ロボットを日常の風景にする
その身振り、しぐさに人間の優しさ、美しさを秘めたヒューマノイド「Posy」やマネキン型ロボット「Palette」。企業キャラクターに起用されたり、TVコマーシャルなどメディアに頻繁に取り上げられたこともあって、多くの人の記憶に残っているのではないだろうか。手掛けたのはわが国のロボットデザインの第一人者、松井龍哉氏。氏は2001年「フラワー・ロボティクス」社を設立以来「ロボットを日常の風景にすること」を企業ビジョンに、さまざまなロボットを開発してきた。
最近のプロジェクトは2015年に発表した「Patin」(パタン)という自律型移動ロボットで、照明や空気清浄機といった機能をオプションで付け替えることができるプラットフォームロボットだ。特徴はオプションユニットを提供してくれるサードパーティの参加を前提に、自社開発したシステムをオープンソース化して、全産業界に向けてアプリケーション開発を促していること。その呼び掛けに応えるかのように、2017年「暮らしのIoT」実現をめざして、東急が日本マイクロソフト、パナソニックグループ、美和ロックなどとともに、業界の垣根を越えた企業連合体「コネクティッドホーム アライアンス」を設立、松井氏はそのデザインディレクターに迎えられている。設立当初約30社だった参画企業は、現在100社を超え「ロボットを日常の風景にする」という松井氏の夢が、また一歩実現に近づこうとしている。
圧倒的に光り輝いていたル・コルビュジエ
その松井氏が15年近く愛用しているのが、近代建築の三大巨匠の一人、ル・コルビュジエのチェア「LC7」だ。出会いは高校時代。今では珍しいデザイン科のある高校で、モダニズムの源流のひとつとされる教育機関バウハウスの活動や、ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエといった建築家のことを学んだ。当時はポストモダンが脚光を浴びていたが、松井氏は流行に目配りしながらも、「それでも、建築も含め、ル・コルビュジエの家具は圧倒的に光り輝いていました」と語る。
LC7の実物を初めて見たのは大学に入ってからだったが、モダニズムに惹かれることになる原体験は、小学生のときに父親と明治村に移築されたフランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテルを見学に行った時。それと中学生の頃に赤坂プリンスホテルで見たエーロ・サーリネンの椅子(チューリップチェア)で、「家具を見て初めてカッコいいと思った椅子でした」という。ちなみにこのホテル、のちに松井氏が師事することになる丹下健三の設計で、サーリネンは丹下と親交があった建築家でもある。
松井氏いわく「私はモダニスト」
「僕の拠って立つ場所は、やはりモダニズムです。だからそこに常に足を浸していないと乾いてくる。サヴォア邸は今年も3度行きました」と語る松井氏は、根っからのモダニストだ。これまで通算30回は通っているらしく、管理人とはもはや顔なじみ。訪れるときは屋上庭園でノートブックPCを開いて仕事をするという。最初は注意されていたが、最近は黙認してくれるそうだ。
LC7を気に入っている理由はほかにもある。ル・コルビュジエは「モジュロール」という独自の数列を考案していて、これは人体の寸法と黄金比からつくられた建築物の基準寸法システムなのだが、そのモデルとなる人体の身長が183センチ。なんと松井氏の身長と同じなのだ。
それもあってか、ル・コルビュジエの建築はどこを歩いても、どこに手を掛けても、あるいは椅子に座っても、すべて完璧なまでにしっくりくるという。松井氏はスタジオで仕事するときは必ずこのLC7に座る。「ここに腰掛けるとモードが瞬時に変わって仕事に集中できる」とのこと。氏にとって、サヴォア邸を訪れることとLC7に座ることは、自分がブレずにいられる大きな支えになっているらしい。さらに、LC7は空間を選ぶときの基準にもなっている。前述のとおり、松井氏は真性のモダニストであり、構想し創造する場所もモダニズムの空間でなければゴールがずれてしまう不安がある。それは、その空間にLC7を置いて違和感がないかどうかを見ればわかる。設計の思想が違えば、必ず居心地の悪さが出てくるからだ。
家具が空間のエッセンスを決定する
それほど家具が空間に大きな影響を与えるものであるならば、家具選びも重要な作業となるはずだ。松井氏は現在、ロボット以外の仕事は2014年に設立した「松井デザインスタジオ」という別会社で請け負うようにしているが、最新のプロジェクトは古いビルを1棟丸ごとリノベーション+用途変更するというもの。松井氏はその総合デザイン監修(アーティスティック・ディレクター)を務めており、今回お邪魔した日は、取材後その家具選定のミーティングがあるということで、選定作業には相当時間がかかりそうということだった。
「建築、デザインでも、あるいはブランディングでも、最初は大きな概念設計のようなことをしますが、これは本当に純粋にクリエイティブな時間です。その後、実際に図面を引いたりという物理的な作業に入り、インテリアの設計とかになると時間のかけ方が変わってきます。特に建築の場合、空間が決定してからの家具選びにはかなりの時間をかけます。なぜなら、最後に家具が空間のエッセンスを決定してしまうからです」
それは住宅の場合でも同じだと松井氏は言う。特に東京のようにありものの住宅、アパートやマンションに住むケースが多い場合は、余計に家具選びが重要になってくる。逆に家具を見れば、それを選んだ人の趣味や教養などがよく見えてくるらしい。
住宅は住むためのロボット
ル・コルビュジエという建築家の考え方は慧眼であり、意外と情報化社会という現代にも通用すると松井氏は言う。例えば、彼の有名な言葉に「住宅は住むための機械」というのがある。これは、自動車や飛行機が次々と工業化され、移動が産業化される革新と激動の時代だった当時の社会の未来を踏まえて、住宅も同じように工業化されるべきだという言説だった。ところで、当時の自動車や飛行機は、現代に例えればAIやIoTにあたる。松井氏は、工業化社会の「住むための機械」は、情報化社会に置き換えれば「住むためのロボット」ではないかと言う。近い将来、松井氏が設計する住宅「住むためのロボット」を見てみたい。
profile
健三・都市・建築設計研究所員を経て渡仏。科学技術振興事業団ERATO北野共生システムプロジェクト研究員に。2001年フラワー・ロボティクス株式会社を創業。自社ロボットの研究開発から販売までを手掛ける。2014年松井デザインスタジオを設立し、幅広いデザインプロジェクトを展開。日本大学藝術学部客員教授、早稲田大学理工学部非常勤講師、成安造形大学非常勤講師、グッドデザイン賞審査委員(2007-14)
▶︎ http://www.flower-robotics.com/
▶︎ http://matsuidesign.com/