世界へと羽ばたくために、新たな前例を作る
世界的建築家ピーター・マリノ氏からの依頼により、西陣織をテキスタイルとして再構築することこそが、新たなマーケットを切り拓く術だという気づきを得た細尾。だが、その前に立ちはだかったのは、32㎝という伝統的な反物の幅だった。
32㎝幅では、椅子やソファなどスケールの大きいプロダクトに用いた場合、どうしても継ぎ目ができてしまう。細尾はこれを機に、着物ではなくテキスタイルのスタンダードとなる150㎝幅の織機の開発という、かつてない挑戦に挑むこととなった。
「前例がなく、できるかどうかの確証もない織機の開発に、社内からは反対の声も上がりました。しかし、生地幅という大きな問題を解決しない限り、この先いくら海外展開を続けても成功しないだろうと直感しました。ならば、作るしかないと思ったのです」と話すのは、細尾の12代目当主の細尾真孝さん。
西陣の本質は「美」。重要なのは今の時代に合う美しいものを作り続けること。美という基準を満たしてさえいれば、変化はいとわないのだ。
「我々がやるべきことは、培ってきた技術を次の世代へと継承していくことに尽きます。そのためのイノベーションならやるべきだと思いました」
1年がかりで150㎝幅の織機を完成させた細尾は、これを機にテキスタイル事業を一気に拡大していく。ピーター・マリノ氏から依頼を受けたテキスタイルは、世界各国のディオール・ブティックの内装を飾り、西陣織は「NISHIJIN」として瞬く間に世界へその名をとどろかせた。以降、細尾の西陣織は、シャネルやルイ・ヴィトンなど世界のラグジュアリーブランドやトップスターホテルでも次々と起用され、テキスタイルメゾンとしての確固たる地位を確立していった。
「苦戦を強いられながらも、諦めずに海外展開を続けてきたことが実を結んだと思っています。常に情報をアップデートし続けていたからこそ、しかるべきタイミングで生地幅を変えるという大きな決断を下すことができたのです」
コラボレーションが思いも寄らないイノベーションに繋がる
今やテキスタイルメゾンとして、世界からも一目置かれる細尾。そのモノづくりに一切の妥協はない。常にインスピレーションを与える存在であり続けるため、「More than Textile」をキーワードに、織物の常識を覆すようなモノづくりを続けている。
1年ごとに発表されるコレクションも、いいものが作れなければ出さないという徹底ぶりだ。細尾さんは、そんなモノづくりをヴィンテージワインのようだと話す。
「どの時代においても定番であり続けるには、常に角度を変えた提案をし続けなければなりません」
そんな細尾のモノづくりのインスピレーション源となっているのが、国内外のさまざまなアーティストとのコラボレーションだ。
例えば、2014年に「二面性」をコンセプトに掲げて立ち上げたプロジェクトでは、ニューヨークの現代アーティストのテレジータ・フェルナンデス氏とコラボレーション。夏物に使われる西陣織の技術を応用し、一方からだと透けて見えるが、もう一方からだと何も見えない、まるでマジックミラーのような織物を完成させた。
「アーティストの作品を単純に織物に落とし込むのではなく、織物ならではの技術を使って、いかにアーティストが想像できなかった美しいものへと展開させていくかが勝負でした」
1年をかけてようやくひとつの作品を仕上げるというプロジェクトは、単体で見ると採算を度外視した取り組みにも見える。しかしこういったプロジェクトは、西陣織の新たなポテンシャルを見いだすきっかけにも繋がっているという。
現に、このプロジェクトで開発した技術を用いたテキスタイルは、ザ・リッツ・カールトン東京にあるレストランの個室に採用されたという。
「我々とのコラボレーションによって、相手がこれまで想像もしなかったようなものを生み出せるかもしれません。常にあっと驚くような面白いモノづくりを続けることで、コラボレーションしたいと思ってもらえるような存在になりたいと思います」
受け継いできた技術に時代感を加えながら、ひたすらに美を追求してきた細尾。イノベーションを起こし続けられている理由は、現状に満足することなく、常に新しいものへと目を向け、技術や感覚をアップデートし続けているからであった。
細尾のストーリーを物語る「HOSOO FLAGSHIP STORE」
細尾の伝統と革新が織り成すストーリーを体現しているとも言えるのが、2019年、京都・烏丸御池に誕生した「HOSOO FLAGSHIP STORE」だ。
50年前に建てられ、着物のショールーム兼オフィスとして使われてきた場所を、伝統工芸のモノづくりを世界に向けて発信するための拠点として改装したという。
地上5階建ての建物内には、テキスタイルコレクションに加え、家具や小物などのホームコレクションを手に取ることができるストアのほか、ラウンジやギャラリーも併設され、西陣織の魅力を余すところなく体験できる空間となっている。
「工芸建築」をテーマに、さまざまな職人たちの協働によって仕上げられた店舗には、伝統的な左官技術をはじめとする職人の手技が随所に生かされている。その様は、分業体制によってさまざまな職人の技術を合わせ、多様な構造で織り上げられる西陣織とシンクロする。
「織物としての建築というコンセプトに基づき、多様性を織り込むことが美につながるという考え方を体現する建物としました」
また素材には、経年によって風合いが変わるものと変わらないものが対比するように用いられ、伝統と革新という細尾の思想が見事に息づく。
「本物の素材や工芸品というものは、時間を経てもなお、その美しさを維持し続けます。そういう伝統工芸の魅力を体現するため、この建物にも本物の素材を使い、経年美化を楽しめる空間としました」
この建物からは、伝統技術を守りながらも西陣織を未来へと繋げるべくイノベーションし続ける、今の細尾の姿を垣間見ることができた。
プロジェクトユニット「GO ON」が伝統工芸の固定概念を打ち破る
細尾は、工芸をグローバルに発展させ、未来へとバトンを繋ぐための取り組みの一つとして、2012年より「GO ON(ゴオン)」というプロジェクトユニットを展開している。
京都を拠点とする伝統工芸の若き担い手6人と共に取り組むのは、アート、デザイン、サイエンス、テクノロジーなど、幅広いジャンルとのコラボレーションだ。多分野との結節点を広げることで、伝統工芸のさらなる可能性を探ろうとしている。
「日本の工芸品には、長い歴史と共に育まれてきた技術やストーリーがあります。しかし、その工芸品のほとんどは、まだ世界に知られていません。それは裏を返すと、グローバル展開のチャンスがいくらでもあるということです。伝統工芸の固定概念を打ち破り、新たな前例を作り上げたいという想いがあります」
伝統的な技術や素材を使って、クリエイティブに展開させる彼らの活動は今、海外からも注目を集め、徐々にその影響力を強めている。
「美とテクノロジーは分けて考えられがちですが、歴史において、人は美を生み出すためにテクノロジーを進化させてきました。豊かな暮らしには、美はなくてはならないものといえます。我々は美の力を信じ、日本が誇る美しき工芸の価値を世界に伝えたいと思います」
細尾の美への探究心は止まるところを知らない。これから先、どんな進化を遂げ、より大きく羽ばたくのか、その活動に注目し続けたい。
企業情報
株式会社 細尾
▶https://www.hosoo.co.jp/