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“美の追求”を命題に進化し、グローバルに躍進する西陣織「細尾」
100年の理(ことわり)

“美の追求”を命題に進化し、グローバルに躍進する西陣織「細尾」

美の追求を命題に伝統を進化させ、新たなグローバル時代を切り開く西陣 細尾。その強さの秘密に迫る【前編】

企業に見る伝統継承とイノベーションの物語を紹介する「100年の理(ことわり)」。今回取り上げるのは、京都に拠点を置く西陣織の老舗「細尾」。今やジャパニーズ・ゴージャスの極みとして世界中から注目を集める西陣織。中でも細尾の西陣織は、ディオールやシャネル、ルイ・ヴィトンなど世界のハイブランドからのオファーが絶えず、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いだ。伝統産業が苦戦を強いられる現代において、一体なぜ細尾はここまでの躍進を遂げることができたのだろうか? 前編では西陣織のルーツを紐解きながら、その根底にある強さやイノベーションのDNAに迫る。

Text by Kaori Kawake(lefthands)
Edit by Shigekazu Ohno(lefthands)
Photographs by Takao Ohta

伝統を守るため、革新を続けてきた西陣織

今から約1200年前、京都 西陣において先染め織物として発祥した西陣織。皇族や将軍家など、ある意味お金に糸目をつけない高貴な客の依頼に応じ、ひたすら「美」を追求し続けてきた歴史を持つ。

そして、西陣織の老舗「細尾」もまた、そのような流れの中で元禄元年(1688年)に京都 西陣の地で創業以降、上流階級や富裕な町人層から厚い支持を受け、ひたすらに美を追求したテーラーメイドの織物を作り続けてきた。

その後、時代の流れとともに、人の手と時間をかけて作り出される高価な西陣織の需要は低下していくが、約150年前、西陣織は命運をかけたイノベーションに挑む。それがジャカード織機の導入だ。当時、フランスのリヨンで発明されたジャカードの技術を日本に持ち帰り、西陣織の生産に応用したのである。こうした技術革新により、西陣織は生産性を向上。これまで縁遠かった人々にも広く知れ渡ることとなり、新たな時代が幕を開けた。

「伝統の強みは、たとえ新しいものを取り込んだとしても、それを伝統の一部にしてしまうところだと思います。伝統が伝統として存在していくためには、常にイノベーションを起こし続けなければなりません。革新とは、すなわち伝統を守る行為だと言えるのではないでしょうか」と話すのは細尾の代表取締役社長を務める12代目当主の細尾真孝さん。

細尾の12代目当主、細尾真孝さん

大切に守り伝えた伝統技術に最先端のテクノロジーを掛け合わせ、時代に寄り添わせながら柔軟に進化を遂げていく――これこそが、1000年以上にもわたり継承され続けてきた西陣織の特徴と言えるだろう。

美と協業が織り成す革新

加えて、西陣にはもうひとつ面白い特徴があるという。それは、究極の「美」を体現するための協業だ。

「京都御所西側5km圏内を指す西陣では、かねてより分業の体制が取られてきました。西陣を織り上げるための20以上にも及ぶ工程には、染め物職人、箔の職人など、それぞれの工程ごとに1人のマスタークラフトマンが付き、合計20人もの技術を合わせて作られてきた歴史があります。しかも、それは1社で内製化しているわけではなく、西陣という織物のエコシステムの中で行われてきたのです」

一見、効率化を進めるためとも思える分業体制だが、その目的は究極の「美」を体現するためにほかならない。自分たちのギルド(職業別組合)で仕事を請け負い、それぞれが互いにリスペクトし合いながら独立した立場を保ち、対等に渡り合っていく。こうした体制こそが、時代に合わせてプロダクトを進化させるための強固なベースとなっていたのだ。

「西陣織の技術というのは、一代で築き上げられるものではありません。時代ごとのイノベーターがそれぞれに技術や素材を進化させてきた結果としてあるのが今の西陣織です。どうしたらバトンを繋ぐことができるのかを常に考え、挑戦し続けてきたのです」

新たな挑戦の積み重ねこそが、伝統を守るという考え方。そしてその根底には、決してぶれることのない「美」の追求という軸があった。

日本の西陣から、世界のNISHIJINへ

西陣のクリエイティブかつアヴァンギャルドたるDNAは、細尾の社風にも色濃く表れている。

創業以来、織屋としてその技術を高めてきた細尾は、約100年前、曽祖父の代より問屋業もスタートさせ、いわば着物のプロデューサーとなり、全国の染織作家の生地を着物専門店や百貨店に卸していた。これが今の細尾の母体にもなっているのだが、さらに真孝さんの父は、西陣の新たな可能性を求めて2006年から海外展開をスタートさせたのである。

「西陣の着物のマーケットは、ここ30年ほどで10分の1にまで縮小していました。急に需要がゼロになることはないにせよ、挑戦できるうちに次の一手を打っておかなければならないという危機感があったのだと思います」

しかし当時、日本の伝統工芸品の世界進出が成し遂げられた例はないという状況の中、西陣も例外ではなく、社内ではもう手を引いたほうがいいのではないかというムードも立ち込めていた。

そうしたなか、先代の背中を押したのが、入社間もない真孝さんだった。

「西陣織の海外展開は、僕の目にはものすごくクリエイティブに映っていて、誰も成し遂げていないというところに魅力と可能性を感じていました。今まで長きにわたり受け継いできた西陣にイノベーションを起こし、新たな一面を見いだすことは、今後大きな力になると思ったのです」

そうして、真孝さんとベテランの職人3人は、海外進出に向けたイノベーションの本格スタートを切ったのだった。

「当時は、まだ織れる反物の幅が旧来どおりの32cmと限られていましたので、そのスケールの中で製作可能なクッションなどを展開していました。しかし多少のオーダーが入っても、せいぜい1口数十万円ほど。事業としてはまだまだ成立していませんでした」

ところが、2008年にパリでの展覧会に1本の帯を出品したことがきっかけとなり、細尾は大きなターニングポイントを迎える。世界的建築家ピーター・マリノに見いだされたのだ。舞い込んできた彼からのオファーは、西陣の伝統技術を使ってディオールの店舗内装に使うテキスタイルを作りたいという意外なものだった。それも和柄ではなく、コンテンポラリーなデザインで。

「それまで、日本の伝統品を打ち出すのであれば、和柄でないと戦えないと思っていました。しかし、ピーター・マリノからの依頼で和柄に縛られない先に、自分たちが築き上げた、本来の技の価値が出てくるのだと気付かされたのです」

最高のテキスタイルを作れば、インテリアやファッションの分野にもマーケットが開けるという大きな気付きを得た細尾は、これを転機に大きな決断を下し、かつてないイノベーションへと歩を進めていくこととなる――。

後編では、西陣の魅力と可能性を世界に問うたチャレンジとヴィジョン、そして今後の展望について詳しく話を聞いていく。

企業情報

株式会社 細尾
▶https://www.hosoo.co.jp/

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