十数年前、ここオパス有栖川をつくりあげた設計者や各種職人たちの思想と情熱。その中に息づく日本の美意識は、住まう方の心の在り様を整え、現在も穏やかで豊かな暮らしをもたらしています。今回、専有部分のリノベーションによって、オパス有栖川に新たな息吹とさらなる美しさを加えたグエナエル・ニコラ氏は、建築やインテリアのみならず、プロダクトやグラフィックなど幅広いデザインフィールドで活躍しながら、日本文化への造詣も深いことで知られています。ニコラ氏に今回の住まいのデザインについてお話を伺いました。
住まいそのものが、さながらひとつのアート
「オパス有栖川に初めて足を踏み入れたとき、すぐにこれは“単なる建築”ではないと感じました。通りからかなり奥まった入り口を経て少し歩くと、大きな滝のある広い空間に出る。その間のシーケンス、石や水の使い方は、伝統的な日本の様式に近いと同時にとてもモダンな印象を受けます。建物の中に入ると、屋外の石と内部の石が連続して配置されているなど、まるでインスタレーション作品を見ているようです。これは、アーティストと建築家がコラボレーションしてつくりあげたものだと直感的に理解できました。」
「この建物のイメージを、どう専有部分の中にまでつなげていくか。今回のプランはまず、ファーストインプレッションとなる玄関の正面にダイナミックで美しい書を飾り、側壁には鏡を貼ることで空間が広く感じられるようにしました。来訪者は玄関に一歩踏み入れた瞬間“なにか特別な空間”という印象をもつことでしょう。その玄関から、狭められたゲートを抜けると、またさらに広いリビングルームが目の前にひろがる。狭さと広さ、静と動という相反するものがつながることで、まるでハートビートのようなリズムを生み出す空間になります。これは、建物(共用部分)の入口に仕掛けられた空間のシーケンス同様、日本の邸宅のエッセンスなのです。」
アーティストや名匠とつくる、
オリジナルアート&プロダクト
「普通のソファは部屋に対して座る向きが決まっていて不自然に感じます。その点、私がデザインを手掛けた正方形のソファは、部屋に対してどこを向いて座ってもいい。部屋の真ん中に置くことで、まるで海に浮かぶ島のような新しい感覚を生み出します。窓の方を向いて座って外を眺めてもいいし、キッチンにいる人の方を向いて座って会話してもいい。ソファの真ん中にテーブル代わりの天板を置いて家族で食事をしてもいい。生活の場面場面でどう使うかを選べる、フリーなスペースになるのです。」
「インテリアはテクスチャーにもこだわりました。形や色がシンプルでも、素材によっては華やかになる。例えば、柄がなくて一見地味なクッションが、近くで見るとテクスチャーの異なる糸が編まれていて見応えがあったりする。建物(共用部)のエントランスにあった石にも近づいてみると豊かなテクスチャーがありました。この部屋にもそうした繊細さ、豊かさが欲しかったので、器や照明などはアーティストに依頼しオリジナルで製作しました。アーティストの手でつくられた作品には機械には出せない深みのあるテクスチャーがあります。こうしたオリジナルのアートやプロダクトの作品は16点に及びます。」
本物のデザインはタイムレスなもの
「今回のデザインは、現在のトレンドだけではなく、この建物が建てられた当時のフィロソフィーをしっかりと継承したタイムレスなものになっています。もともと、日本のデザインというのはタイムレスです。例えば桂離宮の写真をモノクロにし、コンテクストがわからない状態で見たら、とてもモダンで、400年前のものとはとても思えません。オパス有栖川の共用部分のエントランスも、まるで未来の映画のステージのようで、100年後にこういうデザインがあってもおかしくない。そうした、古くから日本のエッセンスが持つタイムレスなデザインを、さまざまなアーティストたちとともにこの住まいで実現しました。いつの時代も、本物のデザインというのはこうしたタイムレスなものだと思います。」
profile
1966年フランス・ブルターニュ生まれ。1998年キュリオシティ設立。2004年 E.S.A.G (パリ) 名誉修士号取得。インテリアデザインから、建築、プロダクトまでデザインの境界を再定義し続け、多様な企業やクライアントと共に、新製品や新素材の開発、デザインアイデンティティの創造に取り組んでいる。