京都伝統のプロダクトの「今」を体感する、濃厚な1泊2日の旅へ
西陣織をはじめ友禅や陶芸、金属工芸、竹工芸など、京都にはいまだ数えきれない伝統工芸が存在する。多くの伝統文化や工芸が光を失っていくなか、京都では令和の時代に至るまで、その技術やレベルを保ち守ってきた。
これより紹介する京都1泊2日の旅では、長い時間をかけ育まれた知恵や洗練された慣習を体感いただく。西陣織の老舗「細尾」がプロデュースする宿に泊まり、本社社屋に2019年にオープンした「HOSOO FLAGSHIP STORE」で西陣織の新たな挑戦や発信を体感。さらには、金属工芸の老舗「清課堂」で職人技の神髄を手にとる。京都の伝統工芸にたっぷり触れる旅は、これからの暮らしを照らす機会になるに違いない。
まずは今回の宿「HOSOO RESIDENCE」にチェックインし、リアルな京都の伝統工芸や建築、京都の日常を実感しよう。
1200年の時を超え、今も残る京の織物文化
布は世界各地で古くからつくられてきた。人が暮らすためには身を包む布が必要で、樹木や麻などを織って布をつくり、そののち絹織物や化学繊維へと継がれてきたのだ。タテの糸とヨコの糸を織り上げてつくる布は、進化を遂げながらも絶えることなく歴史を刻み、今も暮らしの傍らにある。
中国で絹織物が生まれたのは紀元前2650年頃だといわれている。その製品や技術が日本に辿り着いたのは紀元前150~100年頃。シルクロードの終着点・奈良正倉院には、中国だけでなく西アジアやペルシアなどの織物ももたらされたという。
西陣織のルーツは、5、6世紀にまで遡る。山城の国(現在の太秦周辺)に秦氏が移り住み、養蚕と絹織物技術を伝えたのだ。その後、江戸時代になって先に染めた糸を使い文様や色柄を織り出す紋織が可能になり、これが西陣織の基礎となった。
きらびやかな西陣織と質実ある伝統工芸を体感する宿
「HOSOO RESIDENCE」は、創業1688年(元禄元年)の西陣織の老舗「細尾」がプロデュースする1日1組限定の会員制の宿。世界のトップメゾンをはじめラグジュアリーマーケットで注目されるブランド「HOSOO」を展開するほか、歴史に培われた京都の伝統工芸を世界に向けて発信する。そんな「HOSOO」ならではの洗練された世界観を、このレジデンスに集約したのだ。「本物の伝統」と「世界への発信」というコンセプトは、宿にも生かされ息づいている。
御所南の閑静な住宅街。初めてではなかなか見つけられない路地の奥に「HOSOO RESIDENCE」はある。苔むした石畳を辿ると、細尾の屋号が入った暖簾。コンシェルジュの田中幸喜さんが迎えてくれる。
「築100年以上の長屋型・京町家をフルリノベーションしました。格子のある外観など伝統的な造りは残しながらも、左官技術でデザイン性のある壁を造るなど室内はコンテポラリーな建築に改装しています」と田中さん。
この宿のためだけにつくられた家具やキッチン道具など厳選したプロダクトが置かれ、宿泊客は、暮らすように過ごすだけで、町家建築や西陣織、伝統工芸品に加え、京都の日常を体感することができるという。
工芸技術を駆使した建物で過ごす至福の時間
レジデンスの設計は「HOSOO」のディレクター細尾真孝氏の弟・細尾直久氏が担当した。直久氏は、「ヴァレンティノ」などの店舗を手掛けた建築家デイヴィッド・チッパーフィールドのミラノ事務所で経験を積み、その後帰国して「HOSOO architecture」を立ち上げた気鋭の建築家。リニューアルするにあたり、京都らしさをさまざまにちりばめたそうだ。
たとえば、別々のスペースに見えても通路や天井を通じて各部屋が繋がり、どこに居ても、ほかの場所にいる人を感じられる造りは、「時間や空間を超え、すべては繋がっている」という京都の考えを反映している。
木や土壁など自然素材を多用し、工芸技術を駆使したこともそう。色の違う自然の土を下から順に積み上げていく版築(はんちく)という左官技術を用いた壁は、まるで平安時代の色合わせのように風雅で美しい。光の入り方によって違った雰囲気をつくる障子も、見ているだけで心が落ち着く。
シックでモダンな宿は西陣織のショールーム
「HOSOO」のテキスタイルでつくられた家具やクッションに触れてその質感を確かめ、西陣織のアート作品を見て、緻密なデザインや高度な技術に心を奪われる。ここは、そんな唯一無二の時間を過ごせる場でもある。
玄関から入ってすぐのスペースに置かれた白地に銀糸が映えるソファはオリジナル作品。座るとその快適さを体感できる。室内で履くシックな黒のルームシューズも心地よく、欲しくなる一品だ。
「家具やクッション、ルームシューズなどは、すべてオーダーメイドで注文していただくこともできます。ここにあるものとは別のテキスタイルを選んでいただくことも可能です。そういう意味では、ここはショールームとしての役割も果たしているんです」と田中さん。
2階ベッドルームの奥に見える壁には、長い西陣織パネルが飾られている。「町家の内壁を記録撮影し、それを基に西陣織で再現しました。細かな土のかすれや凹凸のほか、昼の自然光や夜の照明に照らされて変わる表情を感じていただきたい」と田中さん。光によって見え方が変わるのも西陣織の特徴だと話す。
プロダクトやアートにも、「過去から受け継がれるものの偉大さや、それを未来へ繋いでいくことの尊さを感じてほしい」という「HOSOO」のメッセージが込められている。
過去と未来を繋ぐプロダクトを暮らしの道具に
茶筒や器などレジデンス内のプロダクトも、使うことで伝統技の素晴らしさを感じられるものを厳選した。見た目の美しさだけでなく、京都製品の使い心地を体感してほしいという想いが込められているそうだ。
「コーヒーや日本茶が入った茶筒は、創業明治8年(1875年)の開化堂さんの作品です。使うほどに味わいは増すけれど、精度は変わらない。押し込まなくてもすっと落ちる蓋は、有名ですよね。実際にお使いになると、レベルの高さを感じていただけます」(田中さん)
ほかにもレザー製の強度あるティッシュケースなど至るところにこだわりがあって、それも愉しみ。
天保元年(1830年)の創業以来、京都で寝具づくりを続ける「イワタ」のベッドや寝具。長年にわたり睡眠を研究してきた「イワタ」の寝具は、その寝心地の良さを世界に知られている名店だ。
「バスルームなど水回りにも工芸技術を用いています。黒漆喰の壁のほか、研ぎ出し技法を用いた石のバスタブを備えました」と田中さん。細部まで気を抜かずに考えられた設計なのだ。
けれど一方で、レインシャワーやオーガニックのアメニティを準備して、宿泊客が快適に過ごせるよう気遣う。それもまた、京都流のもてなしなのだろう。
コンシェルジュサービスや専用車での送迎も
旅行者にとっての悩みのひとつが観光や食事。限りある時間をいかに有意義に使うかは大きな課題。けれどここでは、迷わずコンシェルジュサービス「BEYOND KYOTO」を利用してほしい。「和食が食べたいので予約してほしい、今見所のお寺を教えてほしいなどのご要望には、できる限りお応えします」と言う。これも、歴史ある「細尾」ならではのサービスだ。
名所観光や祇園での食事も京都旅の魅力だが、この宿で季節や時間によって移ろう庭や建築の表情を感じて過ごすのも、ほかにはない贅沢かもしれない。空間の随所に西陣織と伝統工芸の技が満ちる「HOSOO RESIDENCE」。たとえ数泊の短い滞在であっても、京都のプロダクトの今を体感できる稀有な宿だ。ここで得た体験や知識を東京に持ち帰り、日常空間に生かしてほしい。
次回後編は、京都の伝統工芸を体感する旅の2日目。「HOSOO FLAGSHIP STORE」や「清課堂」を詳しくご紹介。さらなる発見のある旅へと誘う。
Spot information
HOSOO RESIDENCE
京都市中京区両替町通二条上ル北小路町98-8
定員数:大人2名
※会員制
※(ご予約に関する)詳細は上記オフィシャルサイトよりお問い合わせください
▶︎https://www.hosoo-residence.com/jp/