ライフステージに合わせた家具コーディネート
港区・高輪に建つ、総戸数250に近い大規模なヴィンテージマンション。都内有数のターミナル駅である品川駅を目前としながら、広大な敷地に日本庭園やテニスコートを有し、隣地には旧岩崎家高輪別邸「開東閣」の緑が広がるなど、都心にいることを忘れさせるマンションだ。抜群の利便性や自然を感じながら暮らせる豊かな環境、さらにレンガタイル貼りの重厚感ある佇まいなどが相まって、築40年を経た現在でも変わらない人気を誇っている。
「このマンションは戸数が多いだけに広さや間取りのバリエーションが幅広く、ライフステージに合わせて同じマンション内で住み替える人も多いとか。実際に暮らしてみて、この環境に価値を感じている人の選択ですよね」と話すのは、株式会社インターオフィス代表取締役、寺田尚樹さん。
「子育てをしながら暮らす住まいと、子どもたちが巣立った後に夫婦二人で落ち着いた暮らしを営む住まいとでは、当然、求められる広さや動線、家具の配置、インテリアの雰囲気などが違ってくると思うんです。だから今回、同じマンション内の環境が異なる二つの部屋を舞台にして、ある夫婦が住み替えをした想定で家具を選んでみようと考えました」
こうして、同社デザインチームのコーディネートがスタートした。一つ目は3LDK、約168㎡のゆったりとした住まいで、インテリアは明るい色調でまとめられている。ここでは2人の子どもと共に暮らす40〜50代の暮らしをイメージ。
そして、もう一つは先ほどよりも少しコンパクトな2LDK、約138㎡。ダークトーンで落ち着いた印象のこちらは、子育てを終えた60代以降に夫婦でのんびりと暮らす住まいをイメージした。
明るくニュートラルな色調の家具で、ファミリーの暮らしを体現
3LDKの住まいのリビングダイニングは、床材が明るいオーク材で、白い壁をベースとしながら造作収納の扉材に温かみのあるウォームグレーが使われている。
「窓外の緑と距離が近い分、ともすれば暗さや圧迫感を感じさせるので、インテリアを明るい印象でまとめました。それが子育て世代の暮らしのイメージにぴったりと重なりました。家具の色調はインテリアにそろえようと考えたとき、明るい木材とウォームグレーの塗装の組み合わせが“ニューノルディック”の色使いと重なるように感じたんです」
ニューノルディックとは、タイムレスなデザインや実用性の高さといった北欧の伝統をベースとしながら、新たな視点を加えて今の暮らしにマッチさせた新しい家具のトレンドだ。子どものいる暮らしのなかでは、意図せずともさまざまな色が住まいの中にあふれる傾向がある。そのため、強い色を交えず、背景となるようなニュートラルな色で統一することを意識したのだとか。
「北欧家具を基本にすることにして、まずはダイニングにハンス・J・ウェグナーのテーブルを選びました。北欧のモダンデザインを代表するデザイナーですね。床材と同じオーク材製ですが、一段階濃い色合いのものを選んでいます。同じ空間で木材同士を合わせるとき、そろえようとしてもメーカーの違いなどでどうしても微妙に色が異なり、違和感を感じてしまう。あえて少し差異が出るように合わせる方が美しく見えます」
「ここに暮らすのは4人家族の想定ですが、お客様が来たり、勉強や仕事などさまざまな用途で使うシーンを考えて、6人掛けのゆったりとしたテーブルにしています。ただ、大きすぎると、子育てをしていく家族の密なコミュニケーションにそぐわない。このテーブルは幅が900㎜と対面する距離が離れすぎていないところがいいんです。お母さんが子どもの食事をアシストするときなんかに無理せず手が届く、家族の距離感なんですよ。一方で、フォーマルな食事や、仕事の会議だと、近すぎて恥ずかしくなる距離だと思います。その場合は幅が1200㎜はほしいですね」
対面する距離が近い分、長さがしっかりとあるテーブルのため、両サイドに座れば互いの距離が確保できる。たとえば子どもが読書をする隣で晩酌をする、夫妻がそれぞれに仕事をするなど、違うことをしたいシーンでも有効に使いやすいテーブルだ。
「そこに合わせたのがデンマークの比較的新しい家具ブランド、ムートのイスです。テーブルと共通して木製のものですが、こちらは造作収納のウォームグレーと同じトーンのダークベージュに塗装されたものを選びました。塗装色で木材同士の色の不調和を避けましたが、木目が透けているので素材感をきちんと感じられます」
「食事を楽しむダイニングのイスにはやはりアームがほしいものですが、仰々しいアームではフォーマルになりすぎます。これはカジュアルで軽やかな印象を与えつつ、アームによる居心地の良さをカバーしたデザインですね。背もたれと連続するようにアームが設けられた軽やかなイスは、ハンス・J・ウェグナーのYチェアに代表されるようにデンマークの一つの伝統でもあります。それが、ニューノルディックを代表するトーマス・ベンゼンにしっかりと受け継がれていますね」
ワンルームでつながるリビングダイニングでは、家具に何かしらの連続性や一体感を持たせたいもの。ここでは、北欧家具という共通点でつなぎ、色調を合わせていくと同時に、テーブルのかたちを小判型に統一したのだとか。
「やはり一つの空間のなかに同じかたちが繰り返されると、一体感がぐっと出ますよね。先にダイニングテーブルのかたちを決めていたので、リビングには相似形のテーブルを探しました。これもムートのもので、造作収納の近似色を選んでバランスを取っています」
大小二つのテーブルを組み合わせて使うというのも、面白い発想だ。
「大きな一つのテーブルを置くよりもシーンに応じた使い方ができるし、見た目にもリズム感が出てアクセントになるんです。メーカーもこういう組み合わせを意識して大きさや高さ違いをそろえているので、ぜひ取り入れてみてください」
「テーブルまわりには、マルニ木工のスタンダードなソファ、フリッツ・ハンセンのラウンジチェア、ヴィトラのコルク製スツールを合わせています。ソファとスツールは北欧のものではありませんが、素材の温もりある質感やシンプルで使いやすい形状といった北欧家具と共通するキャラクターを持っているものです」
リビングのコーディネートのなかで、特に注目したいのが、ラウンジチェアのユニークな形状だ。
「一人掛けのソファやラウンジチェアって、背とアームで三方が囲われたスクエアなデザインのものが多く見られませんか。例えば、ル・コルビュジエのLC3などを思い浮かべてみてください。スクエアなデザインだと、テーブルを挟んで対面するようにレイアウトしたときに、当然、対面するかたちでしか座れない。だけどこのラウンジチェアは4本の脚に対して斜め45度に座るようデザインされているので、体を中心に向けることができる。より自由に座ることができるから、幅広いシーンで居心地の良さを感じられると思います」
同じ空間に張りぐるみのソファやラウンジチェアを合わせるとき、ファブリックやレザーの組み合わせ方は悩ましいポイントだと言える。
「同じ生地で統一すればまず間違いなく調和しますが、それでは面白くありません。少し変化をつけたいですよね。たとえばこの部屋では、ソファに青みがかった淡いグレー、ラウンジチェアに紫の入ったグレーを選んでいますが、私たちはこの2種類の家具自体の調和より、それぞれが床材の色と合うかと考えて選びました。そうすると2種類の生地も自ずと合うんです。ベースになるものを決めるというのは、一つの方法かもしれませんね」
間違いなく調和するところから一歩踏み込んで、独自のこだわりや面白みを加えた家具セレクトは、まさに同社のデザインチームならでは。今回、その個性を強く感じたのが、北欧家具のテイストで統一されたなかで異彩を放つスタンドライトだ。
「棒の先にただ電球がついているだけ、それを三本足が支えているぶっきらぼうなデザインのライトで、ミスマッチになるものをあえて選びました。1954年に出されたイタリアのもので、アッキーレ・カスティリオーニがデザインしています。ウィットに富んでいるけれど、うるさくなりすぎずシンプルに存在できるというのがポイント。半世紀以上前のデザインだけど、今見ても新しさがありますよね」
「当時のイタリアには、冗談みたいだけど魅力的かつ普遍的なデザインのものがたくさんあって、僕はそれらが大好きです。イタリアは家族経営の小さなメーカーが多いから、大きな企業だと難しいことでもオーナーがやろうと言ったらやれちゃうんですよね。だから面白いものが実現するんです」
このスタンドライトは天井に光を反射させて部屋の明るさを確保するアッパーライト。人が集う場所や手元を照らすようなスタンドライトとは少し役割が異なる。
「明るさを確保するものだから、これを使うときは部屋のダウンライトなどは全部消してもいいと思います。こういうライトをコーナーに配して全体を照らしながら、テーブルにはキャンドルを灯して、いつもと雰囲気を変えるような使い方がおすすめですね」
年代を問わず重宝されるキッチンの家具
この住まいのキッチンは、ダイニングと場を分けたクローズドキッチン。といっても面積にはゆとりがあり、中央に配されたアイランド型カウンターは調理だけでなく、朝食やおやつを食べる、夫妻が料理するときに子どもが勉強をするといったシーンにも活用できそうだ。
「一つあるだけでキッチンの用途がぐっと広がる。それが、カウンターチェアです。僕自身は料理をする前に、食材を並べてメニューを考えたりしますが、そんなときにもちょこっと腰掛けられるととても嬉しい。キッチンでの作業ってずっと立ちっぱなしだからけっこう疲れるんです。だから、カウンターチェアは子育て世代に限らずさまざまな人におすすめです」
「このイスはイタリアのものですが、日本人のデザインユニットがデザインしているんですよ。ガス圧式で高さ調整ができるところがいい。最近は住み手の身長に合わせてカウンターを設計したりするから、そこにちょうど合うイスを探すのはなかなか難しいんです。家族それぞれに用意するようなものでもないので、使う人が代わったときにも高さを調整できたら快適ですよね。やはり水まわりですので、木のイスだと汚れが気になりそうですが、これはフレームやベースが金属製で掃除もしやすいんです」
夫妻二人の時間を楽しむ住まいには、シックで軽やかな家具を
二人の子どもが次々と巣立ち、これからは夫婦でゆったりと落ち着いた暮らしを満喫したい。そんなタイミングでの住み替えを想定したのが、もう一方の2LDKの住まいだ。木製ルーバーの引き戸を開けるとリビングダイニングが広がり、その先の絵画のようにフレーミングされた緑の風景へと視線が導かれる。ダークなウォールナット材の床と白い壁が緑をいっそう引き立てている。
「日差しがさんさんと降り注ぐ庭もいいですが、この住まいを特徴づけているのは木漏れ日や陰影が際立つ落ち着いた緑の風景であり、それが夫妻二人の穏やかな時間にふさわしい。この部屋では一番に、絵画に見立てられたこの風景を、さまざまな視点で眺めるための家具を選ぼうと考えました。都心のマンションで暮らすとき、一つの景色を気分を変えて楽しむための仕掛けってすごく大切なんです。大自然のなかで暮らしていれば、日々、さまざまな風景が見られるので必要ないのですが……」
まずはキッチンから最も近く、L字型を描く部屋の交点に当たる位置にダイニングを配することに。部屋全体の空気感や広がりをコーナーから見通し、距離を保ちながら緑を眺める場所だ。
「ダイニングセットには、緑を引き立てて視線を促すような黒を選びました。ただ、インテリアもダークトーンなので、あまり威圧感が出ない軽やかなものがよかった。イタリアの家具メーカー、マジスの細いスチールの脚とスモークガラスの薄い天板を合わせたこのテーブルは、落ち着きと軽やかさを兼ね備えています」
「部屋の交点に当たることから、テーブルは周囲に動線が確保しやすい円形にしました。二人暮らしには十分な大きさで、お客様を迎えたり、ディスプレイを楽しんだりする余裕もあります」
黒いイスもテーブルと同ブランド、同シリーズで合わせたもの。実はこの部屋ではすべての家具の脚を黒で統一したのだとか。ダークな床との連続性、そして部屋全体の調和を意識してのことだ。
「イスもやはり、細い足が特徴ですね。このシリーズではハンマーで叩いて金属を成形する“鍛造”という手法が使われていて、よく見るとハンマーの跡が残っています。ヨーロッパでは多くの建築や家具で使われてきた伝統的な手法で、アールヌーボーの時代に作られたパリの地下鉄の入り口にも見られます。そんなバックストーリーをふまえた家具選びも、経験を重ねた上でこれから人生をもっと深く自由に楽しむステージにある夫妻らしくて面白いじゃないですか。細く作られているので、持ってみるとそんなに重くないんですよ」
ダイニングセットを黒でまとめる一方で、目を引くのが白く軽やかなペンダントライトだ。
「ダイニングには求心力のある光がほしいので、ルイス・ポールセンのペンダントライトを配しています。テーブルと同心円が重なるようなデザインで、光のウイングが宙に漂う様子がとても軽やかです。床がダークな一方、壁や天井が白いので、天井からつながっているものは白にするというセオリーで選んでいます」
そしてダイニングよりも窓に近い位置に配したリビングでは、距離だけでなく角度や高さも変えて緑の風景が楽しめるように考慮したという。
「通常、細長い部屋だとソファを長手方向に置くのが自然ですが、一方でこの部屋では短手方向にビューが美しい窓がある。ここでは、アームが可動するソファを選び、アームを背や枕にして緑の景色が眺められるようにしています。ソファはダイニングチェアより座面が低いので、視線の高さが変わって風景が異なる印象に見えるはず。さらに寝転べばもっと視線が下がりますよね」
「ここはリラックスしてまどろむ場所のイメージなので、ファブリック張りのソファで柔らかい印象にしました。リビングまでモノトーンを徹底してしまうと少し肩苦しいので、ネイビーで色を加え、ラウンジチェアやスツールも軽やかさや温もりのあるものを選びました。スツールなんか、アウトドア家具のように軽やかでしょう。バルコニーに持って出ることも想定しています。春や秋にはバルコニーで読書をしたり、お酒を飲むのも楽しそうですね」
ただ、やはり脚だけは黒にそろえて一体感を出している。
「イサム・ノグチによるセンターテーブルは、脚がブラウンのものが定番ですが、ここでは今回のセオリーに準じて黒を合わせています。ブラウンを見慣れている人には新鮮な印象でしょう。“おにぎり型”の天板にはほどよいカジュアル感があって、まどろむリビングにぴったりです」
「スタンドライトも脚は黒、天井に近いシェードは白に。折り紙から着想を得たというレ・クリントのシェードが光を柔らかくしてくれます。デンマークの製品ですが、日本の折り紙が関係していると聞くと無意識に親近感が湧きませんか。いかにもではなく、言われてみれば日本的だよねという絶妙なさじ加減が良いんですよね」
また、この住まいにはもう一つ、第二のリビングとも言えるラウンジがある。ダイニングに隣接する比較的コンパクトなスペースだ。
「ここは、ディナーの前にアペリティフを楽しむような場所としてイメージしました。今日のメニューはどうしよう?などと、キッチンと会話をしながらくつろぐ。二人暮らしのなかで、コミュニケーションをとりながらそれぞれの時間を過ごせる場所があったらいいなと思うんです。もし子育て世代であれば、ここをキッズスペースにしたりワークスペースにしたりするのかもしれない。だけど、このステージの生活ではすべての空間が機能的である必要はないんです。あってもなくてもいいこの空間が、日々の余白になって、豊かな暮らしを育むのではないでしょうか」
「こうした余白の空間では、家具が特に大きな役割を果たします。ラウンジチェアとサイドテーブル、それにライトがあれば、居場所ができて読書をしながらお酒が飲めるじゃないですか。ここには、座面が低くコンパクトなラウンジチェアと、軽やかで機能的なスタンドライトを選びました」
サイドテーブルは、20世紀前半にフランスで活躍した建築家、アイリーン・グレイがカップ・マルタンの別荘「E.1027」のためにデザインしたものだ。テーブルも、建物と同様の「E.1027」という名で知られている。
「彼女が50代になってから、自身と恋人のジャン・バドヴィッチのために生み出した建築や家具なんです。名前の「E.1027」も、Eはアイリーン、数字はジャンのJがアルファベットで10番目、バドヴィッチのBが2番目、グレイのGが7番目であることからきていて、まさに二人でゆっくりと過ごすための別荘だったんですね。そんな背景と、この住まいでの夫婦二人の暮らしを重ね合わせてみました」
銀色のクロム製フレームが定番のこのテーブルだが、ここではやはり黒を選んでいる。
「もともとはクロムがオリジナルだと思われていましたが、近年になってアイリーン自身が黒にペイントして使っていたものが出てきたんです。最近は名作といわれる家具にメーカーがトレンドの色付けをするケースも多いのですが、クラシコン社はそういうことはやらない。これはデザイナーが黒を使っていたことが分かったので、黒を出した。そこにも物語が感じられるし、強く惹かれるものがありますよね。僕はここでアペリティフにカンパリ・ソーダが飲みたいな(笑)。黒いテーブルに赤が映えてきれいじゃないですか」
家具には空間の可能性を広げ、暮らしをより楽しいものにする力がある。今回は家族構成の変化に合わせた住み替えを想定したが、もちろん同じ住まいでも家具のコーディネートを変えるだけで、ライフステージに寄り添う自分らしい暮らしが実現できるだろう。家具そのものだけでなく空間をトータルで考え、一つひとつのシーンを思い描いて家具選びをすることで、豊かな毎日をかなえてほしい。
profile
1989年、明治大学工学部建築学科卒業後、オーストラリア、イタリアでの設計事務所勤務を経て、1994年、英国建築家協会建築学校(AAスクール)ディプロマコースを修了。帰国後、2003年にテラダデザイン一級建築士事務所を設立。2011年プロダクトブランド「テラダモケイ」「15.0%」を設立。2014年から株式会社インターオフィス取締役、2018年より同社代表取締役社長を務めている。働き方の多様化にも応じる魅力的なオフィスの創造を担う、ファニチャーブランド「i+(アイプラス)」の設立など、複数のブランドディレクションも行う。プラモデル研究家・料理研究家でもある。
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