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芦沢啓治が設計した、オパス有栖川の新コンセプトルーム
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芦沢啓治が設計した、オパス有栖川の新コンセプトルーム

どこまでも丁寧に設えた特別な空間、クラフテッド・スペースとしての住まい。

オパス有栖川の新しいコンセプトルームは、建築家の芦沢啓治によってデザインされた。彼はこの住まいを、クラフテッド・スペース、つまり手づくりの精神を生かしてできあがった空間なのだと説明する。木工のエキスパートであるカリモク家具と手を組み、上質な木材をふんだんに用いてしつらえた室内は、インテリアと家具が絶妙に調和。穏やかで美しい印象がいつまでも心に残る、理想的な住まいのあり方が体現されている。

Text by Takahiro Tsuchida
Edit by Masato Kawai(BUNDLESTUDIO)
Photographs by Tomooki Kengaku

木工のエキスパートとともに追求したクオリティ

「この建物がある一帯は緑豊かな公園に近く、健康的で明るい雰囲気をもつところです。一方で東京の真ん中に位置していて都市のストレスとも無縁ではない。だからこそ、住む人が静かに過ごせる空間をつくりたいと考えました」

オパス有栖川の新しい住まいを設計した建築家、芦沢啓治はそう語る。キャリアの初期からいくつもの住宅を手がけてきた彼は、環境、建築、インテリア、そして家具などの設えをトータルに捉えて、きめ細かく調律する感覚が卓越している。この住まいをつくるにあたってひときわ大切にしたのは、空間におけるノイズをなくすこと。これは日本の住空間にとって普遍的なテーマなのだそうだ。

「谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』にも同じような悩みが描かれています。 しかも大正時代より令和の現在のほうが生活が複雑になっているので、より丁寧にシチュエーションをつくらなければなりません。長く過ごす場所としてふさわしいように」

こうしたアプローチで家をデザインしていく上で、コラボレーションすることになったのがカリモク家具である。

この住まいならではの落ち着きある雰囲気は、玄関スペースから始まっている。
コーナーにあるスリットからは自然光が差し込み、デンマークのサラ・マルティンセンによる木のオブジェが壁面を飾る。手仕事によって大切につくられた空間は、さりげない美しさと静かさにあふれている。

1940年に愛知県刈谷市で創業したカリモク家具は日本有数の木工家具メーカーで、 最新の工作機械と熟練した職人の手仕事の融合から、上質な製品を生み出してきた。芦沢は、デンマークの著名なデザインスタジオであるノーム・アーキテクツとともに、2019 年より同社でカリモクケーススタディという家具コレクションを発表。彼らが手がける建築に合わせて新たに家具をデザインするという試みであり、このオパス有栖川の住まいも同様のプロセスでインテリアが構築されていった。

「カリモク家具は家具づくりのエキスパートであり、木を扱うプロフェッショナルです。一緒になって素材を吟味しながら、壁、床、家具などあらゆる要素のトーンを揃えていきました。ここまでやらなければ成し遂げられないクオリティがあるということが、実際に室内に入るとわかります」

緑豊かな景色を望むリビングルームは、空間全体を穏やかな色調で統一。
この部屋にあるすべての家具と、それらと素材感を合わせた内窓の木枠は、国産家具メーカーの最高峰であるカリモク家具が制作した 。
左官仕上げの天井や壁面にも職人の技が光る。

たとえば内窓の窓枠も、芦沢がデザインしてカリモク家具の工場で製作した。大半の集合住宅の窓枠は、金属製のサッシと樹脂製の内窓の他に選択肢がないに等しい。しかし複数の素材が混在すると空間のノイズになってしまう。内窓は冷暖房の効率を高め、温熱環境を向上させる役目も果たす。カリモク家具が用いている工作機械によって内窓を実現したことにより、その木の色合いや仕上げを空間全体のトーンに合わせることができた。

またダイニングテーブルは、全長3.6mのものがデザインされ、キッチンの前にレイアウトされた。このサイズはダイニングスペースにちょうどよく収まり、人が集まるシーンに優美に調和する。テーブルのまわりを囲むのは、ノーム・アーキテクツがこの部屋のためにデザインした新しい椅子。すべてが整然とした光景は、静穏でありながらアイコニックだ。

木の椅子に囲まれた、広々としたダイニングテーブル。
ここに家族や友人たちが集うシーンこそが、この住まいのアイコンになるだろう。

「テーブルはこのままのサイズだと搬入しにくいので、真ん中でジョイントしています。リビングルームのソファも幅が約3mで、2分割できるようにしました。どちらも広々とした空間にちょうどいいスケールですが、市販のレジデンス向けの家具にはこういうものがほとんどありません。ソファならユニット式のものを並べることが多く、そうするとシステマティックに見えてしまう。カリモク家具の協力があったから、この空間にふさわしい家具をデザインすることができたのです」

カリモクケーススタディがスタートして以来、芦沢はカリモク家具とコミュニケーションを重ね、揺るぎない関係を築いてきた。愛知県にある本社のオフィススペースや、ショールーム機能をもつ東京・青山のKarimoku Commons Tokyoも、彼がインテリアを手がけている。こうした間柄が、今回の空間づくりに欠かせないベースになった。

収納スペースや一部の家電をキッチンの設えに取り込むことで、使いやすさにも十分に配慮している。

「20世紀半ばにフランスで活躍した職人的デザイナーのジャン・プルーヴェは、建築家の事務所は素材製造工場の中にあるべきだと言っていたそうです。僕とカリモク家具の関係はそれに近い。本当に理想的な状態だと思います」 

先進国の多くでリアルなものづくりの技術が失われつつある現在、建築家とメーカーが近い距離で刺激し合えるのは日本だけではないかと、彼は付け加える。

「仕事を通してものづくりの現場からインスパイアされることもたくさんあります。クオリティに対して、また木を扱うことに対して、こだわりきる姿勢がすごいんです。木目の合わせ方でさえ、ずっと木を見てきた人にしかできないレベルがある。本来、ものづくりとはそういうものなんです」 

リビングスペースとベッドルームの間には、コンパクトな執務スペースを配置した。

この住まいでは、あらゆるディテールまで彼らの思いが込められた。そして、手をかけられるところは、すべて手をかける。こうしてできあがる空間を、芦沢は「クラフテッド・スペース」と呼ぶ。それは、既製品の単純な組み合わせで構成されていく、どこか均質で画一的な住宅の対極にある。

「この住まいでは、僕はあまり特別なことはしていません。というのも、部屋を広く見せるため鏡を使ったり、家具を消し去るようなデザインをしてみたり、そんな奇抜なことは考えませんでした。しかし暮らしを第一にすべてを緻密に構築していくと、特別な空間になる。小さいことを積み重ねた結果です」

余裕あるドレッシングルームも、居住空間と同様に細部まで丁寧な空間づくりがなされた。
壁面にもふんだんに本物の木を用いたベッドルームは、自然の素材感がより深いリラクセーションへと住む人を誘ってくれる。
室内の温熱環境やカーペットの触感のように、目に見えないところまで建築家の配慮が行き届いている。

玄関からリビングルーム 、ダイニングスペース、そしてベッドルームや書斎スペース。芦沢が考えたプランニングはオーソドックスで、空間を適切に使い、日常を快適に過ごすための機能を十分に備えている。自然光が無理なく室内に届くようにしたのは、その根源的な心地よさを住む人にもたらすため。日中は最低限の照明で過ごせるように配慮した。

「できあがった空間は、ちょっと日本的なものになりました。デザインというよりは、プロポーションや余白がそう感じさせるのです。そこにノーム・アーキテクツの家具を入れているので、日本と北欧が 自然に調和しています」 

都市に暮らしているといつの間にか忘れそうになる、静けさ、落ち着き、温もり。そんな感覚を取り戻し、心ゆくまでゆったりと過ごせるように、この住まいはつくられた。建築家の確かな感性と緻密な手仕事によって生まれたクラフテッド・スペースは、住むことの本質的な豊かさにふさわしい。

profile

芦沢啓治

「芦沢啓治建築設計事務所」主宰。「正直なデザイン」をモットーに、建築、インテリア、家具などトータルにデザイン。国内外の建築やインテリアプロジェクト、家具メーカーの仕事を手掛けるほか、東日本大震災から生まれた「石巻工房」の代表も務める。

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