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遠山正道×鈴木芳雄 連載「今日もアートの話をしよう」vol.25「タグコレ 現代アートはわからんね」展
今日もアートの話をしよう

遠山正道×鈴木芳雄 連載「今日もアートの話をしよう」vol.25「タグコレ 現代アートはわからんね」展

エキスパートのふたりも時間を忘れ魅入ったタイトルとは裏腹に初心者にもわかりやすい「スターターキット」的な現代アート展

「Soup Stock Tokyo」を立ち上げた、実業家の遠山正道氏と、美術ジャーナリスト・編集者であり、長年雑誌『BRUTUS』で副編集長を務め、「フクヘン。」の愛称を持つ鈴木芳雄氏が、アートや旅、本や生活について語る「今日もアートの話をしよう」。第25回は、現在、角川武蔵野ミュージアムを舞台に開催中の「タグコレ 現代アートはわからんね」展へ。世界的企業ミスミグループのファウンダー(創業者)田口 弘氏による蒐集を端緒とする「タグチアートコレクション(タグコレ)」は、国内外約650点の現代アート作品を管理する日本を代表するコレクション。その中から選りすぐりの52点を紹介する同展は、展示手法を凝らしながら、“現代アート初心者”にも非常にわかりやすいと好評を博している。「タグコレ」の運営を実父・弘氏より受け継ぎ、今回の展覧会もオーガナイズする田口美和氏をゲストに招き、鑑賞のナビゲーションをしていただきながら、蒐集を巡るエピソードの数々、現代アートを紹介し続ける活動への思いなどをじっくり伺った。

Edit & Text by Hitori Publishing
Photographs by Hiroshi Abe
展覧会ロゴほか、文字デザインを手掛けたのは「第72回NHK紅白歌合戦」(2021年)の番組ロゴなどで知られるデザイナーの佐々木 俊氏。
暗闇を基調とする会場展示の提案は、斬新な美術展設計で定評のあるALTEMYによるもの。作品の裏面に(作品と同寸で)配置された解説キャプションは佐々木 俊氏によりレイアウト。

父は「わからんね」と言いながら買い続けている

鈴木:今日は、埼玉県所沢市の角川武蔵野ミュージアムで開催中の「タグコレ 現代アートはわからんね 」にお邪魔しています。ゲストは、タグチアートコレクション(以下タグコレ)共同代表の田口美和さん。

田口美和(以下田口):「タグコレ」展へようこそ。今回の展覧会は、角川武蔵野ミュージアムでは初めて開催される現代アート展になるんです。非常に光栄な機会だと思っています。

遠山:2020年に開館されてから……そうですか! それなのに、のっけからタイトルに「わからんね」とは、ずいぶんなお言葉で(笑)。

2階ロビーのエントランスでまず来館者を出迎えるのがこのアート。コレクションのファウンダーでもある田口 弘氏の長年の蒐集ストーリーを連想させるような作品名。西野 達《やめられない習慣の本当の理由とその対処法》2020年 © Tatzu Nishi Courtesy of ANOMALY

田口:実はこれ、父が現代アートを前にしたときの口癖なんです。印象的なエピソードがひとつありまして。2013年にスパイラルガーデンで「絵画は踊る-タグチ・アートコレクションのエッセンス」という展覧会を開催した際、キュレーションを務めたレントゲン藝術研究所の池内 務さんが展示についてひと通りレクチャーをしてくださったんです。そうしたら、父が最後にひと言「うーん、そっか!現代アートはわからんね!」。

鈴木:すごい破壊力(笑)。

田口:そうでしょう? 池内さんは膝から崩れ落ちる思いだったそうですよ。「この人、何を言い出すんだ!」って。でも、父は「わからんね」と言いながら、買い続けているんです。それは彼なりの、アートへの評価そのものなんじゃないかな。

弘氏は1991年にアメリカの現代アートを中心としたミスミコレクションを、1990年代後半に個人コレクションとして「タグコレ」をスタート。氏が個人的に現代アートの蒐集を始めたのは1980年代末。きっかけは都内の街角に掛かっていたキース・ヘリング作品に「なんじゃ、こりゃ!」と衝撃を受けたこと。写真は当時の蒐集作品より。キース・ヘリング《GrowingⅠ》1987年 

鈴木:「わからんね」のタイトルを初めに目にしたときは、自分にわからないものを展覧会で金を取って人に見せるのか! と思ったけれど(笑)。

田口:ははは。そうですよね。私もこんなタイトルでいいんでしょうかと言ったんですが、角川の皆さんも「このタイトルがいい」と。

遠山:そもそも、お父様はどういった方なんでしょう。世界的企業となったミスミグループの創業者にして、日本を代表する現代アートコレクターとして知られますが。

田口:取材やインタビューなどをされた記者の方などがよくおっしゃるのは、科学者とか大学の先生と話しているようだと。いわゆるエネルギッシュな経営者像とは違う印象を抱かれるようです。

左が弘氏。時価総額1兆円とされるミスミグループを築いたファウンダーの哲学は、マーケットの意見に基づいてビジネスを行う、自己主張のないビジネスを意味する「マーケットアウト」。2002年にグループの会長職を勇退後は、「マーケットアウト」を語源とするスタートアップ専業企業「エムアウト」を創業し、絵画事業として「ギャラリー タグボート」なども手掛けた。

鈴木:1937年のお生まれだから、デイヴィッド・ホックニーと同じ齢ですね。横尾忠則さんのひとつ下。

遠山:そんなお父様の下、ミスミという企業グループはどうやってこれほどまでに大きくなったんでしょう。

田口:まず、売り上げを大きく伸ばしたものは、カタログによるセールス。プレス金型用標準部品カタログを1977年に創刊して、小口も大口も定価販売で、翌日届けますというセールスを実現しました。つまり、金型の専門商社として、大企業のニーズと町工場の供給力とをつないでみせた。これは当時かなり画期的なことだったようです。

遠山:部品の金型でカタログをつくるというのがすごい発想ですね。アート界でいうところのコミッションワーク(委託制作)の見本市を、紙媒体一冊でやってしまうようなこと。

鈴木:アメリカのカタログ文化やファッションカルチャー誌に影響を受けた『ポパイ』(マガジンハウス刊)の創刊が1976年なんですよ。お父様の初期のコレクションに、キース・ヘリングやウォーホル、リキテンスタインといったアメリカのポップカルチャーを代表するアーティストが数々見られることと、何かの符号を感じてしまう。

田口:そのあたりはどうでしょうね。単に父はお酒が飲めないから、足を運んで接待しながらセールスをするのが苦手だったと、今でも笑いながら話していますけど。

手前は、ロイ・リキテンスタイン《二つのかたち》1978年。リキテンスタインは田口 弘氏がアート蒐集を始めた頃から購入していた作家のひとりで、当時からミスミ本社に展示もしていた。

経営者が、現代アートを買って会社に飾る理由

遠山:いわゆる抽象表現主義などがお好きだったのかな。堤 清二さんなども蒐集されていたけれど、作品もデカいし、強いアメリカの象徴、成功の象徴というか。お父様が当時買われたアート作品は、どうなさっていたんですか? 結構大きいものも多かったと思うけれど。

田口:社員の皆さんに観ていただけるところにかけていたようですよ。当時だとキースやリキテンスタインのシルクスクリーンなど。

鈴木:遠山さんもよく、アートを買う理由として言っていますよね。ひとりの人間がこれだけの仕事をしている、みんなはこれほどのレベルの仕事をしているのか?社員の方々にそう問いたいという意味もあって、オフィスに購入したアートを飾っているのだと。

遠山:いろいろ言い訳をつけながら、自分が買いたいものを買っているだけだったりして(笑)。冗談はともかく、やっぱり社員に対してアートへのリテラシーを育んでほしいという思いは確かにあります。たとえば会田 誠やデイヴィッド・ホックニーくらい知っておいてほしい。さらに言えば、小川信治などリアリズムの作家を見ながら、「彼はここまでの仕事している」と言いたかったり。スマイルズの場合は、そういった動機から社としてアートを購入してきました。

ミスミコレクション創始時には、アンディ・ウォーホル作品も購入。

鈴木:ストライプインターナショナルのファウンダー、石川康晴さんも日本経済新聞のインタビューで「現代アートは我が社の社外取締役のようなもの」と仰っています。アートが「こういう仕事をせよ」と社員のみんなに言ってくれると。お父様の弘さんの場合はどういった思いから、それらを会社に飾っているのでしょう。

田口:父のコレクションの切り口は遠山さんと同じ。やはり、社員に見せて、考えてほしかったようです。アートを通じて「価値観を転換することが必要」と感じてほしかった。

鈴木:当時蒐集されていたキースもリキテンスタインももともとは落書きだったものがアートになり、コミックが元になったものがアートになっている。まさにいままでの芸術的名画でなく、それまでとは全然違うこと、つまり「価値観の転換」を図らなくてはダメ、と語りかけてくるような作品です。

遠山:カタログによるセールスなどは、まさに発想の転換そのものですもんね。

田口:カタログといえば最近面白かったのは、現代アート作家の方がミスミのカタログやそれを前身とするオンラインサイトを見て、作品の制作に必要なパーツを購入していると知ったこと。先日、ギャラリー「ANOMALY」にお邪魔したら、アーティストの玉山拓郎さんが「ミスミ使ってます!」って。また、今津 景さんにも「田口さんってあのミスミの田口さんなんですか?」って驚かれました。

田口 弘氏は1990年代から奈良美智作品を購入。「海外で認められている人ということが、僕にとってはいつもの条件で」(田口 弘氏)。写真の作は、奈良美智のスタイルが確立した時期の作品。奈良美智《サイレント・ヴァイオレンス》1996年

優れたコレクションは、めぐり合わせを味方につけた「時間の果実」

鈴木:コレクションの始まりは、お父様がキース・ヘリング作品に出会ったことと伺いました。一方で、傍らにアドバイザーのようなエキスパートの方もいらっしゃいましたか。小山登美夫さんなどもそうでしたか。

田口:小山さんは初期から断続的かつ継続的に関わってくださっていました。たとえば、日本でまだそう知られていなかった奈良美智さんを90年代のうちにすすめてくださったのは小山さんでした。

遠山:今展を見ると、お父様や美和さんとともに、アートディーラー/アートアドバイザーの塩原将志さんのクレジットでも多くの解説キャプションが添えられています。

田口:そうですね。日動画廊にいらして、ポーラ美術館などのコレクション形成を間近でご覧になっていた塩原さんに、近年は当コレクションでも収集や展覧会開催についていろいろとアドバイスをいただいています。

鈴木:近年の、ということは小山さんや塩原さん以外にもコレクションに貢献された方がいらっしゃったんですか。

田口:父がミスミグループとして「ミスミコレクション」を始めた90年代後半から、「タグコレ」に至る過程では、川村記念美術館(現・DIC川村記念美術館)にいらしたキュレーターの広本伸幸さんにアドバイスやディレクションをいただいています。広本さんは、川村記念美術館でマーク・ロスコやフランク・ステラ、ロイ・リキテンスタインなど、アメリカ現代美術のすぐれた作品を集め、展覧会も催された方。2002年からは父がつくったスタートアップや新規事業を支援する企業、エムアウトの絵画事業部ディレクターとしてお力添えいただきました。

遠山:なるほど。それで初期の頃、狙いすましたようにアメリカン・アートの巨匠がコレクションされているんですね。

ニューヨークを拠点に活動するアメリカ人アーティストも、初期にオンリストされているひとり。客観的社会観測をベースとするいわゆる「シミュレーション・アート」の第一人者の代表作について「社会の仕組みを表しているようにも思えて」(弘氏)。ピーター・ハリー《導管のついた黒いセル、二つ》1988年 ミスミコレクション

田口:ミスミの本社が最近移った東京 九段会館テラスのオフィスにも、90年代から2000年代にかけて購入していたクリストファー・ウール、リチャード・プリンスといったアメリカン・アート作品が掛かっているみたいですよ。

遠山:それはさぞやという眺めでしょうね。社員の方々が羨ましい。

鈴木:いつも思うことがあります。すぐれたアートコレクションとは、運にも恵まれながら実ることのできた「時間の果実」だと。

田口:強運だとおっしゃるのは本当にそう。人にも恵まれています。作家もそうですし、日本の現代アート界を代表するようなアドバイザーやディレクターの方々との出会いも含め、大変恵まれていたと思います。

アドバイザーを務める塩原将志氏が「タグコレに必要な日本人アーティスト」として弘氏に推薦したひとりが会田 誠。会田 誠《灰色の山》2009-2011年。
こちらは同作品の一部を拡大したもの。「サラリーマンの悲哀が感じられ、私のビジネスマンとしての感覚が反応した」(弘氏)

鈴木:そして、お父様がコレクションをスタートした1990年代というタイミングが絶妙なんです。一世を風靡したアーティストたちの草創期にあたり、またすぐれたギャラリストたちが現れたのもちょうどその頃。

田口:確かにそういった潮流との一致はあったのでしょうね。

鈴木:1996年に平塚市美術館で「TOKYO POP」という展覧会が開催され、参加した村上 隆や奈良美智、会田 誠らがこれをきっかけに広く名前と作品を知られることになりました。また、当時まだやはり若手だったギャラリストの方々が独立したり、海外のフェアに積極的に参加して、先に挙げたようなアーティスト作品の価格が、極端な場合は年ごとに10倍高になっていく、なんていう現象も同時期に起きました。

田名網敬一さんは1936年生まれ、弘氏は1937年と同世代。コラージュされた著名人や名優たち、アメコミのキャラクターは弘氏にとっても馴染み深いものが多く、「青春よ、もう一度」と購入。その青春の断片集は、現在も価値を増し続けている。田名網敬一《untitled_collagebook_cover08》(一部)1969-1975年

遠山:シュウゴアーツ、ギャラリー小柳、ワコウ・ワークス・オブ・アート、スカイザバスハウス、そして小山登美夫ギャラリーといった現代を彩るギャラリーやギャラリストが始動したり、よりアクティブに展開していった時期がその頃。現在につながるムーブメントの端緒を見つけることができますね。

鈴木:ミスミコレクション、そして「タグコレ」につながる弘氏のコレクションも、そういう本当によい時期に当たる90年代にスタートしているんです。少しでも時期がずれていたら、これほど素晴らしい眺めは実現できなかったかもしれない。

左手前は加藤 泉《無題》2010年。「よくわからないけど、おもしろい。現代アートのよさを感じ取った」(弘氏)。右中央は 名和晃平《PixCell-Deer#51》2018年。「PixCell」シリーズは、名和晃平さんがネットで購入したものを、ガラスの球体で覆ってしまう連作。この作品のベースはエゾシカ。

そして娘は、よいものを未来に残すため買い続ける

遠山:今回展示している52点のセレクトはどういったコンセプトで決まったんですか。

田口:まず展覧会の趣旨が決まったので、そこから考え始めました。

遠山:趣旨とは、「わからんね」のことですか?

田口:そうそう(笑)。ふだん現代アートを能動的に観ようとしていない方々をまず思い浮かべました。そして、ここは角川さんなので、来場するのはアニメとかライトノベルが好きな若い人たち。
ミュージアムの4階にある、この館の館長である松岡正剛さん監修の「エディットタウン」や「本棚劇場」を見にいらっしゃるような、アートを目的に来るのではない方々ですね。

エディットタウンは、4階の「ブックストリート」「エディットアンドアートギャラリー」「荒俣ワンダー秘宝館」、4階から5階へ吹き抜けの「本棚劇場」、そして4階から5階につながる階段書架「アティックステップ」、各エリアの総称。図書館、美術館、博物館が融合した同ミュージアムのメインエリアという位置づけ。「タグコレ」展では、この本棚ならびにスペースにおいても映像作品などを展示するという実験的な試みを敢行。

鈴木:冒頭にもありましたが、「タグコレ」展は、角川武蔵野ミュージアムが2020年に開館してから初めて開催する現代アート展ですもんね。

田口:ふだん、あまり現代アートにふれる機会のない観賞者の方々にそのよさを伝えていくための面白いコンテンツとは何だろうと考えました。父だって素人だったわけだし。もともと昭和のビジネスマンだった父が、どうやってアートに出会い、このコレクションをつくり上げていったかというプロセスを紹介するなかで、いかにアートが魅力的なのかを伝えていこうというストーリーが決まっていったんです。

鈴木:なるほど。そして実際に親しみやすい印象の展示ができあがっていますね。

4階のブックストリートの本棚中に展示されたひとつは美和さんが初めて見たときに「思わず『ぷっ』と噴き出した」世界中の有名彫像5体に作家が化けてみせる映像作品。潘 逸舟《リクライニング・スタチューズ》 2015年 @角川武蔵野ミュージアム

遠山:美和さんが、作品を選ぶ際の基準は、どういったものなのでしょう?

田口:まず作品を購入するならば、責任を持って資産として残さなくてはいけない、と考えます。だから、その作家さんの活動に信頼を寄せられるか。これは大きなファクターですよね。

美和さんが「タグコレ」の運営に携わり始めた折に購入した一作。「聖セバスティアヌスは三島由紀夫も思い入れを込めています。現代の情勢にもコミットした一作。同性愛の守護聖人でもある」(鈴木)。「繊細な工芸品のような印象、真っ先に日本に持って帰りたいと考えた作品でした。値段交渉でかなりドキドキした思い出が」(田口美和さん)。ラキブ・ショウ《ポピーの花の聖セバスティアヌス》2011-2012年 @ Raqib Shaw / DACS & JASPAR, Tokyo 2023 E5192

鈴木:現代アーティストの人には活動を中途でやめてしまう人もいて。そうすると、まったく見向きもされなくなってしまうんですよね。凄いと思っていた人でも、活動をやめるといきなり評価されなくなってしまう。作家の立場に翻って考えると、厳しいけれどやるからには死ぬまでやり続けなくちゃならない。村上 隆さんとかも言いますね。「僕らは美術館やコレクターの方々に支えられている。だから、死ぬのはいいけど、やめるのはダメ」って。

田口:そうですね。アーティストとしてきちんとやっていけそうで、アイデアの引き出しを多くお持ちで、いろんなことをやっていけそうな人。発展してゆくポテンシャルを感じさせてくれるのであれば、若い人の作品でも買います。

遠山:美和さんが運営を引き継いで、「タグコレ」として集める作品の種類や傾向に変化はありますか?

田口:父はアメリカンポップから入ったから。平面でカラフルで、ハッピーな感じが好き。私は子どもの頃からそういったものを見せてもらっていますからもちろん好きですけど、さらにソーシャル・イシュー(社会問題)的な題材のものにも手を伸ばしています。

ミュージアム外壁に展示中の作品は、「ソーシャル・イシュー(社会問題)をテーマにしたものも積極的にコレクションしている」田口美和さんのアティテュードを象徴する一作。メキシコ北西部の都市で1993年から2003年の11年間に発生している未解決失踪事件をテーマに尋ね人の30枚のポスタープリントをグリッド状にして作品化している。テレサ・マルゴレス《尋ね人》2016年 30 color prints of photographs of street signs showing missing women that cover the walls of Ciudad Juarez, Mexico from the nineties until today © Teresa Margolles, Courtesy the artist and Galerie Peter Kilchmann, Zurich/ Paris

鈴木:今回は映像作品もかなり目立っていますね。

田口:映像は、父はなぜだかあまり手を出さなかったんだけど、私は好きなので。私がタグコレを手伝うようになってから60点くらいは映像作品を買っています。

「この映像作品を購入した折には、ウクライナ侵略のことなど思いもよらなかったし、こういったタイミングで展示することになろうとは想像もできなかった」(田口美和さん)。森村泰昌《なにものかへのレクイエム(独裁者を笑え)》2007年 © Yasumasa Morimura

アーティストや未来の観賞者に資するという哲学

鈴木:膨大なコレクションをお持ちでありながら、私立美術館を持たないというスタイルは、やはりお父様の「マーケットアウト」の哲学と通ずるものがあるのでしょうか。

田口:まったくおっしゃる通りですね。父の掲げた「マーケットアウト」とは、供給側の論理で行う「プロダクトアウト」でなく、消費者や取引先など顧客の皆さんといったマーケットの期待やリクエストに応えるという考え方。供給側の意思ではなくて、アーティストやまだ見ぬ未来の観賞者の意思や声に応えるというスタンスです。

遠山:だから、美術館は持たない。

田口:「箱」を持ってしまうと、その運営のために供給側の論理が生まれてしまいますよね。だから「タグコレ」はアート作品を預かることのできる公益財団法人公益推進協会の中に「タグチ現代芸術基金」を設立し、いいものを買ってはそこに寄付するという体制を2020年からとっています。

鈴木:この角川武蔵野ミュージアムで開催した今回の展覧会も、その趣旨に則ったものなんですね。

田口:そうですね。このタグチ現代芸術基金は、寄付された美術品を誰かに助成するというものではなく、現代アートコレクションを日本全国の美術館や学校などに貸し出し、子どもからお年寄りまで、ひとりでも多くの方に最先端の現代アートに触れていただこうという基金です。必要とされる場所、あるいは潜在的な鑑賞欲求をもつ子どもたちがいる場所まで行って公開するというものです。

世界的な評価を集める、1から9までの数字が順に点灯してゆくLEDのデジタルカウンターを用いた作品。数字の点灯スピードはそれぞれ極端に異なり、命の時間を意味する。会場には3色が並ぶが、「ひとつの作品に見えるが色ごとに個別の作品なので、3色分を購入」(田口美和さん)。宮島達男《Floating Time V2-11-Sky Blue》《Floating Time V2-02-Yellow Shannhai》《Floating Time V2-10-Sky Pink》 宮島達男 2000年

遠山:“SCHOOL PROJECT”という名称で紹介されている試みなどがまさにそれに当たりますね。

田口:はい。「タグコレ」に美術館はないから、コンテンツだけを持って、必要とされるところに持っていくことができます。だから、「デリバリー展覧会」と称して、各地の小学校や中学校で鑑賞できる展覧会を行っているんですよ。現在も開催校を公募中です。

遠山:それで納得です。現代アートは時として小難しい鎧やバリアを張るものだけど、そういったものをまったく感じさせない。今回は、馴染みやすいし、純粋に楽しい、そういった展覧会ですね。

南アフリカの黒人女性アーティストのセルフポートレート作品。国に根強く残る人種差別や性差別をテーマに制作と発表活動を続けている。頭に着けた洗濯ばさみは家事労働に追いやられる女性の立場や、自身が家政婦として家族の生活を支えたエピソードを表す。ザネレ・ムホリ《ベスターⅠ、マヨット》2015年

田口:それは狙い通りですね。「わからんね」と言いながら、実は感性に伝わりやすいものばかりをセレクトしたつもりです。どなたかがSNSで発信してくださっていたんですよ、「現代アートのスターターキット的な展示」だと。

遠山:うまいこと言いますね。現代アートとは、小難しい何かを引きはがしても、こんなに冴え冴えとした印象で観ることのできるものなんだと改めて感じました。

鈴木:アーティストによる展覧会ではなく、コレクター主催の展覧会のよさが究極的に表れていると感じました。アーティストと真剣勝負で対峙するのでなく、コレクターとともにゆったりと鑑賞しているような心境で楽しめる。

田口:父は最初から、みんなに観てもらうことを前提に買っていたんですよ。会社が大きくなる前、江東区の小さなマンションに私たち家族が暮らしていた時代から、絶対に家に入りようのない大きな作品ばかり買っていましたから(笑)。それが、いつのまにかこんな機会を迎えることになって、なんとも感慨深い気持ちでいっぱいです。

鈴木:その持ち主が「わからんね」と言っているから、みんな気楽に観られますよね。会期は5月7日までですが、さらにたくさんの方がいらっしゃるといいですね。

デンマークの三人組が「気候変動で人類が滅亡しても、人類のいない世界は続いていくのだ」という皮肉を突きつける。「現地で見た倍のサイズで発注し、購入しました。大きすぎるかなと思ったけれど、今回の展示を見て、やはりこのサイズで正解だったと」(田口美和さん)。スーパーフレックス《世界の終わりってわけじゃない》2019年

展覧会Information

「タグコレ 現代アートはわからんね」
TAGUKORE: Dunno A Thing About Art (But I Like It)
会場:角川武蔵野ミュージアム
会期:〜2023年5月7日(日曜)
休館日:第1・3・5火曜日
開館時間:10:00-18:00(日曜〜木曜)、10:00-21:00(金曜・土曜)※最終入館:閉館の30分前
▶︎https://kadcul.com/event/104

profile

田口美和

1967年、東京生まれ。明治学院大学大学院社会福祉学専攻を修了。2013年頃、「タグチアートコレクション(タグコレ)」の運営を父・田口 弘氏から引き継ぎ、コレクションの充実のため精力的に国内外の展覧会、芸術祭、アートフェア等を多数訪問。各地の美術館の要請に応じてコレクション展を開催するなど作品の公開にも努めている。2019年、一般社団法人アーツプラス現代芸術研究所を立ち上げ、現代アートに関する日本と海外の情報ギャップを埋めるべく、セミナー等を中心に普及活動も開始。

▶︎https://taguchiartcollection.jp/about/

profile

遠山正道

1962年東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年三菱商事株式会社初の社内ベンチャーとして株式会社スマイルズを設立。08年2月MBOにて同社の100%株式を取得。現在、Soup Stock Tokyoのほか、ネクタイブランドgiraffe、セレクトリサイクルショップPASS THE BATON等を展開。NYや東京・青山などで絵の個展を開催するなど、アーティストとしても活動するほか、スマイルズも作家として芸術祭に参加、「瀬戸内国際芸術祭2016」では「檸檬ホテル」を出品した。18年クリエイティブ集団「PARTY」とともにアートの新事業The Chain Museumを設立。19年には新たなコミュニティ「新種のimmigrations」を立ち上げ、ヒルサイドテラスに「代官山のスタジオ」を設けた。

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鈴木芳雄

1958年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。82年、マガジンハウス入社。ポパイ、アンアン、リラックス編集部などを経て、ブルータス副編集長を約10年間務めた。担当した特集に「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「国宝って何?」「緊急特集 井上雄彦」など。現在は雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がけている。美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

▶︎https://twitter.com/fukuhen

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