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かつては海を望む別荘地、歴史の色濃き高級住宅街「高輪」を巡る
街歩きの風景

かつては海を望む別荘地、歴史の色濃き高級住宅街「高輪」を巡る

かつての海が見える別荘地は、緑あふれる高級住宅街に——史跡や建築に導かれるように、高輪を巡る

その街に住んでいるように、街を歩く。すると、その街ごとに醸成されていった、独自の文化に気づく。「街歩きの風景」シリーズでは、魅力あるエリアを歩き、見つけた“街の風景”を紹介する。6回目は「高輪」。高台のこの地には、江戸期には大名や旗本の別荘が置かれた。その理由は、東海道の品川宿に近い江戸の入り口であり、西国の諸藩が下屋敷を構えたからだ。海を望む高輪の風景は、江戸時代の絵師・歌川広重の『東都名所高輪廿六夜待遊興之図』にも描かれている。明治になり、その広大な敷地の大名屋敷は、皇族や政財界の要人の邸宅地になる。それらの多くが、現在は大規模なホテルや大使館などになってしまったが、広大な敷地を有する邸宅は、まだこの地に残っている。今回は都心屈指の高級住宅地を、白金高輪駅から品川駅にかけて歩いた。

Text by Aki Maekawa
Photographs by Noriyuki Fukayama

白金高輪駅前で、食のトレンドの発信地・高輪の一面を知る

高輪という地名の歴史は諸説あるが、1524(大永4)年『軍記物語』に、江戸城を攻めた小田原北条軍が、守る上杉軍と激戦を展開。その記述部分に「高縄原」の名が登場する。ちなみに、高縄とは高台の真っすぐな道を意味しているという。

白金高輪の駅を降りると、外国人の姿が目立つ。大使館が多く、外国人向けの住宅が多いからだろう。高輪というと、『忠臣蔵』の泉岳寺をはじめとする史跡のイメージがあるが、食のトレンドをけん引するお店が多い。例えば、コンビニスイーツで爆発的な人気になったバスクチーズケーキ、エッグタルト、カレーパン……ブームを発信する“知る人ぞ知る”店には、行列ができていることもある。

2001(平成13)年にオープンした『メゾンカイザー 高輪本店』。
人気のカレーパン店『o-factory』は、行列ができるエッグタルト専門店『エッグセレント』系列店。タルトも販売している。

国道1号線を明治学院大学から高輪消防署へ

旧東海道の国道1号線を歩く。高層マンションが多く、一本裏道に入れば、閑静な住宅地であり、寺社も多い。清正公前(せいしょうこうまえ)という交差点がある。この名は安土桃山時代から江戸期にかけて活躍した武将・加藤清正(1562-1611年)にちなむという。この近くにある『覚林寺』が清正公ゆかりの寺だからだ。

さらに歩くと1863年創設の英学塾『ヘボン塾』を起源とする、明治学院大学の壮麗な校舎が見えてくる。

明治学院大学は6学部16学科、7研究科12専攻がある文系総合大学。創始者は、ジェームス・カーティス・ヘボン。彼は幕末・明治初期に日本で活躍したアメリカの医師・宣教師。ヘボン式ローマ字で知られる。

明治学院大学前交差点から、二本榎通りに入っていく。高輪の丘陵を南北に走る通りだ。名前の由来は旧東海道を旅する人の一里塚として、この地の寺に高さ10メートルの榎が2本あったこと。坂を歩いていくと、海抜25メートルの高台に、美しい近代建築『高輪消防署 二本榎出張所』が見えてくる。青い尖塔部分は火の見やぐらで、1971(昭和46)年まで使われていた。

1933(昭和8)年に完成。80年以上前に建てられた建築が、現役の公共施設という稀有な例。最近も大規模修理が入り、美しく蘇った。

この交差点を、品川に向かって右折しようと思ったが、高低差を感じたかったことと、大きな寺社『高野山東京別院』が見えてきたので山を越えるように歩き続けた。第一京浜まで続く坂「桂坂」だ。

桂坂の裏手には、大名屋敷を思わせる広い邸宅が多数ある。
高野山東京別院は1655(明暦元)年建立の高野山真言宗の寺院。地下には東京電力パワーグリッドの変電所があることでも知られている。
桂坂の中腹には、剣豪小説で知られる人気作家・柴田錬三郎(1917〈大正6〉年-1978〈昭和53〉年)の旧居があり、当時の屋敷街の趣を今に伝えている。

現在は閉鎖されてしまったが、この建物の隣に『東芝山口記念会館』があった。かつては旧三井財閥の朝吹常吉の邸宅だった。1925(大正14)年、アメリカ人建築家のウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により建てられた洋館だが、一般公開はされていない。

ここで引き返すつもりが、第一京浜(国道15号線)越しに、2020(令和2)年開業の高輪ゲートウェイ駅が見えてきたので、歩みを進めることにした。

気の赴くままに、高輪ゲートウェイ駅〜泉岳寺を巡る

近代的なデザインは、建築家・隈研吾氏が手掛ける。高輪ゲートウェイ駅は山手線と京浜東北線の駅だ。ちなみに新駅設置は、山手線では1971(昭和46)年の西日暮里駅以来となる。

この新しい駅は、第一京浜から南側が海だったことを伝える史跡『高輪海岸の石垣石』から撮影した。

ここでふと、神社の鈴の音が耳に入ってきた。音を頼りに予定していた品川方面とは反対に進む。すると高輪の総鎮守、『高輪神社』があった。

近隣の住民のみならず、ビジネスパーソンや学生からも信仰を集める。
1980(昭和55)年に造営された、高輪神社の社殿。
江戸情緒を伝える、神に供える灯火・御神灯。

高輪神社は室町時代中期に創建と伝わる稲荷神社で、境内には聖徳太子を祀る太子堂などがあり、現在も信仰を集めている。

ここまで来たら……と当初予定していなかった泉岳寺まで足を延ばすことにした。

泉岳寺は1612(慶長17)年に創立した寺院。『忠臣蔵』の赤穂四十七士が眠る寺として知られており、年に2回義士祭が開かれている。

泉岳寺界隈には、高輪学園や東海大学高輪キャンパスなど文教施設も多い。高台であることを伝える風景が多々あり、東京の高低差を歩くことで感じることができる。

二本榎通りから、泉岳寺方面を望む景色。奥のビルが立っているエリアはかつて海だった。

少し離れるが、このエリアでもうひとつ紹介したいのは、巨木好きに知られる『旧細川邸のシイ』だ。港区立高松中学校の敷地内に残るスダジイで、東京都指定天然記念物だ。

高輪の旧熊本藩細川家下屋敷に植えられていたもので、現在も当時のままの姿をとどめている。
高輪の旧熊本藩細川家下屋敷に植えられていたもので、現在も当時のままの姿をとどめている。

品川の喧騒も響かない、かつて海が見えた高輪の邸宅街へ

だいぶ寄り道が過ぎたが、改めて二本榎通りに戻って、次のエリアへ。高輪警察署前交差点から、御殿山方面に向かって歩いていく。ここからは大使館や財界人の邸宅が多い、都内屈指の高級住宅街だ。

塀の長さからも、大規模な邸宅であったことがうかがえる。

このエリアのランドマークといえば、プリンスホテルブランドの宿泊施設群だ。『グランドプリンスホテル高輪』『グランドプリンスホテル新高輪』『ザ・プリンス さくらタワー東京』『高輪 花香路』『品川プリンスホテル』が隣接する広大な敷地内にある。

青空に映える『グランドプリンスホテル新高輪』の建物。1982(昭和57)年開業、設計は建築家・村野藤吾(1891〈明治25〉年― 1984〈昭和59〉年)で、晩年の代表作ともいわれる傑作だ。

高輪エリアにあるプリンスホテルの歴史をひも解くと、最も古いのは、現在の『グランドプリンスホテル高輪』だ。

1953(昭和28)年に品川プリンスホテルとして開業、その後高輪プリンスホテルに改めたのち2007(平成19)年に現在の『グランドプリンスホテル高輪』に名称変更。その貴賓館は1911(明治44)年に建てられた旧宮家の洋館で、設計者はジョサイア・コンドルの弟子と言われる建築家・片山東熊(1854〈嘉永6〉年― 1917〈大正6〉年)だ。

現在、高輪にあるプリンスホテルグループの客室数を数えると5000室近くになる。交通の要所にある都市型リゾートとして、国内外から多くの人に利用されている。

さらに二本榎通りを歩いていくと、『カトリック高輪教会』が見える。太平洋戦争が終結し、焼け残ったある邸宅で、ミサが捧げられているのを知った近隣の信者が集まり始めたことで生まれた教会だ。1959(昭和34)年に木造の聖堂が造られたが、建物の老朽化に伴い改築。現在の建物は、1989(昭和64)年のものだ。

カトリック高輪教会。高輪エリアには、キリシタン迫害にまつわる史跡も多い。聖堂前庭には 『江戸の殉教者の顕彰碑』が建てられている。毎年江戸の殉教者の記念ミサも行われている。

カトリック高輪教会から御殿山に進んでいくと、邸宅街が始まる。『セルビア共和国大使館』『駐日アイスランド大使館』『ブルネイ大使館』など諸外国の大使館も多く、品川の喧騒を一切感じさせない閑静なエリアが続く。

大規模な邸宅が多いのもこのエリアの特徴だ。
邸宅街から品川方面を望む。海だったところに高層ビルが立っている。

高低差が多いのも、このエリアの特徴だ。高台には邸宅が、低地には個人住宅やオフィスビルなどが多い。

歩いていると、東京の地形の表情の豊かさを感じる。

このエリアの白眉は、高輪台の東にある『開東閣』だろう。元は伊藤博文邸だった地を三菱財閥創業家の岩崎家が入手、高輪別邸として利用していた。現在は三菱グループが所有している。1万1200坪の広大な敷地面積を有しており、一般公開はされていない。木々が周囲に茂っており、外部からは建物を見ることができない。威厳溢れる石垣塀に囲まれて、静かに時を刻んでいる。

伊藤博文旧邸宅は、鹿鳴館、ニコライ堂などを設計したジョサイア・コンドルによる設計。一般公開はされていない。

御殿山から第一京浜を品川方面に歩いていくと、『ペアシティルネッサンス』というマンションの前を通り過ぎる。ひときわセキュリティが厳重なことが伝わってくるこの建物は、各界の著名人にも選ばれるヴィンテージマンションのひとつだ。

1980(昭和55)年築、地上14階 地下3階建のペアシティルネッサンス。昭和を代表する大スター夫妻が住んでいたことでも知られており、連日報道されていた記憶が残る人も多いだろう。

そして、この街歩きのゴールである、品川駅高輪口へ。見上げれば、日本最大級の客室数3679室を誇る『品川プリンスホテル』がそびえる。

2003(平成15)年に東海道新幹線品川駅が開業してから鉄道の要所としての度合いが高まり、京浜急行で羽田空港まで好アクセスのため、これからもますます発展していくだろう。近代日本を凝縮したようなこのエリアで、かつての海の眺めを思いながら、歴史に思いをはせるのもいいかもしれない。

参考資料・文献

『ミカドの肖像-プリンスホテルの謎―』(猪瀬直樹著 小学館)

『東京の道事典』 (吉田 之彦、樋口 州男 、武井 弘一、渡辺晋編 東京堂出版) 

港区公式ホームページ
▶︎https://www.city.minato.tokyo.jp/

太田記念美術館ホームページ
▶︎http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

明治学院大学ホームページ
▶︎https://www.meijigakuin.ac.jp/

東京消防庁ホームページ
▶︎https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/

東芝山口記念館資料
▶︎http://asumo.in.coocan.jp/walking1/6-01a.pdf

東京都神社庁ホームページ
▶︎http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/

泉岳寺ホームページ
▶︎http://www.sengakuji.or.jp/

プリンスホテルズ&リゾーツホームページ
▶︎https://www.princehotels.co.jp/

カトリック高輪教会ホームページ
▶︎http://www.catakanawa.com/

三菱地所レジデンスグループ
▶︎https://www.resiclub.com/event/2019/190530

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