窓の外の緑を取り込む、繊細な色みの壁と天井
玄関を入ると、通路の先のガラスドアを介して、敷地内にある大きなシンボルツリーが見える。その先には、周辺の邸宅の庭の借景、代々木公園の緑まで見渡し、樹木が何層にも重なったグラデーションを描く景観が迎えてくれる。20帖をゆうに超えるLDKは、バルコニーに面してほぼ全面が窓。遠くまで続く代々木の森がいつでも目を楽しませてくれる。
「新居を探していて、検索でこの物件の写真を見つけたとき、これは夫が好きそうな空間だなとピンときて見学に来ました。最初にこのガラスのドアからLDKの大きな窓へと視線が抜けて、空と緑が広がる景色は、とてもインパクトがあり、もうここに住みたいと考えはじめていました」
そう話す妻の見立て通り、夫もひと目見てこの物件をとても気に入った。壁と天井のクロスの色はグリーングレー。淡く優しい緑はほんの少しくすみがあるニュアンスカラーで、光の入り方によってその表情を繊細に変える。窓の外の植物との連続性を演出し、室内に緑を取り込むような効果をもつ色みでもある。夫はこのクロスの色を見たとき「かわいい」と感じたという。
さらに、玄関とホールの壁にはモールテックスというモルタル調の塗り壁で仕上げられ、居室とのコントラストが効いている。このモールテックスの壁も「グリーンの壁とのミックス感にグッときた」という夫。
「所有している家具のほとんどがアンティークやヴィンテージなのですが、それらの家具ととても相性がいいと思ったんです。ニュートラルな白が合わせやすいと考えるから、自分では選ばない色や素材なのですが、アンティーク家具の深みのある落ち着いた色と溶け合うようになじむのがイメージできました」と当時を振り返る。
職住をゆるやかにつなげる、LDKと隣接するアトリエ
Kさん夫妻は22年前に、この物件と同じエリアにある中古マンションを購入し、フルリノベーションをした家に住んでいた。まだ「リノベーション」という言葉も今ほど使われておらず、中古物件を購入する際は、仕上げや設備を新築時に近い状態に戻す「リフォーム」が一般的だった時代。お二人は、ただ新しくするだけの「リフォーム」ではなく、手を加えることで既存の空間よりも価値を高める「リノベーション」を時代に先駆けて経験していた。
「当時からアンティークのコレクターだったから、絶対に古い物件を購入して、すべて自分が好きなように空間をつくりたいと考えて、リノベーションを選びました。3ヶ月ほどパリに住んでいたことがあるのですが、ヨーロッパは昔から古い物件を自分たちの暮らしに合わせて手を加えてつくり変えるのは当たり前ですから、自分たちも家を買うなら全部つくり変えるのは自然の流れでした」
以前の家ももちろん気に入っていたが面積が70㎡ほどで、手狭に感じていたこともあり、住み替えには100㎡以上の面積の住まいを求めていた。125㎡をゆったりと3LDKに設えたこの物件は、理想の間取りだったという。LDKが広いことはもちろんだが、隣接する個室は引戸を開ければ、リビングダイニングと一体となってさらに開放的に使える。この個室は人形作家である妻のアトリエとして使うことが、すぐにイメージできたという。
「ほとんど引戸を開け放して使っています。リビングに家族がいるときも家族の気配を感じながら作業できるし、キッチンとも行き来しやすいから便利なんです。自宅で人形づくりや草木染めなど、手仕事を楽しんでもらう教室を開催しているのですが、生徒さんにはダイニングで作業をしてもらいます。赤ちゃんや小さなお子さまと一緒に参加をご希望される方もいるから、広いリビングを有効に活用できています」(妻)
一点もののアンティークや手仕事の作品を輝かせる空間
部屋を飾っているアンティークやヴィンテージの家具、雑貨、食器などは、夫が20代の頃から集めているコレクション。その時々でマイブームがあり、少し前はイギリス、最近はフランスのものに興味があるという。
「深みを増した木の色合いや美しい木目、ペンキが少し剥がれたりかすれたりした感じなど、他にはない一点ものであることがアンティークの魅力。ヨーロッパ、アメリカだけでなく、日本をはじめ中国やチベット、韓国などのものも好きで、ジャンルレスに自分の感覚でかわいいと思ったものを選びます。以前はファッションブランドを経営していて、海外出張が多かったこともあり、旅先で気に入ったものを買うことで少しずつコレクションが増えていきました」
リビングダイニングのテーブルやチェア、収納をはじめ、玄関ホールや通路のコーナーを飾るチェストやシェルフまで、さらには棚に飾られた雑貨や壁に掛けられたレリーフ、食器、ファブリックなど、あらゆるものが年月を重ね、風合いを身にまとった一点もののアンティークやヴィンテージであることに驚かされる。
そこに温かみをプラスするのが、妻が手仕事でつくった人形作品。ときには羊毛から糸を紡いでパーツをつくることもあり、洋服も一つひとつ丁寧につくられた人形が、ところどころに飾られている。これらの人形もまた一点ものであり、アンティークの雰囲気にしっくりとなじみ、居心地も良さそうに優しい雰囲気へと空間を彩る。シンプルながら表情のある壁・天井、床の素材感は、Kさん夫妻のそれぞれの好きなものと調和しながら、抜群のセンスをより一層輝かせている。
暮らしながら自分の世界観に染めていく楽しみ
Kさん夫妻の住まいにある家具は、購入したものばかりではない。もらったものを夫がDIYでリメイクして使っているものも多いという。たとえばリビングの一角にあるキャビネットは、塗装を剥がして青い塗料でヴィンテージ風に塗り、モールディングやレリーフなどのパーツを飾った。フランスのアンティークと言われれば信じてしまいそうなほどの完成度だ。
家具だけではなく、住まいの設えにも少しずつ手を加えはじめている。キッチンの引き出しの取っ手をアンティーク調のものに付け替え、吊り戸棚の扉やオープン棚の枠にモールディング風のフレームを貼り、コンロ近くの壁にはタイルシートを貼った。シンプルだった仕上げがKさん夫妻の好みに近づき、全体的な空間に違和感なく個性がプラスされている。
「キッチンの扉が少しもの足りないと妻が言ったので、どうアレンジしようか考えて、パーツを探してDIYで仕上げました。アトリエの棚などもほとんどDIY。何かつくってほしいと頼まれると、どんなデザインにしようかワクワクして、考えるのもつくるのも大好きなんです。この住まいはベースがシンプルだから、暮らしながら自分の世界観に染めていけるところにも魅力を感じています」
そう話す夫。以前は経営者としてほとんどの時間を仕事に費やしていたが、娘さんたちの成人をきっかけに経営から退き、現在はファッションデザイナーとして自由な働き方をしている。午後早めに帰宅し、妻と近くの代々木公園を散歩したり、自転車で出かけたり、ゆっくりと流れていく時間を楽しむ日々。自分の好きなものに囲まれた居心地のよい住まいで、家族と過ごす日々の豊かさをじっくりと味わっている。