日曜日は、ベッドで朝のコーヒーを
冬の朝、目を覚ましたら、窓からやわらかい光が差し込んでいる。こんな日はベッドのぬくもりが心地よくて、ずっとこの中で暮らしたい、なんて思ってしまう。
「おはよう。起きてるかい?」
「うーん。起きてると言えば起きてるけど、寝てると言えば寝てる、かな」
「なんだそりゃ。まあ、今日は予定もないしね、のんびりしたらいい」
「OK! On fait la GRASSE MATINÉE……」
出かける用事もなく、特に何をするとも決めていない日曜は、朝寝坊も悪くない。じゃあ僕は、マダムにスペシャルサービスでもするとしよう。
「Madame, voici le petit-déjeuner! はい、おめざをお持ちしましたよ、奥さま」
「わあ、Merci Monsieur! いい香りね、目が覚めるわ」
気に入りの豆を挽いていれたコーヒーと、焼きたて……ではないけれど、おいしいパン屋で仕入れたヴィエノワズリを温めて。
ちょっと気取ったベッドでのコーヒーは、いつもの朝を少しばかり特別なものにしてくれる。
「何を読んでたの?」
「あら、ふふふ、デュラスのエッセイを少し、ね」
「そうか。なかなか珍しいチョイスだ」
「そうかしら。そんな気分のときもあるわよ」
フランス人の妻とは、パリで知り合った。10年ほど前、僕がサバティカル休暇でフランスに滞在していたときに知人の食事会で一緒になり、以後なんとなく食事や映画に出かけるようになって、自然な流れで付き合うことに。けれどまさか、日本に一緒に戻ってくることになるとは。
「コーヒー、ちょっと濃いめだけど、おいしいわ。日本に来てもう何年にもなるけど、やっぱり朝のクロワッサンとコーヒーはいいわね。それに、日本のパンって最高だわ、フランスのよりもおいしいかも」
“温泉”の気分で、くつろぎのバスタイム
「ごちそうさま。さてと、今日は朝風呂をいただこうかしら」
我が家のバスルームは、寝室の隣にある。これは妻のたっての希望で、なぜなら「温泉宿みたいだから」なのだそうだ。
広いバスタブに湯を張ってゆったりと楽しむ風呂は、確かに気持ちがいい。
「今日は、バラの香りのソルトでも入れようかな」
バスタブに落ちる水の音が、耳にやさしく響く。目を閉じて聞いていると、まるで本当にどこかの温泉に来たような気分になるから不思議だ。のんびりと過ごす朝のBGMには、贅沢すぎるほど。
フランスと日本、2つの文化を結ぶ部屋
サバティカル休暇を終えて帰国することになったとき、当然、彼女はフランスに残るものと思っていた。家族も友達も、仕事もあるし、なによりパリ生まれのパリ育ちという生粋のパリジェンヌが日本の生活に馴染むとは思えなかった。
けれど彼女自身はあっさりしたもので、「あら、行くわよ、東京。だめかしら。仕事は落ち着いてから考えればいいし。でも悪いけど、嫌になったらすぐ戻るから、そのときはごめんなさいね」と、すでに心を決めていた。
こちらに来てしばらくは、家が狭いとか天井が低いとか、人が多すぎるとか。何かにつけて不満を漏らしていたが、軽々と就活してファッションブランドのマーケティングの職に就いてからは、そんな余裕もなくなったのか、忙しいながらも東京の生活を楽しんでいるようだった。
この家を買ってリノベーションするにあたっては、妻の意見を細かく取り入れた。バスルームはもちろん、クローゼットや、ベッドルームの窓際の「コージーコーナー」と呼んでいる小上がりのようなスペース、それに、和紙をデザインに取り入れた寝室の壁などは、全部彼女のアイデアだ。
まあ、もともと文学青年で大学の頃からフランス文学に没頭し、以後ずっと研究一筋の僕には、デザイン感覚などかけらもないわけで、彼女のセンスを信頼して任せてみたのだった。
日本にいながらにしてどこかエキゾチックな雰囲気を感じるインテリアは、我々2人の人生そのもの。なかなか面白いし、「フランスでも日本でもないけれど、ちゃんと居場所を感じられる」のは、とても居心地がよい。
「お風呂、気持ちよかった。いい朝ね!」
窓辺のコーナーで、ゆったりとブランチを
「さて、マダム、ブランチはいかがですか?」
「SUPER!! こんなことまで! どうしたのかしら、今日は何かの記念日だった?」
「ははは、まあ、たまにはご奉仕しないとね」
「あなたがこんなに料理上手だったなんて知らなかったわ。長く一緒にいても、人って知らないことがたくさんあるわね」
彼女は覚えていないかもしれないけれど、実は今日は、パリで初めて一緒にディナーに行った小さな記念日なのだ。気恥ずかしくてそんなことは言えないが、せめてシャンパンでも、とこっそり準備しておいた。
「Vive la VIE! 素敵な日曜日に!」
「乾杯!」
「きれいなタルティーヌ。食べるのがもったいないけど……、でも食べちゃう!」
「どうぞどうぞ」
「おいしいわ、C’est délicieux, mon cher Chef!」
「それはよかった。今日は本当に日差しが気持ちいいね」
心ゆくまで寝て、ゆったりと起きて、窓際に2人で座ってシャンパンをいただく。
至福の日曜日。
東京での暮らしは、パリ育ちの彼女にとって楽しいことばかりではないだろうと想像する。それでも、自分好みにしつらえた部屋で気に入りのものに囲まれ、おいしいものをつまみながらたわいない会話をできるという幸せは、何にも代えがたいと思うし、彼女にとってもそうあってほしいと願う。
「ねえ、見て見て、あそこにまた新しい建物ができるみたい。何かしらね。おいしいレストランとかだといいなあ」
「また、食べることばっかり」
「あら、だって近所にいい店があるっていうのは、とっても大事なことよ」
Grasse Matinée――日曜の朝の贅沢な時間が、ゆるりと流れていく。
Today’s Recipe 1 キャロットラペと温州みかんのタルティーヌ
[材料](作りやすい分量)
にんじん 1/3本
温州みかん 適量
オリーブオイル 大さじ1
クミンシード 少々
塩、チャービル 各適量
ライ麦パン(スライス) 適量
[作り方]
1.にんじんは、チーズおろしやピーラーなどで短めに削り、塩をふってしんなりさせる。みかんは皮をむいて、1cm程度の厚さに横に切る。
2.小鍋にオリーブオイルとクミンシードを入れて弱火にかけ、焦がさないように香りが出るまで熱したら、1のにんじんに加えてさっと和える。
3.ライ麦パンに2とみかんをのせ、チャービルを添える。
Today’s Recipe2 鯖とマッシュポテトのタルティーヌ
[材料](作りやすい分量)
じゃがいも(メークイン) 1個
バター 10g
生クリーム 50ml
塩、こしょう、オリーブオイル、ディル 各適量
ライ麦パン(スライス) 適量
[作り方]
1.じゃがいもはたっぷりの水と一緒に鍋に入れ、火にかけてやわらかくゆでる。熱いうちに皮をむき、フォークなどでつぶして、塩、こしょう、バターを加えて混ぜる。生クリームを加えてさらに混ぜ、滑らかにする。かたい場合は牛乳少々(材料外)を加えて調節する。
(漉し器などで裏漉しするとさらに滑らかな口当たりになる)
2.鯖は皮目にオリーブオイルを塗って魚焼きグリルなどでカリッと焼く。
一口大に切り、ライ麦パンに1と共にのせディルを添える。
Today’s Recipe3 しいたけのマリネとブリーチーズのタルティーヌ
[材料](作りやすい分量)
しいたけ 3個
トマトペースト 小さじ1
白ワインまたは日本酒 大さじ1
オリーブオイル 大さじ1
にんにく(みじん切り) 少々
塩、こしょう、ベビーリーフ 各適量
ブリーチーズ 適量
ライ麦パン(スライス) 適量
[作り方]
1.フライパンにオリーブオイルとにんにくを入れて、弱火で香りが出るまで炒める。
2.4〜6等分に切ったしいたけを加えて炒め、トマトペースト、白ワインを入れて手早くからめる。塩、こしょうで味を調える。
3.ライ麦パンに2と、5mm幅に切ったブリーチーズをのせ、ベビーリーフを添える。
撮影協力
M’amour マムール
▶︎https://www.m-amour.com
IKEUCHI ORGANIC イケウチオーガニック
▶︎https://www.ikeuchi.org