古い空間をアップデートし、モダンな家具を合わせる面白さ
「ヨーロッパでは古い建物に手を入れて住まうのが当たり前。ロンドンやパリなどに行くと、築100年を超えるようなアパートメントがたくさんあって、みんなその古い空間をモダンにリノベーションして暮らしています。さらにそこに、ある意味ミスマッチとも思えるような新しい家具を入れているのが面白い。新旧のギャップやコントラストを描くことよって、住み手がそれぞれの価値観を表現しているんです」
そう話すのは、株式会社インターオフィスの代表取締役である寺田尚樹さん。今回の舞台となるヴィンテージマンションの一室を見たとき、そんなヨーロッパのアパートメントが思い浮かんだという。
東京・広尾にあるそのマンションは、バブル絶頂期といわれる1990年に建てられた5階建ての低層マンション。都心の一等地で展開する当時の高級分譲マンションシリーズのひとつであり、レンガを思わせるタイル貼りの重厚感ある外観や、クラシカルな壁紙にブラケットライトを合わせた共有部の設えに、華やかな時代の名残を感じさせる。そこにゆったりと配された全11戸のうちの一戸、南東側のコーナーに位置する約150㎡の部屋を、R100 tokyoが生まれ変わらせた。
玄関を入るとまず目を引くのが、床一面にアイボリーの大理石を貼ったエントランスホールだ。さらに進むと、リビングダイニングの壁一面が、モールディング(帯状の装飾)を施した立体的な木製パネルで仕上げられている。竣工当時の時代を象徴するようなこれらの素材や仕上げは、今では再現が難しいほどに贅を尽くしたものであり、既存空間の価値ある個性として後世に引き継ぐことに。しかし既存のままでは重々しく現代の暮らしに合わないため、木製パネルをモスグリーンやグレーにペイント。さらに明るい色の木材をバランスよく取り入れることで、モダンな印象にアップデートしたのだ。
「築年数が30年以上で、しかも既存空間が上質なものだからこそ、ヨーロッパの感覚を持ち込める。そこがこの部屋の面白さになっているんです。古い部分を単色に塗り込めるというのも、まさにヨーロッパらしい手法ですね。木製パネルの素材感が消えることで、重厚でクラシカルな主張が軽減され、逆に陰影だけが強調される。だからよりモダンで、同時に住み手の動きが主役になるような空間になっているんです。今回はこの空間の個性を大きな軸に、空間と心地よいハーモニーやコントラストを描く家具をコーディネートしています」
そんななかで住み手としてイメージした人物像は、小学生の子どもをもつアクティブな夫婦だという。
「古き良きものをアップデートしながら後世に引き継ぐという考え方は、ヨーロッパで暮らした経験などがあって自分なりの価値観をきちんともつ人に合う。ある程度の経験を重ねてライフスタイルは安定しているけれど、まだまだエネルギッシュでポテンシャルが高い夫婦。そんな人たちが東京で暮らすことを考えると、新築のタワーマンションではなく、もう少し地に足がついたヴィンテージマンションでしょう。そして、固定観念に捉われることなく、自分たちのこだわりをもってコーディネートを楽しむのでは……とイメージを膨らませました」
素材感を消した家具で、空間のデザインと呼応させる
空間の個性を最大限に生かしながら、一定の価値観に基づいて家具選びを楽しむ。そう考えて最初に選ばれたのが、ダイニングの「Seven Chair(セブンチェア)」だ。デンマークを代表するデザイナー、アルネ・ヤコブセンにより1955年に生み出された名作で、実際に目にしたことがある人も多いだろう。しかし、「Seven Chair」と聞いてほとんどの人が思い浮かべるのは、木材でできた座面と背もたれにクロムメッキの脚がピカピカと光る、定番の佇まいではないだろうか。
「このイスを選んだ理由のひとつは、定番とは異なる仕上げになっているからです。Seven Chairは成型合板が特徴で、明るめの突き板で仕上げたものは北欧らしく清潔感もあっていいのですが、この住まいには少しカジュアルすぎます。誰もが知っている名作なんだけど、座面と背もたれは張りぐるみ、脚は鈍いブロンズ色の塗装と、定番からアレンジされているものを選ぶことで、住み手のキャラクターを表現したかった。おそらく、Seven Chairが好きな人のなかで張りぐるみを選ぶ人は少数派でしょう。なんらかのこだわりや価値観がある人のセレクトなんです」
「特に張りぐるみや塗装により、もともとの木材や金属といった素材感が隠れているところがポイントです。木製パネルをペイントで塗り込めたこの部屋の壁のように、家具も“素材感を消す”ようなデザインのものを合わせたら、空間と呼応して面白いのではと考えました。だからダイニングテーブルも、脚をイスと同じブロンズ色に塗装されたものを選んでいます」
一方で、テーブルの天板まで素材感を消してしまうと、全体がのっぺりとした印象になってしまう。そこで、キッチンカウンターやリビングの造作棚に用いられた明るい色の木材に合わせて、オーク材の天板を選び、インテリアとの連続性をもたせたという。
「ダイニングには人が集う場として一体感をもたせたい。中央にペンダントライトを配するとなんとなくまとまりが感じられるし、点灯すれば柔らかい光の輪ができて親密感のある場が生まれます。だけど大きなものをバンと置いてしまうと、威圧感が出てしまう。なので、小さなシェードがいくつか集まっているようなペンダントライトを探しました」
そうして選ばれたのが、デンマークの照明ブランド・LE KLINT(レ・クリント)のペンダントライトだ。折り紙を思わせる軽やかで立体的なデザインがとても美しく、モスグリーンの壁を背景に柔らかな白が映える。リネンのコードやシェード上部のオーク材のパーツがさりげなく素材感を主張し、塗り込められた壁とユニークなコントラストを描く。
さらに、ダイニングテーブル脇のコーナーには、サイドテーブルをコーディネートしている。
「ワインやブランデーを置くイメージで、ダイニングのサブテーブルがあったらいいなと思ったんです。食後酒の入ったバカラのデカンタなんかが似合いそうですね。これはフランスを拠点に活躍したデザイナー、アイリーン・グレイが1927年にデザインしたモダン家具のアイコンともいえるテーブル。もともとは彼女が自分の寝室で使っていたもので、ベッドやソファに差し込めるかたちになっていますが、ここでは高さの異なる2点を日本の“違い棚”のように組み合わせてみました」
「実はこのサイドテーブルもクロム仕上げが定番ですが、あえて黒の塗装で素材感を消したものを選んでいます。天板は、ひとつは黒の塗装、もうひとつはクリアガラスと異なるものを選んで遊び心を表現しました」
住み手の価値観が垣間見える家具コーディネート
今回の家具コーディネートでは主張の強い色をほとんど使わず、モノトーンのなかに明るい木材の色みを交えたベーシックな色使いでまとめている。
「主役はあくまでも壁のモスグリーン。さらにモールディングの陰影を考えて、家具の色は控えめに抑えました。そのなかで主張しすぎず溶け込みやすいグレーがグラデーションを描くように意識し、全体を引き締めるアクセントとして黒い家具をいくつか置いています」
白に近いグレーのカーペットが敷き込まれたリビングダイニングで、その次に明るいグレーを使っているのがソファだ。さらに、ラウンジチェア、ダイニングチェアとファブリック貼りの3種のイスがグレーの絶妙なグラデーションを描いている。
「ソファはボリュームがあって存在感を主張するものだからこそ、壁の色や陰影を引き立てるものにしたかった。ですので極力シンプルでスクエアなものを探し、デンマークの比較的新しい家具ブランド・HAY(ヘイ)のミニマルで座り心地が良いものを選びました。ただ、少し緩さや動きをもたせたかったので、片方だけにアームがある左右非対称のものを置いています。まっすぐに座るだけではなく、サイドから座ったり、アームに寄りかかったり、寝転がったりと、自由に座れるかたちがここに住まう人のキャラクターに合う気がしたんです」
「このソファを選んだポイントはもうひとつあって、座面が低いんです。僕は古い物件の面白さは天井高にもあると思っているのですが、この部屋は折り上げ天井が空間のメリハリを強調しています。それをさらに高く感じさせるために、座面が低いソファを選びました」
「ソファを低くすると、隣に置いたラウンジチェアと少し高低差が生まれる。この部屋にはラウンジチェアよりさらに高いダイニングチェアもあるので、さまざまな目線の高さで過ごせることになります。目線の高さが変わると景色が変化し、シーンごとに異なる印象で過ごせるので、ひとつの空間の中にあえて高さの異なる居場所をつくりました」
「先ほどのグレーのグラデーションを描いたというのも、見た目が全部同じだとつまらないという考えもありますが、それぞれに張り地を変えることで肌触りを変えたいという思いもあるんです。わずかな違いかもしれませんが、心持ちは大きく違う。いろんな体験ができると今日はどこに座ろうかなという楽しみになるし、空間はより豊かになると思うんです」
さらにもうひとつ、ソファやイスとは異なる体感が得られる場所として、スツールやオットマンとして使用できるビーズクッションを用意。ヨハネス・フェルメールの絵画『レースを編む女』をモチーフに、ユニークな刺繍が施されたものだ。
「これは目線を下げるだけでなく、いろんな意味で息抜きになるアイテムです。家具は基本的にすべて工業製品ですが、そのなかにクラフト感のあるものを交ぜて空間を緩めました。色もあえて全体のセオリーから外した強いものをと考えて、モスグリーンの補色になる赤紫を選びました。リビングに造作棚があって、その上にアートを飾ったりするだろうから、そこからのつながりで床にフェルメールがあるのも面白そうじゃないですか」
同様に、壁際に置いたベンチも収納棚からのつながりを考えて配したものだという。天板に大理石を用いた小さなテーブルが一体化したデザインで、どこかオブジェのような存在感を放っている。
「この部屋は本棚や飾り棚のような住み手のキャラクターを見せる場が少なく、唯一あるのがリビングの収納棚。木製パネルを塗り込めた空間の中でここだけインテリアの素材感が出ていて、視線が集まりがちな場です。そんな収納棚の近くにベンチを置いたのは、このベンチにも物を置いて個性を見せる場にしてほしいから。もちろん座ってもいいんですが、このベンチのデザインには腰掛けるという機能を超えてアレンジしたくなる雰囲気がある。住み手の振る舞いが合わさることで、きっと面白い場になるはずです」
今回、北欧デザインを中心としながら、100年近くも昔に生まれたものからミッドセンチュリー期のもの、2000年代以降のものまでさまざまな時代の家具を織り交ぜている。一方で、全体で共通しているのは、どれも機能性が高く合理的な家具であることだ。
「機能のない装飾やトレンドは、いつか必ず飽きが来る。だけど機能性を備えた美しいものは、頭と心の両方で好きになるのでいつまでも飽きないと思うんです。僕たちインターオフィスは、長く寄り添える家具、メンテナンスをしながら使い続けたくなるような家具を世の中に届けたい。だから自ずと機能的なものを集めたコーディネートになるのですが、その部分で筋が通っているから、ブランドや時代がバラバラでも統一感を出せるのだと思っています。自分の中での筋、つまり価値観がしっかりあれば、コーディネートの幅はもっと広がるし、一見ミスマッチと思えるような組み合わせもどんどん楽しんでほしいです」
リビングダイニングと異なる感覚で過ごす主寝室
この住まいの主寝室は、専用のバスルームとウォークインクローゼットを備えたホテルのように上質な空間で、そうするとやはり第二のリビングのようにリッラクスしてくつろげる居場所が欲しい。そこで選ばれたのが、デンマークの家具ブランド・Carl Hansen & Søn(カール・ハンセン&サン)のラウンジチェアだ。
「主寝室も全面の壁が木製パネル仕上げで、こちらはモスグリーンではなくグレーで塗り込めています。やはり塗り込めるという共通点があるので、空間の印象はリビングダイニングと似ています。プライベートな場である寝室では、もう少し異なる感覚で過ごしてほしい。そう思ったので、ここではリビングダイニングとは対照的に素材感が強い家具を選び、壁とのコントラストを描こうと考えました。ありのままで過ごすプライベートスペースだから、塗装されていない無垢なものが合うかなというイメージもありました」
それゆえに、ラウンジチェアも、ベッドの両サイドに配したテーブルも、素材の質感が際立つものをセレクト。
「ラウンジチェアに腰掛けると、レザー製ベルトの肘掛けにかかるテンション、フレームの木材の温もり、少し角が立った真鍮の金物などに手が届き、手触りでもその素材感が楽しめるんです。素材感が強いからこそ、経年変化も楽しみなアイテムですね。ベルトが野球のグローブみたいにこなれてくると、愛着も増すはずです」
「座面が低い点も特徴で、ベッドの目線に合わせて低いものを選びました。さらに座面が後ろに大きく傾いているから、お尻で座るというより背中で支えられ、寝ているような感覚でリラックスできる。背もたれの角度はベルトで自由に調整できます。実際角度を変えるのは少し面倒だし、毎回調整することはないのかもしれないけど、変えられると思うだけで想像が広がって楽しくないですか」
実はこの住まいのもうひとつのバスルームにはサウナがあり、ラウンジチェアはサウナとベッドの中間となる位置に置いているのだとか。
「サウナ上がりに腰掛けて、外を眺めながらくつろぐイメージです。窓とは離れた位置になるのですが、陰影が美しいインテリアを手前に感じながら見る外の景色も、またいいもの。部屋自体も景色として楽しめるんです。逆光でハレーションを起こしてコントラストが出るのも、僕は面白いと思っています」
また、ベッドの両サイドに配したテーブルは、もともとスツールとしてデザインされたもの。ドイツのウルムにあった「ウルム造形大学」の学生のために、開設当時の学長でありデザイナーのマックス・ビルと、アシスタントであったハンス・ギュジョロが創作した。
「ここに選んだのは引き出し付きの仕様ですが、オリジナルには引き出しはありません。シンプルなコの字形の家具で、逆さまにすると下の丸い棒の部分が持ち手になって運べます。座面の裏側に教科書や画材などを載せれば、学校内を移動するためのキャリーケースにもなる多機能なアイテムなんです。無塗装のナチュラルな素材感が、塗り込めたグレーの壁に映え、面白いコントラストを描いています」
今回も住み手のキャラクターを映し出すユーモアにあふれたコーディネートを見せてくれたインターオフィスのデザインチーム。しかし、時代や国、デザイナーなどがそれぞれに異なる無数のアイテムから、どのように空間に合う家具を探し出しているのだろうか。
「この住まいは空間の個性が強く、そこからインスピレーションを得ていたので、最初に脚がブロンズ色のセブンチェアに結びつきました。その結びつけ方は本当にケースバイケース。だから自分の住まいをコーディネートするときは、無条件に気に入ったものとか、なんとなくピンときたものとか、そういう感覚でいいと思います。必ずしも大きいものから選ぶ必要はまったくなくて、イスとかテーブルランプが起点になってもいい。それでひとつ目が見つかったら、あとはそこからしりとりのように無限に広げていくんです。デザイナーつながりとか、素材つながりとか。途中までは素材でつなげて、次からは時代でつなげるというように、少しずらしていくと面白いコーディネートができると思います」
家具のコーディネートが広がるということは、暮らしの中に幅広いシーンが生まれ、楽しい日常が広がるということ。そしてそれが、心のゆとりや豊かさにつながり、新たな自分との出会いにもなる。
Furniture List
DINING TABLE
Fritz Hansen/PluralisTable/ Kasper Salto/ W2000*D1000*H720/Oak+Brownbronze
DINING CHAIR
Fritz Hansen/Seven Chair/Arne Jacobsen/SteelcutTrio133/Full Padding+Brownbronze
PENDANT LIGHT
LE Klint/ Pendant Bouquet5 /Sinja Svarre Damkjær
SOFA
Hay/Mags/ Hay/ W2565*D1035*H670/Hallingdal116
LOUNGE CHAIR
Fritz Hansen/Pot Chair/Arne Jacobsen/W700*D755*H600*SH427/
Christianshavn1171/Brownbronze
BENCH
Menu/Afteroom Bench/ Afteroom Studio/W1160*D370*H600*SH450
FLOOR LAMP
Louis Poulsen/AJ Floor/ Arne Jacobsen/ Dark Gray
SIDE TABLE
ClassiCon/Adjustable Table E1027/Eileen Grey/Black Frame/MetalTop+GlassTop
POUF
Vitra/Bovist/Hella Jongerius/Fabric(Lacemaker)
LOUNGE CHAIR
Carl Hansen & Son/FK10 PlicoChair/Fabiricius & Kastholm/W740*D850*H935*SH370
SIDE TABLE
Wohnbedarf/Ulm Stoolwith Drawer/Max Bill/W390*D290*H440
profile
1989年、明治大学工学部建築学科卒業後、オーストラリア、イタリアでの設計事務所勤務を経て、1994年、英国建築家協会建築学校(AAスクール)ディプロマコースを修了。帰国後、2003年にテラダデザイン一級建築士事務所を設立。2011年プロダクトブランド「テラダモケイ」「15.0%」を設立。2014年から株式会社インターオフィス取締役、2018年より同社代表取締役社長を務めている。働き方の多様化にも応じる魅力的なオフィスの創造を担う、ファニチャーブランド「i+(アイプラス)」の設立など、複数のブランドディレクションも行う。プラモデル研究家・料理研究家でもある。
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