「HOSOO FLAGSHIP STORE」で、400年の伝統の技をリアルな暮らしに重ね合わせる
まず最初に紹介するのは、2019年9月に西陣織のテキスタイルメゾン「HOSOO」がオープンした初の旗艦店「HOSOO FLAGSHIP STORE」。ビジネス街烏丸御池からすぐのこの周辺は、かつては糸偏(呉服業界)の企業や商店が集まっていた場所。今は飲食店など個人ショップも増え、観光客も立ち寄る場所になっている。
本社社屋の1階のストア奥には「HOSOO」のファニチャーや朝日焼といった工芸品に触れながらお茶を楽しめる「HOSOO LOUNGE」、2階には染織に関するさまざまな企画展示が催される「HOSOO GALLERY」も併設し、話題を呼んでいる。
店舗をデザインしたのは、旅の前編で紹介した「HOSOO LESIDENCE」の設計を手掛けた細尾直久氏。ここでも日本の伝統的建築技術が用いられている。
「細尾の本社社屋として必要とされる実用的な用途・機能を備えると同時に、見る人の琴線に触れる工芸としての建築を目指しました」と細尾直久氏。また、細尾12代目でディレクターの細尾真孝氏は、「日本が古来用いてきた工芸建築を次代へ繋ぐためにも、ここに残しました」と、社屋にかける想いを語る。
1階のストアには、約100種にも及ぶテキスタイルを展示。この中から好みのものを選んで、カーテンや家具を注文することが可能だ。また、ラグジュアリーホテルなどで展開してきたクッションやルームシューズなどのプロダクトは、その場で購入することができる。自宅の内装や部屋の様子を思い出しながら、あれこれ好みのプロダクトを見つけるのも一興。
気軽に持ち帰れるお土産としておすすめなのが、2019年12月に発表したオランダ人テキスタイルデザイナー、メイ・エンゲルギール氏とのコラボレーションで生み出した新作テキスタイルを使ったプロダクト。西陣織職人の技とエンゲルギール氏の独特の色彩センスが組み合わさったほかにはないデザインだ。
「このスクエアポーチは、華やかさもあるうえに、強度もあって多少重いものを入れても、持ち歩きできます。持つ方が自分の思うように使っていただける、自由度の高い商品です」と語る、広報担当の武田さんイチオシのアイテムだ。
“時”をキーワードにしたラウンジでオリジナルスイーツを堪能する
ストア奥には、ゆったりとした時間が過ごせる「HOSOO LOUNGE」が。きもの文化をテーマとしたマカロンや「工芸建築」を表現したオリジナルショコラ、1日かけて水出しする蒸玉緑茶などを味わえる。ここではぜひ、平安時代の女性のきものの配色美「かさね色目」をテーマにしたマカロンと、水出し緑茶のペアリングの妙を体験したい。サクッとして優しい甘さのマカロンに旨味の濃い緑茶がすっと寄り添う。写真(2枚目)の「松重」は、黒糖生姜のクリームをサンドしたという凝った一品。「このお菓子を召し上がっていただくことで、平安の時代から続く美しい日本文化に想いを馳せていただければ」(武田さん)
また、ラウンジではHOSOOのテキスタイルを用いた家具やソファ、中川木工芸の木のトレーや朝日焼の器など、さまざまな京都の伝統工芸に触れられる。ラウンジに滞在することで多くの京都の伝統工芸を体験できる、まさに旅のテーマにぴったりのスポットといえるだろう。
伝統という“ベース”があるからこそ、可能な革新。西陣織のギャラリーで日本美を体感
さらにストアの2階には、染織文化にまつわる企画展を行う「HOSOO GALLERY」を併設。取材時は、前述のオランダ人テキスタイルデザイナー、メイ・エンゲルギール氏とのコラボレーションによる最新コレクションと彼女の作品「SINUOUS」を発表する「COLORTAGE」展(2020年4月11日まで)を開催。今後も、染織物の歴史や文化を世界に発信する展示を、年2~3回の割合で開催していくという。
「HOSOO RESIDENCE」に泊まって伝統工芸品の上質さと心地よさに触れ、「HOSOO FLAGSHIP STORE」でそれらを実際にオーダーできるとは、なんとも贅沢で豊かな旅ではないだろうか。商品が手元に届けば、日々の生活のなかで「雅な京都」と再会できるに違いない。
Spot information
HOSOO FLAGSHIP STORE
京都市中京区姉小路下ル柿本町412
※HOSOO GALLERY、HOSOO LOUNGE併設
▶︎http://www.hosoo.co.jp/
平安時代から続く金属工芸品を未来へ受け継ぐ、金属工芸の老舗「清課堂」を訪ねる
さて、「HOSOO FLAGSHIP STORE」に続いて紹介するのは、歴史ある寺町通に店舗を構える、金属工芸の老舗「清課堂」だ。
寺町通は、荒廃していた東京極大路(ひがしきょうごくおおじ)に豊臣秀吉が寺院を集めて形成したとされる街。江戸時代以降、火災などに見舞われ洛東や洛北に移転する寺が頻出、やがて寺の跡地に商店などが建ち、現在のような通りへと変貌していった。今では丸太町から御池までは骨董店や古美術店、古書店などが並ぶ通り、御池から四条までは、アーケードの商店街になり観光客が集まる場所になっている。
そんな寺町通で180年以上の歴史を刻むのが、金属工芸の老舗「清課堂」。江戸後期の創業以来、錫師(すずし)として瓶子(へいし:お神酒徳利)など神社仏閣の荘厳品、宮中の御用品などの製作を手掛けてきた。また一方で、戦後は一般家庭でも日常的に使える金属の道具を製造し販売。現在も錫製品を中心に、銀、銅などの金属工芸品を商っている。
金属製の食器は、陶磁器や漆器ほど汎用的には使われていない。けれど、温かいものは温かく、冷たいものは冷たくと、保温、保冷効果が高い特性がある。また、時間が経って傷ついたり色が変わったりしても、それが風合いとなって器に深みを添える。使えば使うほどにその味わいを楽しめるのだ。
時代に即した唯一無二の作品を創作、金属工芸の革新に力を注ぐ
当代の山中源兵衛さんは7代目。幼い頃から金属工芸品を間近に見てきたが、鍛金など製造の技は誰にならったということではなく独学で身に付けたという。
「古い書物を紐解いたり、実際に店にある古いものや職人さんが手がけたものを手本にしたりして、つくりながら学びました」と山中さん。商品を販売し続けることも大切ではあるが、自らも職人として、金属工芸の技を次代に繋ぎたいと語る。
「以前は先人がつくったものを手本に、できるだけ同じようなものをつくりたいと思っていました。もちろんそれも必要です。けれど、今の時代を映したものを残すことも重要です。ほかにはないデザイン性のある作品づくりにも力を入れていきます」(山中さん)
自ら作家性の高い作品をつくるとともに、全国をまわって若手の作家を見出し、その作品を展示販売するなど、金属工芸の革新にも力を注いでいる。
商いと教育が一体化した昔の「私塾」的な工房で、若い職人を育てる
清課堂の工房は市内に2カ所。店舗地下の工房には熟練の職人が常駐し、別場所の工房では若手が技を磨きながら製作に勤しんでいる。
「金属工芸品をつくりたいという人に、少しずつ技を伝えながら、作品づくりもしています。店舗に並べられる作品をつくるまでには時間もかかりますが、楽しくモノづくりを体得してほしい」(山中さん)
職人が少なくなっている時代だからこそ、確実に技術を残していくためには、商いと教育が一体化した昔のような私塾的な工房が必要だと語る。さらには、広く一般の人も金属工芸に触れてほしいと、店舗奥の蔵で年に数回、作家の展示会を開く。「店内には日本だけでなく海外の作家の作品なども並んでいます。『こんな器が好き、これを使ってみたい』など、見て感じていただくだけでも、それが後世に繋がっていくと思います」
雑誌や映画などで目にして「欲しいなぁ」と思っていた錫のチロリ、着物姿にすっとなじむ根付……。商品を眺めているだけで、それらを使っている様子が目に浮かぶ。日常にこれがあったら、暮らしがもっと楽しくなるだろう。機能はもちろん、デザイン性も兼ね備えた京都伝統の金属工芸品の数々、ぜひ自宅へ持ち帰ってもらいたい逸品だ。
Spot information
清課堂
京都市中京区寺町通二条下る妙満寺前町462
▶︎https://www.seikado.jp/
京都伝統のプロダクトの「今」を体感する旅で得た、「モノ」や「気付き」を暮らしに生かす
前編・後編にわたって紹介した京都1泊2日の旅はいかがだっただろうか。西陣織の老舗「細尾」がプロデュースする宿に泊まり、店舗ではテキスタイルの現在と未来を体感。金属工芸の「清課堂」では伝統の錫製品を手に取る……。くつろいで過ごす空間の内装から店舗で見て手に取る品まで、まさに全方位で京都の伝統工芸に浸ることができる、稀有な体験であることは間違いないだろう。
稀有とはいえ、この2日間の体験には、日々の暮らしに応用できるモノやコトがたくさん詰まっている。優雅な西陣織も輝く金属工芸品も基本的には「衣食住」のシーンで使用されるもの。さらに伝統を守りつつ時代に合わせてつくられたプロダクトは、購入して持ち帰れば日常で生かすことができ、さらに暮らしへの“気付き”すら与えてくれるだろう。京都の伝統工芸がグッと身近なモノとなり、暮らしを豊かにしてくれるに違いない。そんな旅の提案となったのであれば幸いだ。