共感することで空間に愛着が生まれる。
建築をする者として、かっこよさやデザイン性の高さはもちろん、その裏にあるメッセージがとても大切だと思います。それは、お客さまのご要望やプロジェクトの内容だったりするんですが、そのメッセージに共感して気持ちを込めることで、住む方や使う方が一層その空間に愛着を持って使い続けることができる気がします。
以前、農家直送の野菜を提供するレストランの設計をした際、野菜に関するもので内装をしたいと考えて土を素材に選びました。そこで土を色々なところから持ってきて、レストラン関係者はもちろん、そうでない人々も協力して天井・壁・床に土を塗って作り上げました。すると不思議なもので、関わった人々がみな「自分のレストラン」と思うようになったのです。普通、行きつけのレストランがあっても自分のレストランだとは思いません。かっこいいデザインの設計を提供したなら、いいねとは思われても共感はしない。みんなで土を共有し、想いを寄せて共感することでその空間に親しみを持つようになったのです。
外側を作ることは、内側の空気を作ること。
リノベーションをする際は、朝・昼・夜できるだけ多く足を運んで物件の時の流れを見つめます。新築を設計するときは開口部が思い通りに作れますが、マンションは開口部が決まっていますし、リノベーションだと与えられた条件をベースに考えなくてはなりません。だからこそ内側の空間をうまく引き立たせて、本来持ち合わせている良さや価値を邪魔しないようにと、苦労しつつも楽しみながら作っています。
ムダを楽しむ、ゆとりを楽しむ。
ルクラス碑文谷は歴史あるお寺が近くにあることや、桜並木が見えたりとゆったりとした時間が流れるロケーションです。物件のスペースもかなり広々としており、そこにインナーバルコニーを作りました。普通だとムダに感じられる空間ですが、この空間だからこそ楽しめる時間があると思います。
常々「ほんの少しプラスして建築をする」ということを意識しているんですが、このほんの少しのプラス。一見ムダに見えるものに豊かさがあります。洗面所には座るスペースをプラスすることで、「お風呂に入り、一度出てここでお水を飲み、クールダウンしてまたお風呂に入る。」という、ゆっくりした時間の過ごし方を考えました。
また、アイランドキッチンを設置したんですが、そこにはシンクをあえてつけず、人を招いた際にみんなで盛りつけができるスペースになるように、というストーリーを想像して作っています。
周辺の環境と一体感を持つ住宅作り。
現在、有栖川公園の近くにある有栖川ホームズの設計にも携わっているのですが、公園の木々を借景として窓一面に美しいグリーンが広がります。
有栖川公園を歩いてみると、本を読んでいる人や散歩している人など、人々が思い思いの時間を過ごしていて、この公園が生活の一部に取り込まれているんだなと感じました。そこで、周囲の環境と住宅の両方がステージになるようにと、公園で自然を感じた後に家の中でも自然の香りを楽しめるよう杉材を使うなど、周辺環境を含めた建築というものを意識して仕上げています。
自分で価値を選び取るTOKYOの暮らし。
東京は狭い空間で住むことになりがちです。でも豊かに暮らすための選択肢はたくさんあると思います。何が好きなのか、景色・趣味・ロケーションのどれを大切にするのか。そういう意味では東京は暮らす側の価値を試されているのではないでしょうか。
また街では、多くの人がスマートフォンの画面を見ています。僕はあの世界の中も建築空間だと考えていて、現代人は実空間とバーチャル空間の二つの生活を送っていると思います。建築家としては、実空間だからこそ体感できる、生きているんだと感じられるものを作らなくてはいけないと考えます。建物を作ることで人が集まるし、好きだなとか安らぐなとか気持ちに影響をもたらして、心までコミットすることは実空間だからできることで、バーチャルではできないと思います。なので、天井・壁・床を使いながら、人の心をほっとさせる時が流れる空間を作っていきたいです。
profile
東京生まれ。東京都立大学院工学研究科建築学専攻卒業。建築設計スピードスタジオと株式会社オンデザインで勤務した後、2008年鹿内健建築事務所を設立。2012年より日本大学理工学部 非常勤講師、2014年より東京電機大学大学院 非常勤講師、2015年より首都大学東京 非常勤講師を務める。2013年度グッドデザイン賞(バスキッチンの家)など、受賞歴多数。
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