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建築家リナ・ボ・バルディの思いを次代へ継ぐ
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建築家リナ・ボ・バルディの思いを次代へ継ぐ

大切なのは、社会とのつながり、詩情、そして喜び

近年、目覚ましく評価の高まっているブラジルのモダンデザイン。当時のシーンの中心にいた建築家、リナ・ボ・バルディによる家具をメインとする企画展が2023年5月に東京で開催された。彼女と共に活動した建築家で、その家具の復刻を手がけるバラウナ工房の設立者であるマルセロ・フェハスに、生きる喜びを勇敢に追求し続けたリナの素顔について語ってもらった。

Text by Takahiro Tsuchida
Edit by Masato Kawai(BUNDLESTUDIO Inc.)
Photographs by Yosuke Owashi

建築のための家具から、バラウナ工房が生まれた

ブラジルの建築家というと、最も有名なのは首都ブラジリアの都市計画にも携わった巨匠、オスカー・ニーマイヤーだろう。しかし南米最大にして人口も多いこの国では、20世紀以降、多くの建築家たちが活躍した。中でも異色の経歴をもつのがリナ・ボ・バルディだ。イタリアのローマ生まれの彼女は、美術評論家だった夫のピエトロ・マリア・バルディと共に、第二次世界大戦後にブラジルに移住。寡作ではあったが、手がけた建物は現地の人々に広く使われ、時代を超えて愛されてきた。

駐日ブラジル大使館で2023年5月に開催された「LINA BO BARDI 展 - with Marcenaria Baraúna - 」の様子。
この展覧会では、 パネルでリナ・ボ・バルディの建築について伝えるとともに、多くの貴重な家具が展示された。

2023年5月に東京の駐日ブラジル大使館で開催された「リナ・ボ・バルディ」展では、その生涯や建築の代表作である「SESCポンペイア文化センター」などをパネルで紹介するとともに、彼女がデザインした貴重な家具や、その復刻版などを展示した。この催しに合わせて来日したマルセロ・フェハスは、大学在学中の1977年にリナと知り合い、彼女の最晩年まで交流した人物。出会った当時の経緯を、彼はこう語る。

「リナは若いスタッフと仕事することを好んでいたようです。私が師事していた教授が彼女から依頼を受け、私をリナに紹介してくれました。当時の私は、実は彼女を知らなかった。しかしすぐにSESCポンペイアセンターの仕事が始まり、300人ほどのスタッフを率いて仕事を進める勇敢な姿に圧倒されました。それ以来、9年間にわたりリナの事務所に勤めてそのプロジェクトに打ち込みました」

リナの晩年まで共にプロジェクトに臨み、1986年にバラウナ工房を設立したマルセロ・フェハス。
SESCポンペイア文化センターのプロジェクトを進めていた頃のマルセロ・フェハス(右)とリナ・ボ・バルディ(中)。左はアンドレ・ヴェイナー。

SESCポンペイア文化センターは、サンパウロ市内にあって取り壊される予定だったドラム缶工場をリノベーションし、新築の建物を加えて市民のための多目的施設にしたものだ。この建物で使う家具は、館内でワークショップ形式により製作されていたという。家具のデザインはリナとフェハスさん、アンドレ・ヴェイナーが共同で行うことが多かった。

「当時、ブラジル国内に出回っていた家具に、リナが使いたいと思うものはありませんでした。使い捨ての家具が多く流通するようになった時代だったのです。また彼女は、1960年代までの建築家が、建物から家具までをトータルにデザインしたのを理想としていました。だから工事中のSESCポンペイアの中で家具をつくることにしたのでしょう。もともと工場だったので、家具づくりには適していました」

SESCポンペイア文化センターのためにデザインされた椅子のヴィンテージ品。
1978年に日本を訪れたリナ・ボ・バルディ。彼女は1973年とこの年の2度、来日を果たしている。

主に用いたのはブラジル産のパイン材で、本来は家具よりも建築に多く使われるものだ。部分的に昔の設えを記憶として残したSESCポンペイア文化センターの館内に、やや武骨さのある一連の家具の佇まいはよく似合う。そのひとつは「SESCポンペイアチェア」として、今回の展覧会でバラウナ工房からの復刻が発表された。「耐久性があり、長持ちするものをつくりたいと考えてデザインされた椅子」だとフェハスさん。当時つくられた家具の多くは、現在も館内で使用されている。

SESCポンペイア文化センターのためにデザインされたキッズデスク。キューブ状で、ふたつに分割すると椅子とデスクになる。バラウナ工房が復刻し、この展覧会で初公開された。
キッズデスクに座ったマルセロ・フェハス。十分な強度をそなえている。

SESCポンペイア文化センターでの家具づくりの経験は、フェハスさんにとってとても印象深いものだった。1986年にこの建物が完成すると、彼はリナとの仕事と並行して結成していた「ブラジル・アーキテトゥーラ」の建築家のマルセロ・スズキとフランシスコ・ファヌッチと共にバラウナ工房を設立。SESCポンペイア文化センターがそうだったように、リナや自身が手がける建築のための家具をつくることにした。その活動は、1992年のリナの他界を乗り越えて、現在まで脈々と続いている。「最初は若者らしい思いつきで、なんでも自分たちでやってみよう! という感じでした」とフェハスさんは笑う。

会場内でリナとの思い出を語るフェハスさん。
リナ・ボ・バルディ、マルセロ・フェハス、マルセロ・スズキによる「ジラフチェア」は1987年のデザイン。彼女が設計して1968年に開館した サンパウロ美術館で現在も使用されている。

バラウナ工房が製作したリナの椅子の代表作に「ジラフチェア」がある。1989年、ブラジルのサルヴァドルに完成した「ベナンの家」のレストランのためのもので、丸い座面を3本の脚部が支え、うち1本は上に伸びて背もたれになっている。フィンランドの著名な建築家、アルヴァ・アアルトによるスツールを参照して、リナ、スズキ、そしてフェハスさんが共同でデザインを仕上げていった。

「アアルトのスツールをモデルに新しいものをつくろうと提案したのはリナでした。しかしあまりうまくいかず、ブラジル松を使ってバラウナ工房でたくさんの試作品をつくり、この形になったのです。最初からジラフ(キリン)をモチーフにしたのではありません。レストランが完成してベナンの要人たちに披露したとき、背もたれがキリンみたいだねと言われ、この名前がつきました」

「ジラフチェア」のバースツール仕様のヴィンテージ品。
「ジラフチェア」は、当時からバナウラ工房が製作を担当しており、現在でも製作を続けている。製作された年代によって木材の種類にも変化が見られる。
「ジラフチェア」と「ジラフテーブル」。バラウナ工房が初めて製作した家具で、MoMA所蔵品になっている。

バラウナ工房では主な素材として木を使い続けてきた。森林資源が豊富にあるブラジルだが、この国では木材は必ずしも有効活用されてこなかったのだとフェハスさんは話す。

「日本や北欧は木を使った手仕事が発達していますが、ブラジルにそのような伝統はなく、家畜の飼料や木炭の材料にされることも多かった。しかし私たちは、木を使って長もちするものをつくろうと考えています。バラウナ工房の家具の木材はすべてブラジル産で、違法伐採されていない認証済みのもの。100年、150年使える家具はサステナブルでもあります」

「サステナブルという言葉は好きではないが、森林資源の活用はそのために有効です」と話すフェハスさん。

社会課題に対して、デザインで応える。

リナが世を去ってから20年が過ぎた2012年、彼女の功績を振り返る回顧展が世界を巡回しはじめた。日本でも東京のワタリウム美術館が、ブラジル文化省などとの共催で「リナ・ボ・バルディ」展を行っている。また彼女の家具にフォーカスした大規模な展示が2020年にイタリアのミラノにあるデザインギャラリーで開催されると、その作風があらためて注目されるようになった。こうした再評価が起こる背景を、フェハスさんはこう考える。

「20世紀末からの建築は、見せるための建築が主流になっていきました。そこで過ごすことや暮らすことよりも、外観ばかりが重視されたということです。そして建築家に過剰に光が当てられるようになった。しかし2008年の経済危機の頃から、そんな価値観が変化して、過去の建築に目を向けるケースが増えたと思います。リナの建築は、常に人間がいる場所として考えられていました」

第二次世界大戦後、リナが夫と共にブラジルに移住したのは、ふたりが戦時中に反ファシストのレジスタンス運動に参加していたため、イタリアで暮らしにくくなったという理由もあったとされる。自由な生き方を求め、信念をもって活動したことは、彼女の建築のアプローチとも深く結びついている。

「リナはブラジルでは戦後の軍事政権に対するレジスタンスに加わったため、監視を逃れて1年間にわたりイタリアに滞在したこともありました。それでも彼女は建築家の仕事を政治と切り離せないものと捉え、共産主義を信じていた。建築は貧しい人々にも行き届くべきであり、社会を良くするために存在していると考えていたのです」

ジャンカルロ・バランティの協力を得て1949年にリナがデザインしたアームチェア。

フェハスさんがリナの第一印象として感じた勇敢さは、9年間にわたって活動を共にする間も変わらなかった。さらに一緒にいる間に彼の心に刻まれたのは、リナのパッションと、ある種の怒りだったそうだ。

「彼女は喜怒哀楽が豊かで、当たり前のことに反発したり疑問をもつのが当然でした。社会の不平等やいろいろな課題に対して、建築ができることを考えていたのです。同時に、やるなら楽しくやろうという気風がありました。そして美しさと自由をとても大事にしていた。まるで詩人のようです。心の中にはいろいろな思いがあっても、彼女の建築には人生の喜びが表現されています」

厳格でありながら、詩的であること。矛盾しそうなふたつの要素を兼ねそなえた建築のあり方こそ、フェハスさんがリナから最も影響を受けたところだという。

復刻版の「SESCポンペイアチェア」に触れるフェハスさん。

リナが手がけた個人住宅に「ガラスの家」がある。これはサンパウロ郊外にある彼女の自邸で、リナが最初に完成させた建築作品でもあった。斜面に建てられたこの家は、居住スペースのほとんどがガラスの窓で囲まれた独創的なもの。開放感のある空間では、自身でデザインした家具がいくつも使われていた。夫のピエトロはサンパウロ美術館のそばに別邸があったため、ほとんど「リナの家」として使われていたという。

「仕事場になることも多かったので、私はリナがデザインした椅子に座り、大きな大理石のダイニングテーブルに向かってよく作業をしました。また彼女は料理を振る舞うのが好きで、世界中から訪れる友人たちを自作のブラジル料理とカイピリーニャでもてなしていました。フランスからデザイナーのシャルロット・ペリアンが来たこともありましたね。私にとって、あの家の思い出といえば『おいしかった』ということ。あの場所にはリナの魂が宿っていました」

1951年竣工の「ガラスの家」はリナの自邸で、現在も夫妻の生前のままに保存されている。
「ブラスポールチェア」は自邸のためにデザインされて6脚のみ製造された。現在は復刻版が流通している。
自邸で使われた「ボウルチェア」。現在はイタリアのアルペールが復刻する。
3本脚のフレームに座面のレザーを合わせた「トリペ・アイアン・チェア」も自邸のためのデザイン。

リナが中心となって1986年に完成したSESCポンペイアセンターは、今もサンパウロに住む人々の憩いの場になっているという。先住民や各国からの移民など多くの民族が交じり合い、社会階層も多様なブラジルという国だからこそ、こうした場に人々が集まる意義はいっそう大きい。このプロジェクトの新築棟には、リナが日本を旅行した経験から触発されたフリーフォームの窓が採用された。そんなところからも、寛容で好奇心にあふれた彼女の性格が伝わってくるようだ。

彼女が建築と家具を同様の視点で捉え、妥協することなく思いを込めていたことは間違いない。バラウナ工房が復刻した「SESCポンペイア チェア」をはじめ、リナの家具は力強く、潔く、自由な発想に裏づけられている。そんな彼女の作風が、現代において輝いて見えるのは必然だろう。

SESCポンペイア文化センターでは、現在もリナ・ボ・バルディらがデザインした家具がそのまま使用されている。
リノベーションされた空間に、ブラジル松でつくられた力強い家具が合っている。

profile

リナ・ボ・バルディ

1914年、イタリアのローマ生まれ。大学で建築を学んだ後、ミラノでジオ・ポンティに師事。1946年に夫とブラジルに移り、1951年にフラジル国籍を取得。自邸はサンパウロにあるが、1958年から2度にわたりサルヴァドルに滞在して先住民文化に触れた。建築の代表作に「ガラスの家」「サンパウロ美術館」「SESCポンペイア文化センター」がある。

バラウナ工房

1986年に設立された家具工房。設立者はマルセロ・フェハス、マルセロ・スズキ、フランシスコ・ファヌッチの3名で、彼らは建築集団「ブラジル・アーキテトューラ」のメンバーでもある(スズキは1994年に独立)。自らの建築を中心とする建築プロジェクトのために家具を製作するほか、リナ・ボ・バルディが携わった家具の復刻を進めている。

CASA DE

ミッドセンチュリー期に活躍したデザイナーズ家具から、コンテンポラリー作品まで幅広く取り揃えるギャラリー。リナ・ボ・バルディ、ピエール・シャポやセルジュ・ムイユなどの現行品を扱っている。


▶︎https://gallerycasade.com

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