空間を読み解き、デザインを解釈して家具を選ぶ
「E&Y」は、国内外のデザイナーを起用してオリジナリティあふれる家具やプロダクトを発表する、日本においてはユニークなデザインレーベルだ。その代表を務める松澤 剛と二俣公一が初めて出会ったのは2000年。まだ20代半ばだったふたりは、当時はE&Yに入社して間もないスタッフと、駆け出しのデザイナーだったという。その後、2007年には二俣さんがデザインしたコートハンガー「4FB」がE&Yから発売される。やがて彼はプロダクト、インテリア、建築といった領域を超える活動を本格化し、高い評価を得ていった。
松澤さんは2007年にE&Yの代表となり、デザインに対する鋭い視線とものづくりへの妥協のない姿勢によって、やはり活動の幅を広げてきた。建築家やインテリアデザイナーと組み、特定の空間のための家具を選定する仕事もそのひとつだ。コラボレーターの意図を汲みながら、必要に応じてオリジナル家具を造作するケースも多い。
「E&Yはデザイナーにとってものすごく稀有な存在です。一緒に仕事するときも、そのデザイナーでなければできないことなのか、デザイナーとしての生き方とイコールなのかが重視される。上手なだけのデザインを決して求めないんです」と二俣さん。その話しぶりからも、いかに松澤さんを信頼しているのかが伝わる。今回、二俣さんがオパス有栖川の住戸をリノベーションするにあたり、家具のセレクト を依頼したのも松澤さんだった。
このコンセプトルームはオパス有栖川の最上階に位置し、リビングルームを囲むようにL字型のルーフバルコニーがあるのが大きな特徴だ。そこで過ごすときはもちろん、室内にいても悠々とした空の広がりを感じることができる。二俣さんは、こうした環境にふさわしいインテリアを発想した。それは都市の中心でありながら、常に自然を身近に感じる場所。風景の見え方をコントロールできる窓辺の引き戸や、質感豊かな壁面の左官仕上げなど、その発想はいたるところに生かされていった。
家具を選ぶプロセスは、二俣さんから松澤さんにこの住まいに関するあらゆる情報を伝えるところから始まった。その伝え方がとても丁寧なのだと松澤さんは話す。
「どんな考え方に基づいてどういう表現をしたいのか、そのためにどんな素材を使い、組み合わせていくのか。今回のプロジェクトのカラーパレットを見せながら、二俣さんはかなり細かいことまで言葉で説明してくれました。それは空間全体に一貫するメッセージであり、家具もまた重要な構成要素なんです。僕はケース・リアルの外にいる人間のなかではいちばん彼を理解しているという自負があります。解釈や咀嚼を含めて、ニュアンスで細かいやりとりを無数に重ねていきますが、感覚が大きく食い違うことはありません」
ふたりの間で図面をやりとりするのは最後の段階であり、まずは言葉のキャッチボールを延々と続けるのだという。それは議論というよりは、共感を積み重ねていく作業のようだ。
このコンセプトルームのリビングルームで最も大きな面積を占める家具が、L字型に構成されたモジュール式のソファだ。住む人が長い時間を過ごす家具であり、家族が自然と集まる、とても重要な役目を果たす。そのレイアウトのイメージは、まず二俣さんの頭の中に浮かんだ。
「窓に向くようにソファをレイアウトする考え方もありますが、この部屋では窓際にベンチがあり、そこに近い場所にソファを置くほうがいいと思いました。ただしこの置き方だと、背もたれが低くなければ内と外のつながりが薄れてしまいます」
座面も背もたれも低いソファは、座ったり、寝転んだり、あらゆる姿勢を受け止めてくれる。松澤さんが選んだのは「奥行きがあって、居心地がよく、すべての方向からアクセスでき、このグレードの住まいにふさわしいソファ」。さらに、L字のコーナーにくるピースに、背もたれのないものを合わせたのも彼のこだわりだった。
「コーナーに背もたれがないことで、一気に空気が流れる感じがしてきます。窓、ベンチ、ソファの関係性を考えるとこうするのがいいと、この点については強く主張しました」
家具に反映された、二俣さんのアーティスティックな側面
ソファの正面には、大きな存在感のあるラウンジチェアが選ばれた。松澤さんが以前から高く認めているイギリスのデザイナー、フェイ・トゥーグッドによるものだ。
「二俣さんはすべてをスマートに美しくデザインする力があるけれど、アーティストに通じる個性の鋭さを持ち合わせていて、僕はそこが二俣さんらしさだと思います。また彼は20代からロンドンのデザインに影響を受けてきた一面もあるんです。トゥーグッドの作風は、だからこそ親和性がある。形のインパクトが大きいぶん、張り地は空間を意識してベージュ系のオフホワイトを選びました」
このラウンジチェアについて、二俣さんは「こんなデザインも合わせられる空間だということを、家具によって表現できた」と言う。そんな余地や余白をそなえているのも、このコンセプトルームの魅力に違いない。
また二俣さんは、リビングルームに敷いたラグを「空間や風景の中にある色合いを凝縮したような色使いがとてもおもしろい」と話す。松澤さんは、やはり二俣さんの作風からインスピレーションを得て、このラグを選んだ。
「二俣さんは空間の中に色を取り入れることを好むので、その作風も意識した、ややクセのある色合いです。表情にも豊かさがある立体的なシャギーカーペットにしました。小さな部屋ならこの色のシャギーは強すぎるけれど、大きなリビングだからそのクセが生きてきます」と松澤さん。空間や個々の家具のデザイン同士の「距離感」を、彼はひとつひとつ考慮してセレクトしているのだという。
「どこをどれくらい近づけて、どこをどれくらい離すか。すべて近づけると変化のない空間になってしまうし、すべて離すと騒がしくて落ち着きません。デザインとデザインの距離を細かく調整していくと、その複雑さが空間の味わいになります」
リビングルームとつながったダイニングスペースは、空間の雰囲気と家具の存在感がほどよく溶け合っている。ダイニングチェアは、二俣さんがデザインしてE&Yから発売されている「ESKER/(エスカー)」だが、空間に合うカラーリングに仕上げた特別バージョンだ。
「食のための空間は、フローリングにトーンを合わせました。広さとそこに置く家具の比率を考えると、これくらいの組み合わせが気持ちいい。ダイニングテーブルはこの部屋のためのオリジナルで、やはり同系色です。ただし仕上げの種類は同じでも、色の濃さはサンプルをもとに微妙に違う3段階にしました。光の変化もふまえて幅をもたせています」。こうした色のバリエーションも、空間の素材感のモチーフである土の色合いも意識したものだ。
デザインレーベルとして多くのプロダクトをラインアップしているE&Yにとって、物件ごとにオリジナルの家具をつくることは珍しくない。ただし常にセレクトよりもオリジナルを優先しているわけではないという。
「その空間にとって何がベストかを考えると、既製品になることも、オリジナルになることもある。既製品は幅広いシーンで使われることを前提にきっちりとつくってあるので、ものとしてのレベルは高い。自分でいくつも家具のデザインをしてきたので、よくわかります」と二俣さん。また松澤さんは、こう話す。
「たとえばリビングのコーヒーテーブルもオリジナルですが、それは素材、仕上げ、サイズをすべてコントロールする必要があったから。一方、家具のセレクトは選択肢の広さが第一なので、E&Yではあらゆるメーカーから選べる体制をつくっています」
アートの強さが、空間のリアリティをつくる
このコンセプトルームでは、家具と共にアートのセレクトも松澤さんがリードしていった。家具と同様のプロセスで、二俣さんの作風の機微を捉えたものが選ばれている。
「二俣さんと会話するなかで、コンテンポラリーアートのなかでもちょっとポップアートの匂いがするほうが、コントラストがあっていいという言葉が印象に残りました。住空間におけるアートの役割として、奥行きを与えるスパイス的要素は欠かせません。それは機能が前提としてある家具との違いです」と松澤さん。ただし、まだ住み手の決まっていないコンセプトルームの性格上、趣味性が強すぎるものは似合わない。そこで、抽象とも具象ともつかない作風をもつ3人のアーティストに作品が依頼された。たとえばリビングルームに置かれたBIENによる作品は、文字の一部を思わせる曲線で構成したドローイング。多様な解釈を許容する線の交差が、グラフィティアートのようなタッチで描いてある。
「BIENは赤や青などの色を使った作品もありますが、ここで色を使うと単なるスタイリングに見えてしまう。だから空間のテーマである土に近いトーンをこちらからお願いしました」
特定の機能がないアートやオブジェは、オパス有栖川のコンセプトルームの「アクセサリー」なのだろうか。それとも、もっと違った意味合いをもっているだろうか。
「空間の中のアクセサリーと捉えることもできますが、ひとつの独立した存在でもあります。アクセサリーとするにはメッセージ性が強く、空間に与える影響が大きい。空間に対する違和感のなさを基準にアートを選ぶケースもありますが、それは今回のインテリアにふさわしくないと考えました。二俣さんの作風にはちょっと鋭利な部分があるからです」と松澤さんは話す。また二俣さんは、コンセプトルームにアートを選ぶ難しさを認めながら、必ず必要なものだとも言う。
「生活することのリアルさは空間からは切り離せません。ショールームのように室内をしつらえることもできますが、ここが住むための空間である以上、僕らはそこを考える必要があります。この住まいには、明らかにアートがあるほうがいい壁が3つあって、それぞれに作品を入れてもらいました。きっとイメージが広がるでしょうし、住むことの複雑さに気づくかもしれません」
「アートは作家ごとに匂いや温度感がある。その作品が空間へ温度を与えるし、そこを起点に空気が流れるようになります」と松澤さんも同意する。
二俣さんと松澤さんが、立場は違っても共有していることのひとつは、住まいの複雑さを重視するマインドだろう。
「建築は特にそうですが、現在は何事もロジカルに説明できることが世の中の前提になっています。でも、そこから果たして本当におもしろいものが生まれるのか。ロジカルな領域の先で、こう思う、こう感じる、といった部分がデザインには欠かせないはずです。そうでなければ感情移入できるものになりません」と二俣さんは話す。それに対して松澤さんは、自身のやり方を「複雑な方程式」と表現する。
「きれいな方程式でミニマルにやり切るスタイルもあるし、それがいい空間をつくることもあります。でも僕は、二俣さんのようなデザイナーの話をニュアンスまで解釈して、体積、素材感、色の3つをどう扱い、離したり近づけたりしていくほうに興味がある。すごく複雑な方程式を成り立たせたいんです」
「同じ空間でも、現在のように家具やアートを入れた状態と、もっとロジカルに家具を選んだ状態をつくって、見比べてみるとおもしろいでしょうね」とふたりは話す。住空間の豊かさを積極的に更新していこうという姿勢に、いつまでも色褪せない暮らしの姿を思い描くことができる。
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profile
空間・プロダクトデザイナー、神戸芸術工科大学客員教授。福岡と東京を拠点に、空間設計を軸とする〈CASE-REAL〉と、プロダクトデザインに特化する〈KOICHI FUTATSUMATA STUDIO 〉を主宰。国内外でインテリア・建築・家具・プロダクトなど幅広い分野でデザインを手がける。作品の一部は、サンフランシスコ近代美術館の永久所蔵品となっているほか、JCDアワード(現・日本空間デザイン賞)、FRAMEアワード、Design Anthologyアワードなど、多数の受賞歴をもつ。
profile
デザインレーベル「E&Y」代表取締役。大阪芸術大学短期大学部准教授。ファニチャーやプロダクトを軸とした国内外のデザイナーの作品をプロデュースし、現コレクションは50点以上になる。2006年にZANOTTAとのコラボレーティブエディションをミラノで発表し、2015年には新たなコレクションライン「edition HORIZONTAL」をロンドンにて発表した。作品の一部は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、デザイン・ミュージアム(ロンドン)、パリ装飾芸術美術館、スウェーデン国立美術館などに収蔵されている。また、国内外の建築家やインテリアデザイナーとのプロジェクトや展覧会の企画や編集、イベントのディレクターも務める。
▶︎https://www.eandy.com/