日本家屋をリノベーションしたギャラリー。
New Light Potteryのギャラリーは、奈良市・平城京跡の広々とした平地に面して立つ、築50年ほどの日本家屋をリノベーションした建物だ。照明器具のショールームのイメージとは異なり、自然光の入る吹き抜けのスペースではいくつものペンダントライトが目を引く。さらに2階は色調が一変し、濃色を背景にNew Light Potteryのほとんどのコレクションが展示されている。
「フィンランドのアルヴァ・アアルトのスタジオを観に行った時、白い空間に彼自身がデザインした照明をいくつも吊り下げていて、そんなことができたらいいなと思っていたんです。ここでは大きな照明は滑車で上下させて、展示替えできるようになっています」と永冨裕幸さん。彼は奈良千寿さんと2015年にNew Light Potteryをスタートし、約3年前にこのギャラリーをオープンさせた。定番の製品と一緒に使われているのは、エンツォ・マーリやコンスタンティン・グルチッチといったデザイナーたちによるマスターピースの数々。そんな組み合わせにも彼らの感性が表れている。
「特にマーリは、骨太な思想がデザインに見え隠れするところに惹かれます。他のデザイナーのものも、哲学的な何かを感じたり、遊び心があったりする。それを忘れないように、そばに置いているのかもしれません。あとはギャラリーにあることで、照明のサイズ感がわかりやすくなるんです」と永冨さんは話す。
ギャラリーの2階は、照明器具をより身近に感じながら、そのデザインを味わうことができる。New Light Potteryの製品は、強い何かを主張するフォルムや色合いを用いているわけではない。創業から数年の内に彼らが広く知られるようになったのは、そんな照明のあり方こそが潜在的に求められていたからだろう。
「私たちが使う素材は、ガラス、真鍮、大理石など無垢のものを基本にしています。それは最初にペンダントライト「BULLET」をつくった時から変わっていません。実はこういうデザインは、大きなメーカーではなかなかできません。キズつきやすかったり、時間が経つと酸化して色が変わったりと、量産向きでないからです。New Light Potteryを始めて、こういうものを求めている人が確実にいるのだとわかりました」とふたりは話す。
「Bullet」はNew Light Potteryとして最初に発表した定番製品で、鋳物で有名な高岡の能作が真鍮部分を製造している。クリア塗装などを施さない素地のままの真鍮は、年月を経ることで鈍い色合いへと変化していく。この素材を使うのは、十分な重量があるため電気コードに張りをもたせる効果もある。重さは目には見えないが、存在感が確実に違ってくるのだ。
やはり初期からラインアップしている「Solaris」は、マウスブローで製作したガラスグローブと真鍮を組み合わせた、球形のペンダントライト。シェードの下部のガラスを厚くして、光の表情に変化を与えている。このインスピレーションの源になったのは、ドイツのコンスタンティン・グルチッチがデザインした「リレーションズ」というグラスだった。スタッキングしやすいようにガラスの厚みを変えてあり、それによって独特の色のグラデーションを生み出したものだ。
プロダクトデザイナーとは違う視点から。
「僕らにとって照明は設備の一部で、第一に大切なのは明かりを確保するための機能です。そして、ものとしての形よりも、素材そのものや素材感を重視している。デザインはするけれど、自分はプロダクトデザイナーではないと思っています」と永冨さん。奈良さんもまた、「ものだけを見ずに、空間での存在を常に意識している」という。こうした謙虚さの一方で、新しいプロダクトを順調に発表し、それぞれに新鮮さがあるのは、ふたりが十分な経験を積んだ上でNew Light Potteryをスタートしたからに違いない。
永冨さんと奈良さんは、もともと大阪の照明メーカーに勤務し、同じ部署で照明計画を多く手がけていたという。建築家やインテリアデザイナーから仕事を受注し、空間に合わせて照明器具の選定や配置などを行うのが主な役割だった。New Light Potteryの創業後は、照明計画とともにオリジナルのプロダクトにも着手。照明のプランニングをする中で、空間に対してちょうどいい製品がしばしば見当たらないことが、自主的にプロダクトを手がけるきっかけになった。
ふたりが照明計画のバックグラウンドをもっていることは、プロダクトのデザインにさまざまに表れている。独立の直後から、New Light Potteryの製品を多くの建築家やインテリアデザイナーが使い始めたのは、それらが現代の空間のニーズに合っていたからに他ならない。同時にふたりは、照明設計を通して現在も多くのことを体得しているという。
「この仕事では、建築家やインテリアデザイナーの思想を汲むことになります。また仕事を通して、時代の流れや新しいトレンドに触れることが多い。そうした学びがあるのも、いわゆるプロダクトデザイナーとの大きな違いだと思います」と永冨さん。大規模な物件の照明計画は責任も重く、大変なことは多いが、得られるフィードバックも大きいそうだ。New Light Potteryのプロダクトは、そんな豊かな体験の結晶でもある。
2021年5月、New Light Potteryは「トロフィー」という新しい工場をオープンした。従来は製品の製造や組み立ては外部の工場に委託していたが、組み立てを自分たちの目の届く場所でできるようになったことには、大きな意味があるという。
「照明メーカーであっても自社工場がなく、協力工場で製造しているメーカーが多いことに以前から疑問があったんです。この工場ができたことでクオリティのコントロールもしやすくなりました」と永冨さん。製品の設計を多く行う彼の仕事場は主にギャラリーだが、流通も担当する奈良さんはトロフィーにいる時間のほうが長いという。
壁面の棚にはパーツが入ったたくさんの箱が並び、アイテムごとにパーツを取り出して組み立てていく。真鍮のように扱いが難しい素材も多く、オーダーに合わせてコードの長さを変える工程があったりと、作業には経験が必要だ。照明器具は電気を使うものだが、その製造には手作業が欠かせない。現在はふたりの職人がフルタイムで仕事している。杉の無垢板を組んだ棚は、ニューヨークのドナルド・ジャッドのアトリエを参考にしているという。そこに黒いボックスがずらりと並んだ様子はなかなかの壮観だ。
ものづくりのすべての工程を考える。
永冨さんは数年前にニューヨークを訪れて、照明デザイナーのスタジオをいくつか観に行ったことがあった。その多くはマンハッタンのダウンタウンに位置し、アポイント制のショールーム、オフィス、そして職人が働く工房が併設されていた。
「あんなに家賃の高い場所なのに、溶接機まで揃えた設備をもっているんです。ニューヨークで成り立つなら、日本でできないはずはない。今は組み立てだけですが、工具を使った工程ができるようになると、もっと踏み込んだデザインができるし、開発力が上がります。あのスタイルでやってみたい気持ちはずっとあります」とふたり。同様に、スペイン・バルセロナの郊外に小さな村のようなコミュニティをつくり、すべての工程を一貫して行う照明メーカーのサンタ&コールも彼らの理想形だという。
デザイナーの役割をものづくりに限定せず、その製造から流通、そして実際に使われるまでを視野に入れて、ものにかかわるあらゆる人々が精神的に満たされること。ユートピアにたとえられる、そんなデザインのあり方を提示したのがエンツォ・マーリだった。実社会においてユートピアは夢物語かもしれないが、本当にすぐれたデザインは部分的にユートピアを実現してきたと、彼は考えた。
New Light Potteryが構想する仕組みは、マーリの思い描いたデザインと重なるところがある。彼らが活動する空間に、マーリによるアイテムが数多く見られるのも偶然ではないだろう。時代や環境は違っても、日頃からものづくりに向き合う姿勢は、その表現へと反映されていく。こうした価値を尊重する流れは、今、次第に大きくなっている。
profile
ともに大阪の照明メーカーに勤めていた永冨裕幸さんと奈良千寿さん夫妻が2015年に創業。店舗、ホテル、公共施設などの照明プランニングを行う一方、オリジナルの照明器具のデザインから販売までを行い、有力セレクトショップなどで扱われている。2018年、奈良にギャラリーをオープン。21年、自社工場「トロフィー」設立。
▶︎ https://newlightpottery.com/