鈴木:今回は、『Sumally (サマリー)』のFounder&CEOの山本憲資さんをゲストにお迎えして、思い出の品から今イチオシの作家まで、三人それぞれの逸品を持ち寄り、思いなんかを話すわけですが、アート好きの山本さんと僕たちはかなり長い付き合い。なので、ここでもいつも通りケンスケって呼ばせていただきます(笑)
遠山:芳雄さんとはどれくらいの付き合い?
山本:大学3、4年生ぐらいからなので、もう20年近いですね。遠山さんとももう15年以上のお付き合いですよ。
遠山:あ、そうか。もうそんなになるのか。お互い歳を取るのも納得(笑)
山本憲資の逸品① トム・サックスのサイン入りのエルメスのレザーフールトゥ
鈴木:ではケンスケ、今回は何を持ってきてくれたんですか?
山本:今回僕は3点持ってきました。まずはトム・サックスにサインをしてもらったエルメスのフールトゥ。これはもともと、中古で買ったレザーのフールトゥに、大好きなアーティスト・トム・サックスのワッペンを、自分でつけたところからはじまります。トムがよくエルメスのバッグをモチーフに作品をつくっているので、シャレで自分でもちょっとアレンジしてみようかと思って、2012年の展覧会『SPACE PROGRAM: MARS』のときに製作されたワッペン「Space Program Patch」を縫いつけたんです。
鈴木:確かにトムはこれまでに、ケリーバッグをモチーフに作品をつくったり、エルメスの包装紙を使ってマクドナルドのバリューセット再現した《Hermes Value Meal》をつくったりしています。「手作り(ハンドメイド)の既製品(レディメイド)」というユニークなやり方で。
山本:それで2016年の秋、草月会館のイサムノグチが手掛けた石庭「天国」でトムの展覧会が開かれたときに、このバッグを持っていったらすごく喜んでくれたんです。
山本:サインをもらおうと、修正ペンも持参して。そうしたらいろいろと書いてくれて、“これでお前はもうこのカバンを飛行機に持ち込むことはできないな”って。
遠山:なんで?
山本:トムが書いたのを、よく見てみてください(笑)。「GUN」「DRUGS」って。
遠山:物騒!(笑)
山本:それに「MADE iN JAPAN」というのも、日本製じゃないのに日本で描いたからっていう意味もあってなのか。シャレが効いてますよね。
遠山:しかも「KENSUKE’s BAG」ともあるし。
鈴木:鈴木:大好きなアーティストに敬意を表して自分でバッグに手を加えて、それを本人に見せて、さらにはケンスケのためだけの作品にしてくれたっていうのは、まさにお宝。
山本:あとこれも僕のシャレなんですが、エルメスのクロシェットにトムのマルチプル(編集註:量産作品)の鍵をつけてるんです。
遠山:これはどうなってるの?
山本:アメリカの硬貨にプラスドライバーを溶接し、ペンダントトップになっています。
鈴木:トムのことを僕は「偉大なる工作少年」って言ってるんだけど、トムといえばプライウッド(合板)とビス(木ネジ)、そしてビスを留めるプラスドライバー。この鍵もトムらしい作品だなっていつも思う。
山本憲資の逸品② 奈良美智のサイン入りの展覧会フライヤー
山本:次が、この展覧会のフライヤー。
鈴木:これは奈良さんの絵とサインが入ってる?
山本:そうです。僕がたしか大学3年生だった2003年に、ラフォーレミュージアム原宿で開かれた『希望/Hope―未来は僕等の手の中』のレセプションの際に、奈良さんにサインを書いてもらいました。
遠山:これは女の子がタンバリンを一心不乱に叩いているのか、振っているのか。
鈴木:実際に奈良さんの作品に赤いタンバリンを叩いている女の子の絵もあるよね。
山本:その作品はBLANKEY JET CITYの『赤いタンバリン』っていう曲がモチーフになっているんです。BLANKEY JET CITYは2000年に解散してしまいましたが、奈良さんもBLANKEY JET CITYのファンだったのかもで、2019年にはボーカル、ギターをつとめていた浅井健一さんと絵本を出したりもしています。で、僕もBLANKEY JET CITYが大好きで、奈良さんに会ったときにそれを伝えたら、サラサラサラッと描いてくれた逸品。
遠山:ただのサインじゃなくて、絵も入っているっていうのがさらに特別感があるよね。
山本:そうなんですよ! 宝物としてずっと飾っています。
遠山:しかもおあつらえ向きというのかな、いかにもここに描いてくださいって感じで白抜きになってるもんね。みんなが自分の未来に向けてどんな言葉を入れるのか、を意図してつくったんだと思うけど、うまい具合にここに奈良さんの絵とサインが入った。これもケンスケのためだけに描かれたお宝だね。
山本憲資の逸品③ 西健一郎のサイン入りの父・西音松のレシピ本
山本:3点目は、すごくレアな書籍です。伝説の京料理人である西音松さんの『味で勝負や 美味い昔の京料理』(1983年、鎌倉書房)。これはレジェンダリーなレシピ本なのですが、そこにその息子さんでこちらも今や伝説になりつつある新橋「京味」の店主・西健一郎さんにサインをいただいたんです。
山本:この本自体がすごくレアで、古本屋さんやAmazonでもかなりの高値がついています。お店にうかがったときにこの本にサインをお願いしたらすごく喜んでくださって「食する幸せ、料理する幸せ」と言葉も添えてくださいました。しかし残念ながら、健一郎さんも2019年にご逝去されてしまいました。
鈴木:僕も一度だけ行ったなあ。
遠山:私も何度か行ったけど、新橋だけじゃなくて天王洲にもあったんだよね。まだ私が三菱商事のサラリーマンだったころ。上司が常連で連れていってもらったけど、美味しかった。懐かしいなあ。
遠山正道の逸品 薄久保香《HOTEL EDEN》
遠山:私が今回持ってきたのは、今イチオシの逸品。現在、東京藝術大学美術学部油画准教授もつとめるアーティスト・薄久保香さんの《HOTEL EDEN》。
山本:とても素敵な絵ですね!
遠山:一目惚れのような感じで買った作品。アートって、個人個人でいろんな楽しみ方がありますよね。作品に対して好き、綺麗、苦手、怖いとか、目からの情報によっていろんな感情が生まれる。好みもそれぞれだし、美醜の判断もそれぞれ。でも作品と目が合ったその瞬間、一目見ただけで大きく心を揺さぶられるというのかな、余計な説明とかなく、直感的に好き! 欲しい! という作品と出会うのはなかなか難しいと思うんです。私もたくさんの作品を見てきましたし、コレクションもしていますが、この作品はその難しい出会いをして購入した作品です。
遠山:この作品は、去年の9月に「REAL by ArtSticker」企画第7弾として開催した『薄久保香・山ノ内陽介・五十嵐大地 「第6の予言 “The 6th prophecy -The first sentence-“」』で購入したもの。薄久保さんの作品はこれまでもずっと見てきたんだけど、彼女の作品は描くのにものすごく時間がかかるんです。去年の4月から5月にかけて恵比寿のギャラリーで行われた展覧会は、2回ぐらい開始時期が後ろにずれたぐらい。それだけものすごく丁寧につくっていく作家さんです。
山本:これはインコが自分の姿を鏡で見ている風景を描いた作品ですか?
遠山:この作品は、鏡で自分の姿を一生懸命見ていたインコが、鏡越しに薄久保さんと目が合った、という素敵な瞬間を出発点にして、そこに実際の風景とは異なる彼女なりのイメージがつけ加えられています。薄久保さん曰く、単に彼女が見たままの景色や、想像や記憶の景色ではなく、それらと彼女の意識や考え方をシンクロさせることによって作品が生まれるそうです。リアリティと空想が同居しているというのかな。眼の前に広がる「現在」は、存在するけど必ずしも私たちはそれが見えているのか、実はその姿は未知であり、そこで起きていることは真実なのかどうかもわからない。眼の前の「現在」を私たちはどれだけ捉えられているのか、そういうことに疑問を投げかけ、観る側にも想像力を喚起させるというのが、彼女の作品です。
鈴木:彼女の作品はある種の超写実絵画ですよね。でも今流行りの、細密に、写真のように描くというのではない、何かファンタジーの要素が入っているような印象も受けます。
遠山:私もそういう世界観があるなって思っています。見ていると空想をしたくなるというのかな、自分で物語をつくりたくなってしまう。
山本:どういうふうに構図を決めているんでしょうか。どこに彼女の意識や考え方が入っているんだろう。
遠山:彼女のモチーフは、絶対に現実に存在する自分に関係する人物や動物なんだそうです。ただ、意図的に構図を決めるということはあまりなく、たまたま目にした自分の周りの環境の中から構図を決める。それを撮影して、そこから光の当たり具合や、印画紙にプリントされた像を凝視したときに見えてくる粒子の質感そのものをわざと絵の中に落とし込むんだそうです。そして自分で構築した構図を、超高度なテクニックを用いて、イメージ通りに仕上げていくわけです。
鈴木:実際に見ないとわからない筆の走りやテクスチャ、これも絵を見るおもしろさの一つですよね。画面越しではわからない絵の大切な要素。それを美術館やギャラリーで見るのもいいけど、自分の手元に置いて眺めるというのも、コレクションする醍醐味の一つかもしれません。
遠山:それに作家の生の声を聞けるのも、購入するからこそつながりができるから、というのもありますよね。私も展覧会のときに薄久保さんと対談させてもらい、ただ一ファンとして見ていたときにはまったくわからなかった制作のお話や、彼女の作品に対する考え方を教えてもらいました。ぜひそちらもあわせて読んでもらえると嬉しいですね。(参考:REAL by ArtSticker特別インタビュー企画 「Artists’ Talk Series Vol.6」<前編>
鈴木芳雄の逸品① 多田圭佑《Painting of incomplete remains #9》
鈴木:じゃあ最後に僕の逸品を。まずは多田圭佑の油彩作品。MAHO KUBOTA GALLERYで購入しました。多田さんは油絵具やアクリル絵具を、絵を描くただのマテリアルとしてではなく、物質として使用する作家。キャンバスも木枠に絵具を流し込んで型取りしたものを使ったり、ここ最近の作品では、木の板や木のドア、鎖に至るまで油絵具でつくっています。絵具そのものの存在意義を究極にまで高めようとしている感じがして、すごく新鮮だなと思っています。
山本:いわゆる絵画の手法、絵具は描く材料であり、キャンバスは麻布が貼られた既存のものを使うという枠からはみ出た作家さん。この作品はシックでいいですね。色味もシックだし、古典的。僕の中で多田さんの作品はもっとカラフルで抽象的なイメージだったので、このような具象を描いた作品があるのは知らなかったです。
鈴木:ここ最近は蛍光色を使って、グラフィティ的だったり、スパター(編集註:溶岩のしぶき)的な作品が多いよね。
鈴木:あと、「りんご」がモチーフというのも奥が深いなと。美術史において「りんご」は重要なモチーフですよね、多くの作家によって描かれてきました。例えば「アダムとイブ」における禁断のりんご、りんごの樹の下の聖母子、聖母マリアに抱かれるりんごを手にした幼子のイエス、セザンヌの静物画におけるりんご。コンピュータを使った作品制作の最も重要なツールはAppleのコンピュータだし。
山本:ビートルズが設立したレコードレーベル「アップル・レコード」のりんご。
鈴木:そう、「りんご」って何かの核になることが多い象徴的な果物。でもこれが特定の古典絵画を下敷きにしているかどうかはわからないですが、どこかカラヴァッジョのりんごにも見えたりして。
山本:少し暗い画面に暗い色のりんごは、僕もカラヴァッジョ風だなと思いました。
遠山:画面のつくり方も面白いですよね。色使いやクラック(編集註:ひび割れ)、絵具の剥離をわざとやっているんだけど、本当にクラックしているわけじゃないし、剥離しているわけじゃなく、描きこんでいる。そうやって現代絵画なのに古典絵画のようにも見せているところが、多田さんの油絵具を使った実験のようにも感じられます。
鈴木:そう、油絵具の物質感によって描き出しているんです。
遠山:それにフラットな画面なのに高低差がすごくあるように感じられて、トリックアートみたい。ある意味これも超写実絵画に近いけど、数百年時間を経た得体の知れなさが魅力だなとも思いました。
鈴木芳雄の逸品② ジェレミー・ディッキンソン《Junkyard Stack No.1》
鈴木:最後にジェレミー・ディッキンソンのペインティング。これはギャラリストとの関係において購入した作品。2001年、僕は『BRUTUS』で村上隆さんや奈良美智さんの特集「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」を組みました。このころの二人はもちろん人気があったけど、今ほど世界的ではなかった。それに日本で現代美術はまだまだ浸透していたとは言えず、マーケットもそれほど現代美術を相手にしていませんでした。そのころ、お二人が所属していたのが小山登美夫ギャラリーで、小山さんはこの二人が世界的アーティストになっていったときの伴走者ですね。世界に打って出る強度のある作品を生み出したアーティストの功績は大きいけど、ギャラリストの力も大きい。小山さんがいてくれなかったら、この特集を組むことはできなかったと思っています。それに『BRUTUS』として、美術特集の方向性が一個決まったのが、この特集だった。そこで小山さんとの記念を自分で勝手に決めて、小山さんが見つけてきた作家の一人を購入したんです。
遠山:そう考えると、本当にみんなそれぞれの価値観や思いで購入していることがわかりますよね。
山本:みんなそれぞれ響くポイントが違うというのがおもしろいですよね。芳雄さんは絵具の使い方や、美術史的なところから作品を解釈して魅力を感じて購入したり。さらにはギャラリストやアーティストとの関係性から購入したり。遠山さんは一瞬の直感力というのかな、出会いの大切さで購入されたり。
鈴木:ケンスケはどういう基準で作品購入してるの?
山本:僕はそもそもアートを見る動機が、アーティストがどういう世界を見ているかを知りたいというのが大きくて、手元に置きたいと思うのはその世界観に自分の感覚が強くシンクロしたときですね。ただ、購入しなくても、展覧会に足を運んで、自分の目で本物を見ることでその多くを体感することができるとも思ってはいます。個人的には、実は保有する喜び以上にそっちが楽しい。そのためには展覧会に足を運ぶことが重要だと思っています。
鈴木:でも購入してるじゃない?
山本:応援の気持ちもあるし、自分の手の届く範囲の作品をまぁ数えるほど……。そういうふうに思えるようになっているのには、芳雄さんみたいな人と学生時代から仲良くしていただいていたのは自分にとって大きなことでしたよ。専門度の高いプロの編集者の先輩に恐れ多くも展覧会の感想を直に話して、相手にしてもらえたのはありがたいことで。
遠山:ケンスケのは、本当の逸品だったよね。思い出の品というか、ケンスケのためだけにそれこそレディメイドが逸品になったって感じ。でも我々も思い返せばそういうの持ってるよね。
鈴木:持ってる持ってる。そういうのを今度持ち寄る逸品会も面白いかも。たとえば自分だけのために書いてもらったサイン縛りとか(笑)。
山本:ただのサインじゃおもしろくないですからね。やっぱり、それにまつわる所有者のエピソードとかを聞きたいじゃないですか。
遠山:それ面白いかもしれない。芳雄さんサインマニアだし(笑)。
鈴木:サインマニアって、確かにそうかもしれない(笑)。ぜひそれを持ち寄る会もやりましょうよ。そう考えると、逸品というのも、いろんな解釈があるからおもしろいですよね。思い出だったり、人生の転機にそばにいてくれたものだったり。
遠山:私たちももっといろんな逸品がある。
鈴木:今回、遠山さんと僕は作品を持ってきたけど、僕も書籍やグッズや、いろんな逸品がまだまだ眠っていますので、次回は今回とはまったく違う逸品を持ってきたいなと思います。
遠山:ケンスケにももっといろんな逸品を紹介してもらいたいから、また来てもらいたいなと思うし、もっといろんなゲストの方を呼んで、その人の逸品も紹介してもらいたいなと思います。
遠山:そして皆さんも自分にとっての逸品って何かな、と思いを馳せたり、仕舞い込んでいるものを出してみて、思い出にひたったり、エピソードを思い返してみたりしてほしいですね。思いがけない逸品と再会するかもしれません。
profile
1981年生まれ、神戸出身。広告代理店・電通、雑誌『GQ』編集者を経て、Sumallyを設立。スマホ収納サービス『サマリーポケット』も好評。音楽、食、舞台、アートなどへの興味が強く、週末には何かしらのインプットを求めて各地を飛び回る日々。「ビジネスにおいて最も重要なものは解像度であり、高解像度なインプットこそ、高解像度なアウトプットを生む」ということを信じて人生を過ごす。
profile
1962年東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年三菱商事株式会社初の社内ベンチャーとして株式会社スマイルズを設立。08年2月MBOにて同社の100%株式を取得。現在、Soup Stock Tokyoのほか、ネクタイブランドgiraffe、セレクトリサイクルショップPASS THE BATON等を展開。NYや東京・青山などで絵の個展を開催するなど、アーティストとしても活動するほか、スマイルズも作家として芸術祭に参加、瀬戸内国際芸術祭2016では「檸檬ホテル」を出品した。18年クリエイティブ集団「PARTY」とともにアートの新事業The Chain Museumを設立。19年には新たなコミュニティ「新種のimmigrations」を立ち上げ、ヒルサイドテラスに「代官山のスタジオ」を設けた。
▶︎http://www.smiles.co.jp/
▶︎http://toyama.smiles.co.jp
profile
1958年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。82年、マガジンハウス入社。ポパイ、アンアン、リラックス編集部などを経て、ブルータス副編集長を約10年間務めた。担当した特集に「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「国宝って何?」「緊急特集 井上雄彦」など。現在は雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がけている。美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。