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柴田文江氏が偏愛する、若き日に出会った運命の腕時計
私が偏愛する名作

柴田文江氏が偏愛する、若き日に出会った運命の腕時計

柴田文江氏が偏愛する、Georg Jensenの腕時計「Vivianna」

文化人やクリエイターなど、著名人が愛用、愛蔵するモノを紹介する連載「私が偏愛する名作」。5回目にご登場いただくのは、家具や食器、家電製品など、私たちの暮らしにそっと寄り添うアイテムのデザインで知られるプロダクトデザイナー、柴田文江氏。数多くのロングセラー製品を手がけてきた氏が、長年愛用する名品として挙げてくれたのは、ヴィヴィアンナ・トールン・ビューロ=ヒューベのデザインによる、ジョージ ジェンセンの腕時計「Vivianna」。今回は20代の頃に手に入れた腕時計との出合いや、北欧デザインの魅力、これからの時代に求められるデザインなど、さまざまなお話を伺った。

Text by Shiyo Yamashita
Photographs by Hirotaka Hashimoto

学生時代に本を通じて出合った、運命の腕時計

無印良品の大ヒット商品「体にフィットするソファ」や、丸みを帯びたフォルムが体温計の新常識となったオムロン「けんおんくん」、カジュアルに使えるガラスのティーウェアとして人気を誇るKINTO「UNITEA」。これらはどれも、柴田文江氏が手がけてきた大ヒットシリーズだ。カプセルホテル「9h(ナインアワーズ)」のように、業界の既成概念を壊す新しいコンセプトづくりでも高い評価を受ける氏が「ヴィヴィアンナ」の存在を知ったのは、大学時代に手にした、デザインの歴史の書籍を通じてのことだった。

「写真を見て、“こういう時計を日常的に身に着ける感覚ってどういうものなんだろう?”と考えたことを覚えています。そこにはデザイナーの名前やブランド名も書いてあったとは思うけれど、写真の印象が強くて、あとのことはよく覚えていません。当時はジョージ ジェンセンのような店に足を運ぶようなこともありませんでしたから、学生時代に本物を見たことはありませんでした」

その後、大学を卒業し、東芝デザインセンターにプロダクトデザイナーとして入社してからも、この時計のことはずっと頭にあったという柴田氏。デザイン系の展覧会などで見かけるお洒落な歳上の女性たちが着けているのを見るたび「やっぱり素敵だな」と思っていたそうだ。

「そう思いながらも、当時の私の服装や髪形、ライフスタイルにこの腕時計は全く合わなかったし、20代の私には値段も高すぎました。ところがあるとき、たまたま見つけた似た構造の時計を試着してみたら、意外にも着けやすくて。それで、思いきって購入することにしました。27〜28歳ごろのことだったでしょうか。『Vivianna』は当時16万円くらいだったと思うのですが、私にとっては清水の舞台から飛び降りるような、それまでで一番高い買い物でした」

頑張って手に入れた「Vivianna」だったが、当時の自分にはやはりあまり合っていなかった、と話す柴田氏。それが最近になってようやく自分にマッチしてきたような気がする、と話す。

「いいデザインって普遍的なもの。おばあちゃんになったらもっと似合ってくる気がします。そう考えると、自分自身の好みも変わるのに、よくあのときこれを買っておいたな、偉いぞ、私!と思います」

実は、腕時計はあまりしないという柴田氏。この「Vivianna」も、月に1回くらいしか着けていないのだそう。それでも、買ったときから3回くらいは電池交換もし、大切に使ってきたという。

「腕時計はアンティークのロレックスなどを含めて、何本か持っています。ただ、どれもほとんどしない。今の時代、携帯電話があれば時間はわかりますしね。ブレスレットは大好きで、いろんなものを持っているし、毎日のように着けます。この時計もブレスレットのような感じで身に着けられるものですが、私としてはジュエリーというよりは、優れたデザインアイテムとして持っているという感じです」

時代を超越する、シンプルで研ぎ澄まされたデザイン

そう話す氏は、「Vivianna」のデザインの魅力は「シンプルで研ぎ澄まされていること」にあると話す。

「すごくエレガントで綺麗だけれど、ユニセックスで使えるのがいいですね。片方が空いているので、ストレスが全然ないのもいい。外側はモダンでシャープな印象だけれど、内側にはさりげなくアールがつけてあり、肌あたりも良くて。フェイスが綺麗に磨かれたミラーなので、すごくドレッシーな装いにも、Tシャツのような普通の服のときにも合ってしまうのも魅力です。ブランド物という感じではないのもいいし、素材もステンレスという工業的な素材なので、本当の意味でデザインの力だけで成り立っている製品だと思う。私も使いながら、常にデザイナーとして勉強させてもらっているような感じです。ユーザーとしてものを購入しても、どうしてもそれを見て考えたり、勉強したり、参考にしたりしてしまうのがデザイナーというものなんですよね」

デザイナーのヴィヴィアンナ・トールン・ビューロ=ヒューベはスウェーデン人で、ジョージ ジェンセンは120年近い歴史を持つデンマークのメーカー。柴田氏自身、1825年創業のデンマーク王室御用達のガラスメーカー、ホルムガードから2019年に「CADO Vase」というガラスベースを発表しているが、若い頃から北欧のデザインやものづくりからは影響を受けてきたのだろうか。

「私が学生の頃は北欧ブームでもなかったし、特に意識はしていませんでした。ただ、デザインのリサーチとしてはアメリカやイタリアのものを買ったとしても、自分のために何かを買うときに選ぶのは優しいデザインのものが多く、必然的に北欧のものに惹かれがちというのは昔からありました。だから、大人になって初めてコペンハーゲンに行ったときには感動しましたよ。そして、ホルムガードと仕事できることになったときには、やっと(ここまで来た)、と思いました」

初めての打ち合わせで驚いた、北欧流のおもてなし

「ホルムガードのオフィスを初めて訪れたのは雪の日でした。プレゼン用の資料などが並ぶ会議室の椅子に腰掛けると、驚いたことに、部屋に入ってきたスタッフの人が、いくつものキャンドルに火を点けてくださったんです。彼らにしてみれば、日本でお茶を出してくれるような感じなのだと思いますが、すごい、北欧に来たな、と感じました。会議用のテーブルにも綺麗なチューリップがたくさん生けてあったりして、ゆったりしていて豊かだな、と思いましたね」

さらに驚いたのは、開発のペースがゆっくりで丁寧であること、そしてデザインを熟成させる時間が長いことだったそう。

「日本でも、たとえばKINTOとのものづくりなどにはじっくり時間をかけていますが、過去には携帯電話を半年で作ったこともあります。もちろん、テクノロジーが日進月歩で進化する家電やロボットのようなものを作るのにはスピード感が必要ですし、私はそういうものも手がけていますが、一方で花器や照明器具のような、ものとして暮らしに豊かさとかインスピレーションをもたらすようなものを手がけることで、デザイナーとしてのバランスを取っています。北欧のメーカーはものを通じて得られる時間や体験の価値を形にするのが得意ですし、そういうものづくりができるのっていいですよね」

吹きガラスで成形した2つのピースを組み合わせて、また別々にと自由に使えるベース。ホルムガード「CADO Vase」

何を生けても様になる、アアルトの完璧すぎる花器

今回、柴田氏がもうひとつ偏愛アイテムとして選んでくれたのが、フィンランドを代表する建築家、アルヴァ・アアルトが1936年にデザインした「アルヴァ・アアルトコレクション ベース」(通称「アアルトベース」)。イッタラの工房で今なお手吹きで作られているこの超ロングセラーについては、「今さら私が語るほどのものではない超定番だけれど、とにかく誰が生けても、何を生けても様になる花器」と話す。

「もちろん、これがフィンランドの湖をイメージしていることなどの背景も素晴らしいのだけれど、なにより第一にものとして素晴らしい。形が綺麗なだけじゃなくて、花を生けることを考えて、すごく機能的にできています。せっかくたくさんお花をもらったのに、ちゃんと生ける気力がないときもある。そういうときに、とりあえずどさっと投げ込むだけでも形になるのが『アアルトベース』。ベランダにある葉っぱを切って挿しておくだけでもいい。すごいですよ。そのもの自体が“暮らしの中の花”みたいな花器ですしね」

さまざまなサイズや色が揃う「アルヴァ・アアルトコレクション ベース」だが、柴田さんは160mmのクリアを愛用。独特の曲線を描くアイコニックなフォルムのおかげで、茎の長い花も剣山なしでうまく生けられる。

「たぶん私、人生で20個以上買っていると思う。家にもあるし、事務所にもある。誰かが結婚したり、事務所を移転したりするたびに贈っています。結婚する若いカップルのお宅にはまだ花器が無かったりするので、あげても嫌がられないし、色も無色だからどんなインテリアにも合う。空でも様になる花器ってなかなか難しいけれど、これは何も入れていなくてもかっこいいので、お花を飾る習慣がない人にも喜ばれます」

取材の前日までは蘭を一輪飾っていたという柴田氏は、「本当に、和風の花も、ダリアや牡丹のような華やかな花も合う。私もたくさん花器をデザインしているけれど『アアルトベース』の境地には到底及ばないと思います。こんな素晴らしい花瓶があるのに、さらに新しいものをデザインするのは本当に難しいことなんです」と心情を吐露。

「ただ、少なくとも花がないときにも飾っておけるものを作りたいな、とは考えてデザインしています。KINTOから発表した『SACCO』は、ひとつだけ置いてもたくさん並べても楽しめるようにデザインしました。素材がガラスで自由に作れるので、花に負けないような有機的なフォルムに。サイズが小さいし、手頃な製品なので、日常的に草花を挿して使うような、さりげないものにしたいと考えました」

KINTOから発表した一輪挿しのシリーズ「SACCO」。コンパクトなサイズ感とアシンメトリーなフォルム、濃淡のあるカラーリングが魅力。右に置かれているのはキングジムのラベルプリンター「テプラ」PRO、通称「MARK」。

生きている素材、ガラスを扱う面白さ

前出の花器「CADO Vase」も同じくガラスが素材だが、こちらは「いろいろな花器を試してきた人に、もう少し違うものを提案したい」とデザインしたものだそう。

「お花を普通に入れるだけではなくて、その周りに何かを入れて組み合わせることもできるのが『CADO』の面白いところ。うちでは今バラバラにして使っていて、ドーナツ型のほうには水草を入れたりしています。『CADO』という名前はホルムガードのフランス人担当者が提案してくれたもの。日本語の“華道”とフランス語で贈り物という意味をもつ“Cadeau”からきています」

ヨーロッパではガラスを素材とした仕事が続いているという柴田氏。チェコのブロッキスという新進の照明ブランドでは、吹きガラスの照明器具を手がけている。

「ヨーロッパのガラスというとどうしてもヴェネツィアなどが思い浮かびますが、ボヘミアガラスはもう少しどっしりしていて、有機的で土着的な感じが自分の好みに合うなと思ったんです。それで、実際にチェコに行ってみたらすごく良くて。

私はプロダクトを作るときに、今にも動くかのように、生きているかのように作りたいと思っています。たとえプラスティックのような素材で作る場合であっても、瑞々しく見えるようにデザインしたい。その点で、ガラスという素材は、それ自体が生きているような感じがするのが魅力。ガラスの場合は図面を描いても完璧にその精度にならないので、プロダクトとクラフトがミックスしたようなものができるのが面白いですね」

チェコの新進の照明メーカー、ブロッキスから発表されているペンダントランプ「AWA」。微妙なガラスの厚みの違いによって光がなんとも言えない表情を見せるのが魅力。/TISTOU

環境負荷を減らしつつ、適材適所の素材選びを

プロダクトデザイナーとして柴田氏が一番多く扱う素材はプラスティック。環境負荷の観点から悪者にされがちな素材ではあるが、最近では、使用後のプラスティックを回収・再資源化して製品の一部に使用する「マテリアルリサイクル」だけではなく、廃プラスティック製品を化学反応により組成変換した後に資源化する「ケミカルリサイクル」の技術も進化中だ。柴田氏も住友化学と組んで新素材を開発するなど、これからの時代のプラスティックとプロダクトの在り方について考え続けている。

「プラスティックもモノマテリアルにしておけば完全に再利用できるうえ、使い方によってはまだまだ素材としての可能性を追求していけるもの。たとえば自動車のパーツのオールプラスティック化などには大きな意味があります。私もプラスティックを紙に置き換えたフタ(「スタッキングペーパーリッド」)の開発などもやってきましたが、やっぱりプラスティックじゃないとうまくいかないものもありますし、すべての素材に平等に取り組んでいきたいですね。本当はものを作らないのが一番かもしれないけれど、作るという職業にいるからには、できる限りの知恵を絞りたいなと思います」

そんな柴田氏は、現代の暮らしのなかにおける豊かさをどう定義づけるのだろうか。ものを持たないことが豊かとも言えるこの時代に、ものを持つこと、選ぶこと、そして作ることは、どれだけ人々の暮らしや気分を豊かにできるのだろう。

暮らしの質を豊かにするデザインの力

「豊かさのベクトルはすごく多様化しています。たとえば素材ひとつをとっても、昔は革がよくてビニールはダメと言われていたけれど、今はそれをデザインの力で超えられるようになりました。これからは誰かが決めた順位、鯛は高くて鰯は安いみたいなことじゃなく――まあそれには希少かどうかも関係しているのだけれど――、そういうのを全部フラットにして、自分の価値で選ぶことができるようになればいいのにと思います。高級じゃなくてもいいし、長い歴史がなくてもいい。自分の暮らし方や、大事にしていることに照らし合わせてものを選んでいくことができれば、それは自分自身にとっての豊かな暮らしに繋がるんじゃないでしょうか。

とはいえ、私自身も若い頃にはいろんなものに揺さぶられて、何がいいかわからない時代もありました。この腕時計を買ったときだって、こんなに長く好きでいられるなんて思ってもみなかったですし。でも、ものって自分の人生を作っていく面があるから、作り手にはそういう意味での責任もあると思う。私だって、あのときもっとバブルな感じの時計を買っていたら、全然違う人になっていたかもしれないですしね。

大学の図書館で見て一番好きな椅子だからという理由で、マルセル・ブロイヤーの「ワシリーチェア」を買ったこともあります。この椅子も腕時計と同じで、今の私にはしっくりきているけれど、その頃の暮らしのサイズには全く合わなかった。それでも、この椅子に合わせてテーブルを買ったりしていくうちに、だんだん自分のものになっていったんですよね。名作と呼ばれるものの持つ強さってすごいな、と思います」

使いやすさを追求しつつ、環境にも配慮してプラスティック使用量を約8%削減。2020年度グッドデザイン賞も受賞した「ユースキン」のパッケージ

「私たちは名作が出揃った時代に生きているデザイナー」という柴田氏は、「日常の中で必要なもののデザインがちょっと良くなることも豊かさ」と話す。

「私は数百円のカミソリ(資生堂「プリペア」)やハンドクリーム(ユースキン製薬「ユースキン」シリーズ)のパッケージもデザインしていますが、そういうものだって名作家具と同じように、自分の暮らしを作っていくもの。両方とも長い歴史を持つ大ヒット商品なのですが、そういうもののデザインをリニューアルする仕事はテンションが上がります。どちらも私自身愛用している本当に良い製品なので、ちょっと形を良くすることで、製品自体の魅力を改めて見直してもらえるのが嬉しい。暮らしの質って、そういう細かいところで上がっていくと思うんです」

profile

柴田 文江

武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業後、東芝デザインセンター勤務を経て、1994年にDesign Studio Sを設立。 エレクトロニクス商品から日用雑貨、医療機器、ホテルのトータルディレクションなど、幅広い領域で活動を展開する。iF金賞、red dot design award、毎日デザイン賞、Gマーク金賞、アジアデザイン賞大賞・文化特別賞・金賞など受賞多数。武蔵野美術大学教授、2018-2019年度グッドデザイン賞審査委員長を務める。著書に『あるカタチの内側にある、もうひとつのカタチ』(アートデザインパブリッシング)。
▶︎http://www.design-ss.com/

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