自然の中のアトリエで、木と対峙する。
型にはまらない形。「象鯨彫刻家具」の作品は、どれもそんな形をしている。1点1点が個性的で、あらゆる様式や時代性にとらわれていない。自由にして独創的な造形が、木という素材に秘められた、今まで見たことのない力を引き出す。一連の作品にそなわった存在感は、自然そのもののようでありながら、つくり手の人間性を色濃く反映しているのだろう。
象鯨彫刻家具を主宰する西村浩幸さんは、1990年代から彫刻を中心とする作品を発表してきた。作品の多くは、丸太のような木の塊をチェーンソーだけで削り出した立体的なオブジェだ。彼が同様の手法で初めて家具をつくったのは約20年前のこと。湯河原でベーカリーを開いていた元建築家の店主から、丸太を削り出した椅子を依頼されたという。さらに十数年前、友人で芸術家の柚木沙弥郎さんのために木の棚をつくったことが、本格的に彫刻家具に取り組むきっかけになった。
「僕が何度も展覧会をしている東京・渋谷のギャラリーTOMで、柚木さんが木の彫刻を買ってくれた。その上に柚木さんが収集しているメキシコの土の人形を置いたら、そこが斜めだから落ちて割れたと言うんです。それは棚じゃないから落ちて当然やないか(笑)。冗談で、棚として使える真っ直ぐなのをつくりますから買ってくださいって言ったら、本当に買ってくれることになりました」
「今の絵画って、額に入って美術館に飾られるものになってますよね。でも元々は壁に描かれたり、もっと身近なものだった。彫刻も柱と一体になっていたのが、そういう装飾は建物から取り除かれてしまい、裸婦の彫刻を置くような空間もない。だから家具と彫刻をもっと引っ付けたら面白いんじゃないかと思いました」
現在、西村さんは、個人名義で主に彫刻作品を発表し、並行して象鯨彫刻家具の活動を行なっている。このレーベルには他にふたりの作家が在籍し、やや作風は異なるが、一緒に展示を行うことも多い。西村さんにとって彫刻と家具の線引きは、機能の有無でしかなく、作品づくりの工程もほとんど変わらない。
屋外にある西村さんのアトリエでは、3本の支柱を組んでチェーンブロックを取り付けた自作の設備により、木の塊を持ち上げて位置を調整してから、チェーンソーでカットしていく。愛用のチェーンソーはスウェーデンのハクスバーナ社製。10機ほど所有しているのは、大きさのバリエーションを揃えるとともに、故障したらすぐに別のチェーンソーに持ち替えて作業を続けるためだ。
「ハクスバーナのチェーンソーは出力が高く、キレがいい。早く切れるほうが、思った通りに真っ直ぐ切りやすいんです。その代わりすぐに故障する。これはクルマやバイクも同じで、速いクルマほどすぐ壊れるじゃないですか(笑)。日本製は壊れないけど、スピードが違うんです」
家具や彫刻の素材になるのは、大小さまざまの丸太。ひと抱えほどの太さのある巨大な丸太もある。製材所から仕入れるのではなく、台風などで自然に倒れたり、開発のために切り倒されたものだけを使う。つまり捨てられる運命にあった木だ。これを最初は大型のチェーンソーで、徐々に小さいチェーンソーに持ち替えて、ダイナミックに削り出していく。最初にスケッチを描くことから制作を始めるが、木のサイズや内部の状態によって即興的に形を変化させることもあるそうだ。「樹勢を生かす」のだと、西村さんは話す。
「僕が描く線は拙くてダサい。それをがんばって工夫するうちに、木の形がカバーしてくれるんです。もう失敗したと思って途中で放置した木の塊が、2年後にもう1度試してみたら、いい形になることもあります」
現在は湯河原や大磯に木彫のためのアトリエがあり、午前10時頃から日が暮れるまで制作に没頭する日も多い。本拠地である湯河原のアトリエは、2000坪ものミカン畑や雑木林が近隣にある、自然と一体になった場所だ。作業する場所は屋外で、天気がいい日には真鶴半島から大島、伊豆七島までも見渡せる。ただし雨が降ったら制作はできない。
作品に反映される、生き方と暮らし方。
一方、自宅に併設したアトリエやショールームでは、多様な彫刻と家具が独特の調和を形づくっている。この建物は、住宅建築の名手である吉村順三に師事した建築家、林寛治が設計したもの。ステンドグラスから色彩あふれる光が室内に差し込み、サンルーフとして設えたアトリエには芸術の気配が濃厚にある。ここで西村さんは、美大志望生のための予備校「象鯨芸術学院」も主宰している。壁面には学生たちへのメッセージが何枚も貼ってあり、その中に「カッコよく、切れ味」とあった。
「よくデッサンをする時、こうやって(鉛筆を縦横に持ちながら)測って描くじゃないですか。あれが僕は昔っから大嫌い。測らないで感覚で描けって、いつも言ってます。そのほうがスパッと切れ味よく描けますから。切れ味のいい絵って、筆勢にその人の雰囲気が出る。それがカッコいい、そんな絵を描けるようになってほしい」
西村さんは、美術予備校の講師を約20年間にわたって務めていたことがある。ただし彼が重視したのは、美大に入るよりも、その後に芸術家として成長するための土台をつくること。やがて予備校と考え方が合わなくなり、象鯨芸術学院を設立して自身の考え方を実践してきた。その教室から、彫刻家のはしもとみおをはじめ、すでに何人もの芸術家を輩出している。
「自分が美大にいた頃から、大学の先生や画廊の言うことを聞いて作品をつくるなんて何してんねん、と思ってました。今も仕事で何か言われると、悪気はないんだけど、勝てなくても喧嘩するタイプ。それで仕事をなくしたこともある。でも、そういう勢いが要るんだって若い人たちに言ってます。歳を取って、これでも丸くなったんですけど(笑)」
近年、欧米を中心とする世界各国では、アートとプロダクトの中間に位置づけられる少量生産の家具を愛好することが、ムーブメントとして定着した。その多くはデザインギャラリーを通じて展示販売され、コレクターたちの手元に届けられる。象鯨彫刻家具の作品も、日本をはじめパリやニューヨークのギャラリストたちから注目を集め、徐々に世界的な知名度を高めてきた。
「僕の作品を販売しているギャラリー、SOMEWHERE TOKYOのオーナーからよく言われるんです。僕がこういう動きをしてる作家だから扱ってる、人の言うことを聞く作家じゃないからいいんだ、って。どうやったらもっと作品が売れるか考えてるって言った時も、そういうことを気にしたらダメ、我慢してくださいって(笑)」
大多数の人々のニーズを読み解いて、最適化されたものばかりが身の回りにあふれる現代。便利で使い勝手のいいプロダクトを、誰もが手頃な価格で手に入れられる。そんな日常は心地いいようでいて、人間にとって自然な状態からはかけ離れているとも言える。これからの住空間には、十分な快適さとともに、そこに破調をもたらす何かが求められるのではないだろうか。自由な形と自然の素材感が織りなす象鯨彫刻家具の作品は、暮らしの中でこそ唯一無二の価値を持ちうるものだ。
象鯨彫刻家具 大磯ショールーム
〒255-0001
神奈川県中郡大磯町高麗2-9-3
TEL:0463-61-9622
不定休
▶︎https://zougei.jp/furniture/
profile
主宰者の西村浩幸さんは1960年大阪生まれ。東京藝術大学を卒業後、美術予備校の講師を務めながら彫刻を中心に作品を制作。2008年に株式会社象鯨を設立し、その一環として複数の作家とともに象鯨彫刻家具として活動。木を素材に用いて彫刻としての家具を発表し、国内外で展示を行なっている。