービスです。2022年6月にβ版を開始し、これまでに30件弱の国内ギャラリーがアカウントを開設し、150件程度の個展に関するプレスリリースを配信してきました。現在の主要な利用ユーザーはギャラリーですが、最終的には表現者であるアーティストがテキストを書くところまでいきたいという思いがあります。いまの時代はChatGPTなど生成AIも活用できて可能性がありますから。
「MARPH」での僕の立ち位置はあくまでも外部ディレクター。ただこのプロジェクトを通して、人生で初めて「自分の事業をやってみたい」という熱量が高まってきまして。こちらのCLTV STUDIOとも連動する、アートコレクター向けのコレクション管理サービス「CLTV(コレクティブ)」の準備を進めています。
――「CLTV」とはどのような構想なのでしょうか?
「CLTV」というのは、アートコレクター向けの作品管理サービスです。たとえば僕はコレクションの保有数が数百点ありますが、もしもいま僕が死んだら、残された人はこの作品たちをどうするんだろう……とふと不安になったことがあります。それを解消するためには、生前に本人がコレクションデータを管理する必要があります。ただ国内外の様々なツールを触りましたが、「使いたい!」と心から思えるサービスが1つもありませんでした。であれば、自分が使いたくなるサービスを開発しよう、と思い立ち開発をスタートしました。
購入した金額や、作品がいまどこにあるかなどの作品管理に必要な機能はもちろん、そのデータを公開できる仕組みもつくっています。プラットフォーム上でいろんな人のコレクションが見られるのも面白いですよね。世の中に「この作品が現存する」というデータが見られるだけでも、すごく価値があると思います。作品データを見た人が問い合わせをできたり、オーナーは貸し出しができたり。そうやってアート業界全体の情報の流動性を高められたらと考えています。
さらに「CLTV」では、格納している作品をVR上のミュージアムに展示し、公開できる機能も検討しています。要するに、コレクターの仮想空間ミュージアムですね。コレクターが自分のコレクションをもっとカジュアルに共有できるようなインターフェイスがあれば、アートがさらに面白いものになるんじゃないかと思っています。
――自らがアートコレクターだからこその発想ですね。
はい。ただ、そうした私的な思いだけではなく、社会的な必要性も感じています。
現代アートが登場して指数関数的に作品の数が増加している一方、ミュージアムの収蔵数は増えていない。むしろ運営的な厳しさもあり「減っているのでは?」という声も上がっています。僕は大学時代、立命館大学のアートリサーチセンターに所属しており、浮世絵のデジタルアーカイブプロジェクトに携わっていました。そうした経験からも、いまこの状況下において、現代アートを体系的にアーカイブすることはほぼ不可能に近いと感じています。
そうしたなか、美術史を「体系的」に アーカイブしていくことがミュージアムの役割だとして。コレクターの力を結束して「網羅的」にアーカイブする新しいプラットフォームがあれば、双方が有機的に連携して、現代的なアーカイブの在り方を体現できないかと考えるに至りました。
世界中のコレクターのコレクションデータを一ヶ所に集約できれば、世に出ていく現代アート作品のうちの少なく見積もっても5~10%、うまくいくと20〜30%をアーカイブすることができるかもしれない。つまり「CLTV」を世界中のコレクターが利用すれば、コレクターのコレクションデータが一ヶ所に集約される。さらにそのデータに美術館がアクセスできるように開放するのです。リアルタイムに追いかける必要性はなく、後から検索できる情報ソースがあるだけで、アーカイブの質は高まるはず。そんな思いで「CLTV」リリースに向けて奔走しています。
profile
1983年奈良県生まれ。2006年立命館大学政策科学部を卒業し、広告から事業開発まで幅広く手掛けるクリエイティブエージェンシーを経て、2014年に起業。2000年前半に原宿ファッションの影響を受け、KAWSのフィギュア やスニーカーを購入したことがアートコレクションのきっかけとなる。2014年に独立後、自身のワークスペースのためにアメリカミッドセンチュリーのヴィンテージ家具に興味を持ち、さらに現代アートへとコレクションの幅を広げてきた。2025年春にはコレクター向けのコレクション管理プラットフォーム「CLTV」のβ版提供を開始予定。同時に「CLTV STUDIO」を東京・神宮前にオープン。第一弾の展示はディレクター木本のコレクション展「CLTV ON VIEW vol.00」を公開予定(要予約)。
MARPH
PR TIMESが運営するアートに特化したプレスリリース配信サービス「MARPH」
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