創作を刺激する技術と、そこから生まれた色の壁
――まずはお二人がご一緒されるきっかけについてお話しください。
小川直人(以下、小川):杉原さんと最初にご一緒したのは、2023年にリニューアルオープンした結婚式場「アニヴェルセル 表参道」でのことです。「記念日の館」を空間コンセプトとしていることから、その空間に祝祭性のある色彩を与えています。バンケットルームの一室にある金物壁面をシリウスさんに制作していただきました。
杉原広昭(以下、杉原):2012年に立ち上げたシリウスは粉体塗装に特化した工場です。粉体塗装とは、一般的な液体塗料、溶剤塗料と違い、粉状の塗料を金属に直接吹き付けて塗装する技術です。イオンで塗料を帯電させることで粉末状の塗料を金属に吹き付け、高温で焼き付けて色を定着させます。ヨーロッパでは環境保護の観点から粉体塗装が一般化していて、いずれ日本も塗装への規制が厳しくなると見込んでのことでした。日本も遅からず状況は変わってくると思います。粉体塗装は立体的な製品の塗装が行いやすく、車のホイールや家具の塗り替えなどを行ってきました。
杉原:小川さんからお話をいただいた時期に、私たちはカラークリア塗料によるグラデーション塗装の開発を進めていました。インテリアでの活用に関心があり、依頼はとてもうれしかったですね。
小川:僕たちは「アニヴェルセル 表参道」で繊細な色出しを行いたく、思い描く色を表現できる会社を探していました。そうして行き着いたのがシリウスさんだったのです。が、ウェブサイトで紹介されていたのはホイールの塗装事例。そこに、耐候性、堅牢性、防汚性の高さを感じる一方、内装の実績は見えてこなかったので不安がありました。まずは連絡をとると、広島から東京までサンプルを持参してくださった。そのサンプルを見て、これは実現できるという感触を得ました。
杉原:お問い合わせをいただいたのはコロナ禍以前のことです。実はそれ以前もたびたびカラークリア塗料での粉体塗装をリクエストいただいており、需要を感じていました。私たちができる範囲のことをサンプルに表現してお渡ししましたが、正直にいうと予定されている壁面のボリュームが大きく採用は難しいだろうと考えていました。けれどこちらの提案に対し、さらにこういうことはできるだろうかという打診があったのです。私たちも宿題をいただいて、何かできそうだなと試作を繰り返しました。
小川:当初は単純に僕らが望む色を差し込めればいいと考えていたんです。けれどやりとりを重ねるなかで考えが広がり、素地となる金属が何か、その質感に対して色の濃淡をどのように表現するか、クリア塗装で仕上げるか否か……塗装といってもこの3段階で表情はまったく異なっていき、組み合わせ次第で無限の表現を追求できることを理解しました。複雑な表現を追求する面白さに気づいたことで最終的には十数色のグラデーションでの表現に広がりました。
杉原:私たちも壁一面に縦長のパネル複数枚を希望されることは初めての経験でした。最終的に8mの金物壁面となり、透明感や奥行きを表現することが求められました。私たちの提案する塗装は色が強すぎると空間の主役になってしまうことから、それまでは一部に使われる程度だったのですが、これを魅力的に使っていただきました。
小川:当初は若い世代をターゲットにビビッドな色を差し込むことを意図していました。しかしアニヴェルセルが思い描く結婚式像、これまでの歴史や文脈からアントニ・ガウディの色づかいを参照し、グラデーションを用いるデザインとしたのです。ガウディは自然の風景が単色ではなく、境界線のない美しくつながる色彩と考え、それを表現していました 。そこから最終的にカラーイメージを固めました。この壁面は美しさの追求だけでなく機能的な役割も備えています。結婚式では集合写真の撮影を行いますが、撮影時にカメラマンが映り込むという問題があります。そこで雲のような表現をとることで反射を抑え、人物の映り込みを低減しました。
杉原:これが非常に難しい表現でした。小川さんからは鏡面加工にグラデーションで色を施し、そこにバイブレーション仕上げができないかと。なおかつ最後にクリア仕上げを求められ、艶消しのマットから普通の艶、ピカピカのクリアまでグラデーションもあり、結果的に3層を重ねています。複数枚を連結することから、隣り合うパネルのグラデーションは限りなくつながるように表現する必要があります。それも立ち会っていただきながら最終的な確認をしていただきました。
住まいのなかでポジティブな気持ちを呼び覚ます色
――続いて「ディアホームズ三田」でもグラデーションによる金属製の柱を制作されました。日本人は天然由来の色調を好む傾向がありますが、今回は鮮やかな色を使うことで空間に新たな効果をもたらしました。この経緯についてお話しください。
小川:住宅では居心地やリトリート的な安らぎが強くフォーカスされがちですが、実際の生活シーンにはさまざまな色があります。こうした色をもっとポジティブに捉え、生活におけるアクティブさをもたらすきっかけにならないかと考えました。ここでは居心地の良さを演出するために建材の各部に若干暖色を差し込んでいます。たとえば壁面の左官、フローリング、キッチン壁面、イタリア産タイルなどに赤みを感じるものを採用し、アクセントとして青や緑を差し込みました。
キッチンの柱もまた、同じような役割を担う存在です。ネガティブな要素をポジティブな要素に変換するなかで、パイプシャフトがこの住宅の中心になるようにしたいとの思いでグラデーションの塗装を採用しました。プランを作り上げていくなかでベースが決まり、先ほどの暖色の赤をベースにするか寒色の青を差し込むかで悩みました。しかしいずれも強い存在になってしまうことが想像され、赤と青の混色である紫のグラデーションを採用することになったのです。
杉原:今回は最初から淡い色合いを求められ、そのニュアンスの表現に難しさがありました。柱の両端から中央にかけて濃度が変化していくわけですが、それをパーセンテージで数値化したところで感覚的になってしまいます。小川さんと何度も話をしながら、色の濃淡の表現にこぎつけました。苦労をしましたが、この経験が新たな強みにつながったように思います。濃淡の表現は何度も上から塗り重ね、色の境目を曖昧にしています。ここが難しいところで、失敗するとボーダーになってしまう。ここではL型のプレート2枚をジョイントしているのですが、継目もわからないでしょうし、自然なグラデーションを描くように留意しました。住宅で使われることはうれしくあるけれど、最初は驚きました。どのような空間になるのか想像が難しかったですね。
小川:ここで暮らす方がアクティブになることを願ったものですが、同時に柱自体がアート的な意味合いをもってほしいとの思いもあります。居心地だけを求めていくとデザインの匂いがなくなり、一般的な住宅のようになってしまいます。対して象徴的な色は愛着につながることも願っています。
杉原:小川さんからPHランプのシェードにもやはり紫が差し込まれたモデルを選んだと聞きました。シンプルななかに色がポイントで利いてくることで、単調にはならない奥行きを感じます。品のある色を選んでいるので、空間に豊かさを感じます。私自身の生活は黒やグレー、ベージュに落ち着いてしまいがちなので反省しています(笑)。
小川:色ということに限らず、金物に色を入れることに意味があるように思います。住宅に色をまとった金物を使うことで、暮らしに色をまとわせる素材になる。金物ですから光が反射することで、時間や季節によっても色が違うし、立っている場所によっても色が違う。さらにいえば人の動きによって若干の光の反射で色が変わることもあるでしょう。生活に刺激を与えてくれる存在になります。住宅は機能的な部分を踏まえていろいろ考えなくてはいけないのですが、単純に色を楽しむ創作をしてみたいという思いもありますね。
杉原:うちの会社はデザイナーでもアーティストでもなく、ファクトリーです。だからこそいろいろな方とご一緒することで、可能性もどんどん広げていける。いまはこだわりをもった設計者やデザイナーからの依頼が増えました。多少のコストがかかってもほかにはない色を出したい、画一的ではなく風合いのある塗装を表現したいとの声も大きいです。同時に私たちも耐久性や発色性などの検証を続けているところ。この技術をうまく使っていただける皆さんとお付き合いしていきたいですね。
profile
乃村工藝社クリエイティブ本部デザイナー。工学院大学大学院卒。2019年入社後、富裕層向けレジデンスを中心に、「アニヴェルセル 表参道」などのホスピタリティ施設、富裕層向け会員制サロン、と幅広い市場を担当。「予定不調和」を念頭に課題を本質的に見つめ直すことで、豊かな空間性と体験性をつくり上げる。「SCRAPTURE」を筆頭にストーリー性を重視したサステナブルな活動も積極的に行う。
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