私たちが、立ち向かう先にあるもの
──NEXT CIRCULATION
これからの時代を考えるにあたり、我々が生きる地球がいま直面している環境問題は、もはや避けて通ることができない課題となっている。深刻な森林破壊や地球温暖化、土壌汚染、海洋プラスチックごみなど、世界各地で自然が危険にさらされている。産業の発展や都市の進化を優先した人間が与えたダメージを、自分たちの力で取り戻すことができるのだろうか。
こうした時代背景のもとに、表参道のワールド北青山ビルの1階ホワイエの大空間を用い、デザイナー・板坂 諭の空間構成による企画展「NEXT CIRCULATION」を開催。9組の国内外のデザイナーが、環境改善のために可能性を持つ多角的なビジョンの提示を行った。
狩野佑真(https://yumakano.com)は、森林に関するリサーチを通じて、製材された木ではなく自然に育つ木々本来の多様な価値を追求。作品「ForestBank」では、家具や建材としては使うことができない小径木はもとより、枝葉、樹皮、実、さらにその木が生えている森の土を素材に用い、人体や環境にやさしいVOC&有機溶剤フリーの水性アクリル樹脂と混ぜ合わせることで成形。多様な表情を持つプロダクトを紹介した。
また、カリーヌ&アーロン・ニコレのフランス人デュオによるユニット、カールン・スタジオ(http://www.kaarondesign.com)は、2000万年前の火山活動によって生成された表情豊かな伊達冠石(だてかんむりいし)の採掘&加工を行う宮城県の大蔵山スタジオ(https://okurayamastudio.com)とコラボレーション。大蔵山の石切場にかつて存在した森に思いをはせ、古来の組み木の技法を石に応用しながら、人間と自然の関係を示唆する作品「TREE STONE」を発表していた。
震災からの復興、そしてその後
──2 days at Ishinomaki Laboratory
2011年3月11日に発生した東日本大震災から、はや11年が経った。当時、被災地一帯では、復旧のために多くの建築家やデザイナーが発生直後から現地に赴き、尽力を重ねた。震災復興プロジェクトのひとつである石巻工房(https://ishinomaki-lab.org)は、被災地の限られた資源と技術で可能な“地域のものづくりの場”としてスタート。いまだに活動を持続している貴重な存在だ。
活動の原点に立ち返りながら、さらにプロジェクトの可能性を追求すべく、芦沢啓治、イトウケンジ、熊野 亘、寺田尚樹、トラフ建築設計事務所、ノーム・アーキテクツ、藤城成貴という気鋭の建築家&デザイナーが石巻工房を再訪。2日間にわたり、工房の職人たちと寝食を共にしながら、開発に取り組んだ。
濃密な時間となった石巻工房での2日間の滞在をそのまま展覧会タイトルに冠した「2 days at Ishinomaki Laboratory」は、料亭として使われていた築約60年の建物を改装したスペース、赤坂のKAISUを舞台に、DESIGNART TOKYO 2022期間中に開催。ワークショップで生まれた11のプロトタイプとともに、クリエイターと職人たちの交流の様子を捉えた温もりあふれる写真も展示されていた。
鏡の奥に見る、物質性と意識
──井村一登「Æ/æ」
南青山に新たに誕生したギャラリー、MA5 GALLERYのこけら落としは、鏡をテーマに制作を続けるアーティスト、井村一登の作品で飾られた。
太古より人類と深い関わりを持ってきた鏡。長い歴史のなかで、さまざまな素材、技法が展開しており、その構造も実に多岐にわたる。井村は鏡の製造にまつわるありとあらゆる手法にトライしたが、アルミ蒸着の過程で生まれる一種のエラーに注目。ガラスとアルミのあいだに見られる玉虫色のようなノイズを、独自の発想から新たに展開していった。
会場に並べられたさまざまな形状の作品は、決してクリアな鏡像を映すような、“道具としての鏡”ではない。異素材を複合させながら鏡をつくるなかで生まれる、歪みながら乱反射する光の粒や次々に浮かび上がる多彩な色。それらと対峙したときに脳裏に現れるいくつものイメージが、未知なる感覚をくすぐり、さらなる深みへと意識を誘う。
質量のない、ゼロの世界
──古舘壮真「MASS」
3DCGや3DCADといったデジタルソフトウェアを使い、立体的なデータを形成していく「3Dモデリング」。見た目は空間的な奥行きを持つリアルな立体物のようだが、実際には厚みがまったくない面で構成された、質量が0(ゼロ)のオブジェクトである。
立体物のように認識できるのは、実際の立体物と画像を置き換える人の経験則があるからこそ。少しでもデータにバグが生じて、画像が乱れたり、逆に一部が欠損したりすると、たちまちそのイメージが崩壊し、それが何であるのかをオブジェクトの要素から改めて考え始める。
東京を拠点に活動する古舘壮真(https://www.sohmafurutatedesign.com)は、こうした現象を独自の手法で三次元空間へと持ち出すことで、経験のなかに存在しないものを、どのように見て、解釈するかを問う作品「MASS」を発表した。
複雑に組み合った立体パズルのように見えるオブジェは、すべて薄い鉄板を巧みに加工し、サンドブラスト状のマットな塗装で仕上げたもの。古舘は、インテリアオブジェとしての発想を持っているようだが、エッシャーのだまし絵に登場する表裏の別を混同するような構造、造形を取り巻くフラットな光と影が、用途や機能を超えて、存在そのものが何であるのかを多様に問い続ける。
幻想的なガラディナーを、東京の街に再現
──DISSECT
2022年6月に開催された世界最大級のデザインの祭典、ミラノサローネ国際家具見本市では、60周年を記念した特別な前夜祭が開催された。レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作「最後の晩餐」の壁画が描かれていることでも知られるサンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会の屋上では、200名のゲストを招いたガラディナーが催されたが、その幻想的な空間を彩ったのが、プラントアーティストの川本 諭。そして、デザイナーの田村奈穂が手がけたアンビエンテック(https://ambientec.co.jp)の照明「TURN+」だった。
この2人のスペシャルなコラボレーションと空間体験を東京で再現すべく、アンビエンテックが中心となり「DISSECT」展を開催。蔦が絡まる印象的な会場、LIGHT BOX STUDIO AOYAMAの1、2階には、TURN+をはじめとしたアンビエンテックの照明を巧みに絡めながら、川本が緑のインスタレーションを展開。さらにルーフトップには、ミラノのガラディナーの記憶を絡めながら、祭宴のあとの時間の経過を表現した空間が広がっていた。
木々が醸し出す生命の輝きと躍動。そして、葉陰からこぼれ落ちるかすかな灯りの美しさ。わずか3日間だけという短い展示期間ではあったが、心安らぐ充実の時を堪能することができた。
品格漂う、待望の新作が勢揃い
──ARIAKE
家具の産地として歴史を刻んできた佐賀県の諸富町。この町から生まれた家具ブランド「ARIAKE」が、南青山の外苑西通りにあるショールームのHIRATA CHAIR TOKYO(https://www.hiratachair.co.jp/)で2022年の新作発表を行った。
昨年から引き続きデザインを担当している芦沢啓治とガブリエル・タンに続き、インガ・センペ、ノーム・アーキテクツ、ネリ&フー、ゾエ・モワット、ノートデザインスタジオという錚々たるメンバーが参加した今年のコレクション。ディテールの微細さや静謐な佇まいが、日常をワンランク引き上げてくれるプロダクトが勢揃いした。
会場では、レ・クリント(照明)、バング&オルフセン(音響)、ベレアラボ(フレグランス)といった異業種とのコラボレーションも実現しながら、品格に満ちたリアリティのある空間を演出していた。
ぼんやりとした意識とビジョンの境界線
──Claesson Koivisto Rune「AIMAI」
10月22日に開催されたPechaKucha Night×DESIGNART Tokyo Specialにプレゼンターとして参加した、ストックホルムを拠点に活動するモーテン・クラーソン、イーロ・コイヴィスト、オーラ・ルーネの3名からなるデザインユニット、Claesson Koivisto Rune(https://www.claessonkoivistorune.se)。30年にわたるキャリア当初から日本と関わりを持ち、一昨年には東京・兜町のホテル、K5のデザインを手がけたことでも話題を呼んだ彼らが、最新作「AIMAI」を発表した。
不明瞭やあやふやなことを意味する言葉「曖昧(あいまい)」が、時に境界を超え、未知なる可能性をも追求する感覚であると認識。西洋には存在しない、日本独自の感覚に強い共感を覚えながら、一連の作品群「AIMAI」として、クリエイションの過程で起きる試行錯誤の様子をビジュアライズしていった。
会場には、これまでに彼らが日本の職人やメーカーと関わりながら製作した代表作7つのプロダクトを陳列。色のコントラストとぼんやりとしたアウトラインが印象的な平面作品は、プロダクトのフォルムと呼応しながら、それぞれのディテールや特徴を際立たせ、見る者をより感覚世界へと引き込んでいく。
さらに展示エリアを拡張し、東京の街中をデザイン&アートで包み込んでいったDESIGNART TOKYO 2022。コロナ禍の緊張から解放され、街に繰り出す人々も増加。入国制限の緩和により海外からの渡航者の姿も各会場で見られたのは嬉しい光景だった。また期間中は、通常はデザイン&アートとはあまり関係のないショップや公共の場での展示も多かったため、偶然通りかかった家族連れなどが、興味深く見入っている姿も印象的だった。
見通しがはっきりとしない暗鬱な話題ばかりが耳に入ってくる状況のなかで、DESIGNART TOKYO 2022を通じて既存の価値観に縛られない自由な思想や活動に触れたことで、次に訪れる時代にかすかな可能性を見出せたような気がする。
取材協力
DESIGNART TOKYO Committee
▶︎https://designart.jp/designarttokyo2022/