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培ったノウハウを売り場へ<br>「未来定番研究所」の取り組み
100年の理(ことわり)

培ったノウハウを売り場へ
「未来定番研究所」の取り組み

「未来定番研究所」で培ったノウハウを売り場へ。客観的な視点から生み出される新たな戦略とは【後編】

企業に見る伝統継承とイノベーションを紹介する「100年の理(ことわり)」。今回は、前編に引き続き、東京・谷中に拠点を構える大丸松坂屋百貨店「未来定番研究所」を紹介する。前編では、大丸松坂屋百貨店の長きにわたる歴史を紐解きながら、「未来定番研究所」の成り立ちや目的、そこに込めた想いについて、プロジェクトを立ち上げた今谷秀和さんに話をうかがった。後編では「未来定番研究所」が進める革新的な取り組みに迫る。

▶︎前編はこちら

Text by Kaori Kawake(lefthands)
Edit by Shigekazu Ohno(lefthands)
Photographs by Takao Ohta

「仕事は自分で見つける!」少数精鋭のアート思考なクリエイティブチーム

「思いついたら声に出してシェア!」これが、未来定番研究所の“アート思考”ともいうべき仕事スタイルだ。オフィスはいつも和気あいあい、活気に満ちあふれている。

古民家が持つ温かみのある内装を生かしながらも、オフィスとして必要な設備がしっかりと調えられた2階の執務スペース。

「私はメンバーに対し、あれをしろ、これをしろというような指示はあえて出しません。メンバーひとりひとりがやるべきことを考え、まずは自らの意思で実行に移してほしいからです」とは今谷さんの弁。

自分で仕事を見つけるというこのスタイルは、指示待ちに慣れた人にとっては苦痛に感じられるかもしれない。自分の意思がなければ何もできないからだ。

「未来定番研究所」に所属するメンバーは現在6名。立ち上げ当初は人事異動によって集められたが、2年目以降は公募に切り替え、今では半数以上が自分の意思で所属し、高いモチベーションを持って仕事をしている。これが、新たな発想をもたらす秘密なのだろう。

未来定番研究所の立役者である今谷秀和さん。

さらに、「未来定番研究所」のクリエイティブ改革に参画するのは、多岐に及ぶ部署から召集されたプロジェクトメンバーだ。こだわったのは、部署を飛び越えたプロジェクトチームを作ること。その理由について、今谷さんは次のように語る。

「部署単位でメンバーを集めると、どうしても自分の部署の利益を優先してしまいます。未来定番研究所は社長直轄というだけではなく、部署を横断するチーム編成にすることで、利益うんぬんという観点ではない自由な発想のプロジェクトを生み出すことができるのです」

お客様の想いを300年先へとつなぐ、前代未聞のプロジェクト「300年クローゼット」

未来定番研究所が企画した取り組みのひとつに、大丸が300周年を迎える折に発表した「300年クローゼット」がある。これは、大丸で購入された思い出の品物をお客様からお預かりし、300年先まで保存するという未知への挑戦ともいえるプロジェクトだ。

「あなたの大事なものを300年後まで預かります」という名目でお客様からエピソードを募集し選ばれたのは、「90年間つれそった3枚の写真」「お祖母さんがあつらえたウエディングドレス」「戦火をくぐりぬけた雛人形」の3つ。

それぞれの物語はもちろん、その品物を300年後まできれいに保存できるよう、ひとつひとつにメンテナンスを施すだけでなく、品物の詳細な管理方法を記した管理マニュアルや持ち主にお渡しする引継証も用意したという。

300年後まで確実に残すために、劣化を最小限に抑えるべく紙は和紙、インクは墨を採用し、「和綴(と)じ」で製本された「管理マニュアル」。
品物を300年間引き継ぐ証しとして持ち主に渡された「300年引き継ぎ証」。京都の蒔絵師 島本恵未さんによって蒔絵と螺鈿(らでん)を施された木箱で、中には本人と品物の写真が入っている。

「大丸300周年という節目を祝うにあたり、ただの販促活動にとどまらず、この重みのある年数をどうやったら世の中に印象付けることができるだろうか……という発想からスタートしました」

プロジェクトは、「大丸松坂屋百貨店がこれから先の300年も、お客様ひとりひとりの幸せづくりをお手伝いするために存在し続ける」という決意表明だといえる。

そこには、買い物にまつわるかけがえのない記憶をお客様に思い起こしていただき、「買い物がつくる幸せを改めて感じていただきたい」という想い、そして従業員に対しては、「意義のある仕事に従事しているということを改めて感じてほしい」という願いが込められている。

「プロジェクトを通して、多くのお客様から感謝のお声を頂戴しました。通常は、商品を販売している店側がお客様に感謝しますが、購入者であるお客様も店に感謝をしてくださっているということがわかり、非常に嬉しく思いました」

「お客様に感謝されることをやる」これこそが「先義後利」の精神を落とし込んだ大丸松坂屋百貨店イズムなのだ。未来定番研究所は、これを単なるスローガンではなく強固な軸として確立する大切な役割を担っている。

新たなビジネスモデルとして注目される「体験型百貨店」とは

自社メディアをスタートさせ、大丸松坂屋各店のブランディングや各種プロジェクトなどを手掛けてきた未来定番研究所は、今でこそ理解が広まってきたが、最初は社内の風当たりも強かったという。しかし、取り組みの意義を知ってもらうための地道な取り組みを通じ、徐々に周囲の理解を得てきた。

その足掛かりとなったのは、未来定番研究所が主催する「未来定番サロン」だ。このサロンは、未来のくらしのヒントについて考えるコミュニケーションの場。谷中を舞台に、定期的にワークショップなどのイベントを開催している。

例えば「風呂敷のワークショップ」では、その道のプロが風呂敷の多様な使い方に加え、歴史や新たな魅力までをレクチャーしてくれる。

「実際に体験すると、みんな好きになって帰ってくれるんですよね。1回に10人ほどの少人数制ながらも、月に1回のペースで開催しているため、年間で100人ほどが体験することになります。この100人がそれぞれSNSなどを通じて情報を発信すれば、何万人もの人に情報が伝わることになるでしょう。それってすごいことですよね」

未来定番研究所の1階廊下からは、風情のある庭が望める。

最近では、こういった「未来定番サロン」のノウハウを売り場に落とし込む動きが高まっている。

例えば、長年続けている「日本の職人 伝統の技・革新のWAZA展」という催事では、商品の実演販売に加え「技・WAZAサロン」と題し、日本茶教室、組子で木製コースター製作、伊勢型紙で型染め体験など和の文化を体験できるワークショップを開催。職人や和文化に詳しい講師を催事会場に招き、お客様に実際に体験してもらうというこの取り組みは、新たな客層がお店に足を運ぶきっかけになっているという。

「百貨店は、ただ商品を並べておくための空間ではなく、体験ができ、その商品のストーリーを垣間見ることができる場所です。さらに人と人をつなげ、コミュニティをつくることができる……そんな場所になるべきなのではないでしょうか?」

そして、今谷さんは次のように言葉を続けた。

「今あるマーケットを追うのではなく、ないマーケットを掘り起こす必要があります。小さな価値観を大事にして、熱狂的なファンをつくるための何かを見出さなければなりません」

未来定番研究所が客観的な視点で見つけ出す小さな価値が、今後どんなふうに花開くのか楽しみだ。そして、このマーケティング手法が新たな定番になる日も近いのかもしれない。

企業情報

大丸松坂屋百貨店 未来定番研究所
東京都台東区谷中5-9-21

▶︎https://www.miraiteiban.jp

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