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「布」の新たな可能性を追い続ける、テキスタイル・デザイナー・須藤玲子氏
Focus on Designer

「布」の新たな可能性を追い続ける、テキスタイル・デザイナー・須藤玲子氏

NUNOを引き継いだときに決めたこと。「モノを捨てない、必ず日本国内で作る」――テキスタイル・デザイナー、須藤玲子氏の変わらぬ信条

デザインによって「より豊かな暮らし」の実現に寄与する人物を紹介する「Focus on Designer」。9回目はテキスタイルの会社NUNOのデザイン・ディレクター、須藤玲子氏。日本各地の染織の職人、工芸家や建築家、あるいは音響家、映像クリエイター、先端テクノロジーのエンジニアなどさまざまな領域のプロと協働して伝統と革新をつなぎ、「布」の新たな可能性を追い求める姿は求道者のよう。一方、生み出される独創的な布たちは、どれも表情豊かで見る人の心の琴線に触れ、体験は言葉を超える。その活動、生み出す作品が、いずれも世界で高い評価を得る須藤氏に、コラボレーションの実際と作品づくり、日常の中の豊かさについてお話をうかがった。

Text by Mikio Kuranishi
Photographs by Mori Koda

美大を卒業後、手織り作家として活動していた須藤玲子氏。三宅一生、山本寛斎、川久保玲などとのコラボレーションで、すでに国際的名声を博していたテキスタイル・プランナー、新井淳一との偶然の出会い、突然の勧誘から、運命の歯車が動き始めたという。1984年のNUNO設立から須藤氏が体験してきた多種多様なコラボレーションとは、いったいどのようなものだったのだろうか。

大切なのは求められるイメージのキャッチボール

——2018年に開催された『こいのぼりなう!』展では、「映像と音と布との関係を体験できる空間づくりを目指した」というコメントを拝見しました。これまで伊東豊雄さんをはじめ、建築家としばしば協働されていますが、須藤さんにとって空間づくりを意識する意味とは何でしょうか?

空間を作り出すのはあくまでも建築家やインテリアデザイナー。その人たちが目指す空間のためにどういったテキスタイルを提案できるかを考えるのが、私たちの仕事です。ですから私自身が空間づくりを意識するというと、少し語弊があるかもしれません。

彼らは空間に対して具体的なイメージをお持ちです。そのイメージや要望をお聞きしながら、また会話を重ねながら、求められる空間によりふさわしいテキスタイルを仕上げていきます。それから、私たちにはたくさんのストックがありますから、会話をしながら、あるいは模型を見ながら、その中から最適なものを提案する。そういうやりとりといいますか、キャッチボールがうまくいけば一番いいのかな、と思っています。

一方で、私自身が空間づくりというか、“環境づくり”を手がけることもあります。最近では北陸工芸の祭典「GO FOR KOGEI 2021」に参加させていただき、富山県高岡市の勝興寺を舞台に作品を展示しました。勝興寺は国の重要文化財に指定されている名刹ですが、老朽化が激しい江戸時代の建物を修復する大工事が今年竣工したばかりでした。

ここでは境内に仏塔のような立体作品を置き、庫裡から本堂まで70mある渡り廊下にテキスタイルの扇「扇の舞」を設えました。扇は計122枚にのぼり、白から黄色、赤、藍、黒までグラデーションでつなげていますが、これは修復工事が完了したときに本堂に飾られていた五色旗を意識したものです。

私たちにとって、戸外の展示というのは初めての体験。この渡り廊下は屋根はついていますが、吹きさらしで設置位置が高かったので、設置後風雨の激しい日には濡れたり形が崩れたり、ということもありました。作品は自分がイメージしたまま、常に理想の形でそこにあってほしいと思う一方、作品そのものが天候や時間などによって変化していくのも、もしかしてあってもいいのかなと感じました。

北陸工芸の祭典 [GO FOR KOGEI 2021]特別展Ⅰ(勝興寺)での作品『扇の舞』2021年。Photo:林雅之
北陸工芸の祭典 [GO FOR KOGEI 2021]特別展Ⅰ(勝興寺)NUNOのメンバー増井岳が担当した作品『89.319%』2021年。Photo:林雅之 ▶https://goforkogei.com

サイトスペシフィックな展示、音と映像と布の競演

——ちょうど今から20年前になりますが、須藤さん初の本格的展覧会『布・技と術/ぬの・わざとわざ』について教えてください。この展覧会の成功は海外でも報道されたと聞きました。

会場となったのは室町にある「京都芸術センター」という芸術振興のための拠点施設で、建物は廃校になった小学校の校舎を再利用したものです。展示空間は2つの元講堂と作法室と呼ばれる畳敷の部屋、また、校庭には2つのホワイトキューブとも呼べる何もない大空間でした。

その小学校があった学区は、かつて呉服問屋で栄えた町で、そうした家の子どもが多く通う学校だったそうです。京都ではかつて、鴨川や桂川などで西陣の友禅流しが行われていました。テキスタイルと川は昔からとても関係が深く、川で染料を洗い落としていた。ところが化学染料が使われるようになってから、公害の問題が深刻化すると法律で禁止され、そういった風景に出会うことはなくなりました。

そこで、その風景を再現できないかと考えました。床を川に見立て、その上を友禅流しのようにテキスタイルが浮遊するイメージです。設計をお願いした京都を拠点にする建築家ユニット、アルファヴィルさんがそのアイデアは面白いと、床一面アルミ板を貼ってくださって、テキスタイルが本当に川面に映るような展示空間になったと思います。

京都芸術センターでの初の展覧会『布・技と術/ぬの・わざとわざ』2001年。Photo:井上隆雄
京都芸術センターでの初の展覧会『布・技と術/ぬの・わざとわざ』2001年。Photo:井上隆雄

もう一つの講堂では、音と映像をからめて布を見せようと考えました。当時ダムタイプのメンバーだった南琢也さんにお願いし、映像は当時活動し始めたばかりの新進気鋭、異色の建築家、松川昌平さんと倉持正之さん(000studio/ゼロスタジオ)にお願いしました。

テキスタイルの製作過程を、4〜5層ほど垂らした薄いテキスタイルに映すわけですが、プロジェクション・マッピングのように音楽に合わせて次々と変化していく。テキスタイルがまるで空間の中を自在に動いていくような構成にしていただいて、どちらもとてもエキサイティングな空間になりました。

——テキスタイルづくりの方ではどのようなものを展示されたのですか?

校庭のホワイトキューブには、「原始と未来」をテーマに布を作ろうと考え、まず「原始」の方は錆染にしました。錆はとんでもない顔料で、一度付いたら絶対にとれない。それを象徴的に染め布として使いました。

「未来」の方は、以前から興味のあった最先端技術の生分解性プラスチック素材でテキスタイルを作ってみたいと思いました。当時すでに理化学研究所がとうもろこしを原料にした生分解性プラスチックを実用化していましたが、まだ染色はできませんでした。繊維は染色する際は通常、熱をかけないと染料が入っていかないのですが、この素材は50〜60度でボロボロになってしまう。そこで京丹後のシルクの染色の職人さんたちと、1年かけて低温で染める方法を研究しました。その結果、鮮やかな赤色のテキスタイルが出来上がり、これと錆染のテキスタイルを「茶室の幕」という設定で展示しました。

避けて通れない環境問題。問われる本気のリユース、リサイクル

展覧会が終わってから、協力いただいた理化学研究所の方にお礼の連絡を入れたところ、研究はどんどん進んでいるようでした。どうやらこの素材は地中のバクテリアによって分解されますが、バクテリアそのものからプラスチックができるはずとの話でした。土壌からできたプラスチックを土壌へ還す、まさにCradle to Cradle(「ゆりかごからゆりかごへ」完全循環型のモノづくりを目指すサーキュラーエコノミーのキーワード)の素晴らしい研究だなと感心しました。今、海洋汚染、マイクロプラスチックなど、真剣に解決しないといけない問題が山積ですからね。

——環境問題、気候変動などを背景に今、世界中でSDGsが話題になっています。須藤さんは日本各地の職人さん、工芸家さんなどと協働されたり、最新の素材や技術を取り入れて新しいテキスタイルの可能性を追求されてきました。そういう活動の中で心がけていらっしゃることはありますか?

私は1987年に創作に専念したいと退かれた新井さんの後を引き継ぐことになったとき、心に決めたことがありました。それは、モノは捨てないこと、それから必ず日本国内で作るということでした。モノを捨てないというのは、市場のニーズに振り回されないということでもあります。

売れ残ったものや、布製品を作る過程で出た残布、失敗作やサンプルなどで、設立から10年たった頃にはいわゆる不良在庫の山になっていました。そこで考えたのが「つぎはぎ」というシリーズ。そういう行き場のないテキスタイルを全部黒に染めて、つなぎ合わせて布地にしました。魅力あるデザインにするにはとんでもない手間がかかるものですが、それをちゃんと素材として伝えたいと思い、今も作り続けています。

シリーズ「つぎはぎ」より。

「命の閉じ方」が違う天然繊維と化学繊維

実は「つぎはぎ」を最初に作った当時は、まだ親水性の天然繊維と疎水性の化学繊維を分けて考えるという発想がありませんでした。ですからポリエステルもナイロンもシルクも綿も全部黒くしてパッチワークしていました。しかし、2000年代初頭に化学繊維のケミカルリサイクルが登場すると、私たち作る側もきちんと分けて使うようにしないといけないと真剣に思いました。この2つは「命の閉じ方」が違いますから。

再生、再利用という意味では、NUNOの設立当初から積極的に取り組んできました。例えば工芸品である芭蕉布に使えなかった糸芭蕉の繊維を加工して、芭蕉布風の糸を開発したり、大島紬の工房に40〜50年も捨てずに保管されていた紬糸の残糸や残布を再生して新しい製品を作ったりしていました。

——NUNO以外での取り組みとしては、どのような活動がありますか?

2008年から無印良品のファブリック部門のデザインアドバイスをしているのですが、無印良品の取り組みの中に、日本環境設計という団体が推進する企業連携プロジェクト「Bring」があります。これは、古着を回収してケミカルリサイクルで再生ポリエステルにしたり、エタノールなどのエネルギーに生まれ変わらせるというリサイクル活動で、2010年から取り組んでいます。その後、回収した無印良品の古着の中には、まだまだ着られそうな状態の良いものも結構あることに気づき、2013年からはそれらを綺麗に洗浄して染め直して販売する「Re-MUJI」というラインのスタートに立ち会いました。

私は茨城の出身ですが、小さい頃はまだ洗い張り、染め直しをしてくれる「紺屋(こうや)」さんという染物屋さんがあって、それがヒントになりました。また、染め直しは木綿、麻かシルクといった天然繊維しかできません。天然繊維の製品が多い無印良品ならではの取り組みになっていると思います。

――

設立以来37年間、NUNOは新しい布の可能性を追求してきた。と同時に「一過性ではないモノづくりを標榜したい」と須藤氏は語る。2021年秋に山形県鶴岡市で開催した展覧会『サーキュラー・デザイン ― kibiso はつづく ―』も、そうしたNUNOの変わらぬ姿勢から紡ぎ出された物語の一つだ。

鶴岡は、養蚕から製糸、縫製までの絹製品の全工程を域内で行える世界でも有数のシルク産地。kibiso(キビソ)とは、蚕が繭を作る際に最初に吐き出す糸のことで、太くて硬いため製織には不向きで、一部の手織り作家が工芸品に、あるいは飼料や化粧品などに使われる副産物だった。それを須藤氏の監修により使用可能な⽷に加⼯する技術を開発、製品化に成功した。氏が鶴岡のシルクと出会ったのは2007年。kibisoはなんと14年もの交流が育てたブランドなのである。

NUNOのコラボレーションの歴史は、こうしたエピソードに事欠かない。繊維・アパレル業界の大量廃棄が社会問題化しているなか、NUNOの活動はサーキュラーエコノミー、SDGsの好例として世界的に注目されている。

松ヶ岡開墾150年特別展示『サーキュラー・デザイン -kibisoはつづく-』展示風景、2021年。Photo:林雅之

須藤氏が日々の暮らしの中で感じる、豊かさについて

——話題ががらりと変わりますが、須藤さんの「暮らし」、日常の過ごし方について少しお聞かせください。

普段は基本、朝6時半から1時間くらいかけてゆっくり朝食をとり、それからここ六本木のショップか、ここから徒歩圏内にあるアトリエに出社します。ショップでは接客や打ち合わせ、アトリエではスタッフとのミーティングやもっぱら製作で、撮影も行なったりします。

一方、絵を描くといった創作活動は、ほとんど自宅の仕事場ですることが多いですね。それもだいたい真夜中から明け方で、料理しながらということも。私は今も絵は手描きで、よく使うのがガッシュかカラーインク、もしくはポスターカラーなので、乾かす時間がちょうどいい塩梅なんです。うちはキッチンが上の階なので、下塗りしてちょっと2階に上がって料理をするという具合ですが、時々うっかり忘れたり、うたた寝して大変なことになったりもします(笑)。

——そうした日常の中で、須藤さんが豊かな時間、豊かな空間だなと感じられることとは何でしょう?

私はタオルやTシャツを穴が空くまで使い込む質(たち)なのですが、穴が空いたら同じ形、大きさに切ってきれいに箱に並べます。絵を描いたりするときにウェスとして使うのですが、とにかく、同じサイズのものがきちんと並んでいるところを見ると、とても幸せで豊かな気持ちになります。実はこのショップに置いてあるテキスタイルサンプルもそうで、全部同じ6X7cmサイズにして整理・分類し箱詰めにしています。

工房・ショップにあるテキスタイルサンプルの収納ボックスは無印良品の紙製箱。「一番古いのは37年前のもので、紙製なので紙テープで補強しながら使っています」とのこと。サンプルのサイズを6X7cmにしているのは、経糸、緯糸がすぐにわかるようにするため。

以前「テキスタイルを仕事にしている人は隙間を埋めるのが好きだよね」と友人に言われたことがあります。それは同じ形、サイズのものをきれいに並べる、あるいは繰り返してパタンを埋めていくことに心地よさを感じることに通じるのかもしれません。テキスタイルにはリピートが必ずあって、つながってつながって、広がっていく。建築のシークエンスとはちょっと違うかもしれませんが、そういう広がる感覚に豊かさを感じているのかもしれません。

――

須藤氏が語ってくれた暮らしの中で感じる幸せや豊かさは、ほんの小さな、些細なことかもしれない。しかし、そこにはモノを捨てないこと、そしてモノに新たな価値を与えることへの充足感が含まれているように感じる。その氏の感覚と価値観は、過去やこれからの創作活動、研究への発想に繋がっているのだと思えた取材だった。

profile

須藤玲子

茨城県石岡市生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイル研究室助手を経て、株式会社「布」の設立に参加。英国UCA芸術大学より名誉修士号授与。東京造形大学名誉教授。2008年より良品計画のファブリック企画開発、鶴岡織物工業協同組合、2009年より株式会社アズのテキスタイルデザインに携わる。現在、株式会社良品計画アドバイザリーボード。毎日デザイン賞、ロスコー賞、JID部門賞等受賞。日本の伝統的な染織技術から現代の先端技術までを駆使し、新しいテキスタイルづくりをおこなう。作品は国内外で高い評価を得ており、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ボストン美術館、ビクトリア&アルバート美術館、東京国立近代美術館等に永久保存されている。代表作にマンダリンオリエンタル東京、東京アメリカンクラブ、大分県立のアトリウム他のテキスタイルデザインがある。

▶︎https://www.nuno.com

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