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行き交う人々の異国感、垣間見える昭和の温かみ。南麻布と広尾を歩いて感じた“リアル東京ダイバーシティ”メインイメージ 行き交う人々の異国感、垣間見える昭和の温かみ。南麻布と広尾を歩いて感じた“リアル東京ダイバーシティ”メインイメージ
2019.11.25
東京百景 |街歩きの風景

行き交う人々の異国感、垣間見える昭和の温かみ。南麻布と広尾を歩いて感じた“リアル東京ダイバーシティ”

その街を理解するには、まずは気負わず歩いてみるといい。東京の街が実にさまざまな表情を持ち、独特の雰囲気や文化を形成していることに気づくだろう。魅力あるエリアを歩いて見つけた“街の風景”を紹介する連載シリーズ「街歩きの風景」。1回目は都内屈指の高級住宅エリア「南麻布・広尾」。大使館や高級住宅がズラリと並ぶ、国際色豊かな港区側の南麻布。そして昭和の温かみを感じる渋谷区側の広尾。異なる雰囲気の2エリアが隣接する街のコントラストを楽しみつつ、歴史と「ダイバーシティ(多様性)」をテーマに街の風景を訪ね歩く。

  • Text by Aki Maekawa
  • Photographs by Nozomi Fujimura

有栖川宮記念公園からナショナル麻布スーパーマーケット、大邸宅や名門の学校がひしめくエリアを歩く

広尾駅から階段を上り地上に出ると、明らかに他の街とは異なる、空気にほんのりと清涼感を覚える。通りには背筋がスッと伸びた多種多様な国々の人が爽やかな笑顔で行き交っているが、おそらくそれとは別の、自然がもたらすクリアな空気だ。すぐ近くに広大な有栖川宮記念公園があるからだろうか……。まずは公園へ足を運ぶことにした。

宮様ゆかりの憩いの日本庭園で外国人や子どもたちが遊ぶ

池ではカモが泳いでおり、散策路が整備されている。深緑の木立の先に六本木ヒルズが見える。都心ならではのコントラストである。
渓流には石橋が架かる。緑や水が豊かな日本的な風景の中に外国人の姿も多い。日中は何組もの親子が散策する姿が見られる。
子どもたちが遊びまわる近くでお年寄りが歓談していたり、老若男女を問わず親しまれていることがわかる。
公園のシンボルともいえる、有栖川宮熾仁(たるひと)親王騎馬像。

この公園は、江戸時代は盛岡南部藩の下屋敷の地だった。1896(明治29)年、有栖川宮威仁(たけひと)親王の栽仁(たねひと)王新邸造成の御用地となるが、熾仁(たるひと)親王はここに住むことなく亡くなった。園内に建つ熾仁親王の騎馬像は1903(明治36)年、千代田区三宅坂の旧参謀本部構内に建立されたものだという。

大正時代に有栖川宮が廃絶し、この地は高松宮殿下に譲られた。その後、故有栖川宮威仁親王の没後20年目となる1934(昭和9)年に、東京市(当時)に賜与(しよ)された。騎馬像は1962(昭和37)年に、首都高速環状線の拡張工事などにより、ゆかりの深いこの公園に移設された。後に公園は1975(昭和50)年には港区に移管され、区立公園となった。

高松宮殿下は児童福祉に深い関心を寄せており、この地を子どもたちが遊べる場所にしたいと考えていたという。なるほど、その想いは今に受け継がれているようだ。馬にまたがる熾仁親王の銅像が高台から見守るなか、多くの子どもたちが遊ぶ平和な風景が見られる。

麻布台地の高低差を生かした庭園には、滝、丘、渓谷、池がコンパクトにまとまっている

港区には標高約30~40mの平坦面を有する台地が7つあり、この公園は麻布台地の地形を生かして構成されている。

有栖川宮記念公園を一周すると、かなりの運動量になる。冬でも体がポカポカし、夏なら汗だくになるだろう。それは、園内は30~40mの高低差があり、大きく傾斜しているからだ。広尾駅側の入り口が低地にあたり、池があり、東側にかけて丘、渓谷が広がっている。

かつてはここでは林間学校が行われていたという。『うめさんからの贈り物―農民人形作家・渡辺うめの世界』(吉田ふみゑ著/北星社)によると、1936(昭和11)年に、港区立南山小学校(現在)ほか、多くの小学生たちが、自然に親しむためにこの公園に集まったという記載がある。

公園の近くには民間の保育所のほか、インターナショナル・プリスクールやキッズガーデンも多い。多くの国の子供たちが日本の自然に親しんでいる。

園内には木が多く茂り、深山を思わせる風情だ。渓流が西南側の池に注いでおり、この池の中には島があり、見事な松が生えている。また丸太を使った階段や土の道がある。途中の石造りの橋のなど、かつての日本の風景を体験できる。

取材中に、公園で休んでいた90歳だという老紳士に話を伺うことができた。かつての公園の思い出を伺うと、「太平洋戦争時代には、この公園でみんなが燃料用の薪を集めてしまって、木には手の届くところの枝がなかったんだよ」と、街の歴史を語ってくれた。そんな時代があったことを感じられないほど、園内の高台にある児童コーナーや広場では、子どもたちが元気いっぱいに遊んでいた。

外国人が祖国の味を求めて集う『ナショナル麻布』スーパーマーケット

エントランスに陳列されているのは、輸入ペーパータオルや大きなバーベキューグリルなど。いかにも海外スーパーといったたたずまいのお店に、絶えず外国人の客が出入りする。

有栖川宮記念公園の向かいにある『ナショナル麻布』へ。1962年にオープンしたスーパーマーケットで、開店以来、世界各国の食材を多くそろえている。なぜならこのエリアには過去も現在も多くの外国人が住んでいるためで、60年近くも日本在住の外国人の食卓と文化を支え続けてきたともいえる。

取材期間中に日本在住20年になるイスラエル人男性に話を伺った。「1998年来日当時、ガルバンゾ(ひよこ豆)、ハーブ、スパイス、チーズなどを買いに来ていた。2人の子どもたちに祖国の味を教えられたのは、このスーパーマーケットのおかげだよ」と語ってくれた。特に250種類以上をそろえるチーズ売り場はマニアックなものも多く、日本在住の外国人からは絶大なる信頼を得ているという。「海外のスーパーみたい!」と、オリジナリティあふれる品ぞろえに惹かれてやってくる日本人も多い。

「挽きたて」ピーナッツバターと海外ではおなじみのパッケージが並ぶ店内

アメリカの国民食ともいえるピーナッツバター。『ナショナル麻布』には、セルフ式のナッツからバターを作るマシンが設置されている。
日本語、英語が交じったパッケージの缶詰。海外で好んで食べたブランドも手に入る。
ドリンクコーナーにはアメリカでおなじみの缶飲料が多数。ヨーロッパなど各国からも輸入されている。
商品のポップは英語と日本語を併記しているが、外国人客が多いので、英語表記のほうが文字が大きい。

ほかのスーパーでは考えられないほど多種多様な国の食材を扱っているのが『ナショナル麻布』の特徴。1キロ以上ある塊肉、ターキー(七面鳥)も日常的に販売されている。ハーブ、スパイス、チーズ、缶詰、瓶詰などのラベルを見ると、欧米、中東、南米、アジアなど、世界の各地域の国名が記されており、多様な食文化を感じる。さらにイベントにも対応しており、ハロウィンやクリスマスなど日本でもおなじみとなった行事はもちろん、イースターやサンクスギビングデーにも対応。時季になると、イースターエッグ、ホットクロスバンなどが店頭に並ぶ。外国人が多いこのエリアだからこそ長く親しまれる、特別な存在のスーパーマーケットだ。

大使館が点在し、高級マンションや邸宅が立ち並ぶ高級住宅地

邸宅が立ち並ぶエリアからは六本木の高層ビルやタワーマンションがよく見える。辺りは高い建物が少なく眺望に恵まれているからだろう。
ケヤキ並木の落ち着いた通りには、外国人の家族が散歩をする姿が目立つ。
街角の給水ポンプの英語表記が、この街らしい。

南麻布界隈は、高級マンションや個人の大邸宅が多いのみならず、各国の大使館が多いのも特徴の一つだろう。日本には約140カ国の大使館があるが、そのうち68カ国の大使館は港区にあり、南麻布一帯には40カ国以上も集中している。この一帯に大使館が多い理由は、江戸時代末期に最初の外国公使館がこのエリアの寺に置かれたことに由来する。アメリカは善福寺、イギリスは東禅寺に、フランスは済海寺に、オランダは西応寺に設置された。また明治維新後、政府は旧大名家から没収していた屋敷の跡地を大使館用地として各国に提供。これにより、大名屋敷が多くあった港区に大使館が集まったのだ。

邸宅や高級マンションが立ち並ぶなかにも、豊かな緑が目立つ街並み。
フランス大使館。毎年秋の例大祭では地域のお神輿を大使公邸に迎え、飲み物やお菓子をふるまって地元の方々と交流を図っている。
フィンランド大使館は、一般公開されている図書室がある。小説、絵本など、和・英語、フィンランド語で楽しめる。

麻布台地の坂の名には土地の歴史をひもとくヒントが隠されている

麻布は台地ということもあり、坂が多い街。上の写真は全長約100メートル、急な傾斜が胸を突く青木坂だ。江戸時代中期以後、北側に旗本青木氏の屋敷があったためにこの名がついた。かつては坂の上から富士山が見え、富士見坂とも呼ばれていたという。坂の上のエリアは眺望が良いため、高級住宅地が形成される場合が多い。現に青木坂の上には、南麻布の高級住宅地が広がっている。対して坂の下は都営住宅などがあり、親しみやすい空気感が漂う。

江戸から続く由緒ある歴史と外国文化、加えていわゆる昭和の雰囲気も共存する。この1カ所の坂を歩くだけで、このエリアのダイバーシティを物語っている、そんな気さえする。

南部坂。ドイツ大使館の壁と、右の有栖川宮記念公園の緑がコントラストとなって、遠く広尾駅周辺の街並みを印象的な風景に見せる。
木下坂。坂を下って進むと有栖川宮記念公園の緑に吸い込まれていくような感覚に。暗い時間帯とは異なる印象で、癖になる景色。

高台の高級住宅地から、下町風情と国際色が共存する広尾商店街へ

平日の昼間も人通りが絶えることがない広尾商店街。振り返ると遠くに東京タワーが。

坂を下り、向かったのは広尾商店街、通称「広尾散歩通り」。大人も子供も普段着で行き交う気さくな雰囲気には、いつも心が和む。広尾駅側から坂を上るように商店街を進むと、坂の上に寺の山門がある。この界隈には祥雲寺(1631年~)、香林院(1668年~)などの古刹が多い。この商店街は門前町として発展したのだろうか。

商店街には1970(昭和45)年創業のドイツパン店『東京フロインドリーブ』や、日本初のグルメハンバーガー専門店『ホームワークス』など、外国の雰囲気を感じるお店も多い。周囲に高級住宅街や各国の大使館が控えているので、商品やレストランにどこか異国の薫りがするのだが、同時に、そこかしこに昭和の面影がうかがえる。クラシカルな銭湯があり、路地に入ると井戸があったり、ネコが昼寝していたり……さまざまな顔を持つこともまた魅力の一つだ。

南麻布には広尾商店街、元麻布には麻布十番商店街がある。つまり、高級住宅地にこういった商店街が隣接しているエリアは、相乗効果でより街の魅力が増すのである。

商店街の入り口にクラシックなデザインの照明がある。石畳風の歩道の足元にも「Hiroo散歩ど〜り」の文字が。

南麻布と広尾を歩いて気づいた、街の魅力と新たな風景

今回紹介した「南麻布・広尾」。各国の大使館が集まる日本屈指の国際的なエリアは、明治期からかつての大名屋敷に外国人が住み、独自の文化を形成してきた。センスが良く、都会的であり、それでありながら人情もあふれている。さまざまな人種や国籍、仕事、習慣や宗教など、多様なヒト・モノを古くから広く受け入れ、それが実に心地よくなじんでいる、これぞ理想的なダイバーシティではなかろうか。

高級住宅地で見かけた外国人の親子、商店街のにぎわい。そして坂から見える都会の風景には、いつもと違う新たな発見があった。この街の風景は、ハイクラス感の中にどこかゆったりとした余裕と温かみが感じられる。そう再確認した街歩きだった。


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