大平貴臣は、大学院(博士前期課程)1年目のときに応募した住宅のコンペで1等を獲得、その後大学院での勉学を続けながら、実施設計を行ったという。建築家としてのスタートとなったそのコンペは、京都の伝統的町家と現代的建築が入り混じる街区に4棟並列の建売住宅を計画するというものだった。大平は、単に伝統を守り再現するのではなく、京町家の粋とされる建築要素を生かしつつ再編集して、いかに周辺環境に馴染む現代の住宅にするか、いわば町家の再解釈を試みた。具体的には、間口が狭く奥に長い町家を折りたたむように積層するというユニークな案だった。そのために人々の暮らしとその土地の特色を読み取ろうと、夜行バスで東京と京都を何度も往復した。
さらに着工すると、座学とはまったく異なる建設現場の世界に戸惑うことばかり。審査員のひとりだった京都の建築家や現場の職人さんたちから教わりながらの実務は貴重な体験となった。幸いメディアに紹介されたこともあって、竣工を待たずに4軒とも売約済みとなるが、大平にとって決定的だったのが、4軒目を購入した夫婦とたまたま会う機会があったことだ。夫婦はこの住宅をとても気に入ったと、手放しで喜びを表現してくれた。この体験が、建築を生業とする決断を後押ししてくれたのだという。
大学院在学中に建築家デビューを果たした大平は、博士前期課程を修了してから研修生として海外の設計事務所で活動することを考えていた。そこで文化庁の新進芸術家海外研修制度に応募、当時興味を抱いていたスイスの建築家(ピーター・ズントー)のアトリエへの入所を希望した。文化庁の審査は2次まで通り、あとは受け入れ先のOKをもらうばかりだったが、結局先方の許可が最後まで下りず断念、そのままフリーで住宅や店舗の設計を手掛けるようになった。
ちなみに大平の学生時代、2000年代初めというと、OMA(レム・コールハース)やヘルツォーク&ド・ムーロン、ジャン・ヌーヴェルなどなど、世界的に注目されるスター建築家事務所がいくつもあったが、ピーター・ズントーとはかなりの通好み。大平の建築に対する姿勢が垣間見える選択だ。
いずれにせよ、卒業後は組織設計事務所やアトリエ系などで経験を積んでからというケースが多いなか、学業を終えてすぐ、あるいは学生時代から自分の看板で活動をスタートさせたという稀有な経歴の持ち主だ。
「街の文脈にのった空間をつくる」
大平が建築、デザインをするうえで当初から大切にしてきたことがある。それは人々の暮らしと土地の文脈を徹底的に読み取ることだ。そのため、設計に取り掛かる前に必ずその街のリサーチをするという。
「街がどういう時間を積み重ねてきたかを感じ取り、新しく作るものをその時間軸にうまくつないでいくというイメージです。そうすることで何か新しいものを突然出現させるのではなく、しっかりと街の文脈にのった空間を提供できるのだと思います」
大平が手がけた中目黒にある賃貸マンション(PATH中目黒 due)の1棟改修プロジェクトでは、この街の文脈から「コーヒーとパン」「自転車と土間」「レコードとねこ」という3つのコンセプトを設定、賃貸住宅としてはかなり大胆なリノベーションを行っている。
あるいは日本橋人形町の賃貸マンション(PATH日本橋人形町)では、老舗の商店が数多くあり、下町情緒あふれるこの街の歴史からインスピレーションを得て、住戸のほかファサードや共用部をリデザインしている。たとえば共用部に設置された球状の照明器具のモチーフは人形町の提灯(ちょうちん)。街と建物をいかに接続させるかを考えた結果生まれたデザインだ。
2面採光の開放感あふれるLDKを実現
大平が手掛けた最新のリノベーション物件「目黒三田パーク・マンション」は、大平とリビタのコラボレーションとしては6件目のプロジェクトになる。本住戸はR100 tokyoの物件だが、R100 tokyo は一昨年リブランディングを実施、ベースとなるリノベーション思想は守りつつ、新たに「Quiddity of Life」をキーワードに掲げ、「より本質的な価値観が表現される暮らし」の実現を目指している。大平はその思想を読み解きながら、レイアウトを再編し、素材や仕上げ、カラーリングのディテールまで仔細に検討してデザインしている。
マンションは目黒駅から恵比寿に向かって広がる閑静な住宅街にあり、斜面に立っているため2階だが眺望は良好。南西のバルコニー側と北西の開口部からは十二分な採光があり、明るく開放感あふれるLDKを実現している。ただし、熱環境としては寒暖の差が激しくなることが予想され、特に日射量の多いバルコニー側の全面開口部は二重サッシにしている。また北西側の窓側には、隣接してパブリックの階段通路があり、意外と人通りがあることから、普段は基本的にブラインドは閉じた状態になるが、それでも快適な光環境が確保できるよう工夫している。
そうした工夫のなかで大平が特にこだわりをもって検討するのが素材と色の選択だ。プロジェクトの内容にもよるが、キーカラーを決めるとき、通常1案件につき最低でも10色、多いときは20色くらいを検討するという。
「LDKは、大量の光が充溢(じゅういつ)するため、白は開放感、清潔感を演出する効果がある半面、明るさより眩しさが勝って逆に目が疲れ、落ち着かない空間になってしまいます。そこで何度も現場で検証して、無限にあるグラデーションのなかからこのオフホワイトを選びました」
壁、天井をオフホワイトのこの色で仕上げた結果、開放感、清潔感は担保しつつ、どこか温かみのある落ち着いた雰囲気になっている。
クラフトを大切にした空間づくり
R100 tokyoでは「Crafted Home」をインテリアデザインのコンセプトとして掲げており、クラフト(手仕事、工芸、職人技)を大切にした空間づくりを重視している。大平のデザイン哲学も同じゴールを目指していると言えそうだ。
構造上もうひとつ工夫したのは、LDK南東側の壁面を床から天井までフラットにしたことだ。というのは、リノベーション前は上部に既存の壁から15センチほど突き出た梁が通っており、段差によって影ができる。それが視線の広がりを阻害すると考えた大平は、隣戸と接するこの壁に、消音を兼ねたグラスウールの断熱材を入れて段差をなくしフラットな壁面とした。わずかに空間は狭くなるが、それにまさる感覚的な効果があり、すっきりとした広がりのある壁面が生まれた。
逆に苦労したのはダクトだった。このマンションの空調は住戸ごとの個別セントラルで、梁に空いたスリーブの位置が決まっており、さらにレンジフードのダクトも梁型との関係から位置の選択枝がほとんどなく、シンク、レンジ、コンロのレイアウトが、当初の大平のデザインから変更せざるを得なかったという。リノベーションにつきものの問題ではあるが、出来上がりは使い勝手の良さそうなキッチン周りとなっている。
豊かな暮らしとは「家族が同じ時間を過ごすこと」
大平の日常の暮らしぶり、ワークライフバランスについて聞いてみた。
「会社(OSKA&PARTNERS)は朝10時からですが、僕は平日は普通朝7時くらいから家で仕事を始めます。午前中にメールチェックやウェブ会議を済ませて、お昼前くらいに出社、夜はだいたい7時半から8時には帰宅して家族と一緒に夕飯をとります」
コロナ禍以降、働き方が劇的に変化したとはいえ、いまだに夜遅くまで、あるいは徹夜も辞さないイメージが強い建築、デザイン業界だけに、かなり異例の、ある意味で先進のワークスタイルを実践している。
同時に家族との時間を大切にする姿が目に浮かぶ。実際、ご自宅は最近引っ越したばかりというが、その決め手となった条件は、6歳になる息子さんの要求だった。実は喧騒の都会より自然を愛するという大平は、数年前に東京を離れて田舎に自らの設計で家を建てようと考えたことがあったそうだ。ところが息子さんが、大人も驚くほどの電車マニアで、電車のない田舎には行きたくないと。一方で昆虫も好きで、そうした条件を満たした、近くに豊かな森のある中央線沿線のメゾネットタイプの賃貸マンションが現在の住居だ。夕食後には、その森に息子さんとクワガタ採りに出かけたりする。
息子さんからはもうひとつ要望があって、それは階段のある家。大平は当初、空間が分断され距離が生まれるのではないかと危惧したそうだが、上階を仕事場にして下を家族の空間にすると、息子さんは階段の上り下りが楽しいようで、逆に距離が縮まったように感じるという。豊かな暮らし、生活の中の豊かさとは、という問いに大平はこう答えた。
「家族が同じ時間を過ごすことですかね。たとえば嬉しいとか、楽しい、きれいだなと感じる瞬間を共有すること、その総和が豊かさなのだと思います」
profile
1980年東京都生まれ。2004年日本大学大学院理工学研究科博士課程前期修了。その後建築家、デザイナーとして店舗、住宅などのデザインに従事。07年大平貴臣建築設計事務所設立。12年OSKA&PARTNERS 共同設立。14年株式会社OSKA&PARTNERSに改組。
▶︎https://oska.jp