子育て世代の家族が、じっくりと落ち着いて暮らせる住まい
緑豊かな街並みのなかに邸宅がゆったりと並ぶ東京・代々木の大山エリア。新宿や渋谷といった繁華街から程近い距離にありながら、ここまで落ち着いた空気が流れる邸宅街は稀有な存在だろう。その一角にある地上3階建ての低層マンション「ペアシティ代々木大山」が今回の舞台だ。タイル張りの外壁に縦長の窓や弧を描くバルコニーが並び、まるでヨーロッパのようなクラシカルな趣を携えている。
「竣工が1983年ですから、築40年を経ていますよね。穏やかな佇まいにある種の風格が備わり、決してトレンドに流されない安心感を与えています。これが新築だと流行り廃りがあるかもしれないけれど、すでに築40年を超えて今の雰囲気であれば、今後も決して古びた印象にはならないでしょう」と寺田尚樹さん。
そんなマンションの1階にある、約110㎡、3LDKの住まいに足を踏み入れた。ワンルームでつながるリビング&ダイニングの壁には、モールディングを彫り込んだ木製パネルが残され、クラシカルな外観の印象とリンクする。既存では木の質感を生かしたダークブラウンのパネルだったが、かたちはそのままに白く塗装し直すことで印象を一新したのだとか。現代のライフスタイルに合うモダンな雰囲気にアップデートさせている。
「古い時代の良いものを残しながらも、あえて真っ白に塗り込める。時代感をホワイトアウトさせることで、時代を超越させているところが面白いなと思います。このインテリアからも、エイジレスであることを感じました。ベースが白くて陰影のみが際立つ空間になっているので、自由な家具コーディネートを楽しめそうですね」
「もう一つ、ここが素敵だなと思ったのは、マンションではあるものの戸建てのような感覚で落ち着いて暮らせるところ。1階にあって周囲は専有庭に囲まれているから、天候や季節がダイレクトに感じられます。外に出られる掃き出し窓があるのは、グランドフロアだけの特権ですね。子どもや犬がいたらあっちの窓からこっちの窓まで室内外をぐるぐる走り回るだろうな……とか、暮らしのさまざまなシーンが想像できると楽しいじゃないですか」
それらの条件を踏まえながら、今回、インターオフィスのデザインチームがイメージした住み手は、幼い子どもを育てる30〜40代の共働きの夫婦だ。
「この環境なら、都心への利便性を確保しながらも、じっくりと落ち着いて子育てができるでしょう。110㎡という面積も必要以上に広すぎることなく、子育て中の家族が程よい距離感で暮らせる空間だと思うんです。大人数のゲストを呼んでもてなすとか、夜景が綺麗に見えるとかよりも、家族の日常を営むことに重きを置いた住まい。だから家具も、家族の落ち着いた暮らしに寄り添うという視点で選んでいます」
トレンドに左右されない、“スタンダード”な家具
家族の日常を大切にしたい。そう考えたときに、住まいの中心となるのはやはりダイニングだと言える。
「日々の生活のなかで、家族がみんなで集まるといったら食事のシーンでしょう。だから今回は、ダイニングの家具を最初にセレクトしました」
築40年を超えてもはやトレンドに流されない建物、そして壁を白く塗り込めたエイジレスでモダンなインテリア。それらからインスピレーションを得てダイニングに選ばれたのが、フランスのデザイナー、ジャン・プルーヴェによるイスとテーブルだ。
「“スタンダード”と名付けられたこのイスは、1930年代に生まれてから約20年ほどかけて何度も改良しながら完成させたプルーヴェの代表作です。イスは前脚よりも後脚に荷重がかかるという考えに基づき、後脚を太く特徴的なかたちにデザインしています」
「デザイナーが自分の作品に“スタンダード”と名付けるのって、勇気がいると思うんですよ。これは彼が自分のなかでスタンダードとなるものを作ろうとしてたどり着いた、渾身の一作とも言えるイスで、納得がいくまで完成度を高めているからこそ、トレンドには決して左右されない。時代を超えて受け継がれるというこの住まいとの共通点で、ここに選びました」
また、“スタンダード”という名には素材も作り方も極めてシンプルでベーシックという、もう一つの意味が込められているのだという。
「もともと鍛冶工だったプルーヴェは、自らの工房を持ち、実際に手を動かしながらものづくりをする人。デザイナーというより職人やエンジニアのイメージですね。だからこそ、合理的な工程にこだわっていて、どんな労働者にも生産しやすいものを目指していたので、このイスもすごくシンプルな作り方なんです」
「さらにフランスの1930年代は第二次世界大戦の前の不安定な時期で、物資も潤沢ではなかったと思います。あるものを使いながら構造的な強度を担保して生まれたのが、脚部にスチールのパイプや板金を使ったこのかたちだったのでしょう。後脚は板金を曲げて作り、中を空洞にすることで重さを抑えています」
テーブルもイスと同様に、脚部にスチールのパイプと板金を使った「EM Table」をセレクトし、色はダイニング全体でホワイト系のワントーンでまとめた。脚部はテーブルとイスを統一してクリーム色に。テーブルの天板はメラミン化粧板のアイボリー、イスの座面には淡いグレージュが選ばれている。
「ダイニングは毎日を過ごす場所であり、日常そのもの。だからインテリアのなかで家具が強く主張しすぎるのではなく、違和感なく馴染むものにしたいと考えました。イスの座面と背もたれは、成型合板がオリジナルなのですが、あえてプラスチックのものを選んでいます。木製パネルを白く塗り込めて素材感をなくした壁と共通する仕上げですね」
幼い子どもがいる住まいのダイニングには、今回のようなメラミン化粧板やプラスチックといったメンテナンスが容易な素材を取り入れるのも一案だと言える。使い方によってはカジュアルすぎると思われがちな素材だが、全体のカラーバランスやデザイナーの意図を踏まえてきちんと選んでいけば、自分らしい家具選びの選択肢は広がることだろう。
家族のさまざまなシーンが思い浮かぶコーディネート
リビング&ダイニングがワンルームでつながり、互いの距離が離れすぎないスケール感のこの住まい。たとえば両親がダイニング、子どもがリビングにいるようなシーンでも、一緒にいる感覚で過ごせることだろう。
「ひとつながりの空間のなかで2つのスペースに何らかの連続性を持たせるため、リビングにもプルーヴェの作品を取り入れました。その一つがラウンジチェアです。ただ、やはりダイニングとは異なるシーンを過ごすのですから、まったく同じ印象のものではなく色や素材を変えています」
前脚を細く、後脚を太くしたデザインは共通しているが、ラウンジチェアはアーム付きのものをセレクト。モノトーンで統一された空間のなかに、深いブルーグリーンの脚部が映える。ふっくらとした座面と背もたれはファブリック張り、アームには木材が使われた素材感豊かな一脚だ。
「プルーヴェはさまざまなグリーンを好んで使用していました。なぜなら、工房にある多くの工作機械に使われていた色だから。このラウンジチェアのブルーグリーンからも、どこか工業製品っぽさが感じられる。アクセントとして、それをあえて取り入れました」
同様にサイドテーブルにもプルーヴェの作品を選びながら、こちらはブラック一色のマッシブなものを合わせている。
「一本脚のサイドテーブルといえば、天板にガラスが使われていたり、華奢なデザインだったりすることが多いのですが、これはイスの後脚と同じようにスチールの板金を曲げて作った木の幹のような脚部になっていて、安定感が抜群。幼い子どもがいる環境でも安心して使うことができます」
一方で、リビングのメインとなるソファとコーヒーテーブルには、異なるデザイナーものをセレクトしている。
「リビングでは、どこに座ろうかと選ぶ楽しみがほしいですね。だからラウンジチェアとは違うものをと思って、フィンランドのデザイナー、イルマリ・タピオヴァーラが1960年にデザインしたKikiシリーズのソファを選びました。テーブルも同じシリーズです」
「Kikiシリーズが生まれた1950〜60年代の北欧は、第二次世界大戦後の復興期で、とても貧しい状況でした。物資がなく、豪華なデザインはたとえやりたくても実現できない時代だった。たとえば北欧を代表するデザイナー、アルネ・ヤコブセンによるアントチェアは1952年に生まれたものですが、オリジナルは3本脚でした。材料を減らすために、脚を1本減らしても成り立つデザインを考えたんです」
「この時代の北欧には、いかに素材を減らしながら合理的なものを作るかという視点があり、それによってクリーンでミニマル、時代に流されないものが生まれている。その辺がプルーヴェの家具との共通点と言える。時代や国は異なるけれど、思想が共通しているので、リビング&ダイニング全体に統一が感じられるのではないでしょうか。僕はこれらのクリーンでミニマル、そして機能的な家具が、子どもを育てる家族の日々の暮らしにうまくはまるように思うんです」
「ラウンジチェアと三人掛けのソファという組み合わせは、さまざまな家族のシーンがイメージできる組み合わせなんですよね。お父さんがラウンジチェア、お母さんと子どもがソファに座ってくつろいだり、子どもと犬がソファで昼寝をする様子を見守りながら、お母さんがラウンジチェアで読書をしたり。そんなふうに想像したとき、二人掛けじゃちょっと小さいように思ったので三人掛けにしています」
「ソファはあえて、アームがないものを選びました。そのほうが寝転んだり、足を投げ出したり、自由に使えるから。アームがあるとどうしても横に足を投げ出したりできないんですよね」
また、リビングのコーナーには、天井や壁を照らすことで部屋を間接的に明るくするアッパーライトを用意。イタリアのデザイナー、アッキーレ・カスティリオーニによるものだ。
「これ、ライト部分は車のヘッドライトから、支柱は釣竿から着想されたものなんです。支柱を上下にスライドさせて高さを調節する仕組みや、配線コードの留め方などを見ると、まさに釣竿。そして脚元に取り付けた変圧器は、普通だったらカバーをつけて見えないようにするのに、あえてそのまま露出させている。プルーヴェのラウンジチェアと同じような工業製品らしいグリーンが使われていたので、さりげなくそろえました。変に飾らず、どこかぶっきらぼうな佇まいが、今回セレクトした家具と通じていると思っています」
今回、ホワイト系でまとめたダイニングに対して、リビングはブラックやグレーをベースにコーディネート。リビング&ダイニングのすべてを同系色でまとめるという手もあったというが、ここではあえてコントラストをつけてメリハリを出した。さらに、全体にコンパクトで軽やかな印象のものを集めている。
「子どものいる家族が過ごす空間には、重厚感があるものを置くより、軽やかなもののほうがマッチします。脚元がすっきりしていると掃除もしやすいですよね。誰かにハウスキーピングを依頼するのではなく、自分たちで住まいを整え、家具をメンテナンスする。そんなライフスタイルをイメージしているので、軽やかな家具を選んでいます。最近、“ルンバブル”という造語を初めて耳にしたのですが、まさにルンバブルなコーディネートですね(笑)」
住み手のキャラクターを表現する
この住まいには、時代を経てきたマンションの名残を生かした特徴的なスペースがある。リビングのフォーカルポイントとなっているニッチだ。ここにはもともとマントルピース(暖炉まわりに設ける飾り棚)がしつらえられていたが、老朽化により撤去が必要だったため、ニッチだけをあえて残しているのだ。
「ヨーロッパでは暖炉が団らんの輪の中心となることが多く、マントルピースには絵や家族の写真、オブジェなどさまざまなものをディスプレイします。そこに住み手の個性が表れるから、インテリアに奥行きが感じられる。マントルピースの名残があるこのニッチも、住み手のキャラクターが表現できる場所になったらいいなと思い、飾る場所としてベンチを置きました」
「ベンチ上には本やアートを飾るほか、テーブルランプもセレクトしています。本来、暖炉がある場所だから、ソファに座ったときにこのニッチがほんのりと明るく見えるのもいいかなと思って。このランプもプルーヴェがスチールの板金を曲げてデザインしたものです」
「リビングには住み手のパーソナリティを表現する場所が何かしら必要だと思うんです。暖炉は日本の住まいにはあまりないかもしれないですが、本棚なんかがその役割を果たしていることが多い。今回はベンチを座る場所ではなくディスプレイスペースにする提案をしています」
「家具の一つの楽しみ方として、あえて使い方をずらすという方法もあると思いますが、それを逆手に取った家具もあって、たとえば名作として知られるチャールズ・レニー・マッキントッシュのラダーバックチェアは、実は座るためではなく寝室に置くオブジェとしてデザインされたもの。実際はベッドサイドテーブルのようにちょっと本などを置く台として機能します。面白いですよね。ベンチやイスはさまざまな用途に転用しやすいアイテムなので、ぜひやってみてほしいです」
このベンチをデザインしたのは、フィンランドのデザイナー、アルヴァ・アアルトだ。北欧家具という括りでリビングのソファやテーブルと統一し、白い壁を背景に存在を主張する強さが欲しかったことからブラックを選んだという。
「もちろん、座るためのベンチとしても使いやすいものです。座面がすかしてあるので、広めのパウダールームなどに置いてもいいですね。フィンランドではハイクラスなサウナの外気浴スペースに使われていたりします」
また、住み手のキャラクターを表現するという意味では、カーテンも有効なアイテムだという。
「最近のミニマルな空間だとシンプルすぎてカーテンが合わせにくいことも多いけれど、カーテンはインテリアの印象をガラリと変える力があって、暮らしを楽しむ意味で無限の可能性があります。色柄だけでも数え切れないほどあって、ダブルカーテンの組み合わせやドレープやヒダの取り方なんかも自由に選べる。特に縦長の掃き出し窓がいくつもあるこの住まいは、カーテンの選びがいがあると思うんです。今回は余白として残していますが、家具とともに窓まわりのしつらえも楽しんでもらいたいです」
profile
1989年、明治大学工学部建築学科卒業後、オーストラリア、イタリアでの設計事務所勤務を経て、1994年、英国建築家協会建築学校(AAスクール)ディプロマコースを修了。帰国後、2003年にテラダデザイン一級建築士事務所を設立。2011年プロダクトブランド「テラダモケイ」「15.0%」を設立。2014年から株式会社インターオフィス取締役、2018年より同社代表取締役社長を務めている。働き方の多様化にも応じる魅力的なオフィスの創造を担う、ファニチャーブランド「i+(アイプラス)」の設立など、複数のブランドディレクションも行う。プラモデル研究家・料理研究家でもある。
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